「ほっ」と。キャンペーン

さて、本日も民族の祭典のお時間です。そもそも民族の祭典のきっかけとなったのは、フィドル→カントリー音楽→ラインダンスという流れでございました。

ラインダンスといえば、その昔、カウボーイの土地に住んでいたときにですね、ある晩、友人たちとクラブに踊りに行ったんですよ。クラブやバーがひしめく通りをうろついて、てきとうな店にふらりと入ったら、そこはカントリーミュージックのクラブであった。

カントリーは嫌いじゃないんですけど、ハウスとかテクノを想像してたときに遭遇するとけっこう衝撃。フロアにはカウボーイハットとカウボーイブーツの老若男女が整列し、同じステップで一糸乱れずノリノリで踊っていたのも、初めて見るとかなりびっくりする。

そう、それがラインダンス。

「入る前にちゃんとたしかめなかったしねー、せっかくだから今日はここで踊ろうよ、Yeehaw!」ということになり、私はがんばってステップ覚えました!日本人の盆踊り魂に共通する何かがあるのでしょうか、意外とハマります。

みなさまも有名な踊りはステップが決まってるので覚えておくと便利ですよ(って、いつなんのために?)。

たとえば、「Tush Push」はこんな感じです。週末、私も踊ってみたところ、すっかり忘れていてダメダメなことが発覚したので、将来に備えて密かに練習を積んでおこうと思います。

映像の後半で乱入してくる黄色のカウボーイハットの親父に注目です。妙に腰が入っていてイカしてる。




もうひとつ、私が遭遇したカントリーミュージッククラブの雰囲気に似た映像も貼っておきましょう。こんな雰囲気で次から次へと踊り明かしたさ。この曲名は「God Bless Texas」。このステップはちゃんと覚えてるよ!いまでも踊れる!イーハー!





どういうわけか90年代の一時期、カントリーに限らず、ラインダンスが妙にはやったことがあるんですよね。そのときのステップは「Electric Slide」。ふつうのクラブでもいろんな曲にあわせて「ワ〜!」と皆で踊ってたし、TVドラマ「ビバリーヒルズ青春(高校?)白書」でも、「Electric Slide」を集団で踊る場面が登場したんだけど、あのブームは何だったんだろ。日本でもはやってたんでしょうか。

本日のオマケ:

フランス人っぽいインストラクターによるステップ解説ビデオが大量にYouTubeに…。フランスでもはやってたんですかね。ということでいくつかリンクしておきますので練習用にどうぞ。

Tush Push
God Bless Texas
Electric Slide
Electric Slideをほかの曲にあわせるとたとえばこんな感じになるわけよ。そして会社で踊る人々はコチラ。楽しそう!
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by rivarisaia | 2009-09-30 23:51 | 音楽の話 | Comments(0)

さあ、今日も民族の祭典のお時間がやってきましたよ。めずらしく毎日更新してると思ったら、なんだそのネタは、という気もややするが、もうちょっと続きそうな予感…。

本日は東欧のジプシーあるいはロマの音楽と踊りです。

一昨年あたりに私が周囲に見ろ見ろと言ってた映像がありまして、それがロマフェストのヴェルブンク。あれほど激しく強要したわりには、この方面に疎い私は、ヴェルブンクって何?とも思ってたのでした。

Wikipediaによれば、ヴェルブンクとは、1715〜1848年頃のハンガリーにおいて、
募兵活動の中で生まれた古いタイプのダンスと音楽ジャンル

であり、募兵活動は、
居酒屋(チャールダ)においての酒宴という形で行われていた。ハンガリー軍はこうして、「軍隊生活の楽しさ」をアピールしようとした。

これが芸術的に高められて、18世紀後半にヴェルブンコシュ音楽の基礎になった、とあります。なるほど。

たしかに見ていてものすごく楽しいし、気分が高揚する。渋谷のスクランブル交差点あたりで、ヴェルブンクを踊る人々に囲まれたら、私はメロメロになってどこまでもついてっちゃうね!説得力があるのよ。募兵活動がルーツにだからでしょうか。

