「ほっ」と。キャンペーン

なりゆきで、ロシア映画のDVDをドイツ語吹替の字幕ナシ状態でみることに。そんなわけで台詞がわからないのに、名作なだけあって言語の壁を超えて非常におもしろかった。ちなみに、あらすじは私の推測なので間違ってるところがあるかもしれません。

イワン雷帝(Ivan Groznyi)』監督:セルゲイ・M・エイゼンシュテイン

第一部と第二部にわかれています。本当は三部作のはずが、エイゼンシュテインが亡くなったので第三部がないというのが残念。

b0087556_18123570.jpg

戴冠式を行い、アナスタシアを王妃に迎えたイワン皇帝。どうやら宮廷内には皇帝の敵が多そうで、陰謀の匂いがぷんぷん漂っている。

タタール人と戦をしていたイワン皇帝は、重い病に倒れてしまう。生死をめぐり権力争いが激化。皇帝にはディミトリという名前の息子がいるのだが、やや白痴っぽい青年ウラジミールを皇帝の座につけたい人々がいるのだ。黒幕は、恐ろしい形相のおばさんである(このおばさんがウラジミールの母親)。

b0087556_18124714.jpg

白痴っぽいウラジミールと恐い恐い母親(何度聞いても名前が聞き取れない...)


本作の演出は歌舞伎からインスピレーションを得たらしいというのは噂に聞いてたけど、ここぞという時に人々が見得を切る。人のアップだけじゃなくて、壁や床に映る影や、表情に落ちる影など、影の使い方も効果的で、ひとつひとつの場面がおもしろい。衣装もセットも見てて楽しいよ!

b0087556_18133523.jpg

アナスタシアはとても美人で衣装もきれいです。

その後、アナスタシアを毒殺されてしまい、どうやらモスクワを離れたらしい皇帝だが、民衆がぞろぞろと列をなしてやってきて、皇帝が「モスクワに帰る!」と宣言してるらしき姿で第一部終了。このあたりの詳細はドイツ語なだけにサッパリわからなかったものの、雪原に連なる民衆の行列と皇帝の横顔の構図がかっこいいなあと見入ってしまった。

b0087556_18141154.jpg


そして第二部。皇帝はモスクワに帰還。煙とともにかわいらしい少年が登場して「誰?」となったのですが、皇帝の幼き頃の回想シーンなのだった。その後、妃の毒殺の真実を知った皇帝は粛正を開始する、いっぽうウラジミールの母親は刺客を放ち皇帝の暗殺をもくろむが…。

皇帝の変わりっぷりが凄まじく、戴冠式の頃と後半ではまるで別人(同じ役者なんですよね?)。第一部でも目をひんむいてましたが、第二部はさらに白目度が高くなっております。黒い毛皮をはおり、指輪のつけ方もゴテゴテで、細身なのにたいそう貫禄があり、王たる者、少々貧弱な身体でも衣装で威圧感を出すことができる、というよい見本のようでありました。

本来は、第二部は途中からカラー映像で、ギラギラした赤の使い方がすばらしいといったウワサを聞いていたのに、このDVDは何故か全部モノクロ。なんでだろう。飲めや歌えやの宴会場面で、『ルードヴィヒ』でもルードヴィヒがダンスを愛でる場面があったことを思い出した。狂気を踊りとセットで表現するってけっこうあるよね。

機会があったら、理解できる字幕付きでぜひみなおしたい1本でございました。雷帝の雷帝たるパワーが炸裂だったであろう、第三部もみたかったなあ。残念。
[PR]
by rivarisaia | 2011-05-30 18:16 | 映画/洋画 | Comments(2)

よのなか議論白熱中なところへ参入したくないんですけど、思うところを一応書いておこう。上から目線でオマエ何様な感じだが、最初に謝っとく、ごめん!

