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The Nix

評判が良くて気になってた本ですが、すごく面白かった! これは必ず邦訳出るはず。

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The Nix』Nathan Hill著、Picador

作家…といっても全然本書けてない Samuel(サム)は田舎の大学で教師をしている冴えない男で、オンラインゲームにはまっている。

ある日、サムが子供の頃に家族を捨てて失踪していた母親の Faye が事件を起こし、インターネットやニュースメディアの注目の的となる。高校時代の初恋の人と結婚したごく普通の田舎の女性だったはずの母親は、メディアによれば、60年代には過激なヒッピーで売春婦だったというのだ。

職場では厄介な教え子とのトラブルを抱え、おまけに出版エージェントから多額の前払い金の返却を求められて後がないサムは、”時の人”となった母親の本の執筆をエージェントに確約して挽回しようとするが……。

若かりし日の母親の秘密を探る物語は、サムの父親のHenry、オンラインゲーム仲間のPwnage、サムの子ども時代の友人Bishop、Bishopの双子の妹でヴァイオリンを弾くBethanyなど、さまざまな人々の物語と絡みあいながら、サム自身の過去と現在、そしてノルウェーからアメリカに渡った祖父の過去へとつながっていきます。

章ごとに中心人物と時代が変わり、ウォール街デモが行われている現代のアメリカ、50~60年代の中西部、80年代のサバービア、1968年のシカゴ民主党大会、そして第二次世界大戦前後のノルウェー、と読者はあっちに飛んだり、こっちに飛んだりしながら、笑ったり、やるせない気持ちになったりしつつ物語を追いかけていくうちに、最初は断片的だったエピソードが最後にはぴっちりとはまって壮大な絵巻物が完成しているし、クセのある登場人物全員がとても愛すべき人々になっている(イラつくキャラもなぜか許せる)。

タイトルの「Nix」は、最初は60年代あたりのスポーツか何かのグループの名称?と勝手に思ってたんですけど(だって、野球チームとかにありそう)、ノルウェーはじめスカンジナビアの民話に登場する水の精霊で、人を魅了して水中に引き込んでしまう。ヴァイオリンを弾いて人を惹きつけるとも言われているようですが(だからベサニーが弾くのはバイオリンなのかな)、本書では「最も愛しているものに、最も深く傷つけられる」というメタファーにもなってます。

『The Nix』はメリル・ストリープ主演でドラマ化の話も出ていて、本の内容からして映画向きではないので、ミニシリーズだったらいいかも。配役をあれこれ想像して、しばらく楽しめそうです。ふふふ。


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by rivarisaia | 2016-12-26 19:27 | | Trackback | Comments(0)

2016年これを読まずして年は越せないで賞 候補作

遅ればせながら、今年もやります「これを読まずして年は越せないで賞」の候補作リストが出ました!

詳しくは渡辺さんのサイトをご覧ください!
今年もまたもや感想を書けてない本がいっぱいあるのですが、ツイッター公開審査までに全部は無理そうだけど数冊くらいは書けるかな。

公開審査は12月29日19:00〜を予定しています。ハッシュタグは #これ読ま、横やり大歓迎です。では、今年もお楽しみに!

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by rivarisaia | 2016-12-23 01:23 | | Trackback | Comments(0)

White Trash

先月はこんな本も読んだのだった。タイトルがズバリ「ホワイト・トラッシュ」(直訳すると白人のクズという意味)という歴史書。

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White Trash: The 400-Year Untold History of Class in America』Nancy Isenberg著、Viking

英国がジェームズタウンに最初の植民地を作った時代から現代にいたるまで、社会的階級の観点からみたアメリカの詳細な歴史。著者はルイジアナ州立大学のアメリカ史の教授。

ネイティブアメリカンや黒人の歴史に関する本はいろいろ出てるし、マイノリティが抱える社会的な問題についても語られることは多かったけど、アメリカの白人貧困層に関しては、白人はマジョリティだし人種問題のほうを優先していて、じっくり考えてみたことはなかった。

