「ほっ」と。キャンペーン

さて先日は前フリでした。ほとぼりもすっかり冷めた今なら盛大にネタバレしても誰も何も言うまい。

ということで、公開時に私が悶々として頭を抱えるハメになった「俺伝説」映画の、当時は書きたくても書けなかった今更ながらのグチ。
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アイ・アム・レジェンド(I am Legend)』監督:フランシス・ローレンス

リチャード・マシスンの原作はなかなか考えさせられる小説でした。前回書いた、最初の映画化『地球最後の男』も地味ながら私は好きです。しかし2度目の映画化「オメガマン」はなかったことにしておきたい。オメガマンがいまひとつだったので、ウィル・スミスで仕切り直したのが3度目の映画化の本作だと期待したんですよねー。公開前は。

謎のウイルスによって人類がゾンビ化した世界。
誰もいない荒廃したNYの光景には感心したし、犬もすばらしかったですよ。
そう、途中まではよい。
神の啓示を受けたとかいう母子が登場するまではね!

そうだね、神はいるだろうよ。しかしキテレツ女に、とっておきのベーコンを勝手に食われたうえに、キラキラした目で「神はいるの!」と迫られたら、私でもドン引きします。おまけに「生存者もいるのよ、極寒のバーモントに。なぜなら寒さでウイルスは死滅するからね」ときたもんだ。へえ、いるんだ生存者が。しかもバーモントかよ。

じゃあアラスカにもシベリアにもいるだろうよ、わんさかと生存者がサ!

それじゃあ地球最後の男じゃないよ…。(当時の宣伝コピーに「地球最後の男」って書いてあったのを私は忘れない)

人類のために、自分が開発した血清を母子に託し、自らを犠牲にしたウィル・スミス。この時点で私はすでにどうでもいい気分になってましたが、本当に生存者がわんさかいた!という、まさに信じる者が救われるというダメ押しには仰天。山田君、座布団ぜんぶもってちゃいなさい!。

原作と最初の映画化では「俺が伝説だったのか…」と主人公に悟らせ、価値観をひっくりかえすのに対して、本作ときたら「彼こそ伝説になったのよ!」と盲信女に語らせるというオチ。座布団投げつけてもいいですか。

ええ、原作と映画は別物なのは重々承知しておりますし、以前もココで、180度ラスト大改変の『リトル・マーメイド』はOKだと書きました。

しかし、なぜか本作に限っては、まるで、音楽会だと思ったら新興宗教の勧誘会だった、講演会だと思ったら自己啓発セミナーだった、みたいな「だまされた感」。そういう経験は私にはないですけどね!

どうして納得いかないのか。じっくり考えたところ、さもアメリカのバイブルベルトあたりに生息する熱狂的なキリスト教原理主義が大喜びしそうな結末がどうにも気に食わないというのが原因とみた。こんなオチなら映画化しなくてもよかったのにー。

それを考えると、『ミスト』は、「盲信的な人って、はたから見ると迷惑だよねえ!」と堂々と言ってくれてるところが、やっぱりいいですね!
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by rivarisaia | 2010-09-29 18:40 | 映画/洋画 | Comments(6)

本日は前フリです。その昔、初めて本作を観たとき「なんかゾンビみたいな映画だね」と思ったことは覚えてます。そう、まさしく『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』は本作にインスパイアされたらしい、と知ったのはずいぶん後になってから。
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地球最後の男(The Last Man on Earth/L'ultimo Uomo della Terra)
監督:シドニー・サルコウ、ウバルド・ラゴーナ

白黒映画だし、淡々としているので、いま観るとまったりしちゃうかもしれませんが、ウィル・スミスの「俺、っていうか彼は伝説」にくらべたら100倍はすばらしいです。

謎の吸血鬼ウイルスによって人類がみな吸血鬼と化してしまった世界。

地球上で最後の人間となってしまったロバート・モーガン(ヴィンセント・プライス)は、朝起きると発電機に給油し、家の周りに散らばる死体を片付け、日用品を調達し、ニンニクを手に入れ、昼間眠っている吸血鬼に杭を打ち込むことを日課としておりました。そして夜な夜な吸血鬼らに家を取り囲まれ、「モ~ガ~ン」「モ~ガ~ン」と名前を連呼されるという、どうにもこうにも憂鬱な毎日を送っておりました。

もういやだ、こんな生活!