では、そのくだんの映像をご覧ください。説明によるとこちらはトランシルバニアのヴェルブンクとあります。



何度見ても思うけど、すごくないですか!? すばらしくかっこいいったらないよ。男子たるものこれくらい踊ってみせてくれよ!と家人に挑戦してもらいましたが、どこかで特訓してきてもらわないとダメみたいです。当然ながら自分でも試みましたが無理でした…。

しかし、これは男性の踊りで、女の人はこんな感じ。



スカートがひらひらして、かわいい!
フィドルの音色もたまらないね。

常々、フィドルとヴァイオリンはどこが違うのか気になってましたが、ヴァイオリンを弾く友人にたずねると「ぜんぜん違うから!」と言う。いや同じなのでは?とナゾだったけど、これまたWikipediaに見事な回答が。

ヴァイオリンとフィドルの構造はまったく一緒だが、次の言葉が両者の違いを良く示している。

・「ヴァイオリンは歌う、しかしフィドルは踊る」
・「フィドルにビールをこぼしてもだれも泣くものはいない」

まさしくそうだ。フィドルは踊るし、ビールこぼしてもそんなに気にしない。これがヴァイオリンだったら、ビールどころか水1滴こぼしても大変なことになるよね(ということで、楽器を持っての飲み会では、楽器を置く場所の確保が重要です)。

それにしても今年初めに、ロマフェスト来日公演があったんですよね。しかし日程がまったく合わず、行けなかったのが残念でした。

Romafest公式サイト
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by rivarisaia | 2009-09-29 23:54 | 音楽の話 | Comments(4)

昨日も書いたとおり、週末、民族の祭典状態で楽しいときを過ごしたので、本日はそのつづき。たぶん、あともう1回つづきます。

本日の地域は、イタリア北部とオーストリアにまたがるチロル地方です。

チロルといえばチロリアン・ダンス。ドイツのバイエルン州の踊りでもあります。アコーディオンの音色と手でパチパチと叩く音の組み合わせが陽気で、青空と深緑の牧草地を連想させます。余談ですが、青池保子先生のマンガ『エロイカより愛をこめて』でも、少佐がチロリアン・ダンスを披露する衝撃展開がありましたね。

チロリアン・ダンスは「Schuhplattler」と言うらしく、ドイツ語辞典を見ると「Schuhe=靴」「Platt=平ら」という言葉の組み合わせで、てのひらを平らにして靴をパチパチたたく動作から来てるんじゃないかと推測します。あくまで推測ですが、自信アリ(でも間違ってたら教えてください…)。

私もチロリアン・ダンスを陽気に踊れるようになりたいわ〜という気持ちで、YouTubeにあったチロルの夕べこと「Tiroler Abend」の動画を眺めていたところ、ひょええ!?と驚いたことが。

まあ、ちょっとご覧くださいよ。



革の短パンで踊るおじさんたちがステキ!
しかし、踊りの途中で唐突に、ガンガンガン!と薪を割ったり、ギ〜コギ〜コと鋸でひいたりする振り付けは……これは…ナニ?

趣向として薪割りを取り入れたんでしょうか、それとも伝統的に薪割りを入れねばならない種類のダンスなのでしょうか。たぶん後者じゃないかと思うのですが、興味津々ですよ!

「Schuhplattler」で検索すると、かなりいろいろな種類が見られて楽しいです。一緒に踊りたくなることうけあい。イヤァ〜ホホホー!ヒャーホッホーイ!といった「かけ声」が欠かせないことも学んだ。

本日のオマケ:
このダンスと音楽もかなりいい感じ。薪割はないけど、スキップしながら前の人のお尻を蹴ったりする。イヤァ〜ホホー!


