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300のおまけ:じゃあペルシア帝国の話でも....

昨日はコーフンのあまり浮かれたエントリを書きましたから、本日はおまけとしてペルシア帝国の話でもしてみようかしら。たまには役に立つと見せかけて、実体は高校の世界史レベル。

300』はあれはあれで大いに結構で文句ナシ!なんですが、いっそのことペルシアにフォーカスした映画もつくってほしい〜(誰に言ってるんだか)。

だって、アケメネス朝ペルシアは世界初の大帝国でございますよ! インダス川からエジプトにいたるまでの超大帝国。

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絶頂期は「王の耳」「王の目」「王の道」のダレイオス1世の時代。ペルセポリスを建設した人でもあります。これを破壊しちまったのはアレクサンドロス大王だ。ああ、もったいないことを.....。

アケメネス朝は周囲を征服して大帝国になったとはいえ、けっこう寛容な他民族支配なんですよね。当時のペルシアはゾロアスター教ですが、他宗教にも大らかだった。文化も豪勢だし、正当派の映画にしたら美しいと思うんですけど。でもテーマが難しいかしらね......。

さて、そんなペルシア帝国は全部で3回、ギリシア遠征をしています。

 第1回は「欲に(B.C.492年)かられて大失敗」で、ペルシア海軍は難破
 第2回が「欲を(B.C. 490年)出したら負けちゃった」のマラトンの戦い
 そして第3回がダレイオスの息子・クセルクセス王の
  「余は大負け(B.C 480年)」のサラミスの海戦(アテネ海軍vsペルシア)
   ※テルモピレー(テルモピュライ)の戦いはサラミスの海戦の前。

ちなみに第3回は、翌年に最終決戦がありますので『300』のラストでチラッと出てきたのは、これかしら? 


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  スサの宮殿のモザイクによると、ペルシアの不死の戦士たちはこんな感じです。


ペルシア戦争後、ギリシアは「アテネ派vsスパルタ派」の内戦へと続いていくわけですが、アテネの民主制はちょいと勘弁!と思っていたのが貴族政治のスパルタなので、『300』でスパルタ兵が「民主主義がどーのこーの」と演説してた場面は、

     アテナイの兵士ならともかく、お前らが民主主義とか言うな!

という突っ込みどころではないかと思われます(笑)。

ギリシャ遠征は負けちゃったけど、ペルシアにとって別にギリシャは征服できなくても大したことなかったという気がする。ヨーロッパにしてみれば、歴史的に大きなターニングポイントですが。クセルクセス王は政権争いで殺害されてしまい、ごたごたした後、王位についたダレイオス3世がアレクサンダー大王に負けてアケメネス朝は滅んでしまうのでありました。
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Commented by 森と海 at 2007-06-10 23:08 x
マケドニアのアレキサンドロスは、ある意味復讐戦だったらしいですな、歴史家に言わせると。
でも、んなもん、結局ギリシア負けてもいないのに復讐ってことはないと思うんだよねー。
Commented by rivarisaia at 2007-06-11 20:59
え、復讐戦? 負けてないのに、なぜ? 
しかも、マケドニアってどちらかといえば、打倒ギリシア!イエ〜!って感じだったのかと思ってたけど......。

西側はまだまだヒヨッコ時代のローマと、野蛮時代のヨーロッパだから、
当然アレキサンドロスとしては、攻めるのはペルシアですよねえ。
by rivarisaia | 2007-06-10 22:12 | 映画/洋画 | Comments(2)