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カテゴリ:映画/日本( 73 )

沈黙 —サイレンス—

遠藤周作の『沈黙』をスコセッシが映画化すると耳にしてから長らく楽しみにしてたけど、待った甲斐があったとはこのこと。『ディパーテッド』よりも断然こちらのほうが素晴らしいと思ったけど、カトリックの信仰というテーマ的にアカデミー賞は難しいかなという気もするので、ノミネート数少ないのはなんか納得。

2時間40分ですが、長さは感じませんでした。上映時間と拷問描写にひるまず、できれば観たほうがいいですよー。現代の日本でもじゅうぶんあるある、と思い当たるあれやこれやに愕然とするけど……。

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沈黙 —サイレンス—(Silence)』監督:マーティン・スコセッシ

キリシタン禁制の日本に潜入したポルトガル司祭が、残忍な拷問にかけられ殉教していく日本の信徒らの姿を目にして、「これほど酷いことが起きているのに、神はなぜ、沈黙しているのか?」と苦悩し、ついに……という物語で、「神は決して沈黙しているわけではない」というのが大きなテーマです。

常日頃「日本人は宗教に寛容」という言葉を見聞きするたびに、ちゃんちゃらおかしいと笑っちゃうのですが、経験からいっても寛容なんてことはあまりなくて、はっきりいえば往々にして節操ないし、配慮に欠けてることが多い。

それをそのまま体現したかのような存在が、本作の奉行(イッセー尾形)と通辞(浅野忠信)です。

「ひとこと転ぶといえばよいのだ」「ほんの形だけ踏めばよい。形などどうでもよいことではないか」と、時にへらへらと笑顔で迫ってくる奉行と通辞の姿は、寛大なようでいて実際には非常に酷なことをやっているわけですが、過酷な拷問を目にした私たち観客も、「形だけだから、頼むから踏んでください!」とつい思わされてしまう。

農民を拷問にかけたり、あの手この手で司祭に棄教を迫ったりする場面も心が痛いのですが、グサッと刺さったのは、「日本は沼だから、根は腐って、花も咲かない」というセリフ。これ信仰の話なんですけど、よく考えてみると信仰だけじゃなくない? デザインに対する考え方とか、基本的人権とか、教育の重要性とか、いろんなことに対していまだに沼すぎるのでは……? 大丈夫?(震え声)

オープニングとエンディングで虫の声がするのですけれども、オープニングでは静寂を感じて、エンディングではああ神はそこにいるんだなと感じました。これは人によって捉え方が違うんだろうな。

さて、主演のアンドリュー・ガーフィールドは、最初に配役を聞いたときには若すぎるのではないかと不安でしたが、揺れ動く若い司祭としてピッタリだったし、そのほかのキャストも全員がはまっていました(特に、塚本監督)。異国の監督が台湾で撮影しても、こんな圧倒的な時代劇が撮れるのね。

原作の力と映像の力があわさって、鮮明に迫ってくる作品ですが、あくまでフィクションなので、史実やカトリックの教義と混同しないほうがよいかも。これから原作を読む人は、最後のめっちゃ読みにくい「切支丹屋敷役人日記」もがんばって読んでね!(あの部分とても重要なのに読まれない……と遠藤周作が嘆いてるインタビューどっかでみた)

『潜伏キリシタン 江戸時代の禁教政策と民衆』(大橋幸泰著、講談社選書メチエ)を読むと、フィクションで描かれてるイメージとはまた違った実像が見えて、大変興味深いのでおすすめです。

しかし他人が大切にしていることに対して、自分のものさしで遠慮なく踏み込んでしまうことは、意図せずとも誰もがやりがちではあるし、私もやりかねないのでじゅうぶん気をつけないといけないなー。



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by rivarisaia | 2017-02-01 16:24 | 映画/日本 | Comments(5)

