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12人姉妹

忘れないうちに、恵比寿映像祭2016で観たカンボジア映画の感想を書いておく。
1968年に製作され、長い内戦で失われなかった数少ないカンボジア映画黄金期の作品。G・メリエスを意識した特殊効果と、カンボジアの民話が融合したファンタジー映画。
ということで、今回の上映のために日本でデジタル化された作品です。面白かった!

3月の大阪アジアン映画祭でも上映されるので、これから観る人は、以下内容にふれてますので、ご注意ください。オリジナルはカンボジア語だけど、現存していたフィルムはタイ語でした。

12人姉妹(Puthisean Neang Kong rey/The Twelve Sisters)
監督:リー・ブン・イム

むかしむかし、12人の美しい姉妹がいて、野山をさまよっていたところを女の人に拾われる、というのが話のはじまり。

ただしその女は人食い鬼で、正体を知って驚いた12人姉妹は命からがら逃げ出し、今度は王様にひろわれて、全員が王妃の座につくのだけれども、人食い鬼が美女に化けて王宮にやってきて、まんまと13番目の王妃になってしまう。

人食い鬼である王妃は、魔術で王様をたぶらかし、妊娠している12人を王宮から追い出す。姉妹たちを魔女だと思い込まされている王様は、罰として12人姉妹の目をえぐり出すように命じるのであった。ただし末っ子だけは、片目だけですんだ。

このえぐり出しシーンをそんなに丁寧にアップで見せなくてもいいのよ、監督!っておののいたのですが、そのあとも、うっすら半開きになった青黒く腫れてるまぶたの隙間から真っ黒い眼窩が覗くという特殊メイクの12人姉妹がわらわらと蠢めく演出。怖い! 怖いよ! ふつうに目を閉じているだけじゃダメなの、監督!って震えた私です。

さて、洞窟に閉じ込められた12人姉妹は子どもを産むが、食べるものがないので、どうやら生まれてくる子を次々と食べて生きのびたようす。しかしやがて洞窟でカエル(!)が取れるようになり、末っ子の産んだ息子だけは食べられずにすんだのでした。

ここから、物語の主役は息子に移ります。

母と11人の叔母の食料をゲットするために頑張る息子。闘鶏だの、石投げ競技だの、どのギャンブルでも負け知らず。でもいつも希望する賞金は「米の包み12個」です。そのうちに王様の家臣になった息子ですが、人食い鬼王妃の策略にハメられそうになるも、仙人の助けもあって、

人食い鬼の王妃の娘(娘は王国の女王なのだった)と結婚する。

しかし、気がかりなのは、洞窟に置き去りにした母と11人の叔母。彼女らを助け出すべく、ここからラストに向かって息子が怒涛の大活躍!

空飛ぶ馬にイノシシ、回る王冠、巨大化する人食い女!と盛りだくさんなのですが、地割れシーンにはびっくりしました。どうやって撮ったのかな。最終的に、12人姉妹は目玉も取り戻すことができて、めでたしめでたし、といきたいところですが、「ええ!?そんな!」というラストが待っていて、唖然としたまま映画が終わった…。あとで調べてみると、確かに民話通りなんだけど。切ない。

タイ語バージョンがオリジナルとどのくらい異なるのか(編集とか音楽とか)よくわからないみたいだけれども、女王様が歌うシーンがぶちっと切れた気がする。おそらくあの歌の場面は本来はもっと長い見せ場だったんじゃないかなー。


以前観た『怪奇ヘビ男』もそうだけど、民話ベースのカンボジア映画、独特な面白さがあるので、またどこかでフィルムが発見されて、観る機会がありますように。

もとになった話は、カンボジア民話集の第5巻16「プノム・ニエン・コンレイ(コムポン・チュナン州)」で読むことができます。

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by rivarisaia | 2016-03-03 23:11 | 映画/香港・アジア | Comments(3)

サウルの息子

第68回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したハンガリー映画。主役はブダペスト出身の詩人ルーリグ・ゲーザです。

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サウルの息子(Saul fia)』監督:ネメシュ・ラースロー