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by rivarisaia | 2009-09-28 23:17 | 音楽の話 | Comments(2)

スカッチャペンシエリ

週末、ふとしたことからヨーロッパ各地の民族音楽&踊りの映像にハマってまして、ひとり民族の祭典状態だったんですけど、そういやイタリアには何があるだろう、とちょっと考えた。

南イタリアのタランテッラしか思いつかなかったんですが、タランテッラといえば、『ゴッドファーザー Part I』のコニーの結婚式でクレメンツァが踊ってた曲もそうです。カラブリア、プーリア、ナポリ、と土地によってバリエーションがあるらしいけど、シチリアのタランテッラに付きものなのはコレ。

さて、これは何でしょう?
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口にはさんでビヨ〜〜ンビヨ〜ンボヨ〜ンと鳴らす楽器、口琴です。私のはハンガリー製。英語では「Jew's harp」や「mouth harp」、イタリア語では「scacciapensieri(スカッチャペンシエリ)」あるいは「marranzano(マランザーノ)」と言います。

この「scacciapensieri」っていうのが、なかなか気が利いた言葉で、
scacciare=追い出す、追放する、振り払う
pensiero=考え、思考

が合体した単語。つまり、ビヨ〜ンビヨ〜ンと鳴らしていると考えごとなど吹っ飛ぶよ!ということなのではないかしら、と勝手に想像してみました。

「marranzano」のほうはシチリア方言の「marranzanu」から来てるらしく、じゃあ「marranzanu」ってナニ?と気になるところですが、シチリア方言は辞書にないので不明です。いつか調べます。

シチリアの民族楽器として名高いので、もしやと思って『ゴッドファーザー』をチェックしたところ、『パートIII』 の真ん中あたり、シチリアのレストランの場面で演奏してるおじさん発見!
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中央のおじさんが、ボヨ〜ンビヨ〜ンと鳴らしてます。

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演奏終了後、コニーに「Bravo ,Bravo, Bravo!」と3回も言われたおじさん。

私もこの週末、ことあるごとにボヨ〜ンビヨ〜ンと鳴らしてまして、悩みごとを吹き飛ばすというよりは、最初から何も考えてないんですけども、スカッチャペンシエリじゃなくて別の楽器を練習しないといけないのだった。秋は演奏会シーズンですね。例年のごとく、私は今年も逃避中だ。

スカッチャペンシエリの音が想像つかない方は、オマケ映像をどうぞ。こんな演奏もできるのかー。ビヨ〜ン。


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by rivarisaia | 2009-09-27 23:12 | 音楽の話 | Comments(0)

スペイン菓子とコラカオ

この連休、予定が立て込んでたのでスペイン関連の映画祭を断念したわたくし。代わりにと言っちゃなんですが、もらいもののスペインのお菓子食べてました。

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モチーフは闘牛、色は当然赤、という、いかにもスペイン土産な箱を開けると、
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よりどりみどりのスペイン菓子が〜! いろんな種類があるはずなんですけど、チョコ味以外は全部同じ味だったのは気のせいでしょうか。すべてポルボロンっぽい感じ(口の中でほろほろする)。素朴で美味しゅうございました。

そして、もうひとつ、謎の粉末ドリンク「ColaCao」ももらったので飲んでみる。
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コーラ…?でもカオってことはカカオ?とちょっとびびったのは内緒です。これは、ふつうにチョコレート飲料。あっためた牛乳に溶かして飲んだけど、おいしい。

調べてみると、Wikipediaにも日本語で項目があるのね(参照)。読んでみると非常に興味深いですよ。スペインでは、「たいていどこのバールでも注文できる」。へええ! しかも日本でも「コラカオ」として販売されてたなんて知らなかった。

原材料にはカカオのほかにコーラ(植物)が使われているらしく、植物のコーラを見ると次のように書いてあります。
イスラム文化においてはコーラ・ナッツは唯一許された興奮剤であった。そのため、サハラ交易でも古くから注目されて取引された。(コーラの記事

なるほど。グラナダ王国でもコーラ・ナッツ食べたりしたのかしら〜、などと想像すると楽しいね。

そんなコラカオですが、去年「クレヨンしんちゃん」とタイアップしてたんだって。
そうだったのか…。しんちゃんはスペインでも活躍してたのね。
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by rivarisaia | 2009-09-24 19:20 | 食べ物 | Comments(0)

