A Tale for the Time Being(あるときの物語)

夏のはじめに読みかけてながらく中断してたんですけど、ブッカー賞のショートリストに残っているので、早く続きを読まなくちゃー!と急にペースアップして読了。おすすめ!

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A Tale for the Time Being』Ruth Ozeki著、Viking Adult

カナダのブリティッシュ・コロンビアの離島に住む作家のルースは、ある日、浜辺でビニル袋に入った漂流物をひろう。あけてみるとキティちゃんのランチボックスが入っていて、なかから手紙の束と日記が出てきた。

わたしの名前はナオ。
いま秋葉原のメイドカフェにいて、未来のどこかに存在するあなたのことを考えています…


中学生のヤスタニ・ナオコはカリフォルニア育ちだが、父親のハルキが失職し、一家は日本に帰国。帰国子女であるナオは学校で壮絶なイジメにあう。いっぽう父親のハルキは鬱をわずらい、何度も自殺を試みる。

夏休み、ナオは宮城県の禅寺にいる尼僧で104才の曾祖母ジコ(ジコー?)のもとでしばらくくらすことになる。ナオは曾祖母からいろいろなことを学び、また特攻隊員として若くして死んだ大伯父のハルキの話を聞く。

いっぽうこうしたことが綴られている日記を読んでいるルースのほうは、なんとかして現実にナオを探そうとするがうまくいかない。日記は津波で流されてきたのではないかと考えるルースだが、袋に付着していたフジツボから、震災よりももっと前に海に流されたのではないかということになる。

ナオは死をほのめかしているのだが、日記が書かれたのが数年前だとすると、はたしていま彼女は生きているのか。震災を、津波を生きのびることはできたのか。

カナダのルースが、ナオの日記や日本語で書かれた戦時中の手紙、フランス語で書かれた古い秘密の日記などを少しずつ読み進めていく構成で、交わるはずのない現在のルースの世界と過去のナオの世界がふと交差したりして、ルースとナオの物語を読んでるわたしも奇妙な時間の感覚にとらわれたような気になる、不思議な物語です。大体、ナオの日記に付いている注釈はルースが付けてるんですよね?

タイトルは道元の『正法眼蔵』より「有時」の一節からきています。

太平洋戦争、9.11、アフガニスタン紛争やイラク戦争、東日本大震災と原発事故、リストラ、鬱、集団自殺、イジメ、ネットいじめ、売春など、さまざまな問題を盛り込みながら、時間とはなにか、存在とはなにか、生きるとはなにかを、ルースやナオとともに模索する、そんな話です。

余談ですが、ルースと夫オリバーの飼い猫の正式な名前がシュレンディンガーだったことをあとで思いだして、やられた感。

これ、翻訳出なかったら嘘だろう、という感じなので、英語で読むのが無理な場合は邦訳期待しましょう! ついでに同じ著者の『イヤー・オブ・ミート』どこかから文庫で復刊したらいいのにな。

本書のブックトレイラーをはっておきますね。


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by rivarisaia | 2013-10-14 22:36 | | Trackback | Comments(0)

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