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サラの鍵

ナチス占領下のパリ。ユダヤ人が一斉に検挙され、ヴェルディヴ(競輪場)に連行された後収容所に送られた(それもナチではなく、フランス人自らの手で)という、フランスの負の歴史がテーマですが、その過去の出来事を点で切り取るのではなく、過去のひとつの点は複数の線となって脈々と現代に続いているという話です。原作はタチアナ・ド・ロネの同名小説。

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サラの鍵(Elle s'Appelait Sarah)』監督:ジル・パケ=ブランネール

1942年、ユダヤ人一斉検挙の日。少女サラは、「すぐに戻ってくるからね」と弟を納戸にかくまい、連行される。
そして現代、パリに住むアメリカ人ジャーナリストのジュリアは、「ヴェルディヴ事件」の取材をするうちに、自分たちのアパートには、かつてユダヤ人家族が住んでいたことを知る…


過去のサラの話と、現代のジュリアの話が交互に語られていくうちに、やがてサラの物語は、現代の人々の人生に深く影響を与えていきます。

原作読んだときにはそれほど意識してなかったけど、フランス国民なのにフランス人から迫害されたサラ、パリに暮らすアメリカ人で祖国アメリカにも居場所がないように感じるジュリア、根底から自分の出自をひっくり返されるサラの息子、と重要な役割を果たす3人は、みなアイデンティティが不安定な存在なんですよね。

フランス人が自らの手で探り出すにはいまだにあまりに重い真実なので、あえて主人公を第三者的なアメリカ人女性にしたのかなーと以前は思ってたけど、それよりもアイデンティティ・クライシスが根底にあることが共有されていたんだな。

(余談ですが、原作ではジュリアの夫はミドルエイジ・クライシスに陥っていました。これも変わりたくない自分=真実を受け入れられない自分につながるのかも)

知らなくてもいいこと(あるいは知らないほうがいいこと)もあるんじゃないか、真実を知ってどうするよ、という葛藤が現代のパートにはあり、ジュリア自身も「一体自分は何様なんだ」と言うのですが、重い重い真実が、未来への希望につながっていくようなラストは、決して忘れないことの大切さ(と言葉にすると陳腐ですが)、過去から未来へのバトンタッチのようなものを感じました。

サラが弟をかくまい、秘密を閉じ込めた鍵は、未来を拓く鍵でもあったわけですね。

サラの子役がすばらしくて、そこも注目です。
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by rivarisaia | 2012-01-19 13:47 | 映画/洋画 | Comments(0)