●放射線量測定について

ガイガーカウンターで測定する人が増えるにつれ、正しく測定せずに高い数値が出た場合に測定方法の誤りを指摘されて、素人は測るなというのかと逆ギレ、という流れを何度か目にしています。数値を校正してない、あるいはちょっとした手順ミスで、簡単に高い数値が出てしまいます。せっかく測っているのに使えないデータだと、無駄に不安にさせたり、さらに悪いのは本当に高い場所が見過ごされてしまうので、もったいないです。多くの人がきちんと計測してマッピングすれば役立つデータになるので、ここはひとつ、正しく測ろう。以下のサイトを参考にしてください。

簡易放射線量測定器でできるだけ良い測定を行うコツ
β線の窓(ガイガーカウンターでの放射線量の正しい計り方)
ガイガーカウンターで地面スレスレを測るのは間違った使い方

6月11日には末広町の3331で、ガイガーカウンタミーティングが行われます。メディアアーティストの八谷さんが呼びかけてます。詳細はコチラ。測り方講座は ust される予定だそうなので、参加できない人はチェックしてね。

●食物や土壌の放射線量について

「自粛」を「要請」するのも変なら、「風評」を避けるために検査しないというのも変。定期的に検査をして、問題があるなら出荷停止のうえ、農家への補償と今後の対策を練ったほうがいい。理由がよくわからないのに安全ですと言われても安心できないことが風評につながるので、未検出だけじゃなく、数値が低くても高くても出しちゃっていいと私は思うのですが、ゼロじゃないと嫌な人もいるので難しいところ。でも足し算したい人もいるよね。いっぱい食べる食材と少量しか食べない食材でも違うし。

ただ、情報が氾濫してる上に世界にはさまざまな基準値が存在するので混乱も招いています。平常時と緊急時では基準が違うし。段階的に基準を下げて平常時に戻すやり方が採用されるので、緊急時の基準=暫定基準をやたら高く設定されるのも困るけど、平常時とくらべるのもちょっと違う。今後どういう段階をふむのかも気になりますよね。

FDAやEURATOM、WHOやCODEXなどの資料も見ましたが、わかりにくいしまとめるのが面倒…と思ったらまとめてる人を発見した。コチラです。私は元資料と照らし合わせてませんので、個人で判断してください。

これも参考までに。
農業環境技術研究所の土壌・農作物の放射能汚染に関する情報ポータル

ちなみに、ICRP(国際放射線防護委員会)の見解は甘いという批判もあるいっぽうで、私見ではECRR(欧州放射線リスク委員会)は評価できる部分もあるけどどうも胡散臭いというか、データの引っぱり具合が主観に左右されてる印象を持ってます。

●警戒区域の家畜について

ぜひ実現してほしいのが、サンクチュアリ・ファームを福島につくるというアイデア。サンクチュアリ・ファームあるいはファーム・サンクチュアリとは、「食品動物」の犠牲になっている動物を保護する農場です。

まだふつうに元気な家畜を、食用にならないし、これから病気になるかもしれないという理由で安楽死させるのは反対。動物実験じゃないかと反論する人がいるかもしれないけど、殺すのを選ぶのはまだ早いのでは? 経過を観察するだけでも意義がある。

アメリカの Farm Santuary:Farm SanctuaryLighthouse Farm Sanctuary
福島のサンクチュアリ・ファームについてのブログ記事
官邸に提言という民主党議員の方のブログ記事
報道もココで見られます。

●被災地も忘れないで

世間の話題は原発問題一辺倒ですが、被災地の復興はまだまだですので、忘れないで! ガレキの片付けが終了してない地域、腐敗臭に困っている地域もあります。ボランティアや寄付金、支援物資を募集している団体もたくさんあるので、引き続き微力ながらできる範囲で支援していきたいです。

b0087556_18444363.jpg

(以下、おまけという名のグチ)

隠蔽だ、騙されてた、という事象には、別に隠されてたんじゃなくて、(1) 関係者がその時点で本当に知らなかった、(2) 予想や分析が報道されてたけど公式には認められてなかった、(3) 実は情報は公開されてたのに自分が知らないだけだった、ということがしばしばあります。9.11の時もそうでした。ある程度の批判は有意義としても、そこから陰謀論に発展させるのはやめといたほうがいいです。というか、やめてくれ。目的が同じでも、地震兵器とか言ってる人と一緒に行動するのは苦痛です。

これもどうぞ:週刊誌の原発報道とどうつき合うか 佐野和美 SYNODOS JOURNAL

また、農家の人に対して酷い言葉を吐く人も見かけますが(特に都民)、なんだその江戸時代的発想。農家はお前らの奴隷かよ。だからって上にも書いたように汚染されたものを食べようと言いたいんじゃないの。出荷停止になっても農家が困らない仕組みや、土壌改良の方法などについての方向に話がすすむといいのになあ。
[PR]
by rivarisaia | 2011-05-28 18:52 | 日々のよもやま | Comments(4)

