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カテゴリ:映画/洋画( 435 )

ザ・コンサルタント

この映画、大好き!! 先週末に観たんですけどね、折に触れて日々あれこれ思い出して反芻している。みんなも観て!!!

日本のポスターがものすっごくB級感を漂わせてるので、えー面白いのーって気持ちになるのはわかるんですけども。

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あらすじは、コピーの通り「職業、会計コンサルタント。本業、腕利きの殺し屋」の話です。これ以上は詳しいことは言いたくないので、何も知らないまま、観に行ってほしい。最初よくわからなくても、最後で話はぜんぶつながりますし、いちいち細かい部分で気が利いてるうえに、伏線もばっちり回収。最後のほう畳み掛けるように「うわーそうきたか!」となって、「やられた〜!」っていう終わり方をするので、最高。

会計コンサルタントとしても、殺し屋としても大変優秀な男クリスチャン・ウルフを演じるのはベン・アフレックです。体格がどっしりしてることもあって殺し屋としても安定感バッチリなんですけど、何よりも、もさっとして無表情で不器用そうなところがとてもよかった。ハマリ役だと思う。

クリスチャン・ウルフは、とある企業の財務調査の依頼を受けるのですが、その企業の経理部の女性にアナ・ケンドリック。ベン・アフレックにくらべてちっこい彼女も適役で、おまけに主人公とヒロイン的な女性との間で変にベタベタした余計なロマンスシーンがなくて、絶妙な距離感を保ってた点もポイント高い。

続編できたらいいのにな。

一応、予告編を貼っておきますね。




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by rivarisaia | 2017-02-10 18:49 | 映画/洋画 | Comments(2)

昨年観た映画の感想も忘れないうちに。

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ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー(Rogue One: A Star Wars Story)
監督:ギャレス・エドワーズ

公開直後にキャッハー!という気持ちで観に行ったものの、期待値をあまりに高めすぎてしまったせいか、思ったほど気分があがらなかったのですが、ギャレスが盛り込みすぎたせいでは?という気も(特に前半)。それからグランド・モフ・ターキンの出番は多すぎではなかろうか。出てくるたびにCGっぽさが目についちゃって現実に引き戻されたので、ホログラムくらいがちょうどよかったんじゃないかな。

しかし、ドニーさんとチアン・ウェンのコンビはとてもかっこよかったです! ドロイドのK-2SOも最高のキャラクターだったし、白いマント翻してジャバジャバ進んでいく帝国軍のクレニック長官も静かに怖くてよい。

およそのあらすじに関しては、エピソード4からすでに想像ついているわけで、重苦しい話になるのはわかっちゃいたけど、やっぱりどんよりしました。コミカルなところも多かった旧3部作以外のスター・ウォーズは、仕方ないとはいえ軒並みくらーい空気がまとわりついていて、スピンオフくらいは楽しい話が観たいなとつくづく感じた。若き日のハン・ソロとチアルートとベイズとか、もっとわくわくできそうな明るいスピンオフを希望。

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ポスターの下の部分だけ見ると、リゾート! バカンス!イエー!というスプリング・ブレイク感でいっぱいである。こんなところで働いてたら気がゆるむのでは……? 重要なスイッチが謎な場所に配置されてたのもそのせいか。

いっぽうで今回大変に興味深かったのが、フォースもライトセーバーもほとんど出てこないところです。

フォースを信じている人はいるけれど、ジェダイは助けにきてくれないので、みんな自力でがんばるしかない。宇宙の平和を大きく左右するデス・スターの設計図争奪戦なんて、ギリギリの綱渡り状態な上に、めっちゃ手渡しリレーだよ!? 最後の最後で黒いあの人が一瞬出てきた時に、フォースとライトセーバーの破壊力を見せつけられて、なんだこの化け物、とても敵わないよ、こんなの!という恐怖を初めて感じたよね……。フォース怖い。ライトセーバー怖い。最恐破壊兵器か……。

命がけのバトンタッチで、設計図がしかるべき人の手にわたったラストで、エピソード4がどれほどまでに「新たなる希望」なのか、ということを心底実感しましたが、本作のあとにエピ4観たら、

