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ザ・コンサルタント

この映画、大好き!! 先週末に観たんですけどね、折に触れて日々あれこれ思い出して反芻している。みんなも観て!!!

日本のポスターがものすっごくB級感を漂わせてるので、えー面白いのーって気持ちになるのはわかるんですけども。

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あらすじは、コピーの通り「職業、会計コンサルタント。本業、腕利きの殺し屋」の話です。これ以上は詳しいことは言いたくないので、何も知らないまま、観に行ってほしい。最初よくわからなくても、最後で話はぜんぶつながりますし、いちいち細かい部分で気が利いてるうえに、伏線もばっちり回収。最後のほう畳み掛けるように「うわーそうきたか!」となって、「やられた〜!」っていう終わり方をするので、最高。

会計コンサルタントとしても、殺し屋としても大変優秀な男クリスチャン・ウルフを演じるのはベン・アフレックです。体格がどっしりしてることもあって殺し屋としても安定感バッチリなんですけど、何よりも、もさっとして無表情で不器用そうなところがとてもよかった。ハマリ役だと思う。

クリスチャン・ウルフは、とある企業の財務調査の依頼を受けるのですが、その企業の経理部の女性にアナ・ケンドリック。ベン・アフレックにくらべてちっこい彼女も適役で、おまけに主人公とヒロイン的な女性との間で変にベタベタした余計なロマンスシーンがなくて、絶妙な距離感を保ってた点もポイント高い。

続編できたらいいのにな。

一応、予告編を貼っておきますね。




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by rivarisaia | 2017-02-10 18:49 | 映画/洋画 | Comments(2)

沈黙 —サイレンス—

遠藤周作の『沈黙』をスコセッシが映画化すると耳にしてから長らく楽しみにしてたけど、待った甲斐があったとはこのこと。『ディパーテッド』よりも断然こちらのほうが素晴らしいと思ったけど、カトリックの信仰というテーマ的にアカデミー賞は難しいかなという気もするので、ノミネート数少ないのはなんか納得。

2時間40分ですが、長さは感じませんでした。上映時間と拷問描写にひるまず、できれば観たほうがいいですよー。現代の日本でもじゅうぶんあるある、と思い当たるあれやこれやに愕然とするけど……。

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沈黙 —サイレンス—(Silence)』監督:マーティン・スコセッシ

キリシタン禁制の日本に潜入したポルトガル司祭が、残忍な拷問にかけられ殉教していく日本の信徒らの姿を目にして、「これほど酷いことが起きているのに、神はなぜ、沈黙しているのか?」と苦悩し、ついに……という物語で、「神は決して沈黙しているわけではない」というのが大きなテーマです。

常日頃「日本人は宗教に寛容」という言葉を見聞きするたびに、ちゃんちゃらおかしいと笑っちゃうのですが、経験からいっても寛容なんてことはあまりなくて、はっきりいえば往々にして節操ないし、配慮に欠けてることが多い。

それをそのまま体現したかのような存在が、本作の奉行(イッセー尾形)と通辞(浅野忠信)です。

「ひとこと転ぶといえばよいのだ」「ほんの形だけ踏めばよい。形などどうでもよいことではないか」と、時にへらへらと笑顔で迫ってくる奉行と通辞の姿は、寛大なようでいて実際には非常に酷なことをやっているわけですが、過酷な拷問を目にした私たち観客も、「形だけだから、頼むから踏んでください!」とつい思わされてしまう。

農民を拷問にかけたり、あの手この手で司祭に棄教を迫ったりする場面も心が痛いのですが、グサッと刺さったのは、「日本は沼だから、根は腐って、花も咲かない」というセリフ。これ信仰の話なんですけど、よく考えてみると信仰だけじゃなくない? デザインに対する考え方とか、基本的人権とか、教育の重要性とか、いろんなことに対していまだに沼すぎるのでは……? 大丈夫?(震え声)

オープニングとエンディングで虫の声がするのですけれども、オープニングでは静寂を感じて、エンディングではああ神はそこにいるんだなと感じました。これは人によって捉え方が違うんだろうな。

