The Dictionary of Lost Words
2021年 05月 12日
『The Dictionary of Lost Words』
Pip Williams著、Affirm Press
最初の「オックスフォード英語大辞典」の発行に向けてジェームズ・マレー博士率いるチームは「写字室」で日々編纂作業を行っていた。主人公のEsmeは早くに母親を亡くし、父親が辞書編集チームの一員だったので、幼い頃からその写字室で過ごしていた。Esmeにとって、そこはたくさんの本と言葉がぎっしりつまった魔法の洞窟のような居心地のよい場所だった。ある日、Esmeは机から落ちた1枚の紙片を拾い上げ、それを仲良しの召使いLizzieの部屋にあったケースにしまう。その紙片には「bondmaid」という言葉が書かれていた……
1887年から1928年までの40年におよぶ物語です。着手から完了までに70年の歳月を要した「オックスフォード英語大辞典(OED)」ですが、その制作中には女性参政権運動や第一次世界大戦など社会をゆるがす大きなできごともありました。
子供の頃から写字室が自分の居場所だったEsmeは、成長すると正式に雇われて写字室で編集作業の手伝いをするようになります。やがて辞書には含まれずに破棄される言葉があることに気づいた彼女は、仕事のかたわら密かにそうした言葉を集めはじめるのでした。
辞書に言葉を収録する際、あわせて用例を収集するのですが、文字で書かれた文献として用例が存在しない言葉も多々あり、主にそうした言葉は読み書きのできない階層の人々が使用していたのです。Esmeは使用人であるLizzieが使う言葉や市場で働く下層階級の女性たちの言葉を収集し、カードに書き記していきます。
実際に辞書の編集協力者には女性たちもいたとはいえ、主力編集チームのメンバーがインテリ階級の男性だったということが編集方針に影響を及ぼしていたのではないかというのがこの物語の背景にあります。
この「スラング」を集めていく過程はわくわくするし、OEDの編纂室や印刷所の様子も読んでいて楽しい。またEsmeが市場で出会って友人となる女優のTildaは、のちにサフラジェットとして活動し、Esmeにも影響を与えていくのですが、世の中を変えたいTildaの情熱と、世の中がいくら変わっても自分には関係ないというLizzieの諦念の対比も現代の日本に通じるところがあります。
ただちょっと気になったのは、出だしがかなりスローな展開なのと、主人公のEsmeがあまりに受け身なキャラクターであるところ。Esmeはかなり不幸に見舞われているのに、あまり深く立ち入った描写がないせいなのか常に淡々と受け入れているように見えちゃう。それだったらEsme自身は波乱万丈な人生を送らずに、ひたすら言葉収集に徹してたほうがもっとおもしろかったかも。
Esmeにまつわる話はフィクションですが、マレー博士や博士の娘たちRosfrithとElsie、EsmeがDitte叔母さんといって慕うEdith Thompsonなどは実在の人物です。彼女たちについての話をもっと詳しく知りたいな。本来は辞書に収録されるはずだった「bondmaid」という言葉が紛失したのも史実です。
ちなみにマレー博士については『博士と狂人ー世界最高の辞書OEDの誕生秘話』(サイモン・ウィンチェスター著、鈴木主税訳、早川書房)というノンフィクションがあります。これはマレー博士と、OED編纂に大きく貢献した犯罪者ウィリアム・マイナーの話で、事実は小説より奇なりという内容なので興味のある人はどうぞ。
おまけ:
OEDの公式サイトの貢献者のページでEdith Thompsonが紹介されてます(LINK)
by rivarisaia
| 2021-05-12 16:21
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