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サーミ・ブラッド:東京国際映画祭2016

東京国際映画祭の1本目。本作品は配給つきました! 以下、じゃっかん内容に触れてしまっています。

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サーミ・ブラッド(Sameblod)』監督:アマンダ・ケンネル

一人の老女が、息子と孫娘とともにスウェーデン北部の村を訪れるところから映画は始まります。老女はサーミであるらしいことが息子との会話でわかるのだけれど、彼女はサーミ人を嫌っているようす。

村の教会では老女の妹のお葬式が行なわれているのですが、サーミ語で話しかけられてもわからないふりをする老女。一刻も早く帰りたい様子の彼女は、親戚の家に泊まろうという息子や孫娘を振り切り、ひとりホテルに向かうのでした。

ホテルではハイソな旅行者たちが「サーミは自然を愛する民族だと思っていたのに、バイクを乗り回してうるさい、がっかり」と眉をひそめており、「伝統はありがたがるけど、現実の人間のことは邪険にする」という都会人にありがちないやらしさが表現されていただけでなく、このあと描かれるサーミに対する差別が現代にもいまだ残っていることを伝えています。

さて、主人公の過去にいったい何があったのか。

1930年代、サーミは劣等民族とみなされ、同化政策の一環として子どもたちにはスウェーデン語教育が施されました。

トナカイの放牧をしていたエレ・マリャも、学校に通うため妹とともに寄宿舎に入ります。優秀で好奇心の旺盛なエレ・マリャは、周囲のスウェーデン人から差別され、見世物的な扱いを受けることに我慢なりません。

ある日こっそり寄宿舎を抜け出した彼女は、サーミの伝統衣装を脱いで “普通の” 洋服を身につけ、地元のパーティに参加します。「外の世界」の楽しさを知ったエレ・マリャは、サーミ人ではなく、スウェーデン人の暮らしを熱望し、進学したいと教師に訴えます。しかし教師からは、サーミの脳は町の生活には適応できない、あなたは伝統を守って暮らしなさい、と言われてしまいます。

しかし、あきらめきれない彼女は、ついに学校を飛び出し、ひとりウプサラに向かうのですが…。

映画では描かれなかったエレ・マリャの人生がとても気になる終わり方。おそらく教師になって、それから戦争も経験して、結婚して子どもも生まれたし、孫もできた。サーミだという身分を徹底して隠して、名前まで変えて生きてきた彼女には、とてつもない苦労があったはずで、監督は続編で続きを描きたいと言っていたようですが、私も続きが観たい。

パーティで知り合った青年ニクラスとの関係もあの後どうなったのかな。このニクラスは、いい人なのかダメ男なのか、よくわからない。根は優しそうなんだけど、周りの意見に流されるタイプみたいだしなー。


<本日のオマケ>





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by rivarisaia | 2016-11-04 14:05 | 映画/洋画 | Trackback(1) | Comments(5)

神聖なる一族24人の娘たち

東京国際映画祭のチケット問題に振り回されていたら(この件については後日書く)、いつの間にか映画祭期間に突入しました。

でもその前に! この映画を紹介しておきたい。

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名前が「O(オー)」から始まる24人の女性の「生」と「性」の物語

神聖なる一族24人の娘たち』監督:アレクセイ・フェドルチェンコ

公式サイトより、以下まるっと引用。

500年もの間、ヴォルガ河畔で独自の言語と文化を保ってきたMari(マリ)人たち。彼らは、ロシア連邦の中で際立って特異な民族で、どこにもない宗教や世界観を持ち、彼らの間には、今も様々なフォークロアが息づいている。本作は、マリの女性たちにまつわる説話を基に映画化。ロシア版「遠野物語」や「アイヌ民話」のような、優しくて哀しい不思議な世界が広がる。

とってもとっても面白かった。シュールでさっぱり意味がわからなかったりもするけれども、さいこう。

マリ人というのは今回初めて知りましたが、ロシアの少数民族で公式サイトによれば、ヴォルガ川やカマ川沿岸に居住しているウラル語族系民族なのだそうです。草原のマリ人、山のマリ人、東部マリ人がいて、映画は草原のマリ人である牧地マリ人の村が舞台。