英国と違って階級制度はないと思われがちなアメリカにも、それはしっかり存在しており、雑な言い方をすれば、新大陸という「不毛な土地」にイギリスが最下層に位置する不要な人間をどんどん送り込んだ植民地時代に端を発する。そこに、奴隷制度などから生じた人種問題、優生学、キリスト教的思想が絡まり白人優越主義が生まれるけど、しかし南部の貧乏白人はある面においては長らくアフリカ系の奴隷以下の状況だったりもした。

歴史を振り返ると社会の下層に位置する人々はどこの国も似たような状況で、アメリカの白人貧困層が特別ではないんだけども、改めて19世紀から20世紀初頭の、sandhiller や clay-eater と呼ばれていた彼らの状況もやはりひどくて、1913年に撮影された、一般的な白人青年と貧困層の青年の写真を比べると身長や体格や顔つきからして衝撃的に違う。女性や子供の立場も悲惨きわまりない。ちゃんとした家庭の人間は子供をたくさん産むべきだけど、「価値のない階層」に属する南部の白人は優生学的視点から避妊手術をするべきともされた。そんな時代があった。

近年になっても、「田舎の学のない貧しい白人階級」としてある種のステレオタイプに押し込められ、メディアなどでも揶揄されることが多く、経済的な点においても自分たちが陥っている現状から抜け出すことはなかなか難しい。

こうした流れをふまえると、白人貧困層の怒りや無力感もわからないでもない。だけれども、マジョリティである白人だって貧困層はマイノリティよりひどい立場にあるのだとか、マイノリティのほうが優遇されているではないか、など、どちらが悲惨かという不幸自慢のような方向にいくのは間違ってる。

著者は結びで、これまで米国社会は「私たちとは違う」として白人の貧困層を見て見ぬふりをしてきたけれど、「彼らは私たちなのである」と書く。教科書に名前が残るのはエリート層だけど、いつの世も名もなき農民や労働者層が国を支えてきた主体であって、ときどき政治は社会の大半を占めるそうした層のことを置いてけぼりにしてしまう。これもアメリカに限ったことではないですね。


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by rivarisaia | 2016-12-08 21:53 | | Trackback | Comments(0)

Hillbilly Elegy(ヒルビリー・エレジー)

ちょうどこの本を読んでた時期は、アメリカ大統領選があのような結果になるとは想像してなかった頃で、そもそも本書を読もうと思ったのも「著者の祖父母がアパラチア出身」という理由でした。何度か書いていますが、私はアパラチアを舞台にした小説に興味があるので、アパラチアという言葉に目を引かれるのである。

本書は小説ではなくて、メモワールです。

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Hillbilly Elegy: A Memoir of a Family and Culture in Crisis』J. D. Vance著、Harper

オハイオの貧困家庭で生まれ育ったけれども、その環境から脱出してロースクールに通い、今ではカリフォルニアで働いている J. D. ヴァンスが自分の生い立ちを記した本です。ヴァンスの育った家庭環境は、アメリカ白人貧困層あるあるエピソードに満ちている。

さて、本書の内容については、渡辺由佳里さんのブログに詳しいのでそちらをお読みください。

必ずしもトランプに票を入れた大半が白人の最貧困層という単純な図式でもなかったにせよ、いずれにしても今回のアメリカ大統領選は「白人貧困層」が注目されるきっかけとなったし、日本のメディアでも「ヒルビリー」という言葉を目にしたりもしました。

田舎者を指す蔑称のひとつである「ヒルビリー」を、白人貧困層の代名詞のように扱う日本のメディアもありますが、厳密にはちょっと違う。白人の労働者層や貧困層を指す蔑称には、レッドネック、ホワイトトラッシュ、といろいろあるのですが、ヒルビリーはその昔、アイルランドから移民として米国にやってきてアパラチア地域に定住したスコットアイリッシュの人を指します(したがって、例えばテキサスの田舎の白人はヒルビリーとは呼ばない)。

本書について「アメリカの話でしょ」と他人事としてとらえるのは簡単なのですが、読んでいて、これは日本にもとても通じる話なのでは…?と思う箇所が多々ありました。マジョリティの立場にある貧困層が抱える問題というのは、国は違っていても共通点があるんじゃないかな。だから日本の読者にもおすすめ。