だれかの作業場をのぞかせてもらうのは、けっこう楽しい。散らかっていたり、ごちゃごちゃ物が置かれていても、活用されてる場というのは生き生きした空気に満ちてますね(と、雑多な私の引き出しが片付かない言い訳にしてみた)。片付かないときは、こんな本をみてみると和むね。

b0087556_334897.jpg

Rosanna Bianchi Piccoli / Imparaticci (Samplers)』Melina Mulas (写真)、 Marco Belpoliti(序文)、Maurizio Corraini 刊

陶芸家 Rosanna Bianchi Piccoli の自宅やワークショップに置かれたオブジェや道具、本や布、スケッチをとらえた小さな写真集です。出版社はイタリアのマントヴァにある Corraini。Corraini はブルーノ・ムナーリの本を出しているので有名ですが、ここはなかなかおもしろい本を地道に出しているので好きな出版社。

b0087556_3342312.jpg


Rosanna Bianchi Piccoliさんを知らないのですが、工房に雑多に置かれたモノの写真や本棚の写真がよさげだったので買ってみたら、かなり楽しい本でした。人のうちの引き出しのぞいてるみたいな感じなんだよね。

b0087556_3344152.jpg

どうやら、ときどきちらっと写っている、陶器にぐるぐると布や糸などを巻いたものが Rosannaさんの作品らしいのですが、フォルムや色、テクスチャーがおもしろい。

Corrainiのサイトはこちらです:http://www.corraini.com/
[PR]
by rivarisaia | 2011-05-27 22:40 | | Comments(0)

ウンベルトD

社会的弱者が主役の映画ってとかく世知辛いものが多いんですけど、その弱者が老人だったりしますと、世知辛さに枯れた感じが加わって沈痛さ倍増。さらに、そこに犬猫などの動物が加わると胸がしめつけられる度合いがマックスに。

しかし、愛犬フライクがすばらしいんだな。動物は飼い主に希望を与える存在なのであるよ。

b0087556_1928173.jpg

ウンベルトD(Umberto D)』監督:ヴィットリオ・デ・シーカ

ローマで愛犬フライクとともにひとり暮らしをしている元公務員の年金生活者ウンベルト。家賃の値上がりにともない、滞納分を即刻払わないと長年住んでいるアパートを追い出されてしまう。なんとか部屋代を工面しようとするが、親身に相談に乗ってくれる人もなく…


あらすじ途中まで書いてて、暗い気持ちになってきました…。イタリア人の知人にこの映画を説明しようとした時もだんだん暗い気持ちになり、イタリア人に「暗い気持ちになるのは当たり前だよ。だってデ・シーカだろ!? ネオリアリスモだろ!? 明るい映画のわけないじゃんか!わはは」と笑われたんだった。

Amazon の DVD の内容紹介もある意味すごいです。

若さ・家族・友人・健康・金・住居のすべてを奪われ、社会の底辺に生きるひとり老人と彼の愛犬が辿る苛酷な運命と共に、酷薄な世界で生きる貧しい人々の交流、孤独な老人が飼い犬に寄せる心からの愛情が感動的に描かれる名篇。


すべてを奪われ…(遠い目)。まあ確かにそういう話なんですが、フライクの愛らしさと、ウンベルトがフライクに注ぐ愛情がどんよりと灰色の画面(って白黒映画です)の中で、かけがえのない宝石のようにキラリと輝いています。

勝手にフライクを捨てられてしまい、必死になって保健所に探しにいくウンベルト老人の姿に、いなくなった愛猫ノラを探す内田百閒の姿を重ねたり、脱走したうちの猫を探しまわったときの自分の心境を思い出したりして、だから子どもと動物は反則なんだよ、よよよ…と目頭が熱くなったのでした。

金策に困ったウンベルト老人は物乞いをしようと画策するけど、どうしてもプライドが邪魔をする。そんなウンベルトの心境を知ってか知らずか、芸をしてお金をもらおうとするフライク。フライクを手放そうと決意して、犬を預かっている人のもとへ連れていくものの、どうもちゃんと世話してなさそうな様子に「こんな場所に置いていけない!」と考え直すウンベルト。ううう。