「オビ・ワン、昔話はいいから早く届けろ! その設計図を!!! 」
「ルークもソロも、これ、どんだけたくさんの人が大変な思いでゲットした重要物件かわかってんの?!」

ってなること請け合い。どいつもこいつも、エピソード4は本当に呑気だな! でも宇宙戦争のまっただなか、そのくらいのほうがうまいこと世渡りできそうな気もしますね。

そうそう、永年の議論の的だった、プロトン魚雷で破壊できちゃう「帝国軍の致命的大ポカ設計ミス」にはちゃんとした理由があったことも判明して、大変にすっきりいたしました。

余談ですが、エピソード6の新しいデス・スター攻撃会議において、モン・モスマさんが
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「ボサンの仲間が命を捨てて得た情報です」

などと言ってましたが、ボサンの仲間の話は当分は映画化しなくていいですよ……また暗い気持ちになっちゃうからね。

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by rivarisaia | 2017-01-12 11:55 | 映画/洋画 | Comments(2)

こころに剣士を

新年の初映画館は、エストニアの話。2015年にエストニア旅行を思い出しつつ。

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こころに剣士を(The Fencer)』監督:クラウス・ハロ

1950年初頭、エストニア。

田舎町ハープサルの小学校に、体育教師として元フェンシング選手のエンデル・ネリスがやってくる。

校長から運動クラブを開くよう指示され、フェンシングを教えることにしたエンデルだが、もともと子どもが苦手だったこともあり、はじめはなかなか上手くいかない。しかし、フェンシングに夢中に取り組む子どもたちを教えているうちに、エンデル自身も変わっていく。

レニングラードで開催される全国大会に出場したいという子どもたちの願いを叶えたいエンデルだったが、しかし彼はソ連の秘密警察に追われている身であった……

エンデル・ネリスは実在の人物で、彼が作ったフェンシング部は今も存続しているとのこと。物語的には予想外のことは起こらないのですが、そこがよいです。フェンシング、身体の動きがとても美しいスポーツで、私も一度やってみたい!

第二次世界大戦中、はじめはソビエト、次にナチス・ドイツに占領されたエストニアは、その後ふたたびソ連に占領されます。戦争中ドイツに徴兵され、生き残った人たちは、ソ連政府によって強制収容所送りとなったのでした。この時代は息の詰まるような暗黒の時代。

ようやく戦争が終わったあとのソ連時代が灰色の恐怖の時代だったというのは、そういえば街中の観光パンフレットでも切々と訴えられていたし、KGB監獄博物館では強制収容所に関する特設展示があったことも、映画を観ながら思い出しました。

秘密警察にある日突然家族が連れ去られたりする、暗い時代に生きる子どもたちにとって、エンデルが教えるフェンシングは希望の光であり、最後の最後に行われる試合は、大きなソ連に立ち向かう小国エストニアを象徴しているようで、私はちょっと泣いてしまった。そんなエストニアは1991年に独立して、長く苦しい時代に終わりを告げています。

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by rivarisaia | 2017-01-10 18:49 | 映画/洋画 | Comments(2)

大変に私の好みの映像を観ました。眼福。ポスター画像をやや大きく載せちゃおう。

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五日物語—3つの王国と3人の女—(Tale of Tales)』監督:マッテオ・ガローネ

映画のもとになっているのは、17世紀初めにジャンバティスタ・バジーレがナポリ方言で執筆した民話集『ペンタメローネ』です。

『ペンタメローネ』は、笑わないお姫様と眠り王子という大枠となる物語がありまして、その中で、ある人の魔法をとくために10人の女が1日に一話ずつ、五日間にわたって物語を語ることなった、という構成になっています。大枠の話1つ+全部で50の物語。

デカメロンや千夜一夜物語と似た構成ですが、物語が入れ子状になっているのがとても面白い。ペローやグリムの物語のもとになったのではないかと思われる話がいくつか入ってます。

本作は『ペンタメローネ』をそのまま映画化したのではなく、第1日目のノミの話、魔法の牝鹿の話、皮をはがれる老婆の話の3本をベースに、かなりアレンジを加えた内容になっています。羊くらいの大きさにまで育ったノミ、まさかの実写! 気持ち悪くてかわいい。

昔話はグロテスクでシュールな話がほとんどで、文章ならさらっと読めたとしても、そのまま映像にすると強烈な描写がたくさんあるわけですが、今回はそういう部分もガッツリ映像になっていて、私としては

最高(感涙)!!