考えさせられる点がいろいろあるのですが、そのひとつが対等な目線での教育やカウンセリングの重要性です。

「マウンテンデュー・マウス」のテレビ番組について著者が触れている箇所があるんですよ。これはABCのダイアン・ソイヤーがアパラチアの子どもたちの惨状について取り上げたドキュメンタリー(2009年)で、マウンテンデュー・マウスというのは、マウンテンデューやコーラを与えすぎて歯がぼろぼろに溶けちゃた乳幼児の口を指す。赤ん坊のミルクよりもマウンテンデューのほうが安いから、哺乳瓶に入れてあげちゃったりするんだよね。そしてミルク代は別のものに消える。

ソイヤーのドキュメンタリー(「Children of the Mountains」)は私も見て暗澹となりましたが、J. D. ヴァンスいわく、ヒルビリーの人たちもこの番組を見てる。で、大きなお世話だよっていう気分になっちゃってる。

本書では、ヒルビリーの人たちに「ミシェル・オバマが嫌われるのは、子供にまっとうな食事をさせてないと言うから。彼女の主張は正論だから」というくだりがあり、マウンテンデューを哺乳瓶で与えちゃう自分たちがダメな親だってことは、他人から言われなくても重々承知なんだよね。でもまっとうな暮らしをしているよその人たちから指摘されると、まるで非難されているような気持ちになって、すっかり嫌になってしまうというのは、私にもよくわかる。正論は、時として上から目線で言われているように受け取られることがあるというのは、アウトリーチの際にとても注意したいところ。

もうひとつ考え込んでしまったのは、アメリカにおける軍隊のこと。

日本で安保法案が話題になった頃に見かけるようになった「経済的徴兵制」という造語があって、私はこの単語は、貧困の解決にも結びつかなければ、兵役が抱える問題の指摘にもならず、ただのレッテル貼りの詭弁でしかないので大っ嫌いなので使用しませんが、貧困家庭の出身者が軍隊に志願するというのはアメリカでは実際あります。志願の理由はさまざまです。

私の知人の場合は、大学の学費が途中で払えなくなった、高等教育を受けたい、将来役立つ技術が身につけられる、除隊後に安定した生活が送れる、といった現実的な理由に加えて、「国に貢献できる」という大義名分(これも重要ポイント)を誇りに軍隊に入った人がほとんど。

J. D. ヴァンスも高校卒業後、海兵隊に入隊していて、その経験が人生を変えたと語っています。それは精神面(それこそ努力すること、全力で取り組むことを学んだりとか)だけでなく、普通の生活に必要な基礎知識(銀行口座を開いて、お給料はそこに入れる、といった基本的なこと)もすべて軍隊で教わっている。それは、そうしたことを教えてくれる人が周りにひとりもいなかったからです。

私は軍隊自体を完全に肯定はしないのですが、知人たちを見ると、入隊したおかげで教育を受けられたり、手に職をつけられたり、除隊後も安定した収入を得られたりしているので、ちょっと複雑な心境になります。J. D. ヴァンスも入隊が人生の大きな転機になっている。

もちろん、イラクで戦死することもなく、帰還後にPTSDを発症して家庭が崩壊することもなかった彼らはあくまでラッキーな例であって、まるで使い捨ての駒のような人生を送る人たちもごまんと存在するし、アブグレイブの事件に関与した女性兵士のひとりはアパラチア地域のトレイラーパーク育ちだったと記憶しています。 でもね、軍隊の代わりに底辺の彼ら・彼女らをサポートする機関って他にあるのかなと考えると、やっぱり私は「経済的徴兵制」なんて軽い言葉で批判することはできないですよ。


久々のアパラチアネタでものすごく長くなっちゃったので、本日はこの辺で終わり。

追記:
こんな記事も見つけたから参考までに。


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by rivarisaia | 2016-12-05 21:10 | | Trackback | Comments(4)

