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私の血に流れる血(TIFF)

先週、怒涛のように旅行記をアップした後、パタリと更新が止んでいたのは、例年のごとく東京国際映画祭(TIFF)に突入していたからです。本日からは、TIFFで観た映画の感想を怒涛のように更新したい(FILMEX始まっちゃう)。

1本目はこれ。
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私の血に流れる血(Sangue Del Mio Sangue / Blood of My Blood)
監督:マルコ・ベロッキオ

正直にいうと、私はベロッキオの作品は毎回ぴんとこなくて、あまり相性がよくないんだけども、本作はあらすじが

17世紀、ある教会で行われた魔女裁判の話

および

現代、朽ちた教会に住む「吸血鬼」と噂される老人の話

だというじゃありませんか。なにそれ、すごく観たい。

「今までの作品がぴんと来ない? じゃあ、魔女裁判の話どうだ。お前、気になるだろ? ついでに吸血鬼の老人、お前、好きだろ?」とベロッキオ監督が私に言うのですよ。

映画祭で観ずとも一般公開される気がするけれど、でも六本木のスクリーン7というデカいスクリーンで観る機会もなさそうだし。

結論から言うと、この映画、ものすごく変で、すっごく好き。もう一回観たい。

舞台はベロッキオの出身地であるイタリア北部の町ボッビオ。

17世紀、ボッビオの教会で自殺した神父がいた。
カトリック的には自殺は禁じられているので、正式な埋葬はゆるされない。しかしなんとか埋葬許可を得るべく、神父の弟が教会にやってくる。
「兄の死は自殺ではなく、魔女である女にそそのかされたのだ」ということを証明すべく、あれやこれやのことをする(要するに女を拷問にかける)のだが、魔女であることはなかなか証明されず……

というのが、過去パートのあらすじ。途中で話はいきなり現代になり、

町の所有物となっている朽ち果てた教会をロシアの富豪が買い取ろうとする。しかし、その教会にはこっそり住んでいる老人がいた。
吸血鬼と呼ばれるその老人は、数年前に失踪した伯爵で、教会をロシア人から守るべく密かに行動を開始する……

コミカルでけっこう可笑しい現代パートは、過去パートとはあまり関連性がなさそうにみえるんだけれども、よくよく考えてみると過去も現代も描いていることは根本的に同じことなのでは?という気がしてくる。

レプブリカにちょうどこの映画の記事が出ていて、最後の3行で「ああ!」と腑に落ちたんだけれども、本作が伝えているのは、いつの時代にも、物事の道理をわかってなかったり、古い権威に固執して新しい考えを退けたりする蒙昧主義が必ず存在するものの、それでもやはり古い価値観を壊していくのは新しい物事や正義であり、またそういった変化の背後には「犠牲」がある、ということなのではないか。

17世紀の魔女裁判が出てくるとはいえ、それほどカトリック的な解釈が要求される話ではないというか、舞台がイタリアだから教会の話が引き合いに出されているだけじゃないかなあ。だからあんまりキリスト教的、と考えないほうがよい気がしました。



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by rivarisaia | 2015-10-31 17:40 | 映画/洋画 | Comments(0)