修道女フィデルマの叡智

先月あたりからアイルランド関連の小説をちらほら読んでいるので、これも試してみました。なかなかおもしろかったです。

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修道女フィデルマの叡智』ピーター・トレメイン著、甲斐萬里江訳、創元推理文庫

7世紀アイルランド五王国のひとつモアン王国の先王の娘にして、高位の資格を有する法廷弁護士でもある修道女フィデルマが主人公。原書の「Sister Fidelma」シリーズはすでに18冊ほど出ているようなのですが、日本では長編2冊とこの短編集が刊行されています。

本作には5つの短編が収録されていて、修道女でありながら法廷弁護士でもあるというフィデルマがさまざまな事件を解決していくんですが、推理うんぬんよりも、私は当時の社会のようすに心ひかれました。

アイルランドの法律ブレホン法をはじめ、当時の風俗や城内のようす、ケルト派カトリックとローマ・カトリックの違いなど、いろいろと興味深いポイントが多くて楽しい。ちなみにカトリックの考え方については、ケルト派のほうがナットクいくんだよなー。

フィデルマは社会的なポジションがそうさせるのか、それとも日本語での口調のせいなのかわかりませんが、ちょっと偉そうなうえに感情がいまひとつハッキリ見えず、若くして老成した人という印象を受けましたが、短編だからかもしれないですね。長編だとひと味違った彼女が見られるのかも。

しかし、邦訳は第1作から訳されているのではなく、第5作→第3作という順で2作品が刊行中。第1作からいきなり老成した人だったのか、だんだんと成長してきた人なのかはナゾだ…。だからといって、原書で読むのは私には難しいかも。単語になじみがなさそうなんだものー。

ところで、ごくたまにラテン語でひとことつぶやいた台詞なぞが出てくるのですが、カナで書かれた発音表記が若干違うのではないかという点が気になりました。私が習ってたラテン語の先生が発音に厳しい人だったせいか、古典ラテン語ではそう読まないはず、という箇所が目について仕方ない。とはいえ、私は7世紀のラテン語はどうなのか知らないので、なんともいえないけど。ただ、ドミムス・テクムはドミヌス・テークムですよー。

ま、よくあることですよね。まったく別の翻訳小説でカナ表記されてたイタリア語が超英語読みのあり得ない発音になってて苦笑したことがあるけど、それよりは全然いい。
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by rivarisaia | 2009-09-22 00:47 | | Comments(2)

ひー!この前夏だったのにもう銀色週間に突入だよ!ということで、この夏の自由研究…ぢゃなかった、アゲハようちんの総まとめ報告をしておこうと思います。

題して「アゲハの卵から羽化まで」

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孵化直前の卵 → 孵化後のちびっこ → 鳥フン状態の幼虫 → ガチャピンこと終齢幼虫

そして蛹になる直前には下の写真左のように「前蛹(ぜんよう)」になります。
これを私は「まえさなぎ」と呼んでました。そのほうが愛嬌があるからだ。
前蛹になった次の日の夕方くらいに蛹になります。
では、蛹化(ようか)のようす。
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前蛹 → 頭が出る → 激しく動いて脱皮!→ 脱いだ皮を丸めてすてる → サナギなりたて

蛹の色は蛹化した場所の色に影響されます。新聞紙の上で蛹化したサナギが、新聞紙模様になっていたのはビックリした。

蛹化後、夏場は大体1週間くらいで羽化します。
羽化のようすは詳しくはコチラに書きましたね。
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緑色の蛹が、羽化前夜になると羽が透けてきて、翌朝(ド早朝)に羽化。
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羽化直後はしばらくこんな調子で羽を乾かしているのでした。これで卒園!