Becoming Nicole:トランスジェンダーの子どもの話

先日、ジェンダー・フルイッドの子どもに関する小説を紹介しました。今回は、トランスジェンダーの子どもに関するノンフィクションです。

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Becoming Nicole: The Transformation of an American Family』Amy Ellis Nutt著、Random House

メインズ夫妻は、ジョナスとワイアットという一卵性双生児の男子を養子にした。双子が歩き始めるくらいの年齢になったとき、ふたりの性格がまったく違うことが明らかになってくる。ジョナスが好きなのはスターウォーズやパワーレンジャー、男の子向けのおもちゃ、それに対してワイアットが大好きなのはバービーやディズニーのお姫様なのだ。やがて3歳になると、ワイアットは、どうして自分にはおちんちんがあるのかと訴えて泣いてしまったりするようになる。

父親のウェインは典型的なアメリカの白人男性で、共和党の保守的な考えの持ち主であり、息子が大きくなったら一緒にキャッチボールをしたり、狩りに行ったりしたいと考えていたし、最初はワイアットの「女の子のような面」は見ないふりをしていた。近所の目も気にしていたし、息子が女の子の格好をするのを快く思ってなかった。

いっぽうで、母親のケリーは、ワイアットは別に変じゃないし、病気でもなく、ただちょっと「違っている」だけ、という考えで、みんなと同じ「普通の」家族を求めていた夫ウェインに対しても普通の家庭なんてものはないと言い、ワイアットを理解しようと積極的に行動する。

このように初めは正反対の考え方だった両親だけど、どちらも子どもを愛していて、やがては父親もワイアットは「男の子の身体に生まれた女の子だ」という事実を受け入れられるようになる。そしてワイアットは性転換の治療を受けて、名前をニコールに変えるのだ。

家族からも、友だちや先生からも受け入れられていたニコールだったが、5年生になった時に事件は起きた。

「孫の通う学校に、男のくせに女だといって女子トイレを使っている生徒がいる」

そう聞いたある男性が、それは由々しきことであり、絶対に許せないと考えたのだ。

彼は孫をそそのかし、ニコールと同学年だったその少年は、ニコールに対して執拗な嫌がらせを始めるようになる。それだけではなかった。キリスト教右派のその男性は学校に激しく抗議し、保守的な宗教団体のサポートを得て圧力をかけるようになったのだ。

最終的に学校は男性側に屈し、ニコールは転校を余儀なくされてしまう。

この件は後に裁判になり、2014年、メイン州の最高裁はニコールと家族の訴えを認め、学校がトランスジェンダーの生徒に対して女子トイレを使用させなかったことは権利の侵害であるとした。2014年って、かなり最近の話だ。

これまで私はトランスジェンダーの人のトイレの問題について、別に大したことじゃないのではと考えていたところがあった。しかし、たかがトイレでは済まないことなのかもしれないと真面目に考えるようになったのは本書を読んでから。またトランスジェンダーである本人やその家族が直面する問題について考えるきっかけとなる本として、本書はわかりやすくてとてもよい1冊だと思う。

ニコールの両親はすばらしい人たちだし、双子の兄弟であるジョナスのことも誇りに思う。特にジョナスにはニコールに注目が集まってしまうがゆえの苦労というのがたくさんあったはず。

また、偏見というのは後から形成されるのではないかと感じたのが、「メインさんちの”男の子たち”についてどう思う?」と聞かれたある子どもの答え。

「ママ、メインさんちの “子ども” についてでしょ? あれは男の子と女の子だよ。ワイアットはたまたまおちんちんがついてるだけで、女の子だよ」

偏見は大人が生み出していることも多いのではないかと思うと、私たち大人の責任は重大だよね。




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by rivarisaia | 2016-11-28 20:21 | | Trackback | Comments(2)

Symptoms of Being Human:ジェンダー・フルイッドの子どもの物語

ジェンダーは男性・女性の二択と考えられがちだけれど、実際にはそうではなくて多様な性別が存在する。男女の間を揺れ動く、「Gender Fluid:ジェンダー・フルイッド」のティーンが主人公の物語。

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Symptoms of Being Human』Jeff Garvin著、HarperCollins

