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大阪アジアン映画祭で観た人たちの間で、とても評判が良かった映画で、何度か機会を逸してたけど今回ようやく観ることができました。

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ラブリー・マン(Lovely Man)』監督:テディ・スリアアトマジャ

敬虔なムスリムの少女チャハヤは、幼い頃に生き別れとなった父サイフルに一目会いたくて、母には内緒でジャカルタへと向かう。ようやく見つけた父親は、名前を変え女装して道で客を取る男娼だった。ショックを受けて泣き出してしまうチャハヤに対して最初は冷たくあたるサイフルだったが、一晩だけの約束で一緒に過ごすことになる。

父親は、おそらく元締めのお金に手を出していて、それを持って遠くへ行こうと考えている。いっぽう、娘のほうも、誰にも言えない秘密を抱えていた(父親にはお見通しなのだけれども)。

夜のジャカルタの映像がとても情緒的で美しく、今晩だけは付き合うけど、明日になったら親子の縁を切るのよ、と言う割には、きっとサイフルはずっと娘のことを忘れずに想っていたんだろうなとわかる、さりげない場面もあって、本当に切ない。翌日、駅での別れ際にサイフルがチャハヤに渡すものは、彼の運命を暗示するかのようで、サイフルは自分の未来をその昔捨てた娘に託すことにしたのかもしれないし、またそれは彼なりの罪滅ぼしでもあったのだろうけど、それ以上の何かもあったような気がする。

サイフルがあの後どうなったのかはわからない。でも「雨をよけるんじゃなくて、楽しみなさいよ」という彼のことだから、うまく切り抜けることができるかもしれないという淡い期待もあって、できれば私はそうであってほしいなと思う。

70分と短い作品だけども、大阪アジアンでの評判を聞いていた通り、本当によい映画。私の座っていた列では、はじのほうからすすり泣きが聞こえてきて、それが伝染して、たぶん一列並んでみんなで泣いてた。本作は「親密さについての3部作」の1作目で、残りの2作を観ることができなかったのがとても残念だったので、どこかでまた機会がありますように。

予告編



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# by rivarisaia | 2016-11-08 22:12 | 映画/香港・アジア | Comments(4)

東京国際映画祭の2本目は佃典彦の『ぬけがら』が原作の香港映画。ジャンユーと(そのお子様)とルイスという豪華ゲスト付きでした! けっこう間近で二大スターにお目にかかれたので幸せ〜。

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シェッド・スキン・パパ(脫皮爸爸)』監督:ロイ・シートウ/司徒慧焯

仕事もない、お金もない、借金取りに追われ、妻からは離婚を迫られる、というにっちもさっちもいかない映画監督(ルイス・クー/古天樂)が主人公。

母親が亡くなった後、残された父(フランシス・ン/呉鎮宇)はアルツハイマーでボケてしまっていた。そんな父と暮らす映画監督の主人公(ルイス・クー/古天樂)は、仕事もない、お金もない、借金取りから追われ、妻からは離婚を迫られているという、ドン詰まりの状態にあった。
そんなある日、とつぜん父親が脱皮する。そしてちょっとだけ若返ってしまう。驚く主人公を尻目に、父親は脱皮を繰り返し、そのたびに若返っていく…

舞台劇らしいシュールなコメディで、最初あらすじを読んだ時には、脱皮するとはどういうこと?と首かしげたんですけど、文字通り「脱皮」していて、脱皮したあとには人型のぬけがらがそっくりそのまま残されるわけなので、それをどうしたらいいのか、ほとほと困ってしまう主人公なのであった。父親はさほど困っておらず、むしろ脱ぎ捨てて放置してきちゃったりして、主人公を慌てさせる。

父親が若返るたびに、その年代の父親がどんな人生を送っていたのかを振り返ることにもなり、また、大陸から香港に渡ってきたという父親の人生は、そのまま香港の歴史とも重なりあっていく。

同時に主人公も子どもの頃からこれまでの半生を思い返し、自分のいたらなさやふがいさなさを省みたりして、希望や情熱を取り戻していくのだった。

最終的にはそれぞれ年齢の違う六人の父親と、若かりし日の母親とともに円卓を囲んで麺を食べるという大円団で、笑いつつもしんみりしちゃうんですけど、映画の帰り道、自分の身に置き換えてよくよく考えてみたら、しんみりどころか、うわああ嫌だー!ってなったよね…。

まったく知らない遠い昔のご先祖なら会ってもいいけど、よく知る身内の若い頃とか別に会いたくないですよね…。自分の身内でもそうだし、家人の身内も嫌だ。若い頃の義父とか義理の叔母とかが目の前に現れたら、私、絶対に喧嘩になってケリ入れると思うんだよね…。ケリどころじゃ済まないかもしれない。やばい、しんみりする話どころか、バイオレンス映画になっちゃう。危険!