イライラ棒というゲームがあるじゃないですか。周りの障害物に触れないようにして、棒を動かしていく遊びですが、あれに近いことをしていてもどかしい気持ちが最高潮に達すると、背骨の中の骨髄をずるんと引っこ抜きたくなるような、じいっとしていられずに、わああと叫んで走り回りたくなるような、気分になるんですけれども。

この映画、開始10分くらいで、そんな気持ちになりました。最後までみるの、まじで辛かった……。

スクリーンがスタンダードサイズ(昔の映画にある、正方形に近いようなサイズ)で、とても画面が狭いなか、ピントはほとんど主人公サウルにしか合っていないので、そこに見える光景は、近眼の私がメガネをかけ忘れた時に見えるような映像で、手ブレというほどでもないけれども、カメラはサウルの動きを追っていくのでちょっと揺れる。

1944年10月、アウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所。
ハンガリー系ユダヤ人のサウルは、特殊部隊であるゾンダーコマンドとして屍体処理に従事している。

サウルの背後には死体がごろごろと転がっているのだが、常にピントはサウルにあっているので、目をこらしてもぼんやりとした肌色のかたまりのようにしか見えないし、ときおりはっきりと一瞬見えるのは身体の一部だけである。何がなにやらよくわからなくて、すべてがぼんやりとしたなか、ひたすら作業をする。そして周囲がぼやけていても、何やっているのか音でわかったりするのである。

その日、サウルはガス室でまだ息をしている少年を見つける。
すぐに殺されてしまったその少年を、自分の息子ではなかろうかとおもうサウル。少年をユダヤ教の教義にのっとって埋葬するために、サウルは奔走する……

解剖に回されそうになる少年の遺体を手に入れ、ラビを探しまわるサウルの、本当にたった1日の物語で、必死になっているサウルのまわりでは、また別の計画が持ち上がっているのであった。

大変に息苦しい映画で、もしかして収容所疑似体験?とも思ったのですが、そのせいか最後の森のシーンで心から解放された気になったし、映画館の外に出て、(メガネさえしてたら)ピントの合ってるパノラマの視界、自由!万歳!ってなりました……。

もっとまっとうな感想書いたほうがいいんだろうけど、心身ともにぐったりしてしまったので、リンクをいろいろはってごまかそうとおもう。





ネメシュ・ラースロー監督の短編作品「With A Little Patience」



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by rivarisaia | 2016-02-22 17:43 | 映画/洋画 | Comments(2)

Bajiao Mastani

観る機会を逸していたら、キネカ大森で上映会が開かれたので行ってきました。歴史上の人物を主人公にした映画です。私は知らなかったけど、あとで調べてみると世界史の有名カップルとしてたまに取り上げられる人たちでした。

Bajiao Mastani バージーラーオ マスタニー』監督:サンジャイ・リーラー・バンサーリー

映画の前後に、史実を忠実に映画化したのではないという説明が出るんですけど、まあそうですよね。歴史にありがちですが、女性のほうは記録があまり残っていないみたい。

18世紀のインドが舞台です。ムガル帝国と対立していたマラーター王国で、バージーラーオが新たな宰相に決まったところから映画はスタート。

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固有名詞が呪文のように聞こえても気にするな! ランヴィール・シン演じるバージーラーオーはこんな人です。

バージーラーオが戦いで遠征していたある日のこと。ブンデールカンドの領主の娘マスタニーが助けを求めにやってきました。

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ディーピカー・パードゥコーン演じるマスタニー。

マスタニーは武芸に秀でており、バージーラーオは感銘を受ける。ふたりは共に戦い、彼女に惹かれたバージーラーオは、自分の短剣をプレゼントするのだが、ブンデールカンドでは、