という気持ちでいっぱいでした。もちろん、イテテテテとか、酷いあんまりだ....という描写もいっぱいあるのですが、まったく容赦ないところがよい。衣装も美しいし、画面の色彩も全体的に南イタリアっぽいトーンだし、プーリアやアブルッツォ、シチリアあたりのお城で撮影しているので、建築見るのも楽しい。

「綱渡り」をするシーンが何度か出てくるのが象徴的で、結局のところ人生とは、細いロープの上を危なっかしく渡っていくようなもの、ということなのかもしれません。

もう一度『ペンタメローネ』を読み返したくなったけど、邦訳版は絶版なのでこの機会に復刊してくれたらいいのになという気持ちです。私、イタリア語版しか持ってなくて、邦訳ほしいなー。



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by rivarisaia | 2016-12-14 21:54 | 映画/洋画 | Comments(2)

今年のTIFFで観た最後の1本はチェコ(というかスロバキア)の映画でした。

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ザ・ティーチャー(Učitelka)』監督:ヤン・フジェベイク

1980年代、チェコスロバキア。ひとりの優しそうな女教師が、悪気のないまま自分の立場を濫用し、生徒とその家族を翻弄していくという物語。脚本家が子どもの頃に実際に経験した話がベースになっています。

私が今日からみなさんの担任です。ではまず、自己紹介をしてもらいましょう。
みなさんの名前と、ご両親の職業を教えてね。


新しく学校にやってきた女の先生は、生徒ひとりひとりの親の職業を聞く。先生の亡くなったご主人は共産党の偉い人だったみたいで、先生の妹はモスクワに住んでいるみたい。先生は、生徒の親が職人だったら修理を頼み、美容師だったらパーマを頼む。誰も先生の頼みは断れない。先生は「お金を払うわね」って言うけれども、みんなから「いえいえ、先生、いいんですよ」って返されるので、こんなことも言ったりする。「次のテストの時は、お子さんは○ページ目をよく勉強しておくようにね!」

ある女子生徒のお父さんは、空港に勤めていた。先生はモスクワにいる妹にお菓子を贈りたかった。そういうのは禁止されていたので、生徒のお父さんに「誰かスチュワーデスとかパイロットの人に頼んでお菓子を運んでくれないかしら?」って聞いてみた。頼まれたお父さんは、空港に勤めているとはいっても事務方で、スチュワーデスやパイロットの知り合いもいないし、そんなことがバレたらまずいから無理ですって断った。そうしたら何が起こったと思う? その女子生徒の成績はどんどん下がっていって、イジメが起こり、ついにある日、事件が……

先生の行為は明らかに問題だとする一部の親と、問題のある教師をこの機会に辞めさせたいと考える学校側を中心に、ついには緊急保護者会が開かれることになるのですが、大半の親は、女教師の辞任を求める書類に署名するのをためらうのだった。

上映後の監督の話では、80年代は共産主義の支配がゆるくなってきた時代であり、自由でないことに人々が慣れてしまっていて、自分の意見をはっきり述べることを躊躇してしまう社会だったとのこと。この映画で描かれていることは、共産主義社会ではいかにも起こりそうなんだけれど、同時にこの女性教師に似た人は、いつの世もどこの世界にも存在するんじゃないかと思う。

周りの人が断れない立場にあることをいいことに、無理をお願いしておいて、相手の負担など想像もできず、しかも本人に悪気ゼロ、みたいな人、いるよねー!?