主人公のRileyは、自分のことをある時は男の子、またある時は女の子、はたまた別の時にはその中間と認識していて、幼い頃から自分のアイデンティティについて悩んでいたけれども、15歳の時「Gender Fluid (性別が流動的な状態にある人)」という言葉に出会い、まさに自分はこれだと認識する。

これまで通っていた私立の学校でイジメに遭っていたRileyは、公立の学校に転校するにあたり、「少年っぽい女の子」にもみえるし、「女っぽい男の子」にもみえる「ニュートラル」なスタイルでいくことを選択した(私立の学校では不本意な制服を着せられていた)。

自分の性別について他人にあれこれ詮索されたくないし、父親が議員だということもバレないように気をつけて、とにかく目立たずに周囲に溶け込もうとするRileyなのだが、「あれは男? 女?」と初日からさっそく注目をあびてしまう。

この本がよくできてると感心したのが、読者には最後まで、Rileyの生物学的な性別が明かされないところ。周囲から「男か、女か」と好奇の目で見られる主人公は、「どっちだっていいじゃん。知ってどうするの?」と思っているし、読者である私も「そうだ、そうだ」と共感するのに、それなのに。

読み始めた頃に、私の頭の片隅に「そうはいっても主人公の生物学的な性別ってどっちなのかな」という「好奇心」がよぎってしまったのだった。話の本筋とも関係ないのに。どうしてそれが気になったのか、ちょっと考え込んでしまった。

Rileyは自分が「Gender Fluid」だということを両親にも秘密にしていて、それを知っているのは精神カウンセラーの医師だけ。その医師の勧めもあって、自分の気持ちを正直に告白する場として、Rileyはブログを始める。中傷コメントもつくものの、ブログは共感を呼び、またたくまにフォロワーが増えて支持されるんだけど、それが別の問題を起こすことに…。

「人は見た目でジャッジしがちである」というテーマのほかに、インターネットでの発言に人はどこまで責任が持てるのかという問題や、ネットの炎上や嫌がらせ、そして性的暴行やアウティングといった重いテーマを幅広く扱っていて、いろいろてんこ盛りなので読んでいて辛くなってしまう部分もあるんだけど、Rileyの学校の友人SoloやBec、LGBTQのサポートグループのメンバーたちなど、脇役が魅力的なのがとても大きな救いとなっています。現実世界ではなかなかそうはいかないのかもしれない。でもサポートしてくれる人たちは必ず存在する。巻末には困った時に相談できる各種団体のリストも掲載されています。

著者が本書を書こうと考えたのは、友人と車に乗っている時、トランスジェンダーの少女が、女子のロッカールームを使用する権利を求めて学区を訴えたという話になったのがきっかけだったとのこと。これはもしかするとニコール・メインズの話かな? 次はニコール・メインズの本を紹介しますねー。



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by rivarisaia | 2016-11-25 23:49 | | Trackback | Comments(4)

His Bloody Project

ブッカー賞ショートリストに残った作品の中で一番気になって、さっそく読んだ本。賞を取るかどうかはさておき、この本をショートリストに残してくれてありがとう! これは面白かった。

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His Bloody Project』Graeme Macrae Burnet著、Contraband刊

1869年、スコットランド北東の海沿いにある小さな村カルダイーにて、三人の村人が惨殺されるという事件が起きた。犯人は17歳のRoderick Macrae。彼が有罪なのは疑う余地もないが、なぜ犯行に及んだのか。被害者とはどのような関係だったのか。そして、そもそも彼は正気だったのか。

ノンフィクションの体裁をとったフィクション。”著者”がたまたま手に入れた「犯罪者の手記」を中心に、村人の証言、検死報告書、犯罪学者の記録、裁判記録などで構成されてます。複数の視点で語られる、歴史小説+クライムノベル。しかし、真相は藪の中。

今こうして感想を書こうとしてみたら、作中の小さな謎のほとんどに作者が答えを提示してないことに気づきました。ああ、だから何度も反芻してしまうのねー! どんでん返しも、あっと驚く展開も別にないんですけど、妙に後を引く話なんですよ……。