最終的にウンベルトは、汽車に飛び込んでフライクと一緒に死のうとする。それを思いとどまらせたのはキャンキャンというフライクの鳴き声なのだった。

ひとりと1匹の幸せそうなひとときで映画は終わります。その後、ウンベルトとフライクがどうなるのかはわからないけど、彼らに引き続きささやかな幸せが訪れますように。いや、きっと大丈夫だ。なぜなら、世の中は辛いことばかりじゃないからです。
[PR]
by rivarisaia | 2011-05-25 19:28 | 映画/洋画 | Comments(2)

バリのカレンダー

先日、本棚からこんなものが出てきたのだった。

b0087556_3342861.jpg

くるくるっと丸めて棚に差したまま、すっかり忘れてたけど、バリ島みやげの布のカレンダーである。

ずいぶん昔にバリ島に行ったときに、バリ絵画の工房兼観光客向け店の片隅で売ってたのだった。バリ絵画にはいくつか種類があって、その中のひとつが赤茶系の色合いが地味ながら細密画っぽくていいなあと思ったんだけど、いま調べてみるとそれはカマサン・スタイルという技法らしい。

で、そこにある絵画はとてつもなくお値段が高かったけど、お手軽なお土産品としてこれがすみっこに置いてあったのだった。工房の人がこれはヒンドゥー教のカレンダーですと言っていて、内容を軽く説明してもらったような気がするけど、すっかり昔のことなので、いまとなってはどう読むのかサッパリわからない。

拡大すると絵がかわいいんだよね。

b0087556_3345161.jpg


内容についてはそのうち調べてみよう〜と思っていたのをすっかり忘れてた。物語のようになってるのかな...。
[PR]
by rivarisaia | 2011-05-24 03:41 | モノ | Comments(0)

昨日の今日ですみません。また虫の話か、とウンザリかもしれませんけどね、なんと本日、念願のタマゴバチをこの目で見ることができたので早速報告します。

今日ね、鉢植えミカンの寄生されたタマゴの数を数えていたのです。そしたら、黒いタマゴの周りをゴミのようなものがちりちりしてるではありませんか。

ピンときたね。こ、これはタマゴバチでは!? (→この時点では仮説である)

急遽、実体顕微鏡でのぞいてみると、ゴミのようなものはタマゴバチらしき虫なのである。(→この時点でもまだ仮説) そこで、その辺にあったテープにそれをペタッとはりつけ、実体顕微鏡でさらに観察し、ググッて同定してみたら大当たり!

本当に小さいよ。こんなの、毎日じっくり観察しなきゃ気づかない。

b0087556_2137334.jpg


黒い丸が寄生されたタマゴの殻。「これ」と書いてあるカスみたいなものが虫。
下の定規のメモリ見てもわかるように1ミリよりも小さい。

しかし、テープにはりつけちゃうところが、私のテキトーな性格を反映しているともいえよう。ちゃんとした顕微鏡があればさあ、プレパラートつくるけどさあ、持ってないんだものー。欲しいな...。

ちゃんとスケッチするヒマなかったんだけど、このゴミのようなものを拡大すると大体こんな感じ。

b0087556_21415433.jpg


ゴミみたいなのに、当たり前だがきちんと昆虫なのだった。蝶にとっては害虫だけど、蝶が害虫になる立場、たとえばミカン農園の人などにとっては益虫である。鉢植えのミカンには、ぜんぶで21個のアゲハのタマゴが付いていて、そのうち16個が寄生され、5個は寄生されずに蝶の幼虫が孵化した。このバランスもおもしろい。もちろん母体数として少ないので比率はわからないけど、タマゴバチが存在しても孵化する(寄生されない)タマゴもちゃんと存在するんだね。

アゲハようちえん:2011年夏
[PR]
by rivarisaia | 2011-05-21 21:53 | 生きもの | Comments(0)

ようやくアゲハの幼虫の写真を撮ったのでアップ。去年のアゲハは幼虫の死亡率が一昨年にくらべるとやや高くて、原因は不明ですが(調べようがない)、なんだろうね。夏が異常に暑くて、飼育環境がよくなかったせいかもしれない。飼育ケースがサウナ状態だったのかなあ。今年は気をつけます。

b0087556_024517.jpg


鉢植えミカンの枝にはかなりタマゴがついているのですが、その大部分がタマゴバチ寄生済み。アゲハのタマゴはクリーム色をしていて、孵化前になると中の幼虫が透けてみえるようになるので、灰色というかムラのある黒に変色します。この時、実体顕微鏡でタマゴをのぞくと、中で幼虫が動いているのが見えます。