この世界の片隅に

こうの史代のマンガ『この世界の片隅に』のアニメ化。原作、私は大好きなのですが、映画も波の兎や空襲のシーンはじめアニメーションならではの表現があって、とてもよかった。それから街並みや家の中の様子がとてもリアル。ディテールに気を配っているので、画面にたくさんの情報が詰まっていました。もう1度観たい。

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この世界の片隅に』監督:片渕須直

広島市に暮らす、絵が得意でちょっとおっとりとした少女すずは、1944年(昭和19年)、軍港として栄えた呉にお嫁にやってくる。

すずさんの戦時下のくらしは、ほのぼのとしているように感じる人もいるかもしれないけれども、じわりじわりと戦争が生活を侵食していって、いつの間にか非日常が日常になっている。戦時下でも、人は日々暮らしていかなくてはならないので、辛いことにも、本当ならしなくてもよかった苦労にも、適応できるようになるのだと思う。空襲警報だって毎日毎日鳴っていれば、すっかり慣れてしまうのだ。

3月と5月の大空襲を経験している私の祖母も、戦時中の話を聞くと「そうねえ、まあ大変といえば大変だったかもしれないけどねえ」という調子で、仕方のないこととして世の中に適応しながら、すずさんのように日々の暮らしを支えていったのだろうけれども、戦争がなければもっと別の暮らしがあったんじゃないか、しなくてもよい苦労がいっぱいあったのではないかと考えてしまってやっぱりつらい。そしてあんまり自覚のないまま戦争を「日常」として受け入れてしまうのもつらい。その代償のように、すずさんは大切なものを失ってしまう。

それでもすずさんは、この世界の片隅に自分の居場所を見つけることができるし、すずさんが広島市内で出会う孤児は、戦争が終わって新しい未来への「希望」なんだと思う。

いくつか削除されている箇所があって議論を呼んだりもしているけど、これは映画を観た人が原作も読んでみようと思うきっかけになったらいいんじゃないかなあ。この作品に限らず、映画をきっかけに原作が売れてくれたら嬉しい。

予告


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by rivarisaia | 2016-12-09 23:26 | 映画/日本 | Comments(0)

シン・ゴジラ

3ヶ月くらい映画館に行くよゆうがなかったため、先日深夜ついに発狂(大げさ)。映画館に駆け込んだところ、災害シミュレーション映画を上映していて、これがめっぽう面白くてやばかったです(大げさじゃなく、これはほんとう)。もう1回観たい(本気)。

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シン・ゴジラ
総監督/編集/脚本:庵野秀明、監督/特技監督:樋口真嗣、准監督/特技総括:尾上克郎

まだ観てない人も多そうなので、今回はあまり詳しい内容にはふれません。

ざっくりしたあらすじは、
ある日突然、謎の巨大生物が東京湾に現れたら、さあ日本政府どうします?
という話です。

日本にゴジラが出現したら、行政レベルでどんなことが起きるのでしょうか。そもそも自衛隊は攻撃できるのでしょうか、攻撃可能な場合、どのような手順になるのでしょうか。そんな疑問に答えてくれるのが、本作です。

未曾有の事態に困惑する政府。自分のところで責任取るのはちょっと……とたらい回しにしちゃう各省庁。山のような書類、いたるところで会議につぐ会議。そう、この映画は会議映画でもあります。まさか「もっと会議を見せろー!」という気持ちでいっぱいになるとは思わなんだ。会議、楽しい。

とまあ、謎の巨大生物の出現に、政府官僚はてんてこ舞いですし、甚大な被害に遭った街の人々や消防だって大変なのですが、被災していない場所の人々は、

ゴジラが出ようが、ふつうに電車動いてるし、いつも通り出勤してたみたい。

ああ……。海外の人にはわかってもらえないかもしれないけど、そう、日本ってね、こういうところあるのよ。この描写、ものすごく日本らしいよね(遠い目)。

しかしながら、巨大生物による被害は収束するどころか、予測のつかない方向へとどんどん拡大していく。ぶっ壊されていく東京。どう収束させるのか、続きは映画館でどうぞ!

