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見たもの読んだものについての電子雑記帳


by 春巻まやや
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八甲田山

アマゾンのジャングルで行方不明になる映画(参照)を観た次の日に、冬山で遭難する映画を観ました。こちらです。

八甲田山_b0087556_20080940.jpg
八甲田山
監督:森谷司郎

原作は未読ですが、新田次郎の小説『八甲田山 死の彷徨』。八甲田山の話自体は誰もが知るところですが、一応おさらいしておきます。


いよいよロシアと戦争になりそうな気配の明治の日本。ロシアが相手となれば、氷点下の極寒の大陸で戦うことが必須。そこで陸軍では、雪中行軍の演習を行うことにする。

そして明治35年(1902年)、弘前歩兵第三十一連隊と青森歩兵第五連隊がそれぞれ雪中行軍を実施するが、八甲田山中で青森の連隊が遭難、参加した210名のうち199名が死亡するという史上最悪の結果となった。


映画はだいぶ脚色されているので、史実との違いについてはあとでいろいろ調べてみると面白いと思いますが、ここでは映画についての話をします。

本作は、まさに今こそ鑑賞にぴったりのタイミング。新型コロナウイルスで日本政府や各自治体の対応が迷走しているいま、劇中のあれもこれもが既視感アリアリで身につまされることといったらない。シチュエーション全然違うんですけど、なんだろう、この臨場感。こんなんじゃ絶対、わたしたち遭難する!

八甲田山の行軍に参加した以下の2チームで、死者も出さずに無事に行軍を終えたのは弘前の健さんチームです。

弘前:隊長は高倉健(徳島大尉)

体力のある冬山経験者を厳選した少数精鋭のチーム編成。凍傷を防ぐために雪山に適した装備を考え、荷物もできるだけ軽くするなど準備態勢は万全、行軍中も休息はじゅうぶんとり、無理はしない方針。現地で地元の道案内人をちゃんと手配していた。


青森:隊長は北大路欣也(神田大尉)

行軍前に予備演習を実施したものの、それがあまりに楽ちんだったために雪山をなめてしまう結果となり、かえって仇となる。少人数のチームにしたかったのに、見栄っ張りの上司(大隊長の三國連太郎)が余計な口出しをして、荷物も物資も大量に運ぶ210人の大行軍に。おまけに開始早々から指揮系統がはっきりしない。現地の案内人の申し出も「コンパスという文明の利器があるからへーき、へーき」と断ってしまう。


案内人=専門家を邪険に追い払ってしまった欣也チーム。欣也自身は頼んだほうがよいのでは?と逡巡していたのに、ここではっきり意見できなかったのは痛かった。健さんチームが道案内人の雪ん子女性(秋吉久美子)に対して、若い女性だからといって横柄な態度を取ったりしないのとは対照的である。

出だしから不安な予感がする欣也チームは、悪天候のなか、最初の宿営地・田代温泉まで2キロの地点で完全に道がわからなくなり、迷走地獄に突入してしまうのだった。

この欣也チームがもう日本のダメな面を煮詰めて凝縮したような有様で、明治から昭和を経て令和に至ってもほんと変わってねえな!というのを身にしみて感じますね。最初は欣也のことかわいそうだなーとも思ったけど、上司の間違いを正せず、自分の意見すらもきちんと言えないからなあ。そういう構造なので仕方ないと甘んじて受け入れてきたら、ほぼ全員死んじゃった。傲慢で厄介だったのは大隊長ですけどね。

それにしても「天は我々を見放した!」という有名セリフ、あの状況では言ってはいけない言葉であった。ギリギリの精神状態の人たち、心が折れちゃうよ。

by rivarisaia | 2021-02-03 20:51 | 映画/日本 | Trackback | Comments(0)