男が女に短剣を贈る=結婚の申し入れ

という意味になるのだった。そこでマスタニーは、バージーラーオの求婚を受け入れる決意をして、彼のもとに赴くのですが、ところがしかし、ここでひとつ問題が。

マスタニーの母親がイスラム教徒だったのである。

バージーラーオには彼を心から愛する正妻カーシーバーイーがおり、突然の愛人の出現に心かきみだされ、マスタニーに嫉妬を抱きます。

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プリヤンカー・チョープラー演じる正妻カーシバーイー。正妻として堂々と立ち振るまい、悲しみ、苦しみつつも最終的にはマスタニーを受け入れようと決意していくという難しい役どころ。

いっぽうでバージーラーオの母親や弟、ヒンズーの僧侶たちは、マスタニーに敵意をあらわにし、半分イスラム教徒の踊り子を受け入れることなどできないと憤り、何かにつけて嫌がらせをする。

そうした状況で、バージーラーオとマスタニーは愛を深めていくのだが……

という、悲恋物語+異なる宗教に対する寛容/不寛容の話です。

衣装や宝飾品のデザイン、建築物やインテリアや小道具の意匠が美しくて、今回は英語字幕での上映だったんですけども、画面の隅々にまで目を奪われてしまい、字幕をちゃんと読むヒマなかった。。。

あとこの映画をきっかけに、ムガール帝国(イスラーム)が力を失いつつある時代の、ヒンズーとイスラームの力関係にもちょっと興味がわいたし、マラーター同盟とかまったく覚えてなかったし(※私、高校は世界史専攻である)、ムガール朝のデザインもやっぱりすてきだなーとうっとりしたので、いずれいろいろと調べてみよう!という気になりました。ムガール朝の服飾の豆本作ろうかな〜(→なんでも豆本にしようとする癖)。


本日のおまけ:うわーきれいー。






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by rivarisaia | 2016-02-15 15:27 | 映画/香港・アジア | Comments(8)

今年の初映画はハンガリー映画でした。
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リザとキツネと恋する死者たち
(LIZA, A RÓKATÜNDÉR / LIZA, THE FOX-FAIRY)
監督:ウッイ・メーサロシュ・カーロイ

昨年の大阪アジアン映画祭で『牝狐リザ』というタイトルで上映され、観に行った友だちがみんな、呪文のように「ダンス、ダンス、ハバグッタイム!」と唱えるようになった作品です。なにそれ、ちょう気になる。

その後、関東ではSKIPシティ国際Dシネマ映画祭でも上映されましたが、行けなくて大変残念な気持ちでいたところ、なーんと劇場公開の運びとなりました。公開される劇場も着々と増えてるみたい。やったね! ダンス、ダンス、ハバグッタイム!

1970年代のハンガリー。もうじき30歳になる独身女性リザは、元日本大使未亡人の看護人として住み込みで働いていた。
未亡人から日本語を習ったリザが心の支えにしていたのは、愛読書である日本の三文恋愛小説と、彼女だけに見える日本人歌手の幽霊、トミー谷。
さて、リザの30歳の誕生日。リザが出かけている間に、未亡人が突然死んでしまう。その後もリザの周りでは不審な死が相次ぎ、捜査のために刑事ゾルタンは下宿人を装ってリザと同居を開始するのだが……。

九尾の狐伝説を下敷きにしたシュールでキッチュなおとぎ話映画。人がいっぱいころりと死ぬのに、観終わった後にはなんだかほのぼのした気分になる、さんざん探した青い鳥はこんな身近にいたんだね!という物語です。

話も音楽もヘンテコリンですばらしい上に、衣装や小道具やインテリアもとってもかわいい。画面のあちこちに細かい見どころがいっぱい。壁紙映画で、シャンデリア映画でもありました。

じわじわきたのが、捜査対象であるリザのことを好きになってしまう刑事ゾルタンが、フィンランド歌謡をこよなく愛する男だったところ。「狐の呪い vs 刑事の愛」が「イカす昭和GS歌謡 vs イカすフィンランド歌謡」に見えてきた。さあ、最後に勝つのはどっちだ! 結果は映画でどうぞ!

