We Need to Talk About Kevin(少年は残酷な弓を射る)

先日は映画の感想を書いたので、予告通り原作もあわせて紹介。

2005年のオレンジ賞。ながらく翻訳されませんでしたが、映画が公開されたら邦訳が出た(邦題『少年は残酷な弓を射る』ライオネル・シュライバー著、イーストプレス)。

そうか…最近は映画化されてようやく翻訳が出せるような状況なのね…とイラッときますが、もっとイラッとくるのは、某ニュースにあった「過激な内容に日本では発売不可能と思われていた」という1文だな。まったくそんなことナイと思うけど? いつものごとく、センセーショナルに扱いたいのであろう。

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We Need to Talk About Kevin』Lionel Shriver著、Harper Perennial刊

すでに書いた通り映画は非常によいのですが、小説との大きな違いがひとつあります。小説は「遠く離れてくらしている夫にあてた主人公エヴァの手紙」というかたちを取っていて、その手紙は「あの木曜日」の後に書かれているというのがポイントです。

つまるところ、主人公が信頼できない語り手なのである。


かようなわけで、映画もエヴァの視点だけで描かれていましたが、小説版では輪をかけてエヴァの視点でつづられた出来事が、その通りだったと信じていいのかわからなくなってくるわけですよ(というのも、実際に本人の勘違いだったという出来事も物語には巧みに挿入されているのである)。

ケヴィンはさー、本当に子どもの頃からやっかいな子どもだったのかなー。夫のいう通り、ちょっとやんちゃだっただけじゃないの? 後だしじゃんけんで「あのときああだった、こうだった」と言っているだけじゃないの? エヴァは自分を責めていると同時に、他の人のせいにもしているのでは? 等々、実際にはどうだったのか、それは永遠に、第三者には、ナゾなのである。

大きなテーマが「nature/nurture(性質/養育)」という答えの出ない問題で、だれのせいでこんなことになってしまったのかを主人公エヴァとともに考え込んでしまうわけですが、ラストでは異論もあると思うが、悪魔的だったケヴィンは最後人間性を取り戻したと受け取ったのですがどうでしょうか(ケヴィンがエヴァにあるモノをプレゼントする場面)。現実的には、サイコパスであれば性質は変わらないので反省もなにもないわけですが、これは小説だからね。

それにしても、世の中の母親がここまで母親神話の呪縛にとらわれなくてはならないのは何故なのか(と、問いかけてみたところで答えはわかりきってますが)。いずれにしてもホラーである。

あ、そうそう「史上無敵の爆笑お母さんホラー」(帯の言葉より)といえば、笙野頼子さん『母の発達』(1996年)が。あわせて読むのはどうでしょう。ついでに「文藝 2012年秋季号」に掲載されている笙野さんの新作『母のぴぴぷぺぽぽ』も傑作です!

『Defending Jacob』を読んだ後に思い出した本というのは、じつはこの『We Need to Talk About Kevin』なのでした。内容はまったく違いますが、「こえられない溝」的な部分でつい連想したのだった。
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Tracked from soramove at 2012-07-16 18:28
タイトル : 映画「少年は残酷な弓を射る」深層心理の片鱗を見る
「少年は残酷な弓を射る 」★★★★ ティルダ・スウィントン、ジョン・C・ライリー、 エズラ・ミラー出演 リン・ラムジー監督、 112分、2012年6月30日公開 2011,イギリス,クロックワークス (原題/原作:We Need to Talk About Kevin ) <リンク:人気ブログランキングへ">>→  ★映画のブログ★どんなブログが人気なのか知りたい← 「予告は謎めいていて どんな映画なのかよく分からなかった、 憎しみさえ感じる母親への悪意 それが意味するものは何か? ...... more
by rivarisaia | 2012-07-11 12:38 | | Trackback(1) | Comments(0)

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