さて、主演のアンドリュー・ガーフィールドは、最初に配役を聞いたときには若すぎるのではないかと不安でしたが、揺れ動く若い司祭としてピッタリだったし、そのほかのキャストも全員がはまっていました(特に、塚本監督)。異国の監督が台湾で撮影しても、こんな圧倒的な時代劇が撮れるのね。

原作の力と映像の力があわさって、鮮明に迫ってくる作品ですが、あくまでフィクションなので、史実やカトリックの教義と混同しないほうがよいかも。これから原作を読む人は、最後のめっちゃ読みにくい「切支丹屋敷役人日記」もがんばって読んでね!(あの部分とても重要なのに読まれない……と遠藤周作が嘆いてるインタビューどっかでみた)

『潜伏キリシタン 江戸時代の禁教政策と民衆』(大橋幸泰著、講談社選書メチエ)を読むと、フィクションで描かれてるイメージとはまた違った実像が見えて、大変興味深いのでおすすめです。

しかし他人が大切にしていることに対して、自分のものさしで遠慮なく踏み込んでしまうことは、意図せずとも誰もがやりがちではあるし、私もやりかねないのでじゅうぶん気をつけないといけないなー。



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by rivarisaia | 2017-02-01 16:24 | 映画/日本 | Comments(5)

ホワイト・バレット

年明け早々、ジョニー・トーも公開されてめでたいことです。

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ホワイト・バレット(三人行)』監督:ジョニー・トー/杜琪峰

強盗団のメンバーである男性(ウォレス・チョン/鍾漢良)が、頭に銃弾を受けた状態で救急病院に搬送されてくる。女医のトン(ヴィッキー・チャオ/趙薇)は至急手術を行おうとするが、男はなぜかそれを拒否。いっぽうで男を監視する警部(ルイス・クー/古天樂)は、逃走中の仲間の情報を聞き出そうとするのだが……

病院の中だけで展開する88分。犯人はなぜ頑なに手術を拒否するのか。犯人を監視する警察チームも何かを隠しているようなのだが、それは一体何なのか。

あちこちに伏線をはって、溜めに溜めて最後にどかんと派手に持ってきたスローモーション場面はなかなか面白くて、CSIシーズン10のエピソード1を思い出したりもしたのですが(あちらはスローモーションというか静止だったかも)、通常のスピードで再生したものと比較して観てみたいなー。ただせっかくスローモーションになっているというのに、途中で誰が犯人グループだったか顔がごっちゃになっちゃったのよね。不覚……(私はスローモーションをさらにスローで見たほうがいいのかもしれない)

脳外科医のトンは、これまで気負って頑張ってきたけれど、いくつかの出来事が重なって自信を失いつつあった。そんな彼女のフラストレーションも、最後の銃撃戦の場面で一気にはじけて吹っ飛んでいった感じがする。

余談ですが、「ビルから吊るされた人はどのように助かるのか、みんなで想像してね!」っていう演出は、最近他の香港映画でも観ましたけど、投げやりというか潔いというか、ほんと真面目にみなさんどうやって助かったのかしら。あれこれ想像しちゃうよ。



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by rivarisaia | 2017-01-23 16:34 | 映画/香港・アジア | Comments(0)

鑑賞直後は、いろいろなアクションもりだくさんで豪華フルコース!という気分でしたが、今あらためて振り返ってみると、あちこちにスパイスのように細かい見どころがあって、ひとつひとつ思い出して堪能しちゃうし、それぞれのキャラクター設定が大変よかったですね。じわじわくる。
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ドラゴン×マッハ!(SPL 2 殺破狼II)』監督:ソイ・チェン/鄭保瑞

右の水墨画のようなポスターが気に入ってるので、並べてみました。およそ10年以上前に公開された『SPL:狼よ静かに死ね』の2なのですけれども(10年……げにおそろしき時の流れよ…)、ストーリーが続いているわけではないので、1を観てなくてもだいじょうぶです。

私、予告も観てなければ、あらすじもろくにチェックしてなかったので、「え、え、いったいどうなっちゃうの」とかなり緊張してしまった120分ですが、ざっくりしたあらすじは、こんな感じ。

香港で闇の臓器売買ビジネスを捜査していた潜入捜査官(ウー・ジン/呉京)は、正体がバレてタイの刑務所に送られてしまう。いっぽう、その刑務所には、骨髄ドナーの提供を待つ白血病の一人娘をもつ、刑務官(トニー・ジャー)がいた……

