否定と肯定

アーヴィング対ペンギンブックス・リップシュタット事件の映画化。
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否定と肯定(Denial)』監督:ミック・ジャクソン

ユダヤ人歴史学者デボラ・E・リップシュタットが、ホロコースト否定論者のデイヴィッド・アーヴィングに名誉毀損で訴えられた裁判を描いた映画。

この裁判は、ホロコーストがあったことを証明するのが争点なのではなくて、ホロコーストがあったことは明らかであるからゆえに、歴史家のアーヴィングが、ホロコーストがあったことを知りつつも、自分の都合のいいように嘘を述べていることを証明すること。

わかりにくいかもしれませんが、重要なことです。

裁判を受けて立つことになった当初、リップシュタット教授は、否定論者に真っ向から立ち向かおうとします。自分も証言するし、アウシュビッツの生存者にも証言してもらおうと考える。でも、弁護団にそれは絶対にダメだと固く禁じられる。

ホロコーストがあったことは事実なので、事実を否定する人と対等に議論してはいけないのです。なぜなら、否定論と肯定論をならべてしまうと、まるでふたつの可能性が存在するかのように錯覚させることができるからで、それが否定論者の狙いでもあります。

事実をもとに、細かい部分を検証するのはいいのです。でも根本の事実を否定する論説を、絶対に絶対に対等に扱ってはならない。というのが、この映画を観るとしみじみ伝わってきます(でも邦題や映画の公式サイトはちゃんと理解されてないみたい)。

リップシュタット教授の代わりに弁論を行うのは法廷弁護士リチャード・ランプトン(トム・ウィルキンソン)であり、教授は自分の裁判で勝つために沈黙を守る。

あきらかに好き勝手なこと(おまけに間違っている)を言ってくる相手を前に、ひたすら黙っていなくてはならないというのは苦痛だったろうし、その方針にはじめは苛立っていた教授だけれども、ランプトン弁護士を信頼して一切を任せることにするのだった。

人数が違う、書類が残っていない、写真がない等々を引き合いに出したり、生存者の記憶のあいまいなところを利用したりするところなど、否定論者はどこも似たりよったりですが、とにかく議論の相手にしてはだめ、というのは肝に銘じたいところ。

アメリカの法廷物を見ることが多いので、事務弁護士と法廷弁護士でチームを組むイギリスの法廷はなるほどと思うこともあって、興味深かったです。



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by rivarisaia | 2017-12-19 19:18 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

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