本作ですが、私の大好きな『日本のいちばん長い日』や『アポロ13』に共通するところがあるので、この2作が好きな人にもオススメ。また、お涙頂戴のドラマ要素と余計なロマンス要素もないし、気持ちを煽るような音楽をバックに涙流しながら絶叫する人もいないので、本当にすばらしいです。人間ドラマがないわけではないんですよ。ちゃんとあるけど、さりげないし、想像力をかきたてる。ここ、邦画関係者各位、見習ってほしい。

画面とセリフの情報量が多くて整理しきれないので、2回目観たら、また新たに気づくところがありそう。

余談ですが、特報第1弾が私の苦手な手ぶれ映像だったので、酔うのではないかと躊躇してたのだけれども、揺れる映像は数分くらいしかないので無問題でした。

*鑑賞済みの人向けのおまけのリンク

超高層ビル・再開発マニアの人はこちらどうぞ:

ゴジラコースを散歩したい人はこちらどうぞ:






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by rivarisaia | 2016-08-09 23:52 | 映画/日本 | Comments(0)

最高殊勲夫人

昔の邦画で見ることができる風俗の描写はやっぱり面白いなー。
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『最高殊勲夫人』監督:増村保造

杏子(若尾文子)は、ごく普通の家庭・野々宮家の三女。
その野々宮家では、長女の桃子が三原商事の社長である一郎と結婚、そして次女の梨子が三原商事の専務で社長の弟でもある二郎と結婚しており、桃子と梨子はそろって妹の杏子を三原家の三男坊、三郎(川口浩)と結婚させようと目論む。
杏子も三郎も、そんな策略に乗っかって結婚なんて、絶対ない!と決意するのだが……

大変に時代を感じさせる内容で、現代の私にしてみれば、桃子と一郎夫妻にはかなりイラッときちゃって、「うわーやだー」という気持ちでいっぱいになり、まったく笑えない場面なんかもあるんだけれども、あややと浩がかわいいから許せます。この作品の川口浩はけっこう好き。ロカビリー喫茶(!)で杏子と三郎がお互いの気持ちを告白する場面は、ほんとにほんとに可愛い。

杏子は丸の内にある三原商事で仕事をすることになります。三原商事は東京駅のすぐそばのビルディングのようなんですけど、当時の丸の内社員は、昼休みに屋上でバドミントンだのゴルフだのをやるのは当たり前だったのかしら。他の映画でも、そういう描写をよく見かけるんだけれども、屋上でバレーボールなんかして、ボールが外に飛んでったりしないのかな……。

いっぽう、杏子の父親がつとめている町の零細企業では、お昼時に女子社員がメザシ焼いてました。会社で……メザシを……。ええと、当時としては別に珍しいことでもなかったのか?

この映画、大映恋愛コメディとしても楽しめますけど、映し出される風俗が面白い。50円で映画三本立てが観られるのかーとか、あややの家の本棚がうちの本棚と同じ!とか、ビルの地下街にあるらしいトンカツ屋やあんみつ屋、サラリーマンが読んでる雑誌など、わくわくするポイントがたくさんあるんですけど、やたら出てきたタカラビールのボトルも気になった。

タカラビールって、1957年〜67年の10年間だけ売られてたんだって(参照)。ラベルのロゴマークがかっこよかった。ちょっと飲んでみたいわ。


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by rivarisaia | 2015-08-12 16:39 | 映画/日本 | Comments(0)

女系家族

先日、若尾あややの「おにぎり娘」について書いたんですけど、もうひとつ別の映画の感想が下書きフォルダに放置されてたので、ついでにアップしちゃおう。

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女系家族』監督:三隅研次

大阪船場の老舗・矢島家は、代々婿養子を迎えてきた女系の家筋。
その当主、嘉蔵がなくなり、親族会議の場で大番頭の手によって遺言状が開封される。遺産の分配に不満な三人の娘たち。しかも嘉蔵には妾がいることが発覚し……


