ブロデックの報告書

先週はクローデル週間だった、ということで、感想にまでいたらない読了記録だけ残しておこうかと思います。
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ブロデックの報告書
フィリップ・クローデル著、高橋 啓訳、みすず書房

戦争が終わって間もない、ある寒村にひとりの男がやってくる。名前もわからないその男は、村のあちこちを歩きまわり、スケッチをしたりして過ごしていたが、やがて村人は多くを語らないその男に恐怖をおぼえはじめる。そしてある晩起きた集団殺人。その場に居合わせなかったブロデックは、その事件の報告書をつくるよう命じられる。

殺害の晩、ほとんどの村人が集まっていたのに、なぜその場に主人公だけがいなかったのか。そしてなぜ、主人公は報告書を書かなくてはならないのか。そもそも殺された、名前も不明のその男は何者なのか。

罪人のなかでひとりだけ無実であることは、つまるところ無実の人々のあいだでひとりだけ罪人であるのと同じだということを僕は突然理解した。


だんだんと読み進んでいくうちに、主人公ブロデックの生い立ちや、村人が男を恐れるあまり殺害にいたった経緯が明らかになっていきます。

人間は、自分たちの理解できないもの、あるいは自分たちの罪を「鏡」のように映し出すもの、つまるところ自分たちとは異なる「余所者」に恐怖を感じ、ときには共同体の平和を維持するために「余所者」を排除することがあるわけです。

しかし、同時に人間は「さほど疑問にも思わないで最低のことをしでかすが、自分のしでかしたことの思い出とともに生きていくことはできない」ので、「現実が耐えがたい重さになったとき、別の現実を選択」することで、過去を消し去って前に進もうとする。そんなとき、自分たちの前に、過去を思い出させるような存在が現れたらどうなるのか。

ナチスとユダヤ人迫害を思わせる出来事が綴られてはいるものの、この物語自体はひとつの寓話であり、ナチスという特定の事柄に関わらず、いつでも、また世界中のどこにでも当てはまることなのだろうと思います。日本でもこうしたことは過去に起きたし、これからも起きるかもしれません。

私は排水口だが、彼は鏡だった。そして鏡はな、ブロデック、割れるしかないんだよ。


「鏡」が割れるしかない世界なんて嫌だ。そんな共同体なんていらない。村人は罪を犯し、ブロデックもまた過去に罪を犯しているけれど、村人とブロデックの違いは鏡を恐れるかどうかなのかもしれません。この物語のラストは、「鏡」が割れる世界の消滅という未来への希望にも感じられるのでした。
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by rivarisaia | 2010-01-31 22:03 | | Trackback | Comments(0)

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