普通の人びと―ホロコーストと第101警察予備大隊

『コール・オブ・ヒーローズ』の感想でふれた本で、今のところ絶版みたいだけど、読み継がれるべき1冊。文庫化するか電子版を出すかしてほしい。

「普通のドイツ人が、いかにして史上稀な大量殺戮者に変身したのか」を膨大な史料に丹念にあたって浮き彫りにした本。ちなみにここでの「普通の人びと」は男性ですが、「普通の女性」のケースについては『ヒトラーの娘たち――ホロコーストに加担したドイツ女性』(ウェンディ・ロワー著、明石書店)をどうぞ。

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普通の人びと―ホロコーストと第101警察予備大隊』クリストファー・ブラウニング著、谷喬夫訳、筑摩書房

警察予備大隊の構成員というのは、あくまで警察の予備として急遽収集された一般市民であり、軍人ではなかった。

およそ500人の隊員からなる第101警察予備大隊も、上に立つ少数名のナチ党員やSS隊員をのぞけば、ほとんどが運送業や材木屋、教師、事務員、船員、セールスマンといった、「普通の人びと」である。年齢層は高め、ナチス・ドイツ以前の教育を受けており、格別にナチスの思想に傾倒していたわけでもない、主にハンブルク出身の一般労働者。

1942年、第101警察予備大隊はポーランドに派遣される。そしてそこで2年間にわたりこの「普通の人びと」は虐殺に加わっていくことになるのだった。

一番最初の「任務」では、隊長であるトラップ少佐が、涙を浮かべながら内容を説明した上で参加したくない者は申し出れば処罰なしで任務から外すと言うのだけれども、ここで辞退した者は10名ほどしかいない。

そしていざ銃殺が始まるとトラップ少佐は現場には来ず、小屋の中で泣きながら神に祈っていた。「現場」では、殺すのが嫌でこっそり隠れた者、耐えきれず途中で任務を外してもらった者もいたけど、残りは命令に従ってひたすら殺し続けた。とはいえ、初めての任務はかなり凄惨なことになり、隊員のほとんどは精神的に参ってしまう。

ところが、彼らはその後も虐殺任務を手がけていくうちに、だんだん手際もよくなり、精神的にもすっかり順応してしまう。

馴れって怖い、というレベルを超えて人は物事に馴れる。おびただしい人数をトレブリンカ絶滅収容所へ送り込むという移送作業も、隊員たちはじつに心穏やかに取り組むことができた。だって、自分たちが手を下すわけじゃないからね。1943年の「収穫祭作戦」と呼ばれる大虐殺が彼らにとって最後の任務となった。

著者ブラウニングは、最後にこう書いている。

「殺戮した者は、同じ状況に置かれれば誰でも自分たちと同じことをしただろうとして、免罪されることはありえない。なぜなら、同じ大隊員のなかにさえ、幾人かは殺戮を拒否し、他の者は後から殺戮をやめたのであった。人間の責任は、究極的には個人の問題である」

それはその通りだけれども、

「大量殺戮と日常生活は一体となっていたのである。正常な生活それ自体が、きわめて異常なものになっていたのである」

という状況で、「絶対に嫌です、やりません」とはたして私たちは言えるかどうか。これは自分本位な性格というか他人の目をまったく気にしない性格かどうかが大きい気もしてきた。最初あんな泣いてたトラップ少佐だって、しまいには順応してるわけで、心が優しいかどうかはきっとあまり関係ない。

自分が任務を拒否することは、汚れ仕事を仲間にやらせることであり、「それは結果的に、仲間に対して自己中心的な行動をとることを意味」していた。ときに正義を貫くには、周りから独善的だ、弱虫だなどと侮辱されても無頓着でいられる強さが必要かもしれない。

第101警察予備大隊が射殺したユダヤ人の数は、1942年7月から1943年11月の間に総計38,000人、トレブリンカへ強制輸送したユダヤ人の数は、1942年8月から1943年5月までで、総計45,200人だった。



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by rivarisaia | 2017-08-21 22:19 | | Trackback | Comments(0)

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