めっちゃえげつない。いややわー。

何度観ても震え上がっちゃう。遺産相続に関する人々の思惑と駆け引きしか描いてないけど、途切れることのない緊張感。名作でございますね。こわいわあ。

京マチ子が演じる出戻り総領娘の欲深さもえげつないですけど、嫌味な遣り手婆的な叔母さん浪花千栄子にも辟易しちゃうし、冷静になって考えてみれば、「よくやった!」とスカッとするとはいえ、もっとも恐ろしい存在だったのは、若尾ちゃん演じるしたたかな文乃なのだった。

二号さんである文乃の妊娠が発覚してからの女性陣の外道っぷりも凄まじく、産婦人科医の一件とか酷いとしか言いようがないのですが、その直後の若尾ちゃんの不敵な微笑み。

こわいわあ、こわいわーーー。

えげつなさでお腹いっぱいの本作ですが、意外にもラストはそれほど後味悪くない。おそらくそれは、愛人若尾ちゃんにしてやられていい気味だというところで終わらないせいかもしれないですね。三姉妹は憑き物が落ちたようになって、心機一転する京マチ子の姿に少しほっとするのでした。

でもさ、このあと、またいろいろ悶着ありそうですよね、この一族。特に若尾ちゃんの子どもが大きくなったりした時とかさ。あんまり考えたくないけど!
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by rivarisaia | 2015-06-16 23:29 | 映画/日本 | Comments(0)

東京おにぎり娘

今月末から東京は角川シネマ新宿にて、若尾文子映画祭があるんですけど、どれを観にいくか迷う。それ以前に予定をやりくりできるのか謎だけど。

若尾あややといえば、ちょいと前にはこれを観ました。

東京おにぎり娘』監督:田中重雄

若尾あややちゃん演じるまりこは、新橋にあるテーラー直江のお嬢さん。大阪弁の江戸っ子(なんだろうこの歩く自己矛盾のような設定……)であるお父さん、中村雁治郎と、しょっちゅう制服が破れちゃう弟と3人くらし。テーラー直江はさっぱりお客がこないので、まりこはお店をおにぎり屋さんにしてしまいます。

若尾ちゃんは、幼馴染の五郎(川口浩)との縁談の話がもちあがり、まんざらでもなさそう。
かつてテーラー直江で修行してた幸吉さん(川崎敬三)は、若尾ちゃんのことが気になるようす。
ご近所の三平くん(ジェリー藤尾)も若尾ちゃんのこと好きみたい。

大映だしさ、若尾ちゃんがおにぎりを握るホンワカした話を想像していたら、ちょっと違った。おにぎり屋を舞台にした恋のトライアングルの話なのかなーと思いきや、ものすごく変化球な展開が待ち受けてました。まさかの腹違いの妹の出現から始まって……そりゃないよ!若尾ちゃん、かわいそう(涙)あれ、ちょっと待って、やっぱかわいそうなのは幸吉さんか?

まあともかく、華々しい大映ムービーという感じであることにはかわりなく、清楚な若尾ちゃんから、妖艶な若尾ちゃん、大酔っ払いの若尾ちゃん……といろんな若尾あややが観られるので楽しい1本でした! 映画祭でも上映されますよ!
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by rivarisaia | 2015-06-10 23:20 | 映画/日本 | Comments(2)

三浦しをんの原作もおもしろかった記憶があるんですけども、映画もとてもよかった! 爽やかな森の樹々の匂いや、切ったばかりの木の匂いがしてくるようなそんな映画。

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WOOD JOB!〜神去なあなあ日常〜』監督:矢口史靖

大学受験に失敗し、彼女にもふられた勇気は、たまたま見かけたパンフレットに惹かれて、軽い気持ちで1年間の林業研修に申し込む。しかし、そこは携帯の電波も届かない山奥で、厳しい修行が待っていた……


都会っ子が田舎で苦労して成長する、という王道ストーリーですが、爽やかな青春物語でもあるし、コメディとしてもよくできているし、何よりも「林業」について興味が湧くような作りになっていて、すばらしいですね。観終わったときには、もっと詳しく林業について知りたい気持ちでいっぱい。山に行きたい!

