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ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー

昨年観た映画の感想も忘れないうちに。

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ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー(Rogue One: A Star Wars Story)
監督:ギャレス・エドワーズ

公開直後にキャッハー!という気持ちで観に行ったものの、期待値をあまりに高めすぎてしまったせいか、思ったほど気分があがらなかったのですが、ギャレスが盛り込みすぎたせいでは?という気も(特に前半)。それからグランド・モフ・ターキンの出番は多すぎではなかろうか。出てくるたびにCGっぽさが目についちゃって現実に引き戻されたので、ホログラムくらいがちょうどよかったんじゃないかな。

しかし、ドニーさんとチアン・ウェンのコンビはとてもかっこよかったです! ドロイドのK-2SOも最高のキャラクターだったし、白いマント翻してジャバジャバ進んでいく帝国軍のクレニック長官も静かに怖くてよい。

およそのあらすじに関しては、エピソード4からすでに想像ついているわけで、重苦しい話になるのはわかっちゃいたけど、やっぱりどんよりしました。コミカルなところも多かった旧3部作以外のスター・ウォーズは、仕方ないとはいえ軒並みくらーい空気がまとわりついていて、スピンオフくらいは楽しい話が観たいなとつくづく感じた。若き日のハン・ソロとチアルートとベイズとか、もっとわくわくできそうな明るいスピンオフを希望。

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ポスターの下の部分だけ見ると、リゾート! バカンス!イエー!というスプリング・ブレイク感でいっぱいである。こんなところで働いてたら気がゆるむのでは……? 重要なスイッチが謎な場所に配置されてたのもそのせいか。

いっぽうで今回大変に興味深かったのが、フォースもライトセーバーもほとんど出てこないところです。

フォースを信じている人はいるけれど、ジェダイは助けにきてくれないので、みんな自力でがんばるしかない。宇宙の平和を大きく左右するデス・スターの設計図争奪戦なんて、ギリギリの綱渡り状態な上に、めっちゃ手渡しリレーだよ!? 最後の最後で黒いあの人が一瞬出てきた時に、フォースとライトセーバーの破壊力を見せつけられて、なんだこの化け物、とても敵わないよ、こんなの!という恐怖を初めて感じたよね……。フォース怖い。ライトセーバー怖い。最恐破壊兵器か……。

命がけのバトンタッチで、設計図がしかるべき人の手にわたったラストで、エピソード4がどれほどまでに「新たなる希望」なのか、ということを心底実感しましたが、本作のあとにエピ4観たら、

「オビ・ワン、昔話はいいから早く届けろ! その設計図を!!! 」
「ルークもソロも、これ、どんだけたくさんの人が大変な思いでゲットした重要物件かわかってんの?!」

ってなること請け合い。どいつもこいつも、エピソード4は本当に呑気だな! でも宇宙戦争のまっただなか、そのくらいのほうがうまいこと世渡りできそうな気もしますね。

そうそう、永年の議論の的だった、プロトン魚雷で破壊できちゃう「帝国軍の致命的大ポカ設計ミス」にはちゃんとした理由があったことも判明して、大変にすっきりいたしました。

余談ですが、エピソード6の新しいデス・スター攻撃会議において、モン・モスマさんが
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「ボサンの仲間が命を捨てて得た情報です」

などと言ってましたが、ボサンの仲間の話は当分は映画化しなくていいですよ……また暗い気持ちになっちゃうからね。

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by rivarisaia | 2017-01-12 11:55 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(2)

こころに剣士を

新年の初映画館は、エストニアの話。2015年にエストニア旅行を思い出しつつ。

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こころに剣士を(The Fencer)』監督:クラウス・ハロ

1950年初頭、エストニア。

田舎町ハープサルの小学校に、体育教師として元フェンシング選手のエンデル・ネリスがやってくる。

校長から運動クラブを開くよう指示され、フェンシングを教えることにしたエンデルだが、もともと子どもが苦手だったこともあり、はじめはなかなか上手くいかない。しかし、フェンシングに夢中に取り組む子どもたちを教えているうちに、エンデル自身も変わっていく。

レニングラードで開催される全国大会に出場したいという子どもたちの願いを叶えたいエンデルだったが、しかし彼はソ連の秘密警察に追われている身であった……

エンデル・ネリスは実在の人物で、彼が作ったフェンシング部は今も存続しているとのこと。物語的には予想外のことは起こらないのですが、そこがよいです。フェンシング、身体の動きがとても美しいスポーツで、私も一度やってみたい!

