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風の中の牝鷄

小津安二郎生誕110周年、没後50周年ということで、神保町シアターでも11月23日から特集上映があるし、いまGyaO!でも日替わりで無料配信をしています。

先日は懐かしい〜と『秋刀魚の味』をみたら、しょっぱなからかなりのセクハラ全開なことに気がついた。昔はそういう時代だったのねと遠い目をしたいところですが、いまだにこの手のおっさんが生息しているのがなんだか残念な日本社会である。

ところで。

さきほど1948年のこの作品をみて、びっくりしちゃったわたしです。ひゃっ!と叫んでしまったほどです。劇場で観てたら椅子からずり落ちてた、たぶん。

以下、最後まで内容にふれますので、ひゃっ!となりたい人は読まないほうがいいです。

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風の中の牝鷄』監督:小津安二郎

夫(佐野周二)が外地から戻ってこず、幼い息子の浩と細々とくらしている時子(田中絹代)。ある日、浩が病気になってしまい、治療代が必要になった時子は、困った挙げ句に一晩だけ身体を売ってしまう。

やがて夫が戻ってくるが、隠しごとができない時子は、すべてを告白。夫はショックのあまり、妻に嫌悪感を抱く。ついには妻が利用した安宿に赴き、妻がそこに来たのは本当に一度だけか、という確認をしたりする。一度だけだと聞かされても、釈然としない夫。

そして、自分のお相手の女性に説教したりするんだけど、このあたりから、わたし、髪の毛がぼさぼさしてすんごくやさぐれた暗い、暗い佐野周二にムカムカしてきました。

同僚の笠智衆はそんな佐野に言う。

「過ぎたことだ。そんなことにこだわらずに奥さんを許してあげろよ。
奥さんが可哀想だよ」(そうだ! そうだ! by わたし)


しかしやさぐれ佐野ときたら

「なにかくすぶってるんだ…イライラするんだ…」
(イライラすんのはこっちだよ!! by わたし)


といつまでも悶々としているのである。気持ちもわかるが、早く忘れなよと笠智衆に諭される佐野。わたしも笠智衆と同じ気持ちである。

その佐野は帰宅すると、妻・田中絹代から「きょうはどうかうちにいてください。どこにも行かないで」と泣きつかれるが、冷たく妻を振り払う。ここで驚愕の展開が!

なんと妻が、階段のてっぺんから下までドドドドドーッと転げおちてしまうのである。

ひゃああああ!!

まさかの階段落ちで、妻は死んだかと思いました…。いっぽう夫・佐野はどうしたかというと、階段をかけおりるも、途中で立ち止まって「時子! 大丈夫か?」と声をかけるだけなんだよ。

いやいやいや、いくらショックでも、それはあんまりだろ。ちゃんと下までおりて大丈夫か確認しなさいよ。

大家のおばさんが何事かとやってきた時点では、夫・佐野ときたらすでに2階に戻っちゃってるの。どういうことなんですかね(怒り心頭のわたし)。

「どうしたの?」とおばさんに聞かれた妻は「あたし、そそっかしいもんですから、はしごだんからおっこっちゃって」と、典型的なDVの被害者の受け答えをしてましたよ。嗚呼……。

そのあと、足をひきずりながら階段をのぼった妻は「すみません。みんなわたしがバカだったんです。どんなことでも我慢するから、気のすむようにしてください」と涙ながらに謝る。

するとなんと、夫・佐野いわく。

「おれはおまえを叱りやしないよ」


へ? いきなり何言ってんの? お前、謝れよ。

「おい、忘れよう。そんなことにこだわってると不幸にするんだ。俺は忘れる。お前も忘れろ。深い愛情をもつんだ。おれもどうかしていた。もういいんだ」


いやいやいやいやいや。ちょっと、わざとじゃないとしても奥さんを突き落としといてそれはないんじゃないの? 急にえらそうなことを言い出してるけど、なんなの? 奥さんは、階段から転げて、運悪けりゃ死んでたよ!? と、わたしの憤りが最高潮に達したところでようやく、

「ケガはなかったか?」


ときたもんだ。酷い。酷すぎる。なんだこの夫。でもこのあたりで妻は夫を赦し、夫も妻の過去のあやまちを赦し、まあいいか、という方向に向かっていったので、わたし、とやかく言わないことにします。幸せになれるといいですね。

しかし最後に、夫・佐野が言った台詞が不安を呼びました。

「この先まだ長いんだ、いろんなことがあるぞ。どんなことにも動じないお前と俺になるんだ!」


いろんなこと……。そのなかにDV的要素が含まれてないことを祈るばかりですよ。いやはや…。
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by rivarisaia | 2013-11-21 01:46 | 映画/日本 | Comments(0)