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ハート・ロッカー

これは反戦とか戦争賛美とかじゃなく、ガチな仕事人の映画とみた。そしてなぜ作品賞なのかといえば、当初は劇場公開されるかどうかも不明だったけど、低予算でガッチリつくられてるからじゃないかと推測。

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ハート・ロッカー(The Hurt Locker)』監督:キャスリン・ビグロー

ビグロー監督らしい男臭いガチ映画。政治的なメッセージがあるかどうかは深読みするかしないかだという気もするけど、それなりにいろいろ考えてしまうところもありました。

というのも、私には米軍勤務の知人が何人かいるからで、それは昔のクラスメートだったり、友人の兄弟だったり配偶者だったりするわけですが、経済的な理由で入隊している彼らの大半はイラクに行っていた。

イラク戦争には批判的な私ですが、彼らは「仕方ないよね、仕事だから」という感じでイラクに行くので、私も「無事に帰ってきなね」としか言いようがなく、何とも微妙で複雑な心境になったものです。そうなんだよ、それが仕事なんだよなあ。

戦争の恐怖や狂気というよりは、むしろ「慣れ」を描いてる気もしました。冒頭で「war is drug」という言葉が出るけど、命の危険や恐怖にはすっかり慣れてしまい「仕事だから」と淡々と仕事をこなす「職場が戦場の仕事人」がそこにいる。だって仕事だから。非日常のほうがむしろ日常。それはそれで辛いことだと思う。

もちろん仕事とはいえ、人には向き不向きがあり、不向きな人は何のためにここにいるのかと葛藤したり、死にたくないと恐怖心に襲われたり、悲惨な状況にトラウマを抱えたりする。でも中には仕事と割り切れる人もいるかもしれない。

主人公にとってもはやこの仕事は天職であり、爆弾処理をするのは、そこに爆弾があるからで、それ以上でもそれ以下でもない。敵と戦うとか、誰かを救うとか、英雄になるとか、そういうんじゃないの。俺の仕事なんです、という感じ。

もちろんそんな主人公も、たまにやりきれない思いを抱えて正義に目覚めた行動を取ったりもするけど、結果はうまくいかない。なぜなら彼は「仕事人」だけど、ヒーローではないからだ。大体からして顔見知りの(と彼が思っている)イラク人の子どもの顔ですら、彼には見分けがついてないのだった。

職場ではバリバリのお父さんが、日曜に自宅でゴロゴロしていて居場所がないと虚しくなっているかのごとく、仕事人の主人公はアメリカに戻ってくると、コーンフレークの箱を前にボンヤリしてしまう。イラクでバリバリ働いていたときとは違う人のようだ。

本作は、戦争の悲惨さを全面に打ち出して反戦メッセージを込めてるわけでもなければ、ヒーローが派手に立ち回って活躍してアメリカ万歳というわけでもなく、本当に淡々と戦場という職場を描いている気がして、それはそれでアリではないかと思いました。

爆弾処理もイヤだけど、こりゃ自分には無理だとつくづく思ったのは、炎天下でひたすらじっと固まった状態で長距離射撃です。しかしそういう仕事が日常になっている人がいまもいるわけで、そして、この非日常のほうがむしろ日常という状況は、兵士たちにとってあまりに過酷だ。そしてもちろん、イラクの人々にとってあまりにも哀しすぎる。

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by rivarisaia | 2010-03-11 22:08 | 映画/洋画 | Comments(0)