第二次世界大戦中、はじめはソビエト、次にナチス・ドイツに占領されたエストニアは、その後ふたたびソ連に占領されます。戦争中ドイツに徴兵され、生き残った人たちは、ソ連政府によって強制収容所送りとなったのでした。この時代は息の詰まるような暗黒の時代。

ようやく戦争が終わったあとのソ連時代が灰色の恐怖の時代だったというのは、そういえば街中の観光パンフレットでも切々と訴えられていたし、KGB監獄博物館では強制収容所に関する特設展示があったことも、映画を観ながら思い出しました。

秘密警察にある日突然家族が連れ去られたりする、暗い時代に生きる子どもたちにとって、エンデルが教えるフェンシングは希望の光であり、最後の最後に行われる試合は、大きなソ連に立ち向かう小国エストニアを象徴しているようで、私はちょっと泣いてしまった。そんなエストニアは1991年に独立して、長く苦しい時代に終わりを告げています。

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by rivarisaia | 2017-01-10 18:49 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(10)

五日物語—3つの王国と3人の女—

大変に私の好みの映像を観ました。眼福。ポスター画像をやや大きく載せちゃおう。

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五日物語—3つの王国と3人の女—(Tale of Tales)』監督:マッテオ・ガローネ

映画のもとになっているのは、17世紀初めにジャンバティスタ・バジーレがナポリ方言で執筆した民話集『ペンタメローネ』です。

『ペンタメローネ』は、笑わないお姫様と眠り王子という大枠となる物語がありまして、その中で、ある人の魔法をとくために10人の女が1日に一話ずつ、五日間にわたって物語を語ることなった、という構成になっています。大枠の話1つ+全部で50の物語。

デカメロンや千夜一夜物語と似た構成ですが、物語が入れ子状になっているのがとても面白い。ペローやグリムの物語のもとになったのではないかと思われる話がいくつか入ってます。

本作は『ペンタメローネ』をそのまま映画化したのではなく、第1日目のノミの話、魔法の牝鹿の話、皮をはがれる老婆の話の3本をベースに、かなりアレンジを加えた内容になっています。羊くらいの大きさにまで育ったノミ、まさかの実写! 気持ち悪くてかわいい。

昔話はグロテスクでシュールな話がほとんどで、文章ならさらっと読めたとしても、そのまま映像にすると強烈な描写がたくさんあるわけですが、今回はそういう部分もガッツリ映像になっていて、私としては

最高(感涙)!!

という気持ちでいっぱいでした。もちろん、イテテテテとか、酷いあんまりだ....という描写もいっぱいあるのですが、まったく容赦ないところがよい。衣装も美しいし、画面の色彩も全体的に南イタリアっぽいトーンだし、プーリアやアブルッツォ、シチリアあたりのお城で撮影しているので、建築見るのも楽しい。

「綱渡り」をするシーンが何度か出てくるのが象徴的で、結局のところ人生とは、細いロープの上を危なっかしく渡っていくようなもの、ということなのかもしれません。

もう一度『ペンタメローネ』を読み返したくなったけど、邦訳版は絶版なのでこの機会に復刊してくれたらいいのになという気持ちです。私、イタリア語版しか持ってなくて、邦訳ほしいなー。



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by rivarisaia | 2016-12-14 21:54 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(2)

この世界の片隅に

こうの史代のマンガ『この世界の片隅に』のアニメ化。原作、私は大好きなのですが、映画も波の兎や空襲のシーンはじめアニメーションならではの表現があって、とてもよかった。それから街並みや家の中の様子がとてもリアル。ディテールに気を配っているので、画面にたくさんの情報が詰まっていました。もう1度観たい。

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この世界の片隅に』監督:片渕須直

広島市に暮らす、絵が得意でちょっとおっとりとした少女すずは、1944年(昭和19年)、軍港として栄えた呉にお嫁にやってくる。

すずさんの戦時下のくらしは、ほのぼのとしているように感じる人もいるかもしれないけれども、じわりじわりと戦争が生活を侵食していって、いつの間にか非日常が日常になっている。戦時下でも、人は日々暮らしていかなくてはならないので、辛いことにも、本当ならしなくてもよかった苦労にも、適応できるようになるのだと思う。空襲警報だって毎日毎日鳴っていれば、すっかり慣れてしまうのだ。