逆に真っ黒に変色したタマゴは、タマゴバチに寄生された可能性が高い。寄生されたタマゴを拡大してみます。

b0087556_031612.jpg


この時に、実体顕微鏡でのぞいてみるとどうなってるかというと、寄生バチが動いてるようすが見えたことはいまのところ一度もなくて、たいていが寄生バチは孵化済み。タマゴのどこかに出口となった小さい穴があいている、というのが多い。

つまり、寄生バチ孵化後のタマゴの殻が黒いママなんだねー。タマゴバチ、一度も実体をみたことがなくて、ウワサに聞く幻の生物状態なので、いつかその姿を目で見たいものです。

あ、そうそうLEDライト付の実体顕微鏡は、光がモノに当たると反射してキラキラ光ってみえますし、ピンボケしても光って見えるのがデフォルトです。見てるモノが発光してる!などと驚かないようにねー。

続報:この次の日にタマゴバチを見ました!


これから飼育する人の参考までにどうぞ:
アゲハようちえん:アオムシコバチとの戦い
アゲハ羽化のようす
アゲハのあゆみ、2009まとめ
[PR]
by rivarisaia | 2011-05-20 23:48 | 生きもの | Comments(0)

庭にアゲハが飛んできてるなあと思っていたら、ミカンの木にアゲハのタマゴや幼虫を発見。さっそく寄生バチにやられているタマゴもあるようす。ふふふ、私は孵化前のタマゴの色との違いを見分けられるようになったのだ!

ということで、またアゲハようちえんの季節が来たみたい。今年も育てるか…と思案しているところです。

先日は、フウセンカズラとアサガオのタネをまきました。フウセンカズラのタネがかわいらしいので写真をお見せしましょう。

b0087556_23515455.jpg

丸くてハート型の模様がついてるのよ。おととし近所で雑草のように繁殖していたフウセンカズラからタネをいただき、去年植木鉢に撒いて育てたものから採取したタネ。今年もぐんぐん育ちますように!

そういえば、ぐんぐん育つといえばですね、ちょいと前にTwitterで「タンポポが異様に成長しているが、放射線のせいではないか」と心配する誰かのつぶやきを目にした際に、私は、もともとタンポポの「50cm程度の長さの花茎は珍しくない」とつぶやき返しましたが、こちらにも書いておきましょう。

何十年も庭のタンポポを観察してますが、何十年も前から50cmなんてザラ。時にはそれ以上も長く伸びる。

b0087556_23521451.jpg

日本の在来種のタンポポは基本的に茎が短く背が低いので、タンポポは地面にへばりついて咲くイメージなんだと思いますが、いま都市部で勢力を伸ばしているのがセイヨウタンポポで、これは茎が長い! だから目立つ!

写真は観察記録用に撮ったんじゃないので、長さが伝わらないのが残念ですが、これで35〜40cmくらいかな。生えてる場所でも長さが違うんだよね。ちゃんと記録しとくんだった。

かく言う私も、数年前までそのあまりの茎の長さに「うちの庭のタンポポはでかすぎやしないか。温暖化のせいで大きく成長してるのか? 栄養のせいなのか?」と疑問でしたが、綿毛を遠くまで飛ばすために伸びるらしいね。驚愕したのはコチラのサイトですよ。87センチはおどろいた。場所によっては1メートルもありえるかもな。

そんなわけで、確かに東京も放射線が降ってますが、1メートルをゆうに超すくらいのものが現れるまではタンポポへの驚きはとっておいてください。自然は驚異の宝庫ですので、おや?と思ったらいろいろ調べて、じっくり観察するとおもしろいよ。

…と、なにやら上から目線ですが、私も昔から「なんだこりゃあ!」とおののくことしょっちゅうで、あれこれ調べてみると「あれ、ふつうに存在していた」の繰り返しさ。生物学者の観察力は凄いよね。
[PR]
by rivarisaia | 2011-05-18 23:58 | 生きもの | Comments(0)

メアリー&マックス

最初に正直に告白しておくと、個人的には、アダム・エリオットの造形デザインはかわいくもないし、不気味(ホメ言葉です)でもないと思っていて、苦手の部類に入ります。ところが以前、短編作品の『ハーヴィー・クランペット』をみたときに、絵は好きじゃないけど話はすばらしいと思ったのでした。今回もそうなんだよね。

b0087556_23362471.jpg

メアリー&マックス(Mary and Max)』監督:アダム・エリオット

オーストラリアに住む孤独な少女メアリーとニューヨークに住むアスペスガー症候群の中年男性マックスの20年にわたる手紙のやりとりを通して、彼らの(そしてすべての人の)人生と友情について描いた物語。

