タレンタイム〜優しい歌
2017年 04月 08日
多民族国家であるマレーシアの4人の高校生とその家族を中心に、民族や宗教の違いから生じる誤解や偏見を抱えつつ、異なる文化の人々が共生する多民族国家マレーシアの日常を細やかに描き出した作品。
『タレンタイム〜優しい歌(Talentime)』監督:ヤスミン・アフマド
音楽コンクール「タレンタイム」が開催されることになった、マレーシアのとある学校。成績優秀でギターの上手な転入生ハフィズ、二胡を演奏する優等生のカーホウ、ピアノと歌の得意なムルーが「タレンタイム」に出場することになり、耳の聴こえないマヘシュがムルーのリハーサルへの送迎を担当することになる。
マレー系のハフィズは母子家庭で、母親は末期の脳腫瘍で入院中。ハフィズに学校のトップの座を奪われた中華系のカーホウは、ハフィズは教師に優遇されているのではないかと疑う(これには理由があって、マレーシアではマレー人や先住民を優遇する政策があるため、華人やインド人は何かと苦労が多い)。
ムルーは英国系とマレー系の裕福なムスリムの家庭のお嬢さん。そのムルーに惹かれていくマヘシュはインド人でヒンドゥー教徒。父親はおらず、母と姉の三人暮らしで、母の弟である叔父さんに可愛がられている。マヘシュの母親はムスリムに対してよい感情を持っていない。
ムルーとマヘシュの家族を重点的に描きつつも、そのほかの登場人物についても、ちょっとした場面や台詞がじつに多くを物語っていて、しばしばハッとさせられる。
たとえば中華系のカーホウ。彼がどんな家庭で暮らしているのかは、詳しくは出てこない。ハフィズの成績の件で教師に文句を言う彼は性格の悪い少年にしか見えない。でもその直後の、カーホウが父親の車に乗るワンシーンで、彼が今まで背負ってきた苦労が朧げながら伝わってきて、胸が苦しくなるような思いだった。
『タレンタイム』では、さまざまな形の「誤解」が描かれている。誤解はときに悲劇を生むけれども、異なるバックグラウンドを持っていても、人は誤解を解いて心を通わせることができるし、言語や文化や宗教が違っていても、お互いを思いやって暮らしていくことができる。そういう映画だった。
by rivarisaia
| 2017-04-08 23:13
| 映画/アジア
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