映画の最中、うっわーやばい、この教師!とドン引きでしたが、断れない人々の気持ちもわかるので(だって子どもが人質状態だよ)ツラいったらない。

しかし、最終的にはみんなハッピーエンドな形に収まる(女教師でさえも)というのが、とてもよいです。

あと本作は「壁紙映画」としても秀逸。80年代のチェコスロバキアのインテリアや壁紙デザインは必見です。どこか安っぽいんだけど、とてもかわいい。


予告



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by rivarisaia | 2016-11-14 22:28 | 映画/洋画 | Comments(0)

東京国際映画祭の1本目。本作品は配給つきました! 以下、じゃっかん内容に触れてしまっています。

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サーミ・ブラッド(Sameblod)』監督:アマンダ・ケンネル

一人の老女が、息子と孫娘とともにスウェーデン北部の村を訪れるところから映画は始まります。老女はサーミであるらしいことが息子との会話でわかるのだけれど、彼女はサーミ人を嫌っているようす。

村の教会では老女の妹のお葬式が行なわれているのですが、サーミ語で話しかけられてもわからないふりをする老女。一刻も早く帰りたい様子の彼女は、親戚の家に泊まろうという息子や孫娘を振り切り、ひとりホテルに向かうのでした。

ホテルではハイソな旅行者たちが「サーミは自然を愛する民族だと思っていたのに、バイクを乗り回してうるさい、がっかり」と眉をひそめており、「伝統はありがたがるけど、現実の人間のことは邪険にする」という都会人にありがちないやらしさが表現されていただけでなく、このあと描かれるサーミに対する差別が現代にもいまだ残っていることを伝えています。

さて、主人公の過去にいったい何があったのか。

1930年代、サーミは劣等民族とみなされ、同化政策の一環として子どもたちにはスウェーデン語教育が施されました。

トナカイの放牧をしていたエレ・マリャも、学校に通うため妹とともに寄宿舎に入ります。優秀で好奇心の旺盛なエレ・マリャは、周囲のスウェーデン人から差別され、見世物的な扱いを受けることに我慢なりません。

ある日こっそり寄宿舎を抜け出した彼女は、サーミの伝統衣装を脱いで “普通の” 洋服を身につけ、地元のパーティに参加します。「外の世界」の楽しさを知ったエレ・マリャは、サーミ人ではなく、スウェーデン人の暮らしを熱望し、進学したいと教師に訴えます。しかし教師からは、サーミの脳は町の生活には適応できない、あなたは伝統を守って暮らしなさい、と言われてしまいます。

しかし、あきらめきれない彼女は、ついに学校を飛び出し、ひとりウプサラに向かうのですが…。

映画では描かれなかったエレ・マリャの人生がとても気になる終わり方。おそらく教師になって、それから戦争も経験して、結婚して子どもも生まれたし、孫もできた。サーミだという身分を徹底して隠して、名前まで変えて生きてきた彼女には、とてつもない苦労があったはずで、監督は続編で続きを描きたいと言っていたようですが、私も続きが観たい。

パーティで知り合った青年ニクラスとの関係もあの後どうなったのかな。このニクラスは、いい人なのかダメ男なのか、よくわからない。根は優しそうなんだけど、周りの意見に流されるタイプみたいだしなー。


<本日のオマケ>





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by rivarisaia | 2016-11-04 14:05 | 映画/洋画 | Comments(5)

東京国際映画祭のチケット問題に振り回されていたら(この件については後日書く)、いつの間にか映画祭期間に突入しました。

でもその前に! この映画を紹介しておきたい。

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名前が「O(オー)」から始まる24人の女性の「生」と「性」の物語

神聖なる一族24人の娘たち』監督:アレクセイ・フェドルチェンコ

公式サイトより、以下まるっと引用。

500年もの間、ヴォルガ河畔で独自の言語と文化を保ってきたMari(マリ)人たち。彼らは、ロシア連邦の中で際立って特異な民族で、どこにもない宗教や世界観を持ち、彼らの間には、今も様々なフォークロアが息づいている。本作は、マリの女性たちにまつわる説話を基に映画化。ロシア版「遠野物語」や「アイヌ民話」のような、優しくて哀しい不思議な世界が広がる。