そういう意味で、林業PR映画としても成功しているような気がします。ふだんの生活では、林業について考えることって少ないかもしれないけど、私たちの日常生活と林業は密接に関わっているわけで、さりげなくそんなことも伝わってくる映画なのだった。

(林業は)いい仕事をしたかどうかの結果が出るのが、自分たちが死んだ後、という台詞があるように、非常にスパンの長い仕事なんだけれども、これってもしかすると本当は林業だけに限らないのかもしれないな、とふと思ったりもしました。

主人公の勇気くん(染谷将太)は、イマドキのチャラい青年で、最初の頃は本当にイラッとくることこの上ないのですが、いつのまにやら気づけばすっかり立派な山男になっているのだった。最後のほうのお祭りのエピソードなんて、もう涙流して大笑いしちゃった(いま思い出しても笑える……)。

そう、それから余談ですが、この映画は、立派な「ヒル映画」でもあります(前に書いたコチラを参照)。やっぱりヤマビルはいやだ〜!
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by rivarisaia | 2015-05-27 18:21 | 映画/日本 | Comments(0)

妻よ薔薇のやうに

ずーっと観たい、観たいとおもっていた映画をついに観ました。とっても面白かったです。

妻よ薔薇のやうに』監督:成瀬巳喜男

丸の内で働いている君子は、歌人の母、悦子と暮らしている。君子の父は、ずいぶん前に家を出てしまっていた。長野の山奥に砂金を探しにいった父は、別の女性とくらしており、しかもふたりも子どもがいるのだった。

そんな父を、君子は連れ戻しに行くことになるのだが……


1935年の映画なんですが、30年代はやはりモダンだなあ! 衣装もモダンだし、セリフもモダン、東京の街並みもモダン、ときたもんだ。君子のお母さんは「静かにしてちょうだい。今インスピレーションがあって、いい歌ができそう」なんて言う。インスピレーション!

君子と恋人の会話もとても好き。たとえば恋人が、お菓子をもって君子の家にやってきた時の会話はこんな調子。

ああ、のどかわいた。
あら、お茶が飲みたかったら、あそこにあるからいれてちょうだい。紅茶もあってよ。
へえ、お客様がやるのかい?
ちょっと手が離せないのよ。
何を買ってきたの?
なんだ、お菓子になら手が離せるのかい?
よしてよ、食べたいんじゃないわよ。


この会話は、のちに立場を逆転して、君子が恋人の家を訪れたときに繰り返されるのが、ちょっと可笑しい。そんな丸の内OL君子の月給は45円。恋人の月給は、10円高い55円です。

さて、砂金を探しにいった父親はどうにもダメな男なのだが、芸者あがりの二号さんがなんと大変によくできた女性で、最終的には、ああ、これはお母さんの負けだわと、君子も理解することになるのだった。

君子が父を訪ねて信州に行ったときに、道端で偶然父の息子に出会う場面があるんだけれども、ここでその少年が頭にカバンを乗っけていて、真顔で会話してるのが不思議(笑っていい場面なのか、よくわからなかった……)。ダメ親父の血を引いている息子っていう感じもするけど。二号さんとお父さんの間には娘もいて、こちらは母親似でしっかりしてました。
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by rivarisaia | 2015-05-24 23:36 | 映画/日本 | Comments(0)

ゴジラ(1954年版)

ハリウッド版『ゴジラ』の予告(最初のやつ)がなかなか面白そうだったので、公開されたら観に行こうかなと言っていてハタと気づいた。

ゴジラはもとより、ロボットなどが出てこない純粋な怪獣映画って、私はほとんど観たことない。

強いて言えば、家で、画面酔いでゲロゲロになりながら『クローバー・フィールド』を観たくらい…。子どもの頃、怪獣には興味がなかったのね、私。

というわけで、初心にかえりまして1954年の第1作目です。「水爆のせいでゴジラが現れて日本を襲った」ということ以外、まったく内容を知らない、ちょうゴジラ・ビギナー。かなり緊張して観たよ!
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ゴジラ』監督:本多猪四郎(特撮は円谷英二)