しかもところどころで挿入される回想シーンも悲惨。『ペット・セマタリー』を連想させる描写もあって、観てるこっちもどんよりしてきます。

そんなある日、日中なのに外を出歩いている女が! 俺以外にも人間がいたあー!と喜ぶモーガン。しかし、そこで衝撃の事実が明らかになる。彼女は人間ではなく、ウイルスに感染しながらも生き延びた新人類だったのだ。しかもそんな新人類は他にもいて、コミュニティを形成しているというのだ。そして彼らは、吸血鬼ハンターという殺人鬼の存在を恐れているらしい。…ええっ!?

ラストでは、リチャード・マシスンによる原作小説のタイトルがなぜ「I am Legend」なのかが判明する、価値観一気に大逆転。もう、マシスンに座布団1枚あげてちょうだい!

人類の栄華も過去のもの、盛者必衰、たけきものもつひにはほろんでしまふのが諸行無常の響きといふもの、としんみりすることうけあいです。ま、ちょっと大げさかもしれませんが、それがリメイク2弾であーなって、3弾でダメ押し。そっちのほうがよっぽど諸行無常。
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by rivarisaia | 2010-09-27 18:49 | 映画/洋画 | Comments(0)

家政婦ラケルの反乱

サンダンス映画祭での評判を聞いて、観たくて仕方なかったチリの映画。日本では上映されないかと思っていたけど、ラテンビートで上映してくれました。うれしい!

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家政婦ラケルの反乱(La Nana)』監督:セバスティアン・シルバ

英語のタイトルが『The Maid』だったので、大仰な邦題にびっくり。まあいいか。

バルデス家に20年以上も住み込みで働いているメイドのラケル。無愛想だけど家族の一員としてがんばってきた。しかしある日、最近どうも体調がよくない彼女のために、奥さまが新しい助っ人のメイドを雇うことに。ところがラケルは新しいメイドにあれこれといやがらせをして、追い出してしまう…


本作は、かなりいい映画だった。

20年以上も住み込みで働いてきたラケルにとって、自分の世界はバルデス家の中にしか存在しない。当然、恋人もいないし、友だちもいない。バルデス家の人々はラケルにとって家族も同然とはいえ、家政婦と雇い主という間柄、どうしても一線を引いてしまい、ラケルは非常に孤独な存在なのだった。

新たな家政婦が来るということは、彼女が自分よりも有能で、家族の人気者になってしまう可能性=危険性があり、そうなるとラケルのたったひとつの世界が崩壊してしまう。自分の居場所を死守するために、ラケルはひたすら突き進む。

ライバル追い出しに成功してきたラケルも、ついに過労で倒れてしまう。そこへ新たな家政婦ルーシーがやってくるのだが、ルーシーはこれまでの家政婦とはまったく違っていた。

ルーシーのおかげで徐々に心を開いていくラケル。終始仏頂面だったラケルの表情がだんだんほぐれていって、笑顔を見せるようになっていく過程がすばらしい。

バルデス家の人々との距離も縮まって、自分の本当の家族への想いも受け入れることができたラケル。彼女の世界は相変わらずバルデス家が中心だけど、今までよりも少し広がっていくんじゃないかな、と思わせるラスト。

そういえば、ルーシーという名前の語源は「光」を意味している。まさにルーシーはラケルの人生に光を与えた人だった。
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by rivarisaia | 2010-09-24 22:12 | 映画/洋画 | Comments(0)

瞳の奥の秘密

なぜか予告編がおもしろくなくて損をしているのではないかと心配になる作品というのがあり、これもその1本。しかし、この映画の濃密な2時間を予告編に落とし込むのは難しかっただろうなあと、ちょっと同情しました。
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瞳の奥の秘密(El Secreto de Sus Ojos)』監督:フアン・ホセ・カンパネラ

刑事裁判所を定年退職した中年男ベンハミン。25年前に関わったある事件が忘れられないベンハミンは、その事件を題材に小説を書きはじめる。それは1974年に起きたひとつの殺人事件だった…


「A」の打てないタイプライター。倒れた写真立て。現在と過去が交差しながら、事件の全貌が暴かれていくにつれ、それぞれが心に閉じ込めていた後悔や想いが次第に明らかになっていく。

事件そのものは謎めいているわけではなく、ありきたりの殺人事件と言ってもさしつかえありません。ただ起きた時代が悪かったと言いますか、なにせ70年代の暗黒のアルゼンチンだからね…。実際に、拷問とか罪のなすりつけとか勝手に釈放とか暗殺とか何でもありの、何万人も行方不明者が出た時代ですよ。