私はいま、マリ人に対して興味津々である。

映画は短いエピソードが次々と繰り出される(数えてないけど24人分のエピソードがあるんじゃないかな)という構成で、中でも印象に残っているのが、

・風にさらわれる女性の話
・森の精霊の呪いで、夫に触られると性器から鳥の声がするようになった女性の話
・男の亡霊たちにより、女性たちが裸で踊るはめになる謎のキセリ・パーティーの話
・自分を振った女性に向けて男がゾンビを放つ話
・初潮がきたら吹かないといけない長い笛の話

の5本です。これだけ読んでも、どんな話なのか見当もつかないだろうし、映画を観た私もあれはいったいなんだったのかな…と首をかしげるばかりなのですが、なんだかよくわからない、だがそれがいい、というのが民話というものですよね。ふっふっふ。

出てくる食べ物やインテリア、民族衣装も気になるし、私はいつかこのマリ・エル共和国に行ってみたい。とてもとても行ってみたい。そんな気持ちで満ち足りた気分になった映画です。おすすめ。


おまけとして予告編をどうぞ。



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by rivarisaia | 2016-10-25 22:11 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

ハドソン川の奇跡

日本語のコピーが、英雄は容疑者になった、とあるけど、「容疑者」という言葉はちょっと合ってないような気がする。他に言い方はなかったのかな。2009年に起きた、USエアウェイズ1549便の不時着水事故と、その後を描いた物語。

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ハドソン川の奇跡(Sully)』監督:クリント・イーストウッド
乗員乗客155人を乗せた航空機が、マンハッタン上空でバードストライクにより両エンジンが停止し、コントロール不能になってしまう。しかし機長のチェズレイ・サレンバーガーの冷静な判断により、機体はハドソン川に緊急着水。奇跡的に全員が生還した。
機長は一躍、国民的英雄となるが、しかし、果たして機長の決断は正しかったのか。不時着以外の選択肢はなかったのか。国家運輸安全委員会の厳しい追及が待ち受けていた……
とりあえず、全員が無事に助かることがあらかじめわかっている事故の再現映像は、とても心落ち着いて観ることができますね。それでもかなり緊迫して、ハラハラはするんだけれども、私の心のどこかには余裕があった。

また、最近の事件・人物の映画化が苦手な私ですが、本作は「何があったか」にフォーカスして余計な装飾が少なかったせいか、現実とフィクションの違いを想像して居心地悪くなったりすることもなかったです。ただまあ、クリント・イーストウッドの愛国精神的な面は少々うっとうしい(正確には、今回はこそばゆい)…ということも再確認しました。

シミュレーションでは空港に戻れたはずだ、という安全委員会と、それは不可能だったという機長の主張は真っ向から対立。でも機長の心の片隅には、もしも自分の判断が誤りだったら?という気持ちもあるわけですよ。さんざん英雄扱いされてきたけど、今さらどうすんのというプレッシャーはんぱない。関係ない私も想像するだけで胃が痛い。

最終的には機長が正しいことが証明されるんですけれども、シミュレーションはなぜ間違ったのか、それが解明されるところで気分が高揚しました。いやあ、ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。

事故全体を振り返ると、全員が助かったのは、まず機長の適切な判断があり、それから副操縦士や乗務員、管制官や救助活動にあたった人々など、関係者それぞれがきちんと自分の仕事をして、チームワークが機能したおかげなんですよね。

余談ですが、本作で一番印象的だったのは管制官のお兄さん。さっきまで交信してた飛行機落ちちゃった…って会議室でひとり泣いてたけど、全員無事だと聞いた瞬間、信じられないという顔していて、彼には「本当によかったね」と声かけたい。


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by rivarisaia | 2016-10-12 01:48 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(3)

ソング・オブ・ザ・シー 海のうた

とても観たかったので、一般公開されることになって本当によかった! 『ブレンダンとケルズの秘密』の監督による新作アニメーションです。

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ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』監督:トム・ムーア

アイルランドの神話をもとにしたお話。前作同様、本作もまた、ラインと模様が色鮮やかな画面の中を流れるように動きまわって、それはそれは美しく、そして透き通るような歌声が心に沁みるという、すてきな作品なのだった。

海辺の灯台の家で、父と妹シアーシャ、愛犬クーと暮らしている少年ベン。
幼い頃、たくさんの物語を聞かせてくれて、いにしえの歌を歌ってくれたベンのお母さんは、シアーシャを産んだ日に、海に消えてしまう。お母さんがいなくなったのは妹のせいだと思っているベンは、どうしてもシアーシャにやさしくすることができないのだった。
ところが、シアーシャの6歳の誕生日に思いもよらない出来事が起こり、ベンは妹を救うために、不思議な冒険に出ることに……
小さなアザラシのようなシアーシャがたいそうかわいらしいのですが、そんな妹に意地悪ばかりしていたお兄ちゃんが奮起する、「お兄ちゃん映画」としても秀逸で、途中からお兄ちゃんの勇気に涙出ちゃうことうけあい。