3月と5月の大空襲を経験している私の祖母も、戦時中の話を聞くと「そうねえ、まあ大変といえば大変だったかもしれないけどねえ」という調子で、仕方のないこととして世の中に適応しながら、すずさんのように日々の暮らしを支えていったのだろうけれども、戦争がなければもっと別の暮らしがあったんじゃないか、しなくてもよい苦労がいっぱいあったのではないかと考えてしまってやっぱりつらい。そしてあんまり自覚のないまま戦争を「日常」として受け入れてしまうのもつらい。その代償のように、すずさんは大切なものを失ってしまう。

それでもすずさんは、この世界の片隅に自分の居場所を見つけることができるし、すずさんが広島市内で出会う孤児は、戦争が終わって新しい未来への「希望」なんだと思う。

いくつか削除されている箇所があって議論を呼んだりもしているけど、これは映画を観た人が原作も読んでみようと思うきっかけになったらいいんじゃないかなあ。この作品に限らず、映画をきっかけに原作が売れてくれたら嬉しい。

予告


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by rivarisaia | 2016-12-09 23:26 | 映画/日本 | Trackback | Comments(0)

ザ・ティーチャー:東京国際映画祭2016

今年のTIFFで観た最後の1本はチェコ(というかスロバキア)の映画でした。

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ザ・ティーチャー(Učitelka)』監督:ヤン・フジェベイク

1980年代、チェコスロバキア。ひとりの優しそうな女教師が、悪気のないまま自分の立場を濫用し、生徒とその家族を翻弄していくという物語。脚本家が子どもの頃に実際に経験した話がベースになっています。

私が今日からみなさんの担任です。ではまず、自己紹介をしてもらいましょう。
みなさんの名前と、ご両親の職業を教えてね。


新しく学校にやってきた女の先生は、生徒ひとりひとりの親の職業を聞く。先生の亡くなったご主人は共産党の偉い人だったみたいで、先生の妹はモスクワに住んでいるみたい。先生は、生徒の親が職人だったら修理を頼み、美容師だったらパーマを頼む。誰も先生の頼みは断れない。先生は「お金を払うわね」って言うけれども、みんなから「いえいえ、先生、いいんですよ」って返されるので、こんなことも言ったりする。「次のテストの時は、お子さんは○ページ目をよく勉強しておくようにね!」

ある女子生徒のお父さんは、空港に勤めていた。先生はモスクワにいる妹にお菓子を贈りたかった。そういうのは禁止されていたので、生徒のお父さんに「誰かスチュワーデスとかパイロットの人に頼んでお菓子を運んでくれないかしら?」って聞いてみた。頼まれたお父さんは、空港に勤めているとはいっても事務方で、スチュワーデスやパイロットの知り合いもいないし、そんなことがバレたらまずいから無理ですって断った。そうしたら何が起こったと思う? その女子生徒の成績はどんどん下がっていって、イジメが起こり、ついにある日、事件が……

先生の行為は明らかに問題だとする一部の親と、問題のある教師をこの機会に辞めさせたいと考える学校側を中心に、ついには緊急保護者会が開かれることになるのですが、大半の親は、女教師の辞任を求める書類に署名するのをためらうのだった。

上映後の監督の話では、80年代は共産主義の支配がゆるくなってきた時代であり、自由でないことに人々が慣れてしまっていて、自分の意見をはっきり述べることを躊躇してしまう社会だったとのこと。この映画で描かれていることは、共産主義社会ではいかにも起こりそうなんだけれど、同時にこの女性教師に似た人は、いつの世もどこの世界にも存在するんじゃないかと思う。

周りの人が断れない立場にあることをいいことに、無理をお願いしておいて、相手の負担など想像もできず、しかも本人に悪気ゼロ、みたいな人、いるよねー!?