予告編はこちら




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by rivarisaia | 2016-01-15 15:18 | 映画/洋画 | Comments(0)

これから観る人もたくさんいるとおもうので、今回は内容には触れません。細かい感想とかはまた落ち着いた頃にでも書くとして、お礼言いたい、J・Jに。

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スター・ウォーズ/フォースの覚醒(STAR WARS: THE FORCE AWAKENS)
監督:J・J・エイブラムス

エピソード7がつくられると聞いた時に、私、正直「えー」って思いました。過去のヒット作の続編やリメイクが多いなか、スター・ウォーズまで追従しなくていいよ、という気持ちが大きかった。

そして監督が決まったときにも、「えー」って思いました。よりによってスタートレックの監督かあ……っていう微妙な気持ちがあった。でもそれは後に、J・J・エイブラムスがスター・ウォーズの大ファンだと知って、じゃあぜひ撮らせてあげたらいいよ!がんばって!という応援に変わったんだけども。

映画館で予告が流れるようになって、胸が高鳴るとともに、不安も増してきて、エピソード1の時みたいなモヤモヤ感が残ったらやだなー、あんまり期待しないようにしようーと言い聞かせてきたわけですが。

が!

ありがとう、J・J! よくやった!!

見事な新三部作の幕開け。旧作ファンはもちろん、これまでスター・ウォーズを観たことない観客も問題なく楽しめて、さらに続きが楽しみになるような、新しいスタートにふさわしい作品になってた。私、感動しました。

ふりかえると、「はて、あれは?」という箇所もあるんだけど、それをあれこれ考えるのがまた醍醐味だよねー。新しいキャラクターはみんな魅力的だし、新ドロイドもかわいいよ。こういうスター・ウォーズ、待ってた。



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by rivarisaia | 2015-12-21 17:45 | 映画/洋画 | Comments(0)

華麗上班族

だいぶ遅ればせながら、フィルメックス。みたい作品がいっぱいあったのに、諸般の事情により1本だけです。

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華麗上班族』監督:ジョニー・トー

とある大企業を舞台に、欲望に駆り立てられる社員たちの人間模様と、リーマンショックが引き起こす悲劇を描いたミュージカルです。

前評判からさほど期待せずに観たのですが、私としては可もなく不可もなく、というか、あまり印象に残らない作品ではありました。踊りがないせいなのか、音楽が頭に残らなかったせいなのか、テーマが暗いせいなのか、メインの若者男女2人の印象が薄いせいなのか、どうもパッとしなくて、本作に比べたら同じトーさんの『文雀』のほうが、歌も踊りもないけどよっぽどミュージカルっぽい。

(と、思って過去記事をみたら『文雀』は「ミュージカルみたい」って書いてました)

ただ、本作でよかった点もいくつかあって、その一つは、摩訶不思議な雰囲気を醸し出す舞台セットと、経理の女性を演じるタン・ウェイちゃんです。

もうね、タン・ウェイちゃんを愛でる1本だったといっても過言ではないくらい、かわいい。不幸な役なので、なんともかわいそうなんだけども。

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この眼鏡よく似合ってない? 彼女は首から肩のラインが、高野文子の絵のようにするんとしてて、いいなー。

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by rivarisaia | 2015-12-08 01:15 | 映画/香港・アジア | Comments(0)

ガールズ・ハウス

東京国際映画祭の6本目はイラン映画でした。

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ガールズ・ハウス(The Girl’s House/Khaneye dokhtar)』監督:シャーラム・シャーホセイニ
結婚式を翌日に控えた女子大生サミラが突然死んだ。死の直前まで新居のカーテンを変えていたのに。サミラに何があったのか、二人の友人が調べはじめるが、サミラの家族は口を閉ざし、何が起きたのか謎は深まるばかりで……
映画の前半は、結婚式の前日、披露宴に出席するためのショッピングに出かけた女性大生ふたりが、その日の夜に友人の訃報を聞き、あまりに突然すぎる死の謎を探ろうとするミステリー。