海ではアザラシ、陸では人間の女性の姿をしている妖精セルキー、フクロウの魔女、悲しみのあまり石になってしまった伝説の巨人、愛らしいおじいちゃん妖精ディーナシーに、長い長い髪の毛をもつ語り部の老人。

アイルランドの神話や伝説のモチーフがぎっしりつまっていて、それは遠い昔の物語ではなく、現在にも脈々と受け継がれている物語なのでした。同時に、大事な人を失ってしまった悲しみを乗り越えて、石のように固まってしまった心をゆっくりと癒していくような、そんな話でもあります。

「アザラシ妻」の物語は以前どこかで読んだ記憶があるんだけれども、アイルランドの神話や伝説を知っていれば、さらに面白い発見もありそう。そのうちきちんとアイルランドの伝説を読んでみよう。


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by rivarisaia | 2016-08-29 19:45 | 映画/洋画 | Trackback(1) | Comments(6)

シン・ゴジラ

3ヶ月くらい映画館に行くよゆうがなかったため、先日深夜ついに発狂(大げさ)。映画館に駆け込んだところ、災害シミュレーション映画を上映していて、これがめっぽう面白くてやばかったです(大げさじゃなく、これはほんとう)。もう1回観たい(本気)。

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シン・ゴジラ
総監督/編集/脚本:庵野秀明、監督/特技監督:樋口真嗣、准監督/特技総括:尾上克郎

まだ観てない人も多そうなので、今回はあまり詳しい内容にはふれません。

ざっくりしたあらすじは、
ある日突然、謎の巨大生物が東京湾に現れたら、さあ日本政府どうします?
という話です。

日本にゴジラが出現したら、行政レベルでどんなことが起きるのでしょうか。そもそも自衛隊は攻撃できるのでしょうか、攻撃可能な場合、どのような手順になるのでしょうか。そんな疑問に答えてくれるのが、本作です。

未曾有の事態に困惑する政府。自分のところで責任取るのはちょっと……とたらい回しにしちゃう各省庁。山のような書類、いたるところで会議につぐ会議。そう、この映画は会議映画でもあります。まさか「もっと会議を見せろー!」という気持ちでいっぱいになるとは思わなんだ。会議、楽しい。

とまあ、謎の巨大生物の出現に、政府官僚はてんてこ舞いですし、甚大な被害に遭った街の人々や消防だって大変なのですが、被災していない場所の人々は、

ゴジラが出ようが、ふつうに電車動いてるし、いつも通り出勤してたみたい。

ああ……。海外の人にはわかってもらえないかもしれないけど、そう、日本ってね、こういうところあるのよ。この描写、ものすごく日本らしいよね(遠い目)。

しかしながら、巨大生物による被害は収束するどころか、予測のつかない方向へとどんどん拡大していく。ぶっ壊されていく東京。どう収束させるのか、続きは映画館でどうぞ!

本作ですが、私の大好きな『日本のいちばん長い日』や『アポロ13』に共通するところがあるので、この2作が好きな人にもオススメ。また、お涙頂戴のドラマ要素と余計なロマンス要素もないし、気持ちを煽るような音楽をバックに涙流しながら絶叫する人もいないので、本当にすばらしいです。人間ドラマがないわけではないんですよ。ちゃんとあるけど、さりげないし、想像力をかきたてる。ここ、邦画関係者各位、見習ってほしい。

画面とセリフの情報量が多くて整理しきれないので、2回目観たら、また新たに気づくところがありそう。

余談ですが、特報第1弾が私の苦手な手ぶれ映像だったので、酔うのではないかと躊躇してたのだけれども、揺れる映像は数分くらいしかないので無問題でした。

*鑑賞済みの人向けのおまけのリンク

超高層ビル・再開発マニアの人はこちらどうぞ:

ゴジラコースを散歩したい人はこちらどうぞ:






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by rivarisaia | 2016-08-09 23:52 | 映画/日本 | Trackback | Comments(0)

レヴェナント:蘇えりし者

ここ最近、あまりにも映画館に行けてないので、もう少し(時間の)やりくり上手を目指したい今日この頃。家で観たり、読んだりするものも溜まるいっぽう。先月、映画館で観たのは、1本だけでした。