映画の最中、うっわーやばい、この教師!とドン引きでしたが、断れない人々の気持ちもわかるので(だって子どもが人質状態だよ)ツラいったらない。

しかし、最終的にはみんなハッピーエンドな形に収まる(女教師でさえも)というのが、とてもよいです。

あと本作は「壁紙映画」としても秀逸。80年代のチェコスロバキアのインテリアや壁紙デザインは必見です。どこか安っぽいんだけど、とてもかわいい。


予告



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by rivarisaia | 2016-11-14 22:28 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

バードショット:東京国際映画祭2016

東京国際映画祭で上映される、動物がテーマあるいは重要な役割を果たしている作品を、私のまわりでは密かに「今年の動物枠」と呼んでいるのですが、おそらく今年の動物枠メインは『サファリ』(私は未見)、そしてこちらのフィリピン映画も動物枠の1本です。

どんな話なのか見当もつかずに観たので、謎が謎を呼ぶ展開にたいそうどきどき(というかびくびく)してしまった。

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バードショット(Birdshot)』監督:ミカイル・レッド

フィリピン。田舎の山奥で、乗客を乗せたまま行方不明になっていたバスが見つかる。新米警官ドミンゴと、型破りな上官メンドーサが捜査を開始するが、はたして乗客がどこへ消えてしまったのか、皆目わからない。唯一見つかった手がかりは、赤いシャツの切れ端だけだった。

農場の娘マヤは父親とふたりで森林保護区のそばで暮らしていた。ある日、マヤは保護区の中へ入り込み、絶滅危惧種のフィリピンワシを撃ち殺してしまう。父親はこのことは誰にも言ってはいけないと固く口止めし、ワシを食べたあとの残骸や銃を埋めて隠してしまう。

バス失踪事件解決の糸口はつかめないまま、ドミンゴとメンドーサは担当を外され、新たに絶滅危惧種のフィリピンワシを殺した犯人探しを命じられるのだった。

「土地の件で何か不正が行われており、それを訴えるために出かけていった家族の行方がわからない」と白黒写真を持って警察署にやってきた女性がいた。彼女から写真を受け取ったドミンゴは、担当を外されてもバス事件の捜査を続行しようと試みるが、署長から叱責され、さらには正体不明の人物から恐喝を受ける。

正義感に満ちていたはずのドミンゴが、自分の家族に危険が及ぶことを恐れ、バス事件の解決を断念するあたりから人が変わったようになってしまうのが恐ろしい。バス事件に向けるはずだった義憤はにっちもさっちもいかない状況でフラストレーションに変わり、フィリピンワシ殺しの容疑者であるマヤの父親へと向かい、間違った形で暴発する。

大自然に囲まれて自由に生きるマヤと、警察というしがらみにとらわれて生きているドミンゴの対比が切なく悲しい。

純粋な精神の持ち主であるマヤも、また本当は純粋だったはずのドミンゴも、超自然的な何かを感じ取る力を持っているんだけれども、道を踏み外してしまったドミンゴにはもはや失踪事件の謎を解くことは永遠にできない、と上映終了後のQ&Aで監督は語っていた。だから、無垢な世界に踏みとどまることのできたマヤだけが、行方知れずとなった人々の居場所を知ることができるのだった。




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by rivarisaia | 2016-11-13 23:34 | 映画/アジア | Trackback(1) | Comments(0)

メコン大作戦:東京国際映画祭2016

世の中、いろいろ起きてますが、とりあえず私は粛々と東京国際映画祭の感想をアップしていきますよ! 話はその後だ。

こちらの作品、めっぽう面白いです。なるべく早めに公開してください。

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メコン大作戦(湄公河行動)』監督:ダンテ・ラム

麻薬の密造地帯として有名な「ゴールデン・トライアングル」を流れるメコン河で中国船が襲撃され、13名の乗員全員が惨殺される。中国当局は捜査のための特殊部隊を派遣、またラオス、ミャンマー、タイの警察とともに合同捜査を開始するが…

2011年に実際に起こった「メコン河中国船襲撃事件」を描いた作品。事件のあらましについては「メコン川中国船襲撃事件」で検索すれば、いくつもニュースがヒットしますので、興味のある方は調べてみてください。

上映後にダンテ・ラム監督が言っていましたが、映画なのでアクション部分は7割くらい大げさに盛ってるけど、基本的な出来事はほぼ実話ベース、とのこと。テンポよく話が進み、次から次へと息もつかせぬ展開にはハラハラするし、アクションは豪快だし、非常に劇場映えする作品なので、ぜひ公開しましょう! 私はもう1回観たいし、今回時間が合わずに観られなかった家人や友人にもぜひ観せたい。

きっと公開されるはずだよな〜、公開されなきゃおかしいよな、という気分になってきたので、詳しいあらすじはこれ以上書きません。ひとつだけ記しておきたいのは、犬映画でもあるということです。警察犬の活躍にも注目ですよ!

