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ソウル・サーファー

『ジョーズ』のせいでサメ恐怖症のわたしですが、それを克服すべく、サメに腕を食いちぎられたのにもかかわらずトラウマや困難を克服してプロサーファーになったベサニー・ハミルトンの伝記映画を観たんですが…えーっと。

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ソウル・サーファー(Soul Surfer)』』監督:ショーン・マクナマラ

その昔、わたしがアメリカに住んでたとき。ある日テレビをつけたら、ウエイトリフティングの番組をやっていた。しかしどうも妙なのである。男性がふんがー!とバーベルを持ち上げると、そばに立っていたものすごいヘアスタイルのおばさんが「YES! Praise the Lord! ハレルヤ!」と叫び、スタジオ内の観客のみなさんも「ハレルヤ!イエー!」と大興奮しているのだ。どうやら、神のみわざでバーベルが持ち上がる、みたいな演出なのであった。

ああ、これが宗教チャンネルか…と納得したわたしだが、アメリカのテレビには宗教系の放送局というのがあって、ゴスペルの歌番組やらスピリチュアルな対談番組やらアメイジングなドキュメンタリーなどを放送しているのだった。

あの時のものすごいヘアスタイルのおばさんは誰だったのだろうか、と検索してみたところ、間違いなく Jan Crouch。ということは、たぶんそのときのチャンネルは TBN。偉大なり、インターネット。アレルヤ!

さて、話は映画『ソウル・サーファー』に戻るんですけども。

こういう宗教チャンネルで放映してそうなクリスチャン映画だったのがいちばんの驚きでした…。

実際のベサニーも信仰心のあつい人らしいく、自身にふりかかった試練を乗り越えられたのも神のおかげ、ということ自体はわたし別に構わないんですよ。あそこまで前向きに頑張れるっていうのは、精神面で宗教的な支えがないとちょっと難しいかもしれないなあと思うし。

しかし、こうみえてもキリスト教のわたしが言うのも何ですけどね、映画だと、その宗教っぽさがうさん臭くて居心地が悪く、唐突な食前の祈りシーンとか、教会の礼拝シーンとか、とってつけたような台詞とか、わざとらしいったらないんですけど。一度挫折したベサニーが教会のボランティアでプーケットに行くシーンも、ただの自分探しにしか見えないし。

制作側はキリスト教色を薄くしたかったようで、その姿勢にハミルトン家からはクレームがついたらしく(Hollywood Reporterのこの記事参照)、そのあたりのギャップが不自然な演出につながったのかも。

個人的にはここの感想(英語です)と同意見です(神についてのあーだこーだが勧誘並みにうざい、という1文に吹きました)。

さんざん文句言いましたけど、ベサニー・ハミルトンはすごい人ですし、エンドクレジットでは本人の映像も出てきて、おお!となるし、わざとらしい宗教部分は脳内で補正して観るとよいのではないでしょうか。じゃあ、映画じゃなくてドキュメンタリーのほうがいいじゃないか、という話にもなっちゃうんですけどね。

ちなみに本人の自伝はちらっと見ただけだけど、かなり気合いの入ったクリスチャンブックです。
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by rivarisaia | 2013-09-17 22:04 | 映画/洋画 | Comments(0)