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レヴェナント:蘇えりし者(The Revenant)
監督: アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

よりによって私と相性があまりよろしくないイニャリトゥ監督作品ですが、大好きなアメリカの開拓時代だし! クマ映画だし! 映画館で観なくては! さもなくば一生観ないで終わる!と意気込んで公開早々に観に行きまして、結論から言うと、やっぱりイニャリトゥ監督はいまひとつ合わないなーということを再確認したし、もうちょっと短くできたんじゃのかなという気もしますが、エマニュエル・ルベツキの撮影はマイナス部分を上回る良さだったので、総合的には満足です。

あと、ディカプリオさん、悲願のオスカーおめでとうございます。

ヒュー・グラスについては、これまでも伝説めいたエピソードはいくつか耳にしていて、どこまで本当の話なのか私にはよくわかんないけど、そのどれもが、

西部開拓時代、恐ろしい。。。
どんだけタフなの。。。
私なら生き残れない。。。

と、遠い目になるようなものばかりだったのですが、まさにそれらをディカプリオさんが体当たり演技で実演してくれていました。とりわけ、グリズリーとの取っ組み合いは真に迫って、まるで観ている自分がヒグマに襲われているかのような臨場感(そして自分だったら、死んでる)。

ヒュー・グラスの復讐譚でもあるのですが、今振り返ってみると「圧倒的な大自然 vs 人間」という印象が強く残っています。おそらくそれはルベツキのおかげだと思うんですけども。大自然、厳しく過酷であると同時に、どこまでも美しかったです。



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by rivarisaia | 2016-06-09 15:44 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(2)

ルーム

2010年のブッカー賞候補作の映画版。去年、トレイラーが出た時に、キャストも雰囲気も原作のイメージすべてがそのまんまそこにあることに驚愕し、ジャックのあれやこれやのがんばりが思い出されて、ボロ泣きしたんですけど(って、トレイラーなのに!)、期待通りの出来栄え。

これは、すばらしい映画化。原作を先に読んでいても、映画を先に観ても、どちらでも大丈夫じゃないかなー。脚本は著者のエマ・ドナヒューが手がけてます。

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ルーム(ROOM)』監督:レニー・アブラハムソン

原作を読んだときの感想はこちら。あらすじを極力書いてませんが、今回もあらすじは書かないことにする。あちこちでごく普通にしれっと設定が紹介されてしまっているけれども、内容についてよく知らないまま、この物語に触れることができた人はラッキー!(とはいえ、邦訳は出版された当時も帯で盛大にネタバレをしていて、あれはかなり酷かったですね)。

ママ役のブリー・ラーソンもよかったのですが、ジャック役のジェイコブ・トレンブレイが演技なのか素なのかよくわからないくらい、ごく自然にジャックそのもので、カメラの動きもジャックの目線に寄り添っていたため、薄暗い小さな世界から、まぶしくて大きな世界に出たときの、ジャックの息を呑むほどびっくりした気持ちを、観客である私も一緒に体験した。ああ、そうだよ、世界はこんなに広いんだよ、ジャック、って心の底から思ったのだった。

ところで、映画のエンドクレジットをつらつらと眺めていたら、「リトル・ドリット」がクレジットされていて、感慨深い。たぶんテレビで放映していた "昔の人の格好をしたドラマ" がそうだったのではないかと思うけど、リトル・ドリットは監獄で生まれ育ったヒロインが外の世界へ出ていく物語でもあるのでした。




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by rivarisaia | 2016-04-13 23:58 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

12人姉妹

忘れないうちに、恵比寿映像祭2016で観たカンボジア映画の感想を書いておく。
1968年に製作され、長い内戦で失われなかった数少ないカンボジア映画黄金期の作品。G・メリエスを意識した特殊効果と、カンボジアの民話が融合したファンタジー映画。
ということで、今回の上映のために日本でデジタル化された作品です。面白かった!