後半は、結婚式前日、幸せだったサミラが死んでしまうまでのいきさつ、つまりは謎の真相を描いてます。ただ前半の友人ふたりには、真相はわからないままなんですよね。

結局、新郎の家族(姑と叔母)の保守的で強引な行為が、サミラの死を招くことになったのですが(ここで、若尾文子の『女系家族』を連想した私である)、新郎自身はサミラのことをとても愛してたようだし、自分の家族の態度に怒っていたので、サミラと電話さえ通じれば、不幸な事態にならなかったのかもしれないな。

昨年の『メルボルン』もそうだけど、TIFFで上映されるイラン映画ってどこかこうファルハディ監督の作品を連想させる、謎が謎を呼ぶ構成になっている気がするのですが、気のせいですかね。だからつい比較してしまうけど、張り詰める緊張感といつまでも心に引っかかって尾を引くラストの余韻は、『メルボルン』のほうが断然すごかったです。



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by rivarisaia | 2015-11-20 00:40 | 映画/洋画 | Comments(0)

神様の思し召し

東京国際映画祭の5本目。これも大変おもしろくて、大笑いした後で、じんわりくる映画だったのですが、日本での公開決まったみたいです。

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神様の思し召し(God Willing/Se Dio Vuole)』監督:エドアルド・ファルコーネ

心臓外科の名医トンマーゾは、頭脳明晰だが傲慢な性格だ。トンマーゾは妻のカルラと息子アンドレアと3人暮らしだが、結婚した長女のビアンカも近所に住んでいて、しょっちゅう実家に入り浸っている。
娘のビアンカと不動産業を営む娘婿に対しては何の期待もしておらず、いやむしろ見下してすらいるトンマーゾだったが、医大に通う息子のアンドレアには、密かに期待を寄せていた。
そんなある日、アンドレアが、家族全員に告白することがあると言い出して……
軽いノリのイタリアのコメディ、と思ってたら、たいそう愉快なうえに(劇場でも何度も大爆笑が起きてた)、なかなかいい話で驚いた。後から考えてみると、構成もとっても上手。そして絶妙なエンディングです。

最初に想像していた話と全然違っていて、きっとこういう話、きっと次はこうなる、という予想が(いい意味で)どんどん裏切られていくんですが、公開決まったそうなので、内容についてはこれ以上は書きません。

映画の宣伝でどこまで触れるつもりなのかわからないですが、しょっぱなのアンドレアの告白にもかなりびっくりした私であった。

内容について書けないと、困ったことに感想もまったく書けない。ということで、公開されたらもう1回観に行って、また何か書くかも。タイトルが示しているように、「神様」についての映画でもあるんだけれども、その示され方がとっても自然で、窓開けた時に入ってくる風だとか、リンゴが樹から落ちることとか、そうそう、神様ってそういう存在なんだよなー。



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by rivarisaia | 2015-11-16 23:44 | 映画/洋画 | Comments(0)

東京国際映画祭の4本目は、個人的にダントツの作品でした。日本での公開決まったみたいなので、ぜひとも観てほしいです。

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地雷と少年兵(Land of Mine/Under Sandet)』監督:マーチン・ピータ・サンフリト

第二次世界大戦中、ナチス・ドイツはデンマークの海岸に二百万個以上もの地雷を埋めた。そして終戦直後、その地雷の撤去作業に駆り出されたのは、捕虜となったドイツ軍の少年兵たちであった。

実話をもとにした物語(フィクション)です。

かつて友人と死刑制度の話をしてたときに、凶悪な犯罪者の場合は死刑って生ぬるいから地雷撤去させたらどうか、という結論に至ったことがあります。まさか現実にそれに近いことがあったとはつゆ知らず。そんなこと思い出しつつ、軽い気持ちで本作を観た。

かなり冒頭から、ドイツの少年兵たちが地雷撤去のハウツーを叩き込まれる場面があり、そして早々に少年たちは鬼軍曹の待つ現場に送られる。ここから先は、鬼軍曹の下で、ひたすら地雷を撤去する日々がスタートします。浜辺一帯に埋まる地雷をひとつ残らず取り除けばドイツに帰れる!という希望を胸に、黙々と作業する少年たち。帰ったらドイツを復興させるんだ!と未来を夢見る少年たち。