さて。

本作は殺人事件の真相を探るミステリーというよりは、どちらかというと主人公の愛の物語のような気がしますが、その点については、主人公の顔があまり好みでない私にとってはどうでもよくて(ええ!?)、それよりなにより、妻を殺された銀行員の夫の人生と、主人公の同僚でアル中のパブロの人生に思いをはせて、いたたまれない気持ちになりました。

特に、パブロ。酒さえ飲まなければおそらくボンクラな主人公よりもデキる男。そして根暗な主人公と違ってユーモアのある男。また、パブロには侠気がある(はず)。さまざまな人々の瞳が多くを物語っている、という本作において、ある決意をしたパブロのまなざしが私にはいちばん印象的でした。

と、ここまで書いて、この映画のどこまでが小説でどこまでが現実だったのかふと不安になってきたのですが、主人公が信用できない語り手で、あれもこれも愛を取り戻すための想像の産物ですべて薮の中ってことはないですよね…。少なくとも写真立ては倒された、ということにしておこう。

「瞳の奥の秘密」の映画詳細、映画館情報はこちら >>
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by rivarisaia | 2010-09-22 21:57 | 映画/洋画 | Comments(0)

すっかりご無沙汰してます。毎年この時期に同じこと書いてるけど、東京国際映画祭フィルメックスを中心とする映画祭の秋がやってきて、今年もまた、予算と時間が限られてるけど観たいものがあれやこれやで困っちゃーう!と悩む季節となりました。

TIFF提携企画で東京中国映画週間もあるじゃないですか。さらに日仏ではカイエ・デュ・シネマ週間があって、マチュー・アマルリック特集ときたもんですよ。

この時期、これまでは繁忙期だったけど、今年はそんなに忙しくない(はず)。なので、例年よりもたくさん観られる(かもしれない)。ま、予算は限られてるけどね! ということで、これまた毎年グチってますが、ぴあの手数料が本当にバカにならないので何とかしてほしいです。

映画祭での上映を逃すと二度と観られない(特に劇場で)という状況が、毎年悩むことになる原因なんだよね。

香港映画中心に予定を組むとしても、昨年の「牛の映画」のように、予定に入れてなかったけど、何故か妙に印象に残る味わい深い作品との突然の出会いがあることにも期待しよう。

そして今はしたまちコメディ映画祭ラテンビート映画祭のまっさいちゅう。

ポルトガル映画祭ドキュメンタリー・ドリーム・ショー山形in東京は時間的に余裕がなくて行けないかも。山形の『アンダーグラウンド・オーケストラ』観たいなあ。
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by rivarisaia | 2010-09-19 02:06 | 映画や本の雑記 | Comments(0)

ゴキブリたちの黄昏

今年の夏は高温多湿の亜熱帯ジャングルのようで、またダメ押しのように大雨による冠水に見舞われたりもした東京でしたが、みなさまお元気ですか。私は暑さと湿気のせいで絶好調とはとてもいえず、低調でしたが元気です。ベランダの草花はハーブを除いてすべてドライフラワー化しましたが。

しかしですよ、みなさん。今年の夏はね、何故か家の中で1匹もアレを見なかった! ルリクチブトカメムシの幼虫とシバンムシは発生したけど、アレは見てないんですよ!

アレとは、折にふれ本ブログで言及してますが、G ではじまる黒い甲虫のことです。

さて、心底 G 嫌いなこの私が、何を血迷ったか「主人公が G」という日本映画を観たことがあります。タイトルは書くのもイヤだが、ズバリ

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ゴキブリたちの黄昏(Twilight of the Cockroaches)』監督:吉田博昭

なんで観てしまったのかにはちゃんと理由がある。その昔、異国で生活をしていたときに、「あーー!もうたまには日本語の映画が観たいよね!なんでもいいから、日本語、日本語!」という気分になり、たまたまそんな時期に大学の映画館で日本語の映画を上映していたのだ。それがよりによってコレ。

基本的には G はアニメーションで、それを実写と合成というものすごい映画。視点はあくまで G。一応 G は擬人化されたマンガチックなかわいいキャラクターになっているが、しかし、所詮みんな G。そしてときどき、実写になる G。