3月の大阪アジアン映画祭でも上映されるので、これから観る人は、以下内容にふれてますので、ご注意ください。オリジナルはカンボジア語だけど、現存していたフィルムはタイ語でした。

12人姉妹(Puthisean Neang Kong rey/The Twelve Sisters)
監督:リー・ブン・イム

むかしむかし、12人の美しい姉妹がいて、野山をさまよっていたところを女の人に拾われる、というのが話のはじまり。

ただしその女は人食い鬼で、正体を知って驚いた12人姉妹は命からがら逃げ出し、今度は王様にひろわれて、全員が王妃の座につくのだけれども、人食い鬼が美女に化けて王宮にやってきて、まんまと13番目の王妃になってしまう。

人食い鬼である王妃は、魔術で王様をたぶらかし、妊娠している12人を王宮から追い出す。姉妹たちを魔女だと思い込まされている王様は、罰として12人姉妹の目をえぐり出すように命じるのであった。ただし末っ子だけは、片目だけですんだ。

このえぐり出しシーンをそんなに丁寧にアップで見せなくてもいいのよ、監督!っておののいたのですが、そのあとも、うっすら半開きになった青黒く腫れてるまぶたの隙間から真っ黒い眼窩が覗くという特殊メイクの12人姉妹がわらわらと蠢めく演出。怖い! 怖いよ! ふつうに目を閉じているだけじゃダメなの、監督!って震えた私です。

さて、洞窟に閉じ込められた12人姉妹は子どもを産むが、食べるものがないので、どうやら生まれてくる子を次々と食べて生きのびたようす。しかしやがて洞窟でカエル(!)が取れるようになり、末っ子の産んだ息子だけは食べられずにすんだのでした。

ここから、物語の主役は息子に移ります。

母と11人の叔母の食料をゲットするために頑張る息子。闘鶏だの、石投げ競技だの、どのギャンブルでも負け知らず。でもいつも希望する賞金は「米の包み12個」です。そのうちに王様の家臣になった息子ですが、人食い鬼王妃の策略にハメられそうになるも、仙人の助けもあって、

人食い鬼の王妃の娘(娘は王国の女王なのだった)と結婚する。

しかし、気がかりなのは、洞窟に置き去りにした母と11人の叔母。彼女らを助け出すべく、ここからラストに向かって息子が怒涛の大活躍!

空飛ぶ馬にイノシシ、回る王冠、巨大化する人食い女!と盛りだくさんなのですが、地割れシーンにはびっくりしました。どうやって撮ったのかな。最終的に、12人姉妹は目玉も取り戻すことができて、めでたしめでたし、といきたいところですが、「ええ!?そんな!」というラストが待っていて、唖然としたまま映画が終わった…。あとで調べてみると、確かに民話通りなんだけど。切ない。

タイ語バージョンがオリジナルとどのくらい異なるのか(編集とか音楽とか)よくわからないみたいだけれども、女王様が歌うシーンがぶちっと切れた気がする。おそらくあの歌の場面は本来はもっと長い見せ場だったんじゃないかなー。


以前観た『怪奇ヘビ男』もそうだけど、民話ベースのカンボジア映画、独特な面白さがあるので、またどこかでフィルムが発見されて、観る機会がありますように。

もとになった話は、カンボジア民話集の第5巻16「プノム・ニエン・コンレイ(コムポン・チュナン州)」で読むことができます。

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by rivarisaia | 2016-03-03 23:11 | 映画/アジア | Trackback | Comments(3)

サウルの息子

第68回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したハンガリー映画。主役はブダペスト出身の詩人ルーリグ・ゲーザです。

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サウルの息子(Saul fia)』監督:ネメシュ・ラースロー

イライラ棒というゲームがあるじゃないですか。周りの障害物に触れないようにして、棒を動かしていく遊びですが、あれに近いことをしていてもどかしい気持ちが最高潮に達すると、背骨の中の骨髄をずるんと引っこ抜きたくなるような、じいっとしていられずに、わああと叫んで走り回りたくなるような、気分になるんですけれども。

この映画、開始10分くらいで、そんな気持ちになりました。最後までみるの、まじで辛かった……。

スクリーンがスタンダードサイズ(昔の映画にある、正方形に近いようなサイズ)で、とても画面が狭いなか、ピントはほとんど主人公サウルにしか合っていないので、そこに見える光景は、近眼の私がメガネをかけ忘れた時に見えるような映像で、手ブレというほどでもないけれども、カメラはサウルの動きを追っていくのでちょっと揺れる。

1944年10月、アウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所。
ハンガリー系ユダヤ人のサウルは、特殊部隊であるゾンダーコマンドとして屍体処理に従事している。

サウルの背後には死体がごろごろと転がっているのだが、常にピントはサウルにあっているので、目をこらしてもぼんやりとした肌色のかたまりのようにしか見えないし、ときおりはっきりと一瞬見えるのは身体の一部だけである。何がなにやらよくわからなくて、すべてがぼんやりとしたなか、ひたすら作業をする。そして周囲がぼやけていても、何やっているのか音でわかったりするのである。