そんな少年たちに厳しく接する鬼軍曹ですが、憎きナチスとはいえ、彼らはまだあどけない少年じゃないか、と葛藤します。果たして彼らにそこまでの戦争責任はあるのか。

実話を元にしていますが、あくまで映画はフィクションであるところがポイント。だから辛いけれども要所要所で救いもある話になっていて、この鬼軍曹の存在は、デンマークの当時揺れ動いだであろう気持ちと、現在の贖罪の気持ちを表しているのかもしれません。鬼軍曹、すばらしいキャスティングですよ。

それにしても、この映画にみなぎる緊張感たるやただものではなく、なにせ扱っているものが「地雷」なので、いつどこで爆発するのかわかんないわけですよ。訓練シーンから、ずーっとドキドキするはめになり、びっくりしやすい私は何度か座席から「ひゃっ!」って飛び上がった。この緊張感を味わってほしいので、できれば映画館を推奨します。

実際に地雷が埋められていた海岸で撮影されており、映画の撮影時にも不発弾が見つかったそうです。白い浜辺と薄青い海がどこまでも美しくて、人間の愚かさとは対照的なのでした。

戦後70年経ったから、ようやく描けるデンマークの暗部。こういう作品が作られるのはすごいよね。今回はあえて予告は貼りません。

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by rivarisaia | 2015-11-14 00:19 | 映画/洋画 | Comments(12)

百日草

東京国際映画祭の3本目は心に沁みる映画でした。思い出すだけでしんみりする……。

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百日草(百日告別/Zinnia Flower)』監督:トム・リン

交通事故で、婚約者を失った女性と、妊娠中の妻を失った男性。ある日突然、大切な人を亡くしてしまった二人が、喪失感に苛まれながらも、なんとか現実を受け入れて生きていこうとする100日間の物語。

百日というのは、初七日、五七日、四十九日……という法要の日数で、百日目は泣くのをやめる日(卒哭忌)だそうです。仏教の習わしに疎い私は、なるほど台湾ではそういう習わしなのかと興味深く思ったけれども、日本にも百ヶ日法要があることを後で知る。

事故では軽傷ですんだミン(カリーナ・ラム)。婚約者の母親は、息子の死に対する怒りをミンにぶつけてくる。葬儀では遺族側で参列させてもらえず、出せなくなってしまった結婚式の招待状をぼんやり眺め、料理人だった婚約者が残したレシピカードを見ながら食事を作り、そして新婚旅行で行くはずだった沖縄へ、彼女はひとりで旅立つ。

この映画は帳面派でもあるのですが、ミンと婚約者は沖縄で美味しいものを食べ歩くつもりだったらしく、行きたいカフェやレストランをまとめた旅の帳面が登場するんですよ。それを手に、ミンはひとりで黙々とまわっていくのね。曇り空の沖縄を。切ない……。

いっぽうで、怪我を負ったもののやはり自分だけ助かってしまったユーウェイ(シー・チンハン)は、事故を起こした加害者の家に怒りの電話をかけ(でも加害者は死んでしまっているのだった)、クリスチャンだった妻の友人たちの、無神経な言葉に憤り、腫れ物に触るように接してくる同僚に苛立ちを覚える。

やがて彼は、自宅でピアノを教えていた妻が受け取っていた月謝を返すために、妻の教え子たちの家を一軒一軒訪ねてまわるようになる。

ミンとユーウェイは、山のお寺で行われる法要の場で顔を合わせ、少し言葉を交わすだけの間柄で終わります。

百日の間に、淡々と時は流れていくようでいて、じつはいろいろなことがあり、自暴自棄になったり、自殺を考えたり、なんとか踏みとどまったり、怒ったり、泣いたり、そうしていくうちに時間が少しずつ傷を治していくのでしょう。傷痕は決して消えることがないにしても。

ハンカチ忘れると劇場で大変なことになりますが、本当にしみじみとよい映画なので公開されるといいなあ。では、予告をどうぞ。




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by rivarisaia | 2015-11-12 23:28 | 映画/香港・アジア | Comments(0)