主演のチャン・ハンユー/張涵予やエディ・ポン/彭于晏をはじめ、特別捜査チームのメンバーの方々はみんなかっこいいし(女性のメンバーがよいのよ)、麻薬組織の面々も濃ゆい人たちばかりで、すばらしいキャスティング。『オンリー・ゴッド』のカラオケ刑事を怪演したタイの俳優、ヴィタヤ・パンスリンガムも出てました。

中国大陸の資本が入っていると、作品自体に大人事情が反映されちゃったりするのかな…と考えてしまいがちなのですが、本作はダンテ・ラムがそれを逆手に取った感じというか、がっつり交渉して思う存分やりたいことやらせてもらいました!という印象。ほんとよくやった、と感心しました。

あーもう1回観たい! とりあえず予告どうぞ!



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by rivarisaia | 2016-11-11 19:51 | 映画/アジア | Trackback(1) | Comments(0)

ラブリー・マン:東京国際映画祭2016

大阪アジアン映画祭で観た人たちの間で、とても評判が良かった映画で、何度か機会を逸してたけど今回ようやく観ることができました。

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ラブリー・マン(Lovely Man)』監督:テディ・スリアアトマジャ

敬虔なムスリムの少女チャハヤは、幼い頃に生き別れとなった父サイフルに一目会いたくて、母には内緒でジャカルタへと向かう。ようやく見つけた父親は、名前を変え女装して道で客を取る男娼だった。ショックを受けて泣き出してしまうチャハヤに対して最初は冷たくあたるサイフルだったが、一晩だけの約束で一緒に過ごすことになる。

父親は、おそらく元締めのお金に手を出していて、それを持って遠くへ行こうと考えている。いっぽう、娘のほうも、誰にも言えない秘密を抱えていた(父親にはお見通しなのだけれども)。

夜のジャカルタの映像がとても情緒的で美しく、今晩だけは付き合うけど、明日になったら親子の縁を切るのよ、と言う割には、きっとサイフルはずっと娘のことを忘れずに想っていたんだろうなとわかる、さりげない場面もあって、本当に切ない。翌日、駅での別れ際にサイフルがチャハヤに渡すものは、彼の運命を暗示するかのようで、サイフルは自分の未来をその昔捨てた娘に託すことにしたのかもしれないし、またそれは彼なりの罪滅ぼしでもあったのだろうけど、それ以上の何かもあったような気がする。

サイフルがあの後どうなったのかはわからない。でも「雨をよけるんじゃなくて、楽しみなさいよ」という彼のことだから、うまく切り抜けることができるかもしれないという淡い期待もあって、できれば私はそうであってほしいなと思う。

70分と短い作品だけども、大阪アジアンでの評判を聞いていた通り、本当によい映画。私の座っていた列では、はじのほうからすすり泣きが聞こえてきて、それが伝染して、たぶん一列並んでみんなで泣いてた。本作は「親密さについての3部作」の1作目で、残りの2作を観ることができなかったのがとても残念だったので、どこかでまた機会がありますように。

予告編



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by rivarisaia | 2016-11-08 22:12 | 映画/アジア | Trackback | Comments(4)

シェッド・スキン・パパ:東京国際映画祭2016

東京国際映画祭の2本目は佃典彦の『ぬけがら』が原作の香港映画。ジャンユーと(そのお子様)とルイスという豪華ゲスト付きでした! けっこう間近で二大スターにお目にかかれたので幸せ〜。

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シェッド・スキン・パパ(脫皮爸爸)』監督:ロイ・シートウ/司徒慧焯

仕事もない、お金もない、借金取りに追われ、妻からは離婚を迫られる、というにっちもさっちもいかない映画監督(ルイス・クー/古天樂)が主人公。

母親が亡くなった後、残された父(フランシス・ン/呉鎮宇)はアルツハイマーでボケてしまっていた。そんな父と暮らす映画監督の主人公(ルイス・クー/古天樂)は、仕事もない、お金もない、借金取りから追われ、妻からは離婚を迫られているという、ドン詰まりの状態にあった。
そんなある日、とつぜん父親が脱皮する。そしてちょっとだけ若返ってしまう。驚く主人公を尻目に、父親は脱皮を繰り返し、そのたびに若返っていく…

舞台劇らしいシュールなコメディで、最初あらすじを読んだ時には、脱皮するとはどういうこと?と首かしげたんですけど、文字通り「脱皮」していて、脱皮したあとには人型のぬけがらがそっくりそのまま残されるわけなので、それをどうしたらいいのか、ほとほと困ってしまう主人公なのであった。父親はさほど困っておらず、むしろ脱ぎ捨てて放置してきちゃったりして、主人公を慌てさせる。

