ねぼけ人生:なるようになるさ主義と学校七不思議の思い出

深刻に被災してるわけでもなく、計画停電にも入れてもらえない東京都心部ですが、それでも心配要素が複数ありすぎて、何が心配なのかよくわかんなくなってきてませんか? そんな私はあまり深く考えない性格です。

とはいえ、これだけは書いておくけど、23区ももれなく停電区域に入れるべきだろう、私の用意はできている。いや、官公庁や主要施設があるっていうけどさ、東海に備えて停電の準備くらいしてるんじゃないの? いまから準備しといたほうがいいんじゃないのか?

そりゃさておき。

私が深く考えない性格、つまり、なるようになるさ主義になったきっかけのひとつが、学校の七不思議。

そう、あれは小学4年のとき。学校に七不思議があるんだってこわーい、という話でもりあがった。するとそれに続いて、10才になるまでに学校の七不思議をお地蔵様に報告しないと二十歳まで生きられない、という噂が広まったのである。ただでさえ私の世代は、口裂け女だのノストラダムスだのにも惑わされた翻弄されやすい世代。私たちは恐慌状態に陥った。

七不思議なんて、音楽室のピアノが夜中に鳴る、東の階段が夜中になると1段増える、のふたつしか知らねえよ!あと5つはなんだ! とパニックになった私たちは校内であらゆる聞き取り調査を開始した。

その結果。

池のロダンの考える人像の向きが変わる、プールの下に空襲で死んだ人が埋まってる、2階の右から○番目のトイレで声がする、音楽室のバッハの目が光る、理科室のガイコツが動く、夜中になると校長室の前を白馬に乗った軍人が通る、給食室に幽霊が出る、図工室に女の子が出る、体育館のトイレに河童の足跡がある、日時計の下にUFOが埋まってる…


ちょっと待て、すでに7つを超えているではないか。しかしそれでも七不思議は収まることを知らず、20以上も続々と集まりつづける新情報。これを全部地蔵に報告してよいのか、それとも真の七不思議だけを報告すべきなのか、でもどれが真の七不思議なのか、地蔵はどの地蔵でもいいのか、そもそも私はアーメンの人なのだが、イエス様へも報告したほうがいいのか。情報が錯綜し、混乱をきたす私たち。

とりあえず、ひとつくらいは真偽を確かめようじゃないかと、体育館トイレに河童の足跡を探しに行くことを提案した私だったが、そこでも問題発生。私はナイ、と判断したが、ミチカちゃん(仮名)は壁の染みを指して「これがそうだ」と断言。七不思議に河童を入れる入れないで大激論になり、もうカオス。ここで私は疲れてしまった。

そして、私の出した結論は「もう知らない、どーでもいい。なるようになるよ」であった。要はたんなるめんどくさがりであきらめが早い性格ともいう。だけどさ、公的機関やトップに立つ人は、用意周到かつ先手を打ってリードする役目を担うので、めんどくさがりじゃ困るんですけど、一個人の場合は、情報の渦に巻かれてアップアップになりそうだったら「なるようになるさ主義」もたまにはおすすめですよ。

というわけで、本当は「なるようになるさ主義」といえば、水木先生!ということで、この本の紹介をしたかったのに、ババアみたいに自分の思い出話で長くなっちゃったので、内容紹介は割愛。とにかく何度読んでも面白いので未読の人は必読。

b0087556_202891.jpg

ねぼけ人生』水木しげる著、筑摩書房

水木先生の力の抜け方というかのんびりした感じは尊敬に価しますよ。あと、私がひそかに気に入ってるのは、「生涯、英語の原書を読む以外何もしないですごしたという奇人のおじさん」です。なんだよ、その人生は…。
[PR]
トラックバックURL : http://springroll.exblog.jp/tb/15092689
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by rivarisaia | 2011-03-24 02:20 | | Trackback | Comments(0)

見たもの読んだものについての電子雑記帳


by 春巻まやや
プロフィールを見る