読みたくないでしょうが、ざっくりとしたあらすじ。

とある独身男性(小林薫)の家は、G たちにとってパラダイス。片付け嫌いの男性宅で、ヒロイン(声:浅野温子)や仲間の G たちは、人間との平和的な共存生活を送っていた。いっぽう、とあるキレイ好きの独身女性(烏丸せつ子)の家は、G たちにとって地獄のような戦場と化していた。多くの G が毒ガス(殺虫剤)にやられ、あるいは罠(ホイホイ)に捕われの身となり、愛する家族の名前を呼びながら死んでいったのである。

ところが、この男性と女性が付き合い始めたことをきっかけに、パラダイスだった男性宅に異変が起こる。それは大虐殺の幕開けだった.....。


うむー。これは.....。

ヒロインとその恋人のラブストーリー、戦火の中で自分を守って死んでいく恋人、そしてヒロインのお腹には恋人との子どもが...という、かなり感動的な物語にしようとはしているものの、ちっとも感動できなかった。だってみんな G だから。

後半は未曾有の大虐殺。ヒロイン以外の G は皆殺し。そしてラストは毒ガスを浴びながらも外の世界に脱出したヒロインの G が、自分を助けるために死んだ恋人を想いながら

「私、おなかの中の子とたくましく生きていくわ。きっと毒ガスに免疫のある子どもたちが生まれてくることでしょう。人間には負けないわ」


と子孫繁栄を誓うという、観てるこちらは背筋がうすら寒くなるオチで終わった。

ドブネズミが主人公なのに気もち悪いとは思わなかった『冒険者たち(ガンバの冒険)』とくらべて、なんですかねこれ。でも先日、久々に『冒険者たち』を読み返して微妙な気分になったのは、庭でネズミを目撃して鬱々とした後遺症でしょうか。

本作のそのほかの声優陣は、宮川一朗太、平田満、柳生博、北林谷栄、鳳啓助、古川登志夫、ハナ肇、伊武雅刀、古尾谷雅人、丹波哲郎など、豪華です。でもみんな G。

そしてさきほど家人から恐ろしい話を聞きました。なんでも7月頭に、家のドアを開けたら、手の上にデカイ G が落ちてきたらしい。「ヤツらはいるんだよ、確実に!」と真顔で言われたんですけど、このまま私は姿を見ないで秋に突入したいです。
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by rivarisaia | 2010-09-14 00:37 | 映画/日本 | Comments(6)

仕事でオランダに行っていた父よりいろいろとお土産をもらったんですけど、なかでもこりゃかわいい!と思ったのがこれ。

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陶器でできたミニチュアハウス。ボトルになっていて、中にはルーカス・ボルスのジェネバー(ジン)が入ってます。ジンってもともとオランダ発祥のお酒なんですってね。ジェネバーはより昔の味に近いらしい。へええ。煙突の部分にロウで封がしてあって、これをはがして中味を出せ、と。

オランダで買ってきたのかと思いきや、どうやらKLMでもらったらしい。一緒にこんな冊子も付いていた。
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冊子によると、ルーカス・ボルスは世界で最も古いリキュールメーカーだそうですね。古いオランダの家のボトルに、世界最古のメーカーのお酒を入れてます、ということですね。なるほど。
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土地の名前と一緒に、いろいろなデザインの家(のボトル)が掲載されてまして、どれもいいなあ。これは集めたくなっちゃうよねえ、などと言ってたのですが、最後のページを見ると…
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ええっ!? 90個もあるの!? 出張のささやかな愉しみとして、ビジネスでKLMを多用する人が集めたりするんでしょうか。でもエコノミー席じゃもらえないよね…。

中味のジンの味につきましては、まだ飲んでないので不明です。
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by rivarisaia | 2010-09-09 22:30 | 食べ物 | Comments(4)

昨日のNHK『龍馬伝』が寺田屋事件だったのですが、Twitter上で「もし寺田屋にドニー・イェンがいたら」という妄想で盛り上がってしまい、深夜に心拍数が上がった私です。敵をバッタバッタとなぎ倒す無敵のド兄さん、上半身ムダに脱いで薩摩藩邸まで失踪するド兄さん、もう龍馬よりもド兄さんが主役! カッコイイ〜!
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ぜひ『葉問』を日本で公開してください。(いつもより画像大きめにしてみました)

さて、『龍馬伝』といえば幕末ですが、私は最近イザベラ・バードを読んでいたので、明治初期の日本の情景が、まるで見てきたかのごとく目に浮かんでます。彼女の観察眼や異文化に対する好奇心や愛情、驚異的な情報収集力には、ただただ驚くばかり。