ざっくりしすぎて、だからなんなんだ、という話みたいですみません。これ以上は本編みてください。

潜入捜査官を救うために、上の命令そっちのけで動く香港警察チーム(リーダーはサイモン・ヤム/任達華)、臓器売買を仕切る謎の男(ルイス・クー/古天樂)、極悪非道の華麗なる獄長(マックス・チャン/張晋)をはじめ、さまざまな人物が入り乱れて、命がけの熱き戦いが繰り広げられる。力技的な展開もあるし、謎のオオカミが出現したりもしますけど、いいんだよ、細いことは。

本作でひとつ学んだのは、Twitterでも言いましたけど「ボンベイ型」という珍しい血液型が存在すること。あとバイオレンスな物語の中で、ほっと一息つける子どもの場面が物語上、大変重要な役割を果たしていたのもポイント。絵文字、大事!


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by rivarisaia | 2017-01-18 21:08 | 映画/香港・アジア | Comments(0)

昨年観た映画の感想も忘れないうちに。

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ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー(Rogue One: A Star Wars Story)
監督:ギャレス・エドワーズ

公開直後にキャッハー!という気持ちで観に行ったものの、期待値をあまりに高めすぎてしまったせいか、思ったほど気分があがらなかったのですが、ギャレスが盛り込みすぎたせいでは?という気も(特に前半)。それからグランド・モフ・ターキンの出番は多すぎではなかろうか。出てくるたびにCGっぽさが目についちゃって現実に引き戻されたので、ホログラムくらいがちょうどよかったんじゃないかな。

しかし、ドニーさんとチアン・ウェンのコンビはとてもかっこよかったです! ドロイドのK-2SOも最高のキャラクターだったし、白いマント翻してジャバジャバ進んでいく帝国軍のクレニック長官も静かに怖くてよい。

およそのあらすじに関しては、エピソード4からすでに想像ついているわけで、重苦しい話になるのはわかっちゃいたけど、やっぱりどんよりしました。コミカルなところも多かった旧3部作以外のスター・ウォーズは、仕方ないとはいえ軒並みくらーい空気がまとわりついていて、スピンオフくらいは楽しい話が観たいなとつくづく感じた。若き日のハン・ソロとチアルートとベイズとか、もっとわくわくできそうな明るいスピンオフを希望。

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ポスターの下の部分だけ見ると、リゾート! バカンス!イエー!というスプリング・ブレイク感でいっぱいである。こんなところで働いてたら気がゆるむのでは……? 重要なスイッチが謎な場所に配置されてたのもそのせいか。

いっぽうで今回大変に興味深かったのが、フォースもライトセーバーもほとんど出てこないところです。

フォースを信じている人はいるけれど、ジェダイは助けにきてくれないので、みんな自力でがんばるしかない。宇宙の平和を大きく左右するデス・スターの設計図争奪戦なんて、ギリギリの綱渡り状態な上に、めっちゃ手渡しリレーだよ!? 最後の最後で黒いあの人が一瞬出てきた時に、フォースとライトセーバーの破壊力を見せつけられて、なんだこの化け物、とても敵わないよ、こんなの!という恐怖を初めて感じたよね……。フォース怖い。ライトセーバー怖い。最恐破壊兵器か……。

命がけのバトンタッチで、設計図がしかるべき人の手にわたったラストで、エピソード4がどれほどまでに「新たなる希望」なのか、ということを心底実感しましたが、本作のあとにエピ4観たら、

「オビ・ワン、昔話はいいから早く届けろ! その設計図を!!! 」
「ルークもソロも、これ、どんだけたくさんの人が大変な思いでゲットした重要物件かわかってんの?!」

ってなること請け合い。どいつもこいつも、エピソード4は本当に呑気だな! でも宇宙戦争のまっただなか、そのくらいのほうがうまいこと世渡りできそうな気もしますね。

そうそう、永年の議論の的だった、プロトン魚雷で破壊できちゃう「帝国軍の致命的大ポカ設計ミス」にはちゃんとした理由があったことも判明して、大変にすっきりいたしました。

余談ですが、エピソード6の新しいデス・スター攻撃会議において、モン・モスマさんが
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「ボサンの仲間が命を捨てて得た情報です」