とってもとっても面白かった。シュールでさっぱり意味がわからなかったりもするけれども、さいこう。

マリ人というのは今回初めて知りましたが、ロシアの少数民族で公式サイトによれば、ヴォルガ川やカマ川沿岸に居住しているウラル語族系民族なのだそうです。草原のマリ人、山のマリ人、東部マリ人がいて、映画は草原のマリ人である牧地マリ人の村が舞台。

私はいま、マリ人に対して興味津々である。

映画は短いエピソードが次々と繰り出される(数えてないけど24人分のエピソードがあるんじゃないかな)という構成で、中でも印象に残っているのが、

・風にさらわれる女性の話
・森の精霊の呪いで、夫に触られると性器から鳥の声がするようになった女性の話
・男の亡霊たちにより、女性たちが裸で踊るはめになる謎のキセリ・パーティーの話
・自分を振った女性に向けて男がゾンビを放つ話
・初潮がきたら吹かないといけない長い笛の話

の5本です。これだけ読んでも、どんな話なのか見当もつかないだろうし、映画を観た私もあれはいったいなんだったのかな…と首をかしげるばかりなのですが、なんだかよくわからない、だがそれがいい、というのが民話というものですよね。ふっふっふ。

出てくる食べ物やインテリア、民族衣装も気になるし、私はいつかこのマリ・エル共和国に行ってみたい。とてもとても行ってみたい。そんな気持ちで満ち足りた気分になった映画です。おすすめ。


おまけとして予告編をどうぞ。



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by rivarisaia | 2016-10-25 22:11 | 映画/洋画 | Comments(0)

ハドソン川の奇跡

日本語のコピーが、英雄は容疑者になった、とあるけど、「容疑者」という言葉はちょっと合ってないような気がする。他に言い方はなかったのかな。2009年に起きた、USエアウェイズ1549便の不時着水事故と、その後を描いた物語。

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ハドソン川の奇跡(Sully)』監督:クリント・イーストウッド
乗員乗客155人を乗せた航空機が、マンハッタン上空でバードストライクにより両エンジンが停止し、コントロール不能になってしまう。しかし機長のチェズレイ・サレンバーガーの冷静な判断により、機体はハドソン川に緊急着水。奇跡的に全員が生還した。
機長は一躍、国民的英雄となるが、しかし、果たして機長の決断は正しかったのか。不時着以外の選択肢はなかったのか。国家運輸安全委員会の厳しい追及が待ち受けていた……
とりあえず、全員が無事に助かることがあらかじめわかっている事故の再現映像は、とても心落ち着いて観ることができますね。それでもかなり緊迫して、ハラハラはするんだけれども、私の心のどこかには余裕があった。

また、最近の事件・人物の映画化が苦手な私ですが、本作は「何があったか」にフォーカスして余計な装飾が少なかったせいか、現実とフィクションの違いを想像して居心地悪くなったりすることもなかったです。ただまあ、クリント・イーストウッドの愛国精神的な面は少々うっとうしい(正確には、今回はこそばゆい)…ということも再確認しました。

シミュレーションでは空港に戻れたはずだ、という安全委員会と、それは不可能だったという機長の主張は真っ向から対立。でも機長の心の片隅には、もしも自分の判断が誤りだったら?という気持ちもあるわけですよ。さんざん英雄扱いされてきたけど、今さらどうすんのというプレッシャーはんぱない。関係ない私も想像するだけで胃が痛い。

最終的には機長が正しいことが証明されるんですけれども、シミュレーションはなぜ間違ったのか、それが解明されるところで気分が高揚しました。いやあ、ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。

事故全体を振り返ると、全員が助かったのは、まず機長の適切な判断があり、それから副操縦士や乗務員、管制官や救助活動にあたった人々など、関係者それぞれがきちんと自分の仕事をして、チームワークが機能したおかげなんですよね。

余談ですが、本作で一番印象的だったのは管制官のお兄さん。さっきまで交信してた飛行機落ちちゃった…って会議室でひとり泣いてたけど、全員無事だと聞いた瞬間、信じられないという顔していて、彼には「本当によかったね」と声かけたい。


