Lincoln in the Bardo

短編の名手とよく言われているジョージ・ソーンダーズ(パストラリア、短くて恐ろしいフィルの時代)の初の長編ということで話題の本。非常に風変わりな小説で、最初は戸惑ったけれど私はとても好きです。

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Lincoln in the Bardo』George Saunders著、Random House

1862年、11歳になる最愛の息子ウィリーをチフスで亡くしたリンカーン大統領は、たびたび息子の墓を訪れてはその亡骸を抱きしめ、悲しみにくれた、という史実を元にして書かれた物語で、読む前の私は正直言うと、

今はあんまりリンカーン大統領に興味ないし、辛気臭そうな内容だけど、それで長編……一体どんな話なのか?

と胡散臭そうな反応をしてたんですが、やけに絶賛されているので興味を持ったのが読むきっかけ。

読み始めは、かなり面食らった。出だしでいきなり「は? これ何の話してるの?」と首をかしげ、

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3ページ目にして、hans vollman(ハンス・ヴォルマン)という人物と roger bevins iii(ロジャー・ベヴィンズ三世)という人物の会話であることがわかるんだけど、そのあともずっとこの調子。墓場にいる幽霊のセリフだけで構成されている章か、あるいは、

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こんな具合にどこかの本からの引用のみで構成されている章(この引用箇所は、実在の文章と著者の創作が混在してるそうですよ!)だけで成り立っている小説です。慣れるまでは読みにくいし、ところどころ意味がわからない箇所もあった。でも、面白い。さまざまな断片がより集まって、ひとつの幻想的なシンフォニーを奏でているかのような小説。

セリフのある幽霊だけでもざっと数えて40人。幽霊たちは自分たちが死んでいるとは思っていなくて、自分たちの状態を「Sick-form」、棺桶を「Sick-box」と呼んでいる。ちなみにタイトルの「Bardo」は仏教の概念「中陰」を指し、この世に心残りのある幽霊たちは成仏できずに「死んでから次の世にいくまでの間の状態」にある。

幽霊の中でもメインキャラクターとなる狂言回し的な存在は、前述のハンス・ヴォルマンとロジャー・ベヴィンズ三世、そして牧師のエヴァリー・トーマスの3人。幽霊たちの姿には生前の後悔が反映されるらしくて、ハンス・ヴォルマンはほぼ裸で巨大なナニが勃起している状態だし(私「へ!?」となって2度読み返しました)、ロジャー・ベヴィンズ三世はいくつもの目と鼻と手(つまりは感覚器官)を持ち、牧師は髪の毛が逆立ち、恐怖で驚愕した表情をしているのだった。

3人のうち、後に明らかになるんだけれども、牧師は例外的な存在だったりする。そしてこの牧師の恐れや献身がとても心に残る物語でもあった。

さて。

通常、ウィリー・リンカーンのような小さな子供は、墓地にやってきても留まることをせずにすぐに「行って」しまう。ところがウィリーはいつまでも留まっていて、父が来るからといって去ろうとしないのだった。一方で幽霊たちは、息子の死を悼むリンカーン大統領の姿に心うたれる。

ウィリーをはじめ、幽霊たちは果たして無事に成仏できるのか、というのが大きなあらすじだけど、そこに、それぞれの幽霊たちの人生や、リンカーン大統領夫妻のエピソード、そして当時真っただ中にあった南北戦争の状況説明などが織り込まれていて、重層的な物語になっている。

同じ晩のことなのに、満月だったり月がなかったり、記述にバラつきがみられる章も興味深いし、死後の世界で起こる幻想的な事象についても意味合いを深く考えてしまう。そして何よりウィリーの死とリンカーン大統領の悲しみが、南北戦争における多くの若者の死と彼らの親の悲しみと重なりあうところは、なんともやりきれない。

本作はオーディオブックにも力を入れているみたいで、著者本人をはじめ俳優、作家など含む総勢166人のキャストが参加しているらしいので、こちらもいつか聞いてみたい。レイアウト的にはKindleよりも紙の本がおすすめですが、辞書で調べたりするのはKindleのほうが便利なので、両方欲しい本かも。

本作はさっそく映画化権が売れたっぽいけど、映像化は難しそうだし、だいぶ小説とは趣が変わった感じになりそう。

また余談ですが、これ読む前は興味なかったリンカーン大統領について、もう少し調べてみようかなと今思い始めてるところです……。

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by rivarisaia | 2017-03-23 23:30 | | Trackback | Comments(0)

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