などと言ってましたが、ボサンの仲間の話は当分は映画化しなくていいですよ……また暗い気持ちになっちゃうからね。

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by rivarisaia | 2017-01-12 11:55 | 映画/洋画 | Comments(2)

こころに剣士を

新年の初映画館は、エストニアの話。2015年にエストニア旅行を思い出しつつ。

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こころに剣士を(The Fencer)』監督:クラウス・ハロ

1950年初頭、エストニア。

田舎町ハープサルの小学校に、体育教師として元フェンシング選手のエンデル・ネリスがやってくる。

校長から運動クラブを開くよう指示され、フェンシングを教えることにしたエンデルだが、もともと子どもが苦手だったこともあり、はじめはなかなか上手くいかない。しかし、フェンシングに夢中に取り組む子どもたちを教えているうちに、エンデル自身も変わっていく。

レニングラードで開催される全国大会に出場したいという子どもたちの願いを叶えたいエンデルだったが、しかし彼はソ連の秘密警察に追われている身であった……

エンデル・ネリスは実在の人物で、彼が作ったフェンシング部は今も存続しているとのこと。物語的には予想外のことは起こらないのですが、そこがよいです。フェンシング、身体の動きがとても美しいスポーツで、私も一度やってみたい!

第二次世界大戦中、はじめはソビエト、次にナチス・ドイツに占領されたエストニアは、その後ふたたびソ連に占領されます。戦争中ドイツに徴兵され、生き残った人たちは、ソ連政府によって強制収容所送りとなったのでした。この時代は息の詰まるような暗黒の時代。

ようやく戦争が終わったあとのソ連時代が灰色の恐怖の時代だったというのは、そういえば街中の観光パンフレットでも切々と訴えられていたし、KGB監獄博物館では強制収容所に関する特設展示があったことも、映画を観ながら思い出しました。

秘密警察にある日突然家族が連れ去られたりする、暗い時代に生きる子どもたちにとって、エンデルが教えるフェンシングは希望の光であり、最後の最後に行われる試合は、大きなソ連に立ち向かう小国エストニアを象徴しているようで、私はちょっと泣いてしまった。そんなエストニアは1991年に独立して、長く苦しい時代に終わりを告げています。

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by rivarisaia | 2017-01-10 18:49 | 映画/洋画 | Comments(2)

大変に私の好みの映像を観ました。眼福。ポスター画像をやや大きく載せちゃおう。

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五日物語—3つの王国と3人の女—(Tale of Tales)』監督:マッテオ・ガローネ

映画のもとになっているのは、17世紀初めにジャンバティスタ・バジーレがナポリ方言で執筆した民話集『ペンタメローネ』です。

『ペンタメローネ』は、笑わないお姫様と眠り王子という大枠となる物語がありまして、その中で、ある人の魔法をとくために10人の女が1日に一話ずつ、五日間にわたって物語を語ることなった、という構成になっています。大枠の話1つ+全部で50の物語。

デカメロンや千夜一夜物語と似た構成ですが、物語が入れ子状になっているのがとても面白い。ペローやグリムの物語のもとになったのではないかと思われる話がいくつか入ってます。

本作は『ペンタメローネ』をそのまま映画化したのではなく、第1日目のノミの話、魔法の牝鹿の話、皮をはがれる老婆の話の3本をベースに、かなりアレンジを加えた内容になっています。羊くらいの大きさにまで育ったノミ、まさかの実写! 気持ち悪くてかわいい。

昔話はグロテスクでシュールな話がほとんどで、文章ならさらっと読めたとしても、そのまま映像にすると強烈な描写がたくさんあるわけですが、今回はそういう部分もガッツリ映像になっていて、私としては

最高(感涙)!!

