近世菓子製法書集成 1&2:解説も含めてとても面白い江戸時代の菓子製法書
2025年 09月 16日
『近世菓子製法書集成 1&2 東洋文庫』鈴木晋一、松本仲子/編訳注 平凡社
先日書いたように「かせいた」が出てくると知って読んだのだが、ほかの項目もなかなか興味深い。本書は、江戸時代の菓子製法書が何冊か収録されていて、原文と現代語訳、解説がついている。解説がとてもよくて、これがなければ本書の面白さは半減していた。
まず収録されている書物とひとこと説明は以下の通り:
1巻
- 古今名物御前菓子秘伝抄 水玉堂編 (1718年)日本最初の菓子製法専門書
- 古今名物御前菓子図式 長谷川良隅著(1761年)南蛮菓子が減り、和菓子が充実、図版もあり
- 餅菓子即席手製集 十返舎一九著(1805年)ユニークだが内容がいいかげんすぎる本(後述)
- 菓子話船橋 船橋屋織江著(1841年)近世菓子製法書の最高峰ともいえる本、現在でも参考にできる
2巻
- 南蛮料理書(成立年、著者ともに不明)現存する唯一の南蛮菓子製法の専門書
- 鼎左秘録 国華山人著(1852年)やたらと砂糖漬けが出てくる本
- 古今新製名菓秘録 清談楼主人編(1862年)御前菓子図式と御前菓子秘伝抄を合本しただけの本
たとえば、1巻1の「御前菓子秘伝抄」には「フルメント=fermento(イーストのような発酵種)」を使って特殊な焼き窯で焼くパンの製法が出てくる。この焼き方は解説によると18世紀頃までのヨーロッパで行われていたものだとのこと。そのほかにも、切山椒の前身である「山椒餅」というのがあり、レシピには味噌が使われているが、これがのちに醤油に変わり、現在では味噌も醤油も使われない形に変化した、など、へええとなる項目がたくさんある。
2巻1の「南蛮料理書」は著者も年代も不明ながら、解説者は1600年以前に西九州のイエズス会修道院で書かれたのではないかと推理している。
イエズス会では、当時布教に関して権力者層に接近する必要があり、それには茶の湯が欠かせないことを知っていた。本書には南蛮菓子のほかに数寄屋菓子の製法が出てくる。そして鶏卵は、1600年以前は京都や大坂では「かいご」と呼んでいたが、九州では「たまご」と呼んでいた。この「南蛮料理書」では「たまご」いう言葉が使われているため、1600年以前に西九州の修道院で書かれたのではないかというのだ。
現在も存在するお菓子(かすてらやぼうろ、各種饅頭や羊羹、餅、飴など)から、どんなものなのかちょっとよくわからないお菓子まで、かなりの数のレシピが出てくるので、想像しながら読むと楽しい。
そしてさらに笑えるのが、ところどころに見られる解説者によるツッコミである。
1巻の3「餅菓子即席手製集」は日本橋通油町の鶴屋喜右衛門はじめ4店合同で出した本で、著者があの十返舎一九なので洒落に満ちていて面白いところも多々ある本なんだけど、「逆に無責任でいいかげんな項目が多い」と解説にある。どのあたりがいいかげんなのかを解説者は2巻巻末で細かく説明しており、製法書としては「不謹慎にもほどがある」とバッサリ切り捨てている。よほど頭に来たとみえて、十返舎一九のことを「実直な人柄だったとされることもあるが、とんでもない。能力はゆたかだったが、軽薄卑陋(ひろう)な人間だったと思わざるを得ない」とまで言っているので、笑ってしまった。
さらに「古今新製名菓秘録」にいたっては、別の本からおそらく無断借用で引き写しているばかりか、順番もメチャクチャに入れ替えて偽装工作をしている上に、書写し作業もずさんでミスが多すぎと力説、江戸時代の代表的菓子書と思ってる人がいるらしきことに不満を感じている様子。解説を書く際、トランプの神経衰弱をやってる気分だったとのことで、解説者の苦労が偲ばれる。
解説の結びの始めに「ここまで読んでこられた読者の方がたは、おそらく多大の失望を感じられたことと思う」とあるけど、全然そんなことはない。丁寧な解説も含めて、とても興味深く読んだし、いいかげんとされた本ですらも、解説者の記すように「これらの諸書が作られ伝えられたことを喜ぶべきではないか」と私も思う。和菓子についてもさらに関心が深まったので、これは本当に読んでよかった。
by rivarisaia
| 2025-09-16 14:08
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