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ハーレムのヴァイオリン教室

仕分けの続きはまた来週でございますね。そりゃそうと、予算削減といえば、大昔から何かというと削減される分野のひとつが芸術関連。子どもの芸術教育なんていうのも予算カットされがちで、議論を呼ぶ。

ただ、なぜか日本の場合、芸術だけ特別視して「よい子を育てる万能薬」みたいに思ってるエライ人々も多いのですが、それはちょっと違う気もしますよ。何事もバランスが大事なので、ほかの教科と同じように芸術も大切、ということじゃないのかしらね。

芸術を特別視せず自然にカリキュラムに取り入れて成功した例に、アメリカのセントラルパーク・イースト公立学校があります。ただし、この学校のプログラムが効果的だったのも、周囲の環境をふくめさまざまな要因があってのことで、これがそのまま日本に当てはまるわけではない。

で、その学校のヴァイオリン教室のドキュメンタリーがこちら。

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ハーレムのヴァイオリン教室(Small Wonders)』監督:アラン・ミラー

メリル・ストリープの『ミュージック・オブ・ハート』の元になった話です。『ミュージック・オブ・ハート』の感想は別に書きます。

1990年のNYイースト・ハーレム。10年つづいたロベルタ・ガスパーリ先生のヴァイオリン教室は、市の予算削減で存続の危機にあった。ヴァイオリン教室存続のため、大勢の人たちの支援を得て、1993年10月、カーネギー・ホールにて、アイザック・スターン、イツァーク・パールマン、五嶋みどりなど、一流ヴァイオリニストと子どもたちのチャリティ・コンサートが実現する。


映画は、クラスができるまでから、予算カットされてコンサートを実現するまでの苦労話になってますが、ドキュメンタリーでは、コンサートに向けた練習から本番当日までのロベルタ先生と子どもたちの姿を映しています。

ロベルタ先生は3つの小学校で教えていますが、この三校から成るセントラルパーク・イースト公立学校は、設立者デボラ・マイヤーの「芸術は学校教育の基本で、芸術を軽視する学校は損害を与えるだけ」という理念のもと、芸術教育に力を入れています。

ヴァイオリンクラスは大人気だけど、全員にヴァイオリンを習わせるのは経済的にも組織的にも困難なので、生徒は抽選で選ばれる(もちろんほかにも音楽のクラスはある)。

この抽選会のようすもおもしろい。「練習が厳しいからやりたくないよー!」と泣き出す子どもが「やりたくないならやらなくていいのよ」と担任の先生になぐさめられたり、当選した子どもが「きゃっほー!」と大喜びしたり。そして当選した生徒には全員にヴァイオリンが貸し出されるんだけど、肩当ての代わりにスポンジをひもでくくりつけてました(なるほど)。

「どんな子でもヴァイオリンは弾けるし、何かに成功して自信がつくことが大切」というロベルタ先生のレッスンは厳しい。リハに出られないならメンバーから外す、期日までに暗譜できないなら、次回から来なくていいと容赦なく言う。日本でこれやるとモンスターペアレントが怒りそうだけど、厳しいからこそ子どもも超真剣に練習してます。

ロベルタ先生は、クラス存続のために「オーパス118音楽センター」という基金を設立し、コンサートも実現、結果として市の教育委員会から予算が下りることにもなるのですが、ぜんぶひとりでやったわけではありません。

ほかの教師はもちろん、親の理解がなければクラスは成立しなかったし、プロの音楽家の協力がなければコンサートもできなかった。また、メディアやコンサートの観客も間接的な支援者でした。

つまり、先生や学校だけががんばってもダメなんですけど、これまたどういうわけだか、日本の場合、教師と学校に責任まるまる押しつけというケースも多い。教育だけに限らないけどさ。まず、そのあたりの意識を変えないと、予算だけもらってもあまりよい結果にならない気がする...。
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Commented by minaco. at 2009-11-20 00:55 x
>予算だけもらってもあまりよい結果にならない気がする
そうなんですよね。多分…。
予算があっても直接芸術の支援になってないのが現状で、ならば削減も必要という気がします。都市部ではどうか知りませんが、地方では妙なハコものを作っておしまい、なんです、大抵の場合。

例えば、ヴァイオリンをやりたい人の所にムリヤリ高級絵の具を与えるようなものなので…NYのようなきめ細かい個々の対応がなければ、せっかくの予算も生かされないと思えます。NYには社交ダンスのプログラムを取り入れてる小学校もありましたね。

映画の方の感想も楽しみにしています。つい、失礼しました。
Commented by rivarisaia at 2009-11-21 01:22
>minaco.さん

ハコものだけつくってもしょうがないんですよね。大事なのは中身で、むしろハコは後でもよい。都市部も立派に見えるけど使いにくいハコものが多い気がします。

個々の対応って大事だと思うんですけど、どうも日本の教育制度って「全員均等化」あるいは「みんな一緒」な感じなんですよね。そもそもそこが無理じゃないかなあ。人間は工業製品じゃないんだから。

あと、日本だと授業内容よりも楽器の予算を気にかけそう...。ロベルタ先生のヴァイオリンだって別に高価な楽器じゃないけど、みんなで使いまわして(だからこそ肩当てはスポンジ)練習していて、ちゃんと上達してるんだけどさ。

社交ダンスのプログラムもありますよねー。あれもいい映画だったわー。やんちゃ児童がいつのまにか紳士淑女になってるし...。もう1回観たい〜。
by rivarisaia | 2009-11-18 23:59 | 映画/洋画 | Comments(2)