太平洋で次々と貨物船や漁船が沈没する事故が発生、続いて大戸島に未知の巨大生物が上陸、古生物学者の山根博士らをはじめとする調査団が島に渡る。そこで彼らが見たものは、伝説の巨大な怪獣であった…


水爆実験をはじめ当時の社会問題を反映していることは知ってたんですが、想像以上に社会的なメッセージが強い作品でした。だからと言って、くどい感じになっていないのが、「ゴジラ」という怪獣を中心に据えているおかげかもしれません。

何だかスケール感がよくつかめなくて、ゴジラがどのくらい大きいのか今でもよくわかってないけど、とりあえずゴジラは高圧電流を流されても、戦車で撃たれても屁でもない上に、あらゆる建物をぶっ壊していました。怖い!

これまで、ゴジラは火を吹く怪獣だと思ってたんですが、あれも炎じゃなくて、光なんですね。いろいろ納得。

さて、こんな怪獣どうやって対処すんの?と、劇中の人々とともに心の中で頭を抱えた私ですが、片目の芹沢博士(平田昭彦)という謎めいた男が、その鍵を握ってましたよ。みんな、あらすじ知ってると思うから書いちゃうけど、芹沢博士がつくった「オキシジェン・デストロイヤー」なる恐怖のブツが登場します。水中の酸素を一瞬で消滅させ、生物を溶かすという、いやいやいやいや…ちょっとそれは……という恐ろしい化学物質。

この存在が世間に知られてしまうと、恐ろしい化学兵器として利用されてしまう、と苦悩する芹沢博士。「オキシジェン・デストロイヤー」をぜひ使ってくれと懇願する宝田明に対して、たとえゴジラを倒すためと言われても使うことはできないのだ、と熱弁をふるう芹沢博士。あなたこそ、真の科学者ですよ(泣)。

でもさ、オキシジェン・デストロイヤーなんですけど、どのくらいの範囲に影響が出るんでしょうね。そして効果はどの程度持続するのかしら。海は広いから、一部の生態系がおかしくなっても、すぐに復活できるのでしょうか。そのあたりも気になるところです。

水爆→ゴジラ→オキシジェン・デストロイヤーと、何この負の連鎖。でもゴジラが退治された後、志村喬演じる古生物学者の山根博士が「一匹しかいないとは思えない…」と不吉なことを言ってましたよ。いや、まったくですよね。嫌な予感しかしませんよね。いずれ第2作も観ることになろうかと思います。

ところでWikipediaをみると『ゴジラ』の制作背景が抜群に面白いです。
「(ゴジラのテーマが)重低音の楽器が主旋律となるため、連日の吹奏で演奏者は脳震盪すれすれだった」のくだりに涙を禁じ得ない…。
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by rivarisaia | 2014-05-03 23:50 | 映画/日本 | Comments(2)

風の中の牝鷄

小津安二郎生誕110周年、没後50周年ということで、神保町シアターでも11月23日から特集上映があるし、いまGyaO!でも日替わりで無料配信をしています。

先日は懐かしい〜と『秋刀魚の味』をみたら、しょっぱなからかなりのセクハラ全開なことに気がついた。昔はそういう時代だったのねと遠い目をしたいところですが、いまだにこの手のおっさんが生息しているのがなんだか残念な日本社会である。

ところで。

さきほど1948年のこの作品をみて、びっくりしちゃったわたしです。ひゃっ!と叫んでしまったほどです。劇場で観てたら椅子からずり落ちてた、たぶん。

以下、最後まで内容にふれますので、ひゃっ!となりたい人は読まないほうがいいです。

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風の中の牝鷄』監督:小津安二郎

夫(佐野周二)が外地から戻ってこず、幼い息子の浩と細々とくらしている時子(田中絹代)。ある日、浩が病気になってしまい、治療代が必要になった時子は、困った挙げ句に一晩だけ身体を売ってしまう。