19世紀スコットランド寒村の小作農の厳しい生活は、ちょうど同じ頃にあたる明治初期の日本の貧しい農村の生活と共通するところがある印象も受けました。日本の状況と比較して読んでも面白いかも。

本書の語り手のひとりでもある犯罪学者(この人は実在の人物)の上から目線の物言いも、笑ってしまうくらい鼻につくけど、これは「インテリ層から見た貧しい農民」の姿であり、堕落した貧困階級から生まれる犯罪者という彼の自説は現代でもよく聞く話だったりします。

私には理解できていない部分がたくさんありそうなんだけど、当時の小作農が置かれた状況や、階級制度、宗教観に詳しい人が読んだなら、もっと気づくことがあるはず。長老派の教会が精神的支えとしてまったく機能してないことが描かれるんですけど、意図があるのかな。あ、それから、英文(言い回し&単語)も19世紀のスコットランドの人たちの言葉になっているのでやや難解です(一応、用語ページも付いてる)。

さて、邦訳が出るかどうかわからないから以下、少々内容にふれます。

Roderickことロディが殺害したのは、長年彼や彼の父親に嫌がらせをしてきた constable(治安官)のLachlan Mackenzieと、その娘と息子だった。

土地の収益管理人からみれば、Lachlanは汚れ仕事を引き受け、人々に規律を守らせ、治安官として信頼のおける人物なのだが、ロディの手記を信じるなら、および近所の人の証言によれば、Lachlanは本当に意地悪で嫌なやつで、ロディが殺害にいたる動機も理解できる。でも娘と息子は?

ロディが言うには、たまたまその場に居あわせたからやむを得ず殺したということなんだけれども、幼い息子のほうはさておき、十代の娘のほうはどうだろう。裁判でも指摘されたように、検死報告の状況からすると「やむを得ず殺した」感じではないんだよね。この点に関しては真実が明らかにならず、読者に考えが委ねられるけど、どうも薄気味悪い。

そう、本書では、曖昧にしか描かれていない「女性にまつわるさまざまな事柄(特に性的なこと)」から、なんともいえない薄気味悪さが漂ってくるんですよ。たとえば、事件の一年ほど前に、出産がもとで死んでしまったロディの母親。予期せぬ妊娠だったというのは、Lachlanと関係があったのでは?とうがった見方をしてしまう。

そしてぼろ雑巾みたいな扱いを受けている(と私は感じた)ロディの姉。家族からも、Lachlanからも性的虐待を受けていた。でも彼女に関する真実も最後までうやむやなままだったりする。近隣の家の娘に対するロディの不審な行動も、もっと問いただすべきことだったのではないか。

ロディは頭のいい子どもで、きっと彼はあえて手記に書き残していないことがある。彼が書いていないことを読むために、もう1回読み返してみます。



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by rivarisaia | 2016-09-16 23:59 | | Trackback | Comments(4)

At the Existentialist Café:実存主義の哲学者たちの思想と人生がつまった1冊

ここ数ヶ月で読んだ本の中で、到底自分に理解できたとは思えないんだけれども、非常に興味深く、これだけ多岐にわたる内容を1冊にまとめあげた著者に感服するし、折に触れて何度か読み返したいのがこちらです。哲学の思想と哲学者の伝記と近代史が合体したような本。

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At the Existentialist Café: Freedom, Being, and Apricot Cocktails with: Jean-Paul Sartre, Simone de Beauvoir, Albert Camus, Martin Heidegger, Edmund Husserl, Karl Jaspers, Maurice Merleau-Ponty and others』Sarah Bakewell著、Chatto & Windus

タイトル、おそろしく長いですね。『実存主義者のカフェにて:自由と存在とアプリコットカクテルを、ジャン=ポール・サルトル、シモーヌ・ド・ボーヴォワール、アルベール・カミュ、マルティン・ハイデッガー、エトムント・フッサール、カール・ヤスパース、モーリス・メルロー=ポンティらとともに』というのが直訳。