ちなみに飼育数ですが、数えてみたら合計47匹だった…。その内訳は、
羽化:15匹
羽化失敗して死亡:1匹
蛹化に失敗して死亡:1匹
寄生バチによって死亡4匹
幼虫のときに死亡:4匹
蛹化前にいずこへ脱走:10匹
そして
現在もまだ幼虫ちゅう:5匹
蛹になって越冬中:7匹


越冬中というのは、蛹の状態で冬を過ごし、来年の春に羽化するということです。
ちなみに越冬する蛹は色が違います。
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このように茶色とオレンジです。

なかには、同じ日に蛹になったのに、かたや緑でかたや茶色という2匹がいて不可解です。家人は「まあ、それぞれ考え方がちがったんだね」と言ってました。幼虫の考え方とやらを教えてもらいたい。

いますでに越冬蛹が7匹…。現時点で幼虫状態のやつらも順調に育てばおそらく越冬。室内に入れておくと「春?」と勘違いして、暖房の熱で羽化しちゃうらしい。来年の春までどこに置いておけばよいのでしょうか。とりあえず、いまはこんな状態なんです。
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右のほうにいる1匹だけ緑の考え方の違った蛹は、今朝、無事に羽化して飛んでいきました。 ほかのみなさんは来年の春に会いましょうねー。

…っていうか、私来年もアゲハ飼育するのかな…。いくらなんでもほどほどにしよう。
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by rivarisaia | 2009-09-19 00:28 | 生きもの | Comments(4)

先日レンデル+シャブロルの『石の微笑』の感想を書いたばかりなので、こっちの映画も思い出しました。これはけっこう好き。原作も映画も両方よいというパターンですね。もう1回観たいなー。
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沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇(La Cérémonie)』監督:クロード・シャブロル

有名な話なうえに、サスペンスなのであらすじは割愛。ひとことで言うなら、ひとりの家政婦が大きなお屋敷にやとわれたことで起きる惨劇。

小説版では出だしの1文で主人公の抱える問題と、その結果起きたことが明らかにされてましたが、映画版は途中で主人公の抱える問題が判明します。このシーンは印象的で、必死でメモを読もうとする家政婦ソフィーのもどかしさにやるせなくなり、これまで何度も彼女は苦しい思いをしてきたであろうと想像できるのですが、その結果、劣等感だけがどんどん膨らんでしまったのが彼女の不幸でした。あまりに大きすぎる劣等感は物事が間違った方向に進む原因になるので、気をつけたいものです。

同じことは家政婦ソフィーの唯一の女友だちにも言える。ふたりとも自分をどんどん被害者に追い込んでいくタイプ。彼女たちにしてみれば、まわり(特にお金持ちの人々)は全部敵なのだった。

そうなると、物語は一見、善良な家族を襲う悲劇のようにもみえるのですが、じつは家族側にも問題はあって、悪気はないけど上から目線な人たちなのでした。本人たちはすごく親切なつもりでも、相手によっては負担だったり余計なお世話だったりということもあります。知らず知らずのうちに、他人を追いつめてしまうこともある。まさに、その典型がここに!

いやーな神父も出てきます。神父たるものそんなことでいいのか。人を救わずそこでダメ押ししてどうするよー。

微妙なズレがどんどんどんどん大きくなって、最後は大音響で不協和音がジャーーン!と鳴るような映画。非常にサスペンスフルでございますよ。

余談ですが、お屋敷の一家が夕食をとる場面で、「夕飯ムール貝だけ!?」とちょっとびっくりしたことを思い出しました。これは、奥さんが料理が苦手だからというのが真相です。家政婦ソフィーがいない晩のメニューは、パセリをかけたハムとサラダのみでした。ハムだけ出すんじゃなくて、パセリふってるよ〜!とこれも少々驚いた。

最後に、もうひとつ本作から学ぶ教訓があるとするなら、TVに夢中になりすぎるな、ということかもしれません。
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by rivarisaia | 2009-09-17 23:58 | 映画/洋画 | Comments(0)

石の微笑

本日もまた、意図せず原作アリ映画。シャブロルってルース・レンデル好きなのかしら。『沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇』につづくレンデルの小説の映画化。