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日本奥地紀行』イザベラ・バード著、高梨 健吉訳、平凡社

明治11年に東京から日光、新潟、そして北海道へ、通訳の日本人男性・伊藤をただひとり連れて旅したイギリス人女性イザベラ・バードの旅行記。維新直後の日本の、特に都市部から離れた土地やアイヌの暮らしを知る貴重な記録となっています。

通訳がいるとはいえ47歳の外国人女性のひとり旅。身体も決してめちゃくちゃ丈夫というわけでもない。しかも当時の外国人は日本の北部についてあまり情報をもっていなかったというのに、未踏の地に向けて出発するイザベラ・バードのガッツはすごい。

民族学的に興味深い点については、それぞれ本書で堪能してもらうとして、以下、些細だけど面白かったことを箇条書き。


駄馬:駄馬の気性がひどい。イザベラも通訳の伊藤も何度も落馬したり、かみつかれそうになっている。そんな馬での旅行、大変。

虫:いたるところに虫が。なかでも蚊と蚤がハンパない。ちょっとでも床に毛布をおくと蚤にたかられる。農村の人たちは大人も子どもも皆、虫にたかられている。虫問題が一番キツイ。

見物人:外国人女性が珍しいため、村中の人がイザベラ見物にやってくる。旅館で寝ようと思っても、障子に無数の穴が開けられて、黒い目が覗き込んでたり、ハッと目をさましたら障子がとりはらわれて、大人や子どもがじーっとイザベラを見ていたり、という不気味なことも。

格差:奥地には不衛生で健康を害している人がたくさんいる。また、ほとんど裸に近い格好だったり、家の中は汚く悪臭がして、食事も祖末だったりと、横浜や東京といった都市部と奥地の格差は大きい。

礼儀正しさ:しかし、"野蛮人と少しも変わらないようにみえる"という貧しい奥地の人々は一様に親切で礼儀正しい。イザベラは法外な料金を取られたことはなく、群れをなす見物人に囲まれても失礼なことをされたことがない、というのは印象的。村の描写をみても、大人も子どもも現代人より礼儀正しいと思う。

アイヌ:奥地の日本人の暮らしにくらべて、アイヌ人の生活は原始的かもしれないが高度な気がする。というか、まるで別の国。古代ローマのガリア人に通じるものを感じる。イザベラの「(アイヌ人が)日本文明との接触によって、益するところはなく、ただ多くの損を得るばかりであったことは明らかである」と1文に、ひとつの文化の消失を予感した。

通訳の伊藤:初対面で「これほど愚鈍に見える日本人を見たことがない」と言われた通訳の伊藤。完全に信用できる男じゃないし、不愉快な態度を取ることも多く、アイヌ人に対しては差別的だが、頭がよくて気が利くし、勉強熱心だ。意外と神経質な面もある。一体どんな人だったんだ…と思ってたら、国会図書館の「近代日本人の肖像」に肖像写真がありました。コチラ


明治初期の日本を見てみたいと思っていた私にとって、イザベラの残してくれた本書のおかげで、当時にタイムスリップした気分を味わえたことは嬉しいかぎり。ありがとう。
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by rivarisaia | 2010-09-06 14:24 | | Comments(2)

美術館の裏側に興味津々な人はもちろん、段取り不足の上に大勢が口出してきて非常にやりにくいクライアント仕事に泣かされた人も興味深く観られる作品。観賞後の私の第一声は「これは…気持ちわかるよ(しんみり)」でした。

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ようこそ、アムステルダム国立美術館へ(Het Nieuwe Rijksmuseum)
監督:ウケ・ホーケンダイク

2004年に大規模な改装工事に着手したアムステルダム国立美術館。しかし、改装計画を発表したら市民から猛反発。次々と変更になる建築計画にやる気がどんどん下がっていく建築家。文化省のお役人や改築運営委員とどうもかみ合あってない理想主義者の館長。工事は延長につぐ延長で、2008年に再オープンの予定が現在も工事中…。


美術館の建物の中央部分が反対側の地区へ抜ける公道の門になっている、という構造がそもそもの発端。中央部を美術館エントランスにするという設計に地元サイクリスト協会が

「それじゃ自転車の通る道が狭くなっちゃうじゃん!」

と大反対。

そういや先日、オランダで仕事をしている知人と食事したときに、「自転車がものすごく優遇されていて、みんなが乗ってる」という話を聞いたばかり。国民総サイクリストの国でサイクリスト協会が文句言い出したら、それはもう話し合って設計見直しするしかないよねえ。

