スリー・ビルボード

脚本がお見事で、すっごく面白かった。かなり酷いことや悲惨なことが起きるし、怒りと悲しみに満ち満ちているんだけれども、すべてをひっくるめて笑いを交えてさらっと描きつつ、物語も登場人物の造形も予想外のほうにひっくり返っていく。オセロみたい。あるいはチェスかも。

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スリー・ビルボード(Three Billboards Outside Ebbing, Missouri)
監督:マーティン・マクドナー

ミズーリ州のエビングという小さな田舎町。7カ月前、娘をレイプされて殺されたミルドレッド・ヘイズは、いまだに犯人をつかまえられない警察に腹を立て、道路脇の3枚の立て看板に広告を出した。

「レイプされながら死んだ」「逮捕はまだ?」「どうして、ウィロビー署長?」

看板を見たディクソン巡査から報告を受けたウィロビー署長は、ミルドレッドのもとを訪れ、捜査の状況を説明するものの、彼女の怒りはまったくおさまらない。

人情味にあふれ誠実な性格のウィロビー署長は、署内のほかの警官からも、町の人々からも信頼され、愛されているということもあり、多くの人々の怒りはミルドレッドにむかう。そしてある日、衝撃的な事件が起き……

3枚の立て看板が象徴するのは、ミルドレッドとウィロビー署長とディクソン巡査。看板にはハッキリと大きな文字でメッセージが書いてあるけど、裏側からはそのメッセージはまったく見えない。看板の表と裏がまったく違うように、3人の人物も、外側からみえる部分と内面は全然違う。

特にびっくりさせられたのはディクソン巡査で、この人は南部にいる典型的な差別主義者のアホのカリカチュアなんだけれども、こいつがいろいろやらかすたびに私はむかついていた。ところが後半、気づいたらミルドレッドよりもむしろディクソンの話になっていくにつれ、許せないことをしたディクソンだけど、これからやりなおせるかも、がんばれ、という手に汗握るような気持ちになってしまったのだった。

人間は怒りに目がくらむと、ますます物事の本質が見えなくなり、勝手な思い込みで、とりかえしのつかないことをしでかしたり、どんどん悪いことを引き寄せてしまったりする。ディクソンだけでなく、ミルドレッドもそうで、怒りを身にまとっているために、自分には味方がいることも全然みえていない。

そう思う通りに進まないのが人生なので、なかなか報われることなく、絶妙なところで話は終わる。あのあとどうなったかな、とときどき考えるんだけど、マクドナーがそのまま続きを撮ったらすごくブラックな展開にしそうだけど、それだと切ないので、明るい展開も想像したりした。

例のふたりはヤツをボコボコにするかもしれないけど、きっと殺さない。で、もしかするとアイツは真犯人の手がかりを知ってるかもしれない(自分も似たようなことをやったんだろうけど、真犯人から詳細を聞いたのかもしれないじゃん?)。それから、ミルドレッドにはデートのやり直しをしてほしい。いやなら無理にとはいわないけどさ。



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by rivarisaia | 2018-02-07 22:44 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

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