その日、サウルはガス室でまだ息をしている少年を見つける。
すぐに殺されてしまったその少年を、自分の息子ではなかろうかとおもうサウル。少年をユダヤ教の教義にのっとって埋葬するために、サウルは奔走する……

解剖に回されそうになる少年の遺体を手に入れ、ラビを探しまわるサウルの、本当にたった1日の物語で、必死になっているサウルのまわりでは、また別の計画が持ち上がっているのであった。

大変に息苦しい映画で、もしかして収容所疑似体験?とも思ったのですが、そのせいか最後の森のシーンで心から解放された気になったし、映画館の外に出て、(メガネさえしてたら)ピントの合ってるパノラマの視界、自由!万歳!ってなりました……。

もっとまっとうな感想書いたほうがいいんだろうけど、心身ともにぐったりしてしまったので、リンクをいろいろはってごまかそうとおもう。





ネメシュ・ラースロー監督の短編作品「With A Little Patience」



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by rivarisaia | 2016-02-22 17:43 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(2)

Bajiao Mastani

観る機会を逸していたら、キネカ大森で上映会が開かれたので行ってきました。歴史上の人物を主人公にした映画です。私は知らなかったけど、あとで調べてみると世界史の有名カップルとしてたまに取り上げられる人たちでした。

Bajiao Mastani バージーラーオ マスタニー』監督:サンジャイ・リーラー・バンサーリー

映画の前後に、史実を忠実に映画化したのではないという説明が出るんですけど、まあそうですよね。歴史にありがちですが、女性のほうは記録があまり残っていないみたい。

18世紀のインドが舞台です。ムガル帝国と対立していたマラーター王国で、バージーラーオが新たな宰相に決まったところから映画はスタート。

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固有名詞が呪文のように聞こえても気にするな! ランヴィール・シン演じるバージーラーオーはこんな人です。

バージーラーオが戦いで遠征していたある日のこと。ブンデールカンドの領主の娘マスタニーが助けを求めにやってきました。

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ディーピカー・パードゥコーン演じるマスタニー。

マスタニーは武芸に秀でており、バージーラーオは感銘を受ける。ふたりは共に戦い、彼女に惹かれたバージーラーオは、自分の短剣をプレゼントするのだが、ブンデールカンドでは、

男が女に短剣を贈る=結婚の申し入れ

という意味になるのだった。そこでマスタニーは、バージーラーオの求婚を受け入れる決意をして、彼のもとに赴くのですが、ところがしかし、ここでひとつ問題が。

マスタニーの母親がイスラム教徒だったのである。

バージーラーオには彼を心から愛する正妻カーシーバーイーがおり、突然の愛人の出現に心かきみだされ、マスタニーに嫉妬を抱きます。

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プリヤンカー・チョープラー演じる正妻カーシバーイー。正妻として堂々と立ち振るまい、悲しみ、苦しみつつも最終的にはマスタニーを受け入れようと決意していくという難しい役どころ。

いっぽうでバージーラーオの母親や弟、ヒンズーの僧侶たちは、マスタニーに敵意をあらわにし、半分イスラム教徒の踊り子を受け入れることなどできないと憤り、何かにつけて嫌がらせをする。

そうした状況で、バージーラーオとマスタニーは愛を深めていくのだが……

という、悲恋物語+異なる宗教に対する寛容/不寛容の話です。

衣装や宝飾品のデザイン、建築物やインテリアや小道具の意匠が美しくて、今回は英語字幕での上映だったんですけども、画面の隅々にまで目を奪われてしまい、字幕をちゃんと読むヒマなかった。。。

あとこの映画をきっかけに、ムガール帝国(イスラーム)が力を失いつつある時代の、ヒンズーとイスラームの力関係にもちょっと興味がわいたし、マラーター同盟とかまったく覚えてなかったし(※私、高校は世界史専攻である)、ムガール朝のデザインもやっぱりすてきだなーとうっとりしたので、いずれいろいろと調べてみよう!という気になりました。ムガール朝の服飾の豆本作ろうかな〜(→なんでも豆本にしようとする癖)。


本日のおまけ:うわーきれいー。






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by rivarisaia | 2016-02-15 15:27 | 映画/アジア | Trackback | Comments(8)

見たもの読んだものについての電子雑記帳


by 春巻まやや
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