やがて夫が戻ってくるが、隠しごとができない時子は、すべてを告白。夫はショックのあまり、妻に嫌悪感を抱く。ついには妻が利用した安宿に赴き、妻がそこに来たのは本当に一度だけか、という確認をしたりする。一度だけだと聞かされても、釈然としない夫。

そして、自分のお相手の女性に説教したりするんだけど、このあたりから、わたし、髪の毛がぼさぼさしてすんごくやさぐれた暗い、暗い佐野周二にムカムカしてきました。

同僚の笠智衆はそんな佐野に言う。

「過ぎたことだ。そんなことにこだわらずに奥さんを許してあげろよ。
奥さんが可哀想だよ」(そうだ! そうだ! by わたし)


しかしやさぐれ佐野ときたら

「なにかくすぶってるんだ…イライラするんだ…」
(イライラすんのはこっちだよ!! by わたし)


といつまでも悶々としているのである。気持ちもわかるが、早く忘れなよと笠智衆に諭される佐野。わたしも笠智衆と同じ気持ちである。

その佐野は帰宅すると、妻・田中絹代から「きょうはどうかうちにいてください。どこにも行かないで」と泣きつかれるが、冷たく妻を振り払う。ここで驚愕の展開が!

なんと妻が、階段のてっぺんから下までドドドドドーッと転げおちてしまうのである。

ひゃああああ!!

まさかの階段落ちで、妻は死んだかと思いました…。いっぽう夫・佐野はどうしたかというと、階段をかけおりるも、途中で立ち止まって「時子! 大丈夫か?」と声をかけるだけなんだよ。

いやいやいや、いくらショックでも、それはあんまりだろ。ちゃんと下までおりて大丈夫か確認しなさいよ。

大家のおばさんが何事かとやってきた時点では、夫・佐野ときたらすでに2階に戻っちゃってるの。どういうことなんですかね(怒り心頭のわたし)。

「どうしたの?」とおばさんに聞かれた妻は「あたし、そそっかしいもんですから、はしごだんからおっこっちゃって」と、典型的なDVの被害者の受け答えをしてましたよ。嗚呼……。

そのあと、足をひきずりながら階段をのぼった妻は「すみません。みんなわたしがバカだったんです。どんなことでも我慢するから、気のすむようにしてください」と涙ながらに謝る。

するとなんと、夫・佐野いわく。

「おれはおまえを叱りやしないよ」


へ? いきなり何言ってんの? お前、謝れよ。

「おい、忘れよう。そんなことにこだわってると不幸にするんだ。俺は忘れる。お前も忘れろ。深い愛情をもつんだ。おれもどうかしていた。もういいんだ」


いやいやいやいやいや。ちょっと、わざとじゃないとしても奥さんを突き落としといてそれはないんじゃないの? 急にえらそうなことを言い出してるけど、なんなの? 奥さんは、階段から転げて、運悪けりゃ死んでたよ!? と、わたしの憤りが最高潮に達したところでようやく、

「ケガはなかったか?」


ときたもんだ。酷い。酷すぎる。なんだこの夫。でもこのあたりで妻は夫を赦し、夫も妻の過去のあやまちを赦し、まあいいか、という方向に向かっていったので、わたし、とやかく言わないことにします。幸せになれるといいですね。

しかし最後に、夫・佐野が言った台詞が不安を呼びました。

「この先まだ長いんだ、いろんなことがあるぞ。どんなことにも動じないお前と俺になるんだ!」


いろんなこと……。そのなかにDV的要素が含まれてないことを祈るばかりですよ。いやはや…。
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by rivarisaia | 2013-11-21 01:46 | 映画/日本 | Comments(0)