1933年、パリ。モンパルナスのカフェで、3人の若者がアプリコットカクテルを前に集っていた。その3人とは、ジャン=ポール・サルトル、シモーヌ・ド・ボーヴォワール、レイモン・アロンである。この時に生まれた新しい思想は、やがてパリから世界中に広がり、第二次世界大戦のレジスタンスを経て、戦後の解放運動、学生運動や公民権運動へとつながっていく。

こうした歴史的背景をふまえつつ、本書はサルトルとボーヴォワールを中心に、ふたりをとりまくおびただしい知識人たちの思想と人生を描き出していきます。

どのような人物から、なぜそういう思想が生まれたのか、時代によってその人の考え方がどう変わっていったのかをざっくりと把握でき、ヨーロッパの実存主義の系譜を俯瞰するのにとてもよい入門書です。

なにより、思想部分は難解だとしても、人物のエピソードがどれも面白い。かなりたくさんの人々が出てくるので覚えきれないんですが、とりわけ印象に残っているのがベルギー人の哲学者ファン・ブレダの話。フランシスコ会の司祭でもあったファン・ブレダは、45000ページものフッサールの原稿をナチスの検閲をかいくぐって安全な場所に持ちだすのですが、それが今もルーヴァン大学に残るフッサール文庫なのだった。短いエピソードながら、手に汗にぎる! 映画化してもいいくらい。

同じくフッサールにまつわる人物で、エーディト・シュタインと姉のローサも哀しくて心に残る。ユダヤ人だけれどカトリックに改宗し、カルメル会の修道女で哲学者だったエーディト・シュタインは、同じくカトリックに改宗していたローサとともにアウシュビッツで亡くなっています(エーディト・シュタインはのちに列聖されている)。いっぽうでハイデッガーときたら!

カール・ヤスパースのかっこよさも記しておこう。妻がユダヤ人なので大学を追われたヤスパースは、妻の引き渡しを自宅に立てこもって断固拒否。いよいよふたりとも収容所送りに……というタイミングで連合軍に救われるのだった(なのにハイデッガーときたらさー)

本書のおかげで、エーディト・シュタインやヤスパースの著作も読んでみようかなという気になっていて、あ、その前にボーヴォワール著作集も読まなくちゃ!



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by rivarisaia | 2016-08-31 23:20 | | Trackback | Comments(0)

Lilac Girls

女性を主人公にした第二次世界大戦の物語でベストセラー入りしている、と聞くとうっすらと警戒心を抱いてしまうようになったのは、昨年読んだKristin Hannahの『The Nightingale』に納得がいかなかったからで、あれはページターナーだったけれども、たくさん盛り込みすぎてて、読後に残るものもなく、なぜあんなに評価が高かったのかほんと謎な1冊でした(私は感想を書いてないけれども、渡辺ゆかりさんのレビューとほぼ同意見なのでそちらをお読みください)。

さて、そして今年。女性を主人公にした第二次世界大戦の物語で、ベストセラー入りしていた本がこちらです。同じように、ページターナーで、メロドラマ的な要素も予定調和的な展開もあるのに、この本はずっしりと心に刻まれた。なんでだろう?

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Lilac Girls』Martha Hall Kelly著、Ballantine Books
1939年9月、ドイツ軍がポーランドに侵攻。
その時から1959年までの20年間を、ニューヨークのフランス大使館で働く社交界の女性 Caroline、ポーランドの女学生 Kasia、ドイツの女医 Hertaという3人の女性の視点で描く、実話をもとにした物語です。

3人の主人公のうち、アメリカ人の Caroline Ferridayと、ドイツ人の Herta Oberhauserは実在の人物、Kasia についてはモデルがいるけれど、フィクションです。

ニューヨークにいる Carolineの章は、彼女の勤務先がフランス大使館ということもあって、刻々とヨーロッパの緊迫した状況が伝わってくるものの、海を隔てた米国にいるわけですし、さらに著者が創造した Paulという人物とのロマンス要素がかなり入ってくるので、わりとのんびり構えて読めていたのですが、ポーランドの Kasiaとドイツ人のHertaの章が序盤から過酷さを増して、どんどん壮絶なことになってきます。

おかげで、Carolineと Paulとのロマンス、最初はけっこう鬱陶しかったというのに、これくらいないとやっていけないよ……という気分に!