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# by rivarisaia | 2016-11-05 23:51 | 映画/香港・アジア | Comments(0)

東京国際映画祭の1本目。本作品は配給つきました! 以下、じゃっかん内容に触れてしまっています。

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サーミ・ブラッド(Sameblod)』監督:アマンダ・ケンネル

一人の老女が、息子と孫娘とともにスウェーデン北部の村を訪れるところから映画は始まります。老女はサーミであるらしいことが息子との会話でわかるのだけれど、彼女はサーミ人を嫌っているようす。

村の教会では老女の妹のお葬式が行なわれているのですが、サーミ語で話しかけられてもわからないふりをする老女。一刻も早く帰りたい様子の彼女は、親戚の家に泊まろうという息子や孫娘を振り切り、ひとりホテルに向かうのでした。

ホテルではハイソな旅行者たちが「サーミは自然を愛する民族だと思っていたのに、バイクを乗り回してうるさい、がっかり」と眉をひそめており、「伝統はありがたがるけど、現実の人間のことは邪険にする」という都会人にありがちないやらしさが表現されていただけでなく、このあと描かれるサーミに対する差別が現代にもいまだ残っていることを伝えています。

さて、主人公の過去にいったい何があったのか。

1930年代、サーミは劣等民族とみなされ、同化政策の一環として子どもたちにはスウェーデン語教育が施されました。

トナカイの放牧をしていたエレ・マリャも、学校に通うため妹とともに寄宿舎に入ります。優秀で好奇心の旺盛なエレ・マリャは、周囲のスウェーデン人から差別され、見世物的な扱いを受けることに我慢なりません。

ある日こっそり寄宿舎を抜け出した彼女は、サーミの伝統衣装を脱いで “普通の” 洋服を身につけ、地元のパーティに参加します。「外の世界」の楽しさを知ったエレ・マリャは、サーミ人ではなく、スウェーデン人の暮らしを熱望し、進学したいと教師に訴えます。しかし教師からは、サーミの脳は町の生活には適応できない、あなたは伝統を守って暮らしなさい、と言われてしまいます。

しかし、あきらめきれない彼女は、ついに学校を飛び出し、ひとりウプサラに向かうのですが…。

映画では描かれなかったエレ・マリャの人生がとても気になる終わり方。おそらく教師になって、それから戦争も経験して、結婚して子どもも生まれたし、孫もできた。サーミだという身分を徹底して隠して、名前まで変えて生きてきた彼女には、とてつもない苦労があったはずで、監督は続編で続きを描きたいと言っていたようですが、私も続きが観たい。

パーティで知り合った青年ニクラスとの関係もあの後どうなったのかな。このニクラスは、いい人なのかダメ男なのか、よくわからない。根は優しそうなんだけど、周りの意見に流されるタイプみたいだしなー。


<本日のオマケ>





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# by rivarisaia | 2016-11-04 14:05 | 映画/洋画 | Comments(5)

東京国際映画祭のチケット問題に振り回されていたら(この件については後日書く)、いつの間にか映画祭期間に突入しました。

でもその前に! この映画を紹介しておきたい。

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名前が「O(オー)」から始まる24人の女性の「生」と「性」の物語

神聖なる一族24人の娘たち』監督:アレクセイ・フェドルチェンコ

公式サイトより、以下まるっと引用。

500年もの間、ヴォルガ河畔で独自の言語と文化を保ってきたMari(マリ)人たち。彼らは、ロシア連邦の中で際立って特異な民族で、どこにもない宗教や世界観を持ち、彼らの間には、今も様々なフォークロアが息づいている。本作は、マリの女性たちにまつわる説話を基に映画化。ロシア版「遠野物語」や「アイヌ民話」のような、優しくて哀しい不思議な世界が広がる。

とってもとっても面白かった。シュールでさっぱり意味がわからなかったりもするけれども、さいこう。

マリ人というのは今回初めて知りましたが、ロシアの少数民族で公式サイトによれば、ヴォルガ川やカマ川沿岸に居住しているウラル語族系民族なのだそうです。草原のマリ人、山のマリ人、東部マリ人がいて、映画は草原のマリ人である牧地マリ人の村が舞台。