父親が若返るたびに、その年代の父親がどんな人生を送っていたのかを振り返ることにもなり、また、大陸から香港に渡ってきたという父親の人生は、そのまま香港の歴史とも重なりあっていく。

同時に主人公も子どもの頃からこれまでの半生を思い返し、自分のいたらなさやふがいさなさを省みたりして、希望や情熱を取り戻していくのだった。

最終的にはそれぞれ年齢の違う六人の父親と、若かりし日の母親とともに円卓を囲んで麺を食べるという大円団で、笑いつつもしんみりしちゃうんですけど、映画の帰り道、自分の身に置き換えてよくよく考えてみたら、しんみりどころか、うわああ嫌だー!ってなったよね…。

まったく知らない遠い昔のご先祖なら会ってもいいけど、よく知る身内の若い頃とか別に会いたくないですよね…。自分の身内でもそうだし、家人の身内も嫌だ。若い頃の義父とか義理の叔母とかが目の前に現れたら、私、絶対に喧嘩になってケリ入れると思うんだよね…。ケリどころじゃ済まないかもしれない。やばい、しんみりする話どころか、バイオレンス映画になっちゃう。危険!


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by rivarisaia | 2016-11-05 23:51 | 映画/アジア | Trackback(1) | Comments(0)

サーミ・ブラッド:東京国際映画祭2016

東京国際映画祭の1本目。本作品は配給つきました! 以下、じゃっかん内容に触れてしまっています。

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サーミ・ブラッド(Sameblod)』監督:アマンダ・ケンネル

一人の老女が、息子と孫娘とともにスウェーデン北部の村を訪れるところから映画は始まります。老女はサーミであるらしいことが息子との会話でわかるのだけれど、彼女はサーミ人を嫌っているようす。

村の教会では老女の妹のお葬式が行なわれているのですが、サーミ語で話しかけられてもわからないふりをする老女。一刻も早く帰りたい様子の彼女は、親戚の家に泊まろうという息子や孫娘を振り切り、ひとりホテルに向かうのでした。

ホテルではハイソな旅行者たちが「サーミは自然を愛する民族だと思っていたのに、バイクを乗り回してうるさい、がっかり」と眉をひそめており、「伝統はありがたがるけど、現実の人間のことは邪険にする」という都会人にありがちないやらしさが表現されていただけでなく、このあと描かれるサーミに対する差別が現代にもいまだ残っていることを伝えています。

さて、主人公の過去にいったい何があったのか。

1930年代、サーミは劣等民族とみなされ、同化政策の一環として子どもたちにはスウェーデン語教育が施されました。

トナカイの放牧をしていたエレ・マリャも、学校に通うため妹とともに寄宿舎に入ります。優秀で好奇心の旺盛なエレ・マリャは、周囲のスウェーデン人から差別され、見世物的な扱いを受けることに我慢なりません。

ある日こっそり寄宿舎を抜け出した彼女は、サーミの伝統衣装を脱いで “普通の” 洋服を身につけ、地元のパーティに参加します。「外の世界」の楽しさを知ったエレ・マリャは、サーミ人ではなく、スウェーデン人の暮らしを熱望し、進学したいと教師に訴えます。しかし教師からは、サーミの脳は町の生活には適応できない、あなたは伝統を守って暮らしなさい、と言われてしまいます。

しかし、あきらめきれない彼女は、ついに学校を飛び出し、ひとりウプサラに向かうのですが…。

映画では描かれなかったエレ・マリャの人生がとても気になる終わり方。おそらく教師になって、それから戦争も経験して、結婚して子どもも生まれたし、孫もできた。サーミだという身分を徹底して隠して、名前まで変えて生きてきた彼女には、とてつもない苦労があったはずで、監督は続編で続きを描きたいと言っていたようですが、私も続きが観たい。

パーティで知り合った青年ニクラスとの関係もあの後どうなったのかな。このニクラスは、いい人なのかダメ男なのか、よくわからない。根は優しそうなんだけど、周りの意見に流されるタイプみたいだしなー。


<本日のオマケ>





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by rivarisaia | 2016-11-04 14:05 | 映画/洋画 | Trackback(1) | Comments(5)

見たもの読んだものについての電子雑記帳


by 春巻まやや
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