メアリーの境遇は悲惨で、障害を抱えるマックスは可哀想だ、と思う人がいるかもしれないけれど、実際のところ、私たちもメアリーやマックスとあまり変わらない。大なり小なり、どの人の性格も人生も似たようなものですよ。誰もが選ぶことのできない欠点を抱えながら、ひび割れたりバナナの皮やタバコの吸い殻が落ちたりしている道のような人生を歩んでいるわけで、ハタと気づけば「ケ・セラ・セラ」のメロディーを耳にしながら、私もあなたも一緒だよ、としみじみしてしまうのだった。

アダム・エリオットは、自分を大切に思うこと、すべての人は唯一の個性的な存在であること、というテーマを、ヘタな感傷や同情を抜きにして飾らずに描くのがうまい。絵は好きじゃない、と書いたけど、逆に私の好みの絵柄で同じ物語を描こうとすれば、変にウェットな作品になってしまったり、ユーモアがキツすぎる作品になってしまうのかもしれません。

マックスの手紙にあった「You are imperfect, and so am l」という言葉は真理であり、魔法の呪文のようなものですよ。いや、日常において意外とそのことを忘れること多いでしょ。思い出すだけでもずいぶん違うよ。

そんなわけで、造形が苦手と思う人も機会があったらぜひどうぞ。『ハーヴィー・クランペット』もかなりおすすめです。
[PR]
by rivarisaia | 2011-05-16 23:45 | 映画/洋画 | Comments(0)

今年のGWはなんやかんやバタバタしながら夜は読書という日々で、しかも邦訳で読むつもりだったあの分厚い本を、はからずも英語で読むはめになってしまいまして。変に忙しくなっちゃったわよ。

b0087556_22305825.jpg

Under the Dome』スティーヴン・キング著、Hodder Paperback

ペーパーバック版には表紙が4種類もあるので、並べてみました。

まったくもって読み終えることができるのか?と不安になる厚さなんですが、これが読み始めたら止まらない。英語もかなり読みやすいです。しかし、この時期に邦訳が出たというのが、なんとも絶妙なタイミング。

メイン州の小さな町チェスターズミルが、ある日突然、透明の「ドーム」に囲まれる。透明の壁は微量の水と空気を通すのみで、破壊することはできない。封鎖された町ではパニックが起き、混乱に乗じて恐怖政治が横行する…


開始早々から阿鼻叫喚といえば『セル』も凄かったけど、本作でも開始早々からエンジン全開。ドーム出現時に境界線上にいたがために、わけもわからずまっぷたつに切断される動物や人間、見えない壁に激突し炎上する小型機やトラック。誰が何のためにこんなドームを、という謎は一応明らかになるものの、重要なのはそんなことよりも、閉鎖された町の人間模様です。『霧(「ミスト」の原作)』ではスーパーマーケット内の人間模様でしたが、それのさらに濃厚で精密な町版と言ってもいいかもしれません。

正義感に燃える人もいれば、権力をふりかざす人もいる。絶望して生きるのをあきらめる人もいれば、最後まで希望を捨てない人もいる。宗教に走る人もいるし、恐怖を煽る人もいる。悪い人に対して「間違ってる」とはっきり言える人もいるけど、恐くて逆らえずに何も出来ない人もいるわけですよ。わかるわー。

ドームに封鎖された町が舞台ですが、世界の一部を虫眼鏡で拡大して観察しているようなもので、結局のところ、いまの日本だけでなく、世界の他の国々も、ドームで封鎖されたチェスターズミルと似たりよったりだよなあと思う。

これ以上の細かいことは書かないので、あとは実際にお読みください。

余談ですが、食料不足になることを察知したある人物が「肉を買え、肉を」と助言してるのがたいそう興味深かった。イモでも穀類でもなく、そこで肉なのか。やっぱり肉か。そしてメイン州の田舎では家庭でも施設でもプロパンの自家発電機って常設なのね。あ、そうそう、Apple製品もかなり登場するぞ!

邦訳は『アンダー・ザ・ドーム 上・下』白石朗訳、文藝春秋
[PR]
by rivarisaia | 2011-05-13 22:31 | | Comments(0)