私はいま、マリ人に対して興味津々である。

映画は短いエピソードが次々と繰り出される(数えてないけど24人分のエピソードがあるんじゃないかな)という構成で、中でも印象に残っているのが、

・風にさらわれる女性の話
・森の精霊の呪いで、夫に触られると性器から鳥の声がするようになった女性の話
・男の亡霊たちにより、女性たちが裸で踊るはめになる謎のキセリ・パーティーの話
・自分を振った女性に向けて男がゾンビを放つ話
・初潮がきたら吹かないといけない長い笛の話

の5本です。これだけ読んでも、どんな話なのか見当もつかないだろうし、映画を観た私もあれはいったいなんだったのかな…と首をかしげるばかりなのですが、なんだかよくわからない、だがそれがいい、というのが民話というものですよね。ふっふっふ。

出てくる食べ物やインテリア、民族衣装も気になるし、私はいつかこのマリ・エル共和国に行ってみたい。とてもとても行ってみたい。そんな気持ちで満ち足りた気分になった映画です。おすすめ。


おまけとして予告編をどうぞ。



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# by rivarisaia | 2016-10-25 22:11 | 映画/洋画 | Comments(0)

ハドソン川の奇跡

日本語のコピーが、英雄は容疑者になった、とあるけど、「容疑者」という言葉はちょっと合ってないような気がする。他に言い方はなかったのかな。2009年に起きた、USエアウェイズ1549便の不時着水事故と、その後を描いた物語。

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ハドソン川の奇跡(Sully)』監督:クリント・イーストウッド
乗員乗客155人を乗せた航空機が、マンハッタン上空でバードストライクにより両エンジンが停止し、コントロール不能になってしまう。しかし機長のチェズレイ・サレンバーガーの冷静な判断により、機体はハドソン川に緊急着水。奇跡的に全員が生還した。
機長は一躍、国民的英雄となるが、しかし、果たして機長の決断は正しかったのか。不時着以外の選択肢はなかったのか。国家運輸安全委員会の厳しい追及が待ち受けていた……
とりあえず、全員が無事に助かることがあらかじめわかっている事故の再現映像は、とても心落ち着いて観ることができますね。それでもかなり緊迫して、ハラハラはするんだけれども、私の心のどこかには余裕があった。

また、最近の事件・人物の映画化が苦手な私ですが、本作は「何があったか」にフォーカスして余計な装飾が少なかったせいか、現実とフィクションの違いを想像して居心地悪くなったりすることもなかったです。ただまあ、クリント・イーストウッドの愛国精神的な面は少々うっとうしい(正確には、今回はこそばゆい)…ということも再確認しました。

シミュレーションでは空港に戻れたはずだ、という安全委員会と、それは不可能だったという機長の主張は真っ向から対立。でも機長の心の片隅には、もしも自分の判断が誤りだったら?という気持ちもあるわけですよ。さんざん英雄扱いされてきたけど、今さらどうすんのというプレッシャーはんぱない。関係ない私も想像するだけで胃が痛い。

最終的には機長が正しいことが証明されるんですけれども、シミュレーションはなぜ間違ったのか、それが解明されるところで気分が高揚しました。いやあ、ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。

事故全体を振り返ると、全員が助かったのは、まず機長の適切な判断があり、それから副操縦士や乗務員、管制官や救助活動にあたった人々など、関係者それぞれがきちんと自分の仕事をして、チームワークが機能したおかげなんですよね。

余談ですが、本作で一番印象的だったのは管制官のお兄さん。さっきまで交信してた飛行機落ちちゃった…って会議室でひとり泣いてたけど、全員無事だと聞いた瞬間、信じられないという顔していて、彼には「本当によかったね」と声かけたい。


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# by rivarisaia | 2016-10-12 01:48 | 映画/洋画 | Comments(3)

お久しぶりです。今年もまた映画祭シーズンがやってきましたが、その前に。

クロアゲハが無事に蛹になりましたのでご報告。かつても比較した時の記事はこれ↓。
今回は、越冬蛹(だと思う。いまさら羽化したらびっくりだよ)です。越冬蛹は、色が茶色っぽくなる確率高い気がする。落ち葉と同化するためかな。

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左がクロアゲハ、右がナミアゲハ。大きさ全然違うね。

クロアゲハの蛹の下に黒いモヤモヤしたものが見えますが、これは蛹を固定している糸。ナミアゲハは透明のような白い糸なんですけど、クロアゲハの色は黒かった! 前回気づきませんでしたが、面白いね。

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横から見た図。頭部分の突起が丸いのがクロアゲハ。

前回はお尻部分がS字に湾曲してたけど、今回はそんなことなかった。なんでだろう。気分かな。

今年の越冬蛹はこの2匹のみです。春になったらクロアゲハが羽化するの楽しみー。



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# by rivarisaia | 2016-10-07 19:16 | 生きもの | Comments(2)