Shark Heart:サメに変身すると診断された夫とその妻のラブストーリー
2023年 11月 06日
『Shark Heart』
Emily Habeck著、S&S/ Marysue Rucci Books
すごく変わったラブストーリーを読みました。
理想家で俳優を目指していたけれど今は教師をしている芸術家志向のLewisと、母子家庭で育ち金融業界で働くキャリア志向の謹厳実直なWren。まるで正反対の二人が、出会って結婚することに。
幸せに暮らすはずの二人だったが、すぐにLewisが病院で「カルカロドン・カルカリアス・ミューテーション 」という診断を下される。それは記憶や知性を保ったまま、身体がやがてホホジロザメに変化するというものだった。
結婚して間もなく夫が文字通りサメに変化する、という話で、なんだそれ、どうなるの?と気になったのと、アンソニー・ドーアの推薦文に後押しされて読み始めたら、単に奇抜でシュールな話とはちょっと様相が違っていた。いや、奇抜でシュールではあるんだけど、それは設定だけ。かなり考えさせられるところもあり、途中で脚本調になったり散文のようになったりする構成も変わっていて(でも読みやすい)、全体的にとてもよかった。
LewisとWren、それぞれの過去と現在を行ったり来たりしながら物語は展開する。この小説の中の世界では、ある日なんらかの動物に変化してしまうという現象はよく起こることらしい。それは突拍子もないことに思えるけれど、現実世界で病気や認知症になったり、なんらかの障害をおったりするのと共通する点もあり、人生ままならないことが突然降りかかることだってあるわけで、そのようなことも含めた「自分ではどうにもできない変化や状況」のメタファーでもあるのだろう。
サメになっていくにつれて、これまでのような生活がだんだんできなくなるLewisのもどかしさや辛い心境が手に取るようにわかるし、自分のことを犠牲にして介護者になっていこうとするWrenの状況も、実際に多くの人(そしてそれは主に女性)が経験していることなので身につまされる。サメになっていくLewisのためにプールを用意したり、Wrenが献身的になればなるほどLewisの苦悩が増すのも心が痛い。
パート2では、10代でWrenを産んだ母親Angelaの話になる。じつはこのパートが思いのほか重要で、印象に残った。Angelaと暮らした子供時代の経験が、Wrenのその後にどれほど大きな影響を及ぼしたのかが、ここで判明する。
設定からすると悲劇的だけど、避けられない辛い状況を受け入れながら、変化によって手放さなくてはならないものを手放し、前に進んでいこうとする話で、けして暗い話ではなく、読後もさわやかだった。
by rivarisaia
| 2023-11-06 15:15
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