という気持ちでいっぱいでした。もちろん、イテテテテとか、酷いあんまりだ....という描写もいっぱいあるのですが、まったく容赦ないところがよい。衣装も美しいし、画面の色彩も全体的に南イタリアっぽいトーンだし、プーリアやアブルッツォ、シチリアあたりのお城で撮影しているので、建築見るのも楽しい。

「綱渡り」をするシーンが何度か出てくるのが象徴的で、結局のところ人生とは、細いロープの上を危なっかしく渡っていくようなもの、ということなのかもしれません。

もう一度『ペンタメローネ』を読み返したくなったけど、邦訳版は絶版なのでこの機会に復刊してくれたらいいのになという気持ちです。私、イタリア語版しか持ってなくて、邦訳ほしいなー。



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by rivarisaia | 2016-12-14 21:54 | 映画/洋画 | Comments(2)

この世界の片隅に

こうの史代のマンガ『この世界の片隅に』のアニメ化。原作、私は大好きなのですが、映画も波の兎や空襲のシーンはじめアニメーションならではの表現があって、とてもよかった。それから街並みや家の中の様子がとてもリアル。ディテールに気を配っているので、画面にたくさんの情報が詰まっていました。もう1度観たい。

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この世界の片隅に』監督:片渕須直

広島市に暮らす、絵が得意でちょっとおっとりとした少女すずは、1944年(昭和19年)、軍港として栄えた呉にお嫁にやってくる。

すずさんの戦時下のくらしは、ほのぼのとしているように感じる人もいるかもしれないけれども、じわりじわりと戦争が生活を侵食していって、いつの間にか非日常が日常になっている。戦時下でも、人は日々暮らしていかなくてはならないので、辛いことにも、本当ならしなくてもよかった苦労にも、適応できるようになるのだと思う。空襲警報だって毎日毎日鳴っていれば、すっかり慣れてしまうのだ。

3月と5月の大空襲を経験している私の祖母も、戦時中の話を聞くと「そうねえ、まあ大変といえば大変だったかもしれないけどねえ」という調子で、仕方のないこととして世の中に適応しながら、すずさんのように日々の暮らしを支えていったのだろうけれども、戦争がなければもっと別の暮らしがあったんじゃないか、しなくてもよい苦労がいっぱいあったのではないかと考えてしまってやっぱりつらい。そしてあんまり自覚のないまま戦争を「日常」として受け入れてしまうのもつらい。その代償のように、すずさんは大切なものを失ってしまう。

それでもすずさんは、この世界の片隅に自分の居場所を見つけることができるし、すずさんが広島市内で出会う孤児は、戦争が終わって新しい未来への「希望」なんだと思う。

いくつか削除されている箇所があって議論を呼んだりもしているけど、これは映画を観た人が原作も読んでみようと思うきっかけになったらいいんじゃないかなあ。この作品に限らず、映画をきっかけに原作が売れてくれたら嬉しい。

予告


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by rivarisaia | 2016-12-09 23:26 | 映画/日本 | Comments(0)

今年のTIFFで観た最後の1本はチェコ(というかスロバキア)の映画でした。

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ザ・ティーチャー(Učitelka)』監督:ヤン・フジェベイク

1980年代、チェコスロバキア。ひとりの優しそうな女教師が、悪気のないまま自分の立場を濫用し、生徒とその家族を翻弄していくという物語。脚本家が子どもの頃に実際に経験した話がベースになっています。

私が今日からみなさんの担任です。ではまず、自己紹介をしてもらいましょう。
みなさんの名前と、ご両親の職業を教えてね。


新しく学校にやってきた女の先生は、生徒ひとりひとりの親の職業を聞く。先生の亡くなったご主人は共産党の偉い人だったみたいで、先生の妹はモスクワに住んでいるみたい。先生は、生徒の親が職人だったら修理を頼み、美容師だったらパーマを頼む。誰も先生の頼みは断れない。先生は「お金を払うわね」って言うけれども、みんなから「いえいえ、先生、いいんですよ」って返されるので、こんなことも言ったりする。「次のテストの時は、お子さんは○ページ目をよく勉強しておくようにね!」

ある女子生徒のお父さんは、空港に勤めていた。先生はモスクワにいる妹にお菓子を贈りたかった。そういうのは禁止されていたので、生徒のお父さんに「誰かスチュワーデスとかパイロットの人に頼んでお菓子を運んでくれないかしら?」って聞いてみた。頼まれたお父さんは、空港に勤めているとはいっても事務方で、スチュワーデスやパイロットの知り合いもいないし、そんなことがバレたらまずいから無理ですって断った。そうしたら何が起こったと思う? その女子生徒の成績はどんどん下がっていって、イジメが起こり、ついにある日、事件が……