平和な日常に生じた小さな裂け目からなんとなく不穏な空気が漂いはじめ、やがてそこがぱっくり割れてどす黒いものが流れ出してくる感じがルース・レンデルとシャブロルの相性がよいのかも。
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石の微笑(LA DEMOISELLE D'HONNEUR)』監督:クロード・シャブロル

母とふたりの妹と暮らす青年フィリップ(ブノワ・マジメル)は、ある日、妹の結婚式でセンタ(ローラ・スメット)という不思議な女性と出会う。家にあった石像「フローラ」に生き写しのようなセンタに夢中になるフィリップ。そんな彼に、センタは愛のあかしとして4つのことをしなくてはいけないと言い出した。それは、木を植えること、詩を書くこと、同性と寝ること、そして人を殺すこと、だった…

小説を読んだのがけっこう前なので細かいところはウロ覚えでしたが、ラストは原作と同じ(その後どうなったのかちょっと気になる終わり方)。

住宅街を静かに映し出していくオープニングがかすかに不安を煽り、いい感じなのですが、難点はヒロインでしょうか。

ローラ・スメットが美人じゃないせいか、不気味さが無駄に倍増されていた。みるからにやばーいオーラを発散させているので、デリケートで繊細な性分のブノワ・マジメルが、よりによってなぜこの女と!?という気にさせられる。

原作だと、肌が白くて腰まである銀色の髪をした、表情のない小柄な女性で、まさしく石像のフローラが目の前に現れたかのような印象を与えるんですが、映画のセンタはどこまでも肉感的で生々しく、石像のような冷たさを感じさせる女性ではないです。

石像とセンタが似てるという描写も出てくるんですけど、そうなると逆にローラ・スメット似の石像って美的にどうなのか?という疑問が生じ、始終困り顔のブノワ・マジメルが、石像を抱きしめたり、石像と一緒に寝たりするシーンで、こいつもじゅうぶんやばいよ、もはやお互い様だね!で終わっちゃうのでした。

しかし、なんだかんだ言いながらもおもしろく観たのは、シャブロルだからでしょうか。ヒロインはさておき、全体の雰囲気はいいんですよね。
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by rivarisaia | 2009-09-15 22:28 | 映画/洋画 | Comments(0)

観賞後、小1時間ほど「正義ってなんでしょうね」としんみり考えさせられましたよ。そうか、君はそっちを選ぶのか。
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ゴーン・ベイビー・ゴーン(Gone Baby Gone)』監督:ベン・アフレック

デニス・ルヘイン(レヘイン)が原作なだけあって、後味がかなり重苦しいですが、けっこういい映画。日本では劇場未公開。社会問題を浮き彫りにしたような重苦しい内容が劇場未公開の理由でしょうかねえ。どよ~ん。

ボストンで私立探偵をやっているパトリックとアンジー。ある日、行方不明になった4歳の少女アマンダの捜索を依頼される。しぶしぶながら仕事を引き受けたふたりは、警察と協力しながらアマンダの行方を追うが…


途中、まさかここで終わるんじゃないだろうね、と思った箇所がありましたが、まだまだ話はつづき、究極の二者択一問題をグリグリ押し付けられて、なんともやるせない気分にさせられました。

あいまいな書き方をすると、最後まで責任をもつ覚悟である選択をした人たちがいまして、その選択が果たしてよいのかどうかはナゾなのですが、最終的には、別の人によって別の選択肢が選ばれる、という話。どっちが正しいのかは簡単には答えがでません。

いずれにしても他人の人生にちょっかい出す以上、最後までちゃんと責任をもたないとだめだと思う。それくらいしか言えることがない。

これでよかったのかと放心したような表情が映し出されるラスト。頼むから後は知らないとか言うなよ、ちゃんと責任もってよ〜! そして30年後、彼は何を思うのだろうか。自分は間違ってなかった、と堂々と言えるような未来になればいいんですけどね。

ところで、主演はケイシー・アフレックなんですが、いままで兄ちゃんのベンにあんまり似てないと思ってたけど、やっぱり似てるなー。
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by rivarisaia | 2009-09-14 14:49 | 映画/洋画 | Comments(2)