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by rivarisaia | 2016-10-12 01:48 | 映画/洋画 | Comments(3)

とても観たかったので、一般公開されることになって本当によかった! 『ブレンダンとケルズの秘密』の監督による新作アニメーションです。

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ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』監督:トム・ムーア

アイルランドの神話をもとにしたお話。前作同様、本作もまた、ラインと模様が色鮮やかな画面の中を流れるように動きまわって、それはそれは美しく、そして透き通るような歌声が心に沁みるという、すてきな作品なのだった。

海辺の灯台の家で、父と妹シアーシャ、愛犬クーと暮らしている少年ベン。
幼い頃、たくさんの物語を聞かせてくれて、いにしえの歌を歌ってくれたベンのお母さんは、シアーシャを産んだ日に、海に消えてしまう。お母さんがいなくなったのは妹のせいだと思っているベンは、どうしてもシアーシャにやさしくすることができないのだった。
ところが、シアーシャの6歳の誕生日に思いもよらない出来事が起こり、ベンは妹を救うために、不思議な冒険に出ることに……
小さなアザラシのようなシアーシャがたいそうかわいらしいのですが、そんな妹に意地悪ばかりしていたお兄ちゃんが奮起する、「お兄ちゃん映画」としても秀逸で、途中からお兄ちゃんの勇気に涙出ちゃうことうけあい。

海ではアザラシ、陸では人間の女性の姿をしている妖精セルキー、フクロウの魔女、悲しみのあまり石になってしまった伝説の巨人、愛らしいおじいちゃん妖精ディーナシーに、長い長い髪の毛をもつ語り部の老人。

アイルランドの神話や伝説のモチーフがぎっしりつまっていて、それは遠い昔の物語ではなく、現在にも脈々と受け継がれている物語なのでした。同時に、大事な人を失ってしまった悲しみを乗り越えて、石のように固まってしまった心をゆっくりと癒していくような、そんな話でもあります。

「アザラシ妻」の物語は以前どこかで読んだ記憶があるんだけれども、アイルランドの神話や伝説を知っていれば、さらに面白い発見もありそう。そのうちきちんとアイルランドの伝説を読んでみよう。


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by rivarisaia | 2016-08-29 19:45 | 映画/洋画 | Comments(6)

ここ最近、あまりにも映画館に行けてないので、もう少し(時間の)やりくり上手を目指したい今日この頃。家で観たり、読んだりするものも溜まるいっぽう。先月、映画館で観たのは、1本だけでした。

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レヴェナント:蘇えりし者(The Revenant)
監督: アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

よりによって私と相性があまりよろしくないイニャリトゥ監督作品ですが、大好きなアメリカの開拓時代だし! クマ映画だし! 映画館で観なくては! さもなくば一生観ないで終わる!と意気込んで公開早々に観に行きまして、結論から言うと、やっぱりイニャリトゥ監督はいまひとつ合わないなーということを再確認したし、もうちょっと短くできたんじゃのかなという気もしますが、エマニュエル・ルベツキの撮影はマイナス部分を上回る良さだったので、総合的には満足です。

あと、ディカプリオさん、悲願のオスカーおめでとうございます。

ヒュー・グラスについては、これまでも伝説めいたエピソードはいくつか耳にしていて、どこまで本当の話なのか私にはよくわかんないけど、そのどれもが、

西部開拓時代、恐ろしい。。。
どんだけタフなの。。。
私なら生き残れない。。。

と、遠い目になるようなものばかりだったのですが、まさにそれらをディカプリオさんが体当たり演技で実演してくれていました。とりわけ、グリズリーとの取っ組み合いは真に迫って、まるで観ている自分がヒグマに襲われているかのような臨場感(そして自分だったら、死んでる)。

ヒュー・グラスの復讐譚でもあるのですが、今振り返ってみると「圧倒的な大自然 vs 人間」という印象が強く残っています。おそらくそれはルベツキのおかげだと思うんですけども。大自然、厳しく過酷であると同時に、どこまでも美しかったです。



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by rivarisaia | 2016-06-09 15:44 | 映画/洋画 | Comments(2)