先生の行為は明らかに問題だとする一部の親と、問題のある教師をこの機会に辞めさせたいと考える学校側を中心に、ついには緊急保護者会が開かれることになるのですが、大半の親は、女教師の辞任を求める書類に署名するのをためらうのだった。

上映後の監督の話では、80年代は共産主義の支配がゆるくなってきた時代であり、自由でないことに人々が慣れてしまっていて、自分の意見をはっきり述べることを躊躇してしまう社会だったとのこと。この映画で描かれていることは、共産主義社会ではいかにも起こりそうなんだけれど、同時にこの女性教師に似た人は、いつの世もどこの世界にも存在するんじゃないかと思う。

周りの人が断れない立場にあることをいいことに、無理をお願いしておいて、相手の負担など想像もできず、しかも本人に悪気ゼロ、みたいな人、いるよねー!?

映画の最中、うっわーやばい、この教師!とドン引きでしたが、断れない人々の気持ちもわかるので(だって子どもが人質状態だよ)ツラいったらない。

しかし、最終的にはみんなハッピーエンドな形に収まる(女教師でさえも)というのが、とてもよいです。

あと本作は「壁紙映画」としても秀逸。80年代のチェコスロバキアのインテリアや壁紙デザインは必見です。どこか安っぽいんだけど、とてもかわいい。


予告



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by rivarisaia | 2016-11-14 22:28 | 映画/洋画 | Comments(0)

東京国際映画祭で上映される、動物がテーマあるいは重要な役割を果たしている作品を、私のまわりでは密かに「今年の動物枠」と呼んでいるのですが、おそらく今年の動物枠メインは『サファリ』(私は未見)、そしてこちらのフィリピン映画も動物枠の1本です。

どんな話なのか見当もつかずに観たので、謎が謎を呼ぶ展開にたいそうどきどき(というかびくびく)してしまった。

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バードショット(Birdshot)』監督:ミカイル・レッド

フィリピン。田舎の山奥で、乗客を乗せたまま行方不明になっていたバスが見つかる。新米警官ドミンゴと、型破りな上官メンドーサが捜査を開始するが、はたして乗客がどこへ消えてしまったのか、皆目わからない。唯一見つかった手がかりは、赤いシャツの切れ端だけだった。

農場の娘マヤは父親とふたりで森林保護区のそばで暮らしていた。ある日、マヤは保護区の中へ入り込み、絶滅危惧種のフィリピンワシを撃ち殺してしまう。父親はこのことは誰にも言ってはいけないと固く口止めし、ワシを食べたあとの残骸や銃を埋めて隠してしまう。

バス失踪事件解決の糸口はつかめないまま、ドミンゴとメンドーサは担当を外され、新たに絶滅危惧種のフィリピンワシを殺した犯人探しを命じられるのだった。

「土地の件で何か不正が行われており、それを訴えるために出かけていった家族の行方がわからない」と白黒写真を持って警察署にやってきた女性がいた。彼女から写真を受け取ったドミンゴは、担当を外されてもバス事件の捜査を続行しようと試みるが、署長から叱責され、さらには正体不明の人物から恐喝を受ける。

正義感に満ちていたはずのドミンゴが、自分の家族に危険が及ぶことを恐れ、バス事件の解決を断念するあたりから人が変わったようになってしまうのが恐ろしい。バス事件に向けるはずだった義憤はにっちもさっちもいかない状況でフラストレーションに変わり、フィリピンワシ殺しの容疑者であるマヤの父親へと向かい、間違った形で暴発する。

大自然に囲まれて自由に生きるマヤと、警察というしがらみにとらわれて生きているドミンゴの対比が切なく悲しい。

純粋な精神の持ち主であるマヤも、また本当は純粋だったはずのドミンゴも、超自然的な何かを感じ取る力を持っているんだけれども、道を踏み外してしまったドミンゴにはもはや失踪事件の謎を解くことは永遠にできない、と上映終了後のQ&Aで監督は語っていた。だから、無垢な世界に踏みとどまることのできたマヤだけが、行方知れずとなった人々の居場所を知ることができるのだった。




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by rivarisaia | 2016-11-13 23:34 | 映画/香港・アジア | Comments(0)