以下、少し内容にふれますが、私、内容を知らずに読んだのですけど、本書は、ラーフェンスブリュック強制収容所の話なのでした。

ラーフェンスブリュック強制収容所は、主に女性が収容されており、カープ・ゲプハルトによる人体実験が行われていた場所です。主人公の一人であるヘルタ・オーバーホイザーは、人体実験の助手を行っていた医師でした。

たった一人の女性として男性ばかりの勤務地にやってきた当初は、確かに医師としての倫理観があったはずのヘルタの感覚が麻痺していく様がとてもつらい。さらに、Kasiaとその周囲の人々の身の上に次々と起こる出来事はあまりにひどすぎて絶句するしかない。

戦後、世界はナチスのユダヤ人に対する仕打ちに驚愕し、そのインパクトがあまりに強すぎたせいで(そしてそのほかの要因もあって)、「ウサギ」と呼ばれていたラーフェンスブリュックのポーランド人に対してはさほど注意が払われなかったのでした。人体実験の後遺症に苦しんでいるのに、忘れられつつあった彼女たちに世間の目を向けさせ、彼女たちのケアに奔走したのが Caroline Ferridayです。

本書の結末は出来すぎかもしれないけれども、もしかしたらありえたかもしれない、ひとつの克服のようにも感じました。

Caroline Ferridayについては、本書で初めて知り、非常に興味を持ったのでもっと詳しく調べてみたいです。ちょっとググってヒットしたDaily Mailの記事のリンクはこちら




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by rivarisaia | 2016-07-22 22:13 | | Trackback | Comments(2)

Le Corbusier: Texts and Sketches for Ronchamp:コルビュジエによるロンシャンのスケッチ本

上野の国立西洋美術館が世界文化遺産に登録されるかも、というニュースを最初に聞いた時はけっこうびっくりしたけれども、「ル・コルビュジエの建築作品」として7カ国17施設まとめての推薦だったので、まあそういうこともあるのか、とぼんやりと納得しつつも、どうも西洋美術館は「ル・コルビュジエの建築」というよりも「ル・コルビュジエのお弟子さんの建築」というイメージです(コルビュジエさんは、設計案を送ってきて、完成しても見にもこなかったというじゃん、あんまり気に入ってなかったのかな、みたいな偏見がわたしにあるのかもしれない)。

それはそうと、私はさまざまな建築家の建築作品にも興味はあるけれども、それ以上に好きなのが建築家のスケッチ群で、場合によっては完成した作品よりも数々のスケッチのほうが好きだったりする。

どの建築家も個性的で味わいのあるスケッチをたくさん残しているのだが、ル・コルビュジエもとてもよいスケッチを残していて、家人がロンシャンを訪れた際に求めた少し大きめの豆本のようなスケッチ集がこちら。

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Le Corbusier: Texts and Sketches for Ronchamp

表と裏の見返しに、不機嫌そうなル・コルビュジエの顔がどどーんと印刷されていて、見るたびに笑ってしまう。本文はモノクロ印刷で、テキストは英語。

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スケッチのラインがとてもよい。手書きの文字も悪くないよね。どんなペンで書いたのか、きになるところ。

残念ながら私はロンシャンには行ったことがなくて、フランスで行ったことがあるのは、サヴォワ邸。ちょうど到着したのが12時の少し手前で、お昼休みとやらで門がガッツリと閉じていた。途方に暮れていたら、通りすがりのフランス人のおじさんがインターホン越しに中の人と交渉してくれて(「まだお昼前ではないか。わざわざ日本から来た若者たちのために門を開けてくれたまえ」というようなことを言っていたのだと思う)、中に入ることができたのだった。おじさんもちゃっかり一緒に中に入って見学してたけど。

ありがとう、あの時のおじさん! 今はどうしているかしら。


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by rivarisaia | 2016-07-18 13:12 | | Trackback | Comments(0)

見たもの読んだものについての電子雑記帳


by 春巻まやや
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