でも一方で建築家側の「コンペで選ばれた案なのに、なんでいまさら?だったら僕らを選ばなきゃよかったのに」という気持ちもわかる。この辺はコンペのあり方・進め方がよくなかったのではないだろうか…。

ま、建築に限らず、コンペに通った案に皆が口出してデザインをいじくりまわした挙げ句、全く別物に変えてしまい、デザイナー発狂、というのはしばしばあることですけどね(経験者談)。

しかし問題はこれだけではなく、本館の脇に建てる予定の研究センターが景観を損ねる(建築家には気の毒だが私も同感)とか、入札がダメダメだとか、美術館のスタッフが辞めちゃったりとか、物事が長引くと「情熱や新鮮な気持ちが失われてしまう」こともあり、どんどんグダグダのカオスになっていくのであった。

そんななか、新しい美術館にどんな風に絵を飾ろうかな〜とわくわくしている学芸員の皆さんや、真剣なまなざしでていねいに作業をつづける修復家の皆さんの姿を眺めるのは楽しい。

妙に自信たっぷりの野心あふれる学芸員に苦笑したり、仏像のことで頭がいっぱいの純朴な学芸員がお気に入りの仏像入手できるのか!?という展開にちょっとハラハラしたりしましたが、私の一番のお気に入りの人物は警備員の兄ちゃんだ。

「この建物は女房のように大事だ。どこにひびが入っているのか、ぜんぶ覚えている」
「この建物は俺の子どもだ、俺が守る」

どうよ、この最高のプロ意識。すばらしいじゃないですか。他の人たちが大人事情に振り回されているなか、修復家の人たちやこの警備員の兄ちゃんは自分のやるべきことをビシッとやっている。もうその姿に本来は仕事ってこういうもんだよなあと頷く私でした。

映画の途中で重要な地位にいる人が辞めることになってしまい、アンタそりゃ無責任な…と一瞬思ったけど、ここまでグダグダになってる場合、辞めてもらって新しい人を据えることで新鮮な空気を入れたほうがいいかもね。

私の知ってるアレとかあのプロジェクトなども、いっそトップの人々に辞めてもらって、フレッシュな人材を投入して新規まき直ししたほうがいいんじゃないだろうか…とふと思ったりもいたしました。

『ようこそ、アムステルダム国立美術館へ』公式サイト
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by rivarisaia | 2010-09-04 16:20 | 映画/洋画 | Comments(2)

ダーシェンカ:本と切手

買い物でストレス発散ってよくいうじゃないですか。しかし散財したいけど財はなし。この夏はそんな私にうってつけの買い物が存在することを認識した。それは切手だ。

40枚くらい買っても2000円以下でしたからね。何このお得感。

以前もコチラに書いたようにですね、私はまともな切手蒐集者ではなく、基本的には海外の使用済み切手というあまり価値のないものを絵柄で集めてるんですけどね、使用済み切手のパケットは安いよ。100枚で200円とか300円のものもある。100枚も来たら悶絶しちゃう(私は)。

そりゃそうと、たまに未使用の切手も買ったりするんですが、今年のヨーロッパ切手のテーマが児童書で、チェコ郵政からチャペックが出ました。
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チャペック誕生120年記念。左が「ダーシェンカ」切手です。右の猫の切手はかわいいから対で並べてるだけでチャペックとは関係ないです。それにしても相変わらずチェコはセンスがよろしいですね。

ダーシェンカはかわいいよ。犬を飼うならダーシェンカのような犬がいい。
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ダーシェンカ あるいは子犬の生活
カレル・チャペック著、保川亜矢子訳、千野栄一解説 SEG出版

こちらの本は「1936年版カレル・タイゲのブックデザインのまま、本邦初チェコ語からの翻訳」というバージョンです。このSEG出版バージョンはメディアファクトリーから再刊されているようす。

前半はチャペックと子犬のダーシェンカの日常が愛情たっぷりに綴られており、またページのあちらこちらに入っている挿画が、シンプルな線でダーシェンカの特徴をみごとにとらえている気がします。ちなみに切手の絵柄は「ダーシェンカおすわりの練習(前からみたところ)」です(本書には「横からみたところ」の絵もあるよ)。

後半の「猛犬注意!」の章はダーシェンカの写真集。子犬を写真におさめるのがいかに難しいかというエッセイを読んだ後にこれらの写真をながめるとですね、チャペックさんが苦労して撮影している風景が思い浮かんで微笑ましいかぎり。
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by rivarisaia | 2010-09-03 01:15 | | Comments(2)