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つみきのいえ

いまを逃すと、このままほったらかして書かない気がするので、いまのうちに書いておこう。
ということで、おめでとうの意味を込めての感想です。

つみきのいえ』監督:加藤久仁生

水に囲まれた街。毎日ちょっとずつ水面があがってくるので、上へ上へとつみきのように家を建て増ししながら、ひとりで暮らしているおじいさん。ある日、水に沈んだ下の部屋に大切なパイプを落としてしまい、拾いにいくためにもぐってみると、なつかしい部屋とともに昔の記憶がよみがえり…という話。

私のまわりの数人は泣いたというのですが、私はどこが泣けるのかよくわからず、逆に、だからよかったと個人的には思ってます(聞いた話では、「泣ける」ものを制作せよという企画だったらしいですけど、それはそれでイマドキっぽい風潮で嫌だなあ。泣けりゃいいってもんでもないしな)。

また、水面が上がる世界=温暖化への言及という図式も見かけますけど、これまた私はそうは思わず、どこまでもひねくれてるのは私かもしれませんが、でもさあ「温暖化に警鐘を鳴らすいかにも泣ける映画」ってなんだか時代に直球すぎてドン引きしませんか…。

水面があがってくるのは、日々暮らしていくなかで、過去の出来事がかすみのかかった記憶の底にどんどん埋もれていくように水の底へ底へと沈んでいく、という一種のメタファーだと受け取りました。そのほうが温暖化より詩的でいいと思うんだけど。

で、ふとしたはずみに(パイプを落とすとか)、記憶をたどっていくと(水面下の階下にもぐっていくと)、哀しいことも楽しいこともいろいろあったよなあと思い出す、でも思い出は思い出で、老人はそんなに深く感傷にひたりすぎないのが年の功、という話だと感じたわけです。変に深読みしすぎでしょうか。

全体があいまいでうすぼんやりとした印象のなかに、少し孤独な感じが漂っているところが、シュペルヴィエルの『海に住む少女』を読んだときに抱いた感想と少しだけ似ていて、そこがよかったです。家の造形もきれいで、むしろ現在のおじいさんの暮らしをもっと見たい、とも思ったのでした。
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by rivarisaia | 2009-02-25 22:08 | 映画/日本 | Comments(0)