わたしの名は「紅」

本日も引き続き、妄想トルコめぐり的なお話ということで、この本を紹介しておかねば〜となかば義務感におそわれております。

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わたしの名は「紅」』オルハン・パムク著、和久井路子訳、藤原書店

思えば、私の「中世写本が大好き熱」に火をつけたのは、ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』のめくるめく読書体験でした。映画もよかったけど、原作もよかった。ビバ!写本!という一撃をくらった本でした。その後、「薔薇の名前を思わせる」という宣伝文句に乗せられて、数々の本に泣かされてきた私(ぜんぜん、違うじゃん、しかもおもしろくないよ、という本が大部分で.....)。

おっかなびっくり本書を手にしまして、読みにくかったらどうしよう(これはやや当たっていた)、ナンチャッテ「薔薇の名前」だったらどうしよう、と不安だったわけですが、杞憂でしたよ。

西にエーコなら、オリエントにパムク、と言ってもいい。

私にとって、これまで「装飾写本といえば中世ヨーロッパ」でしたが、本書のおかげで、イスラムの装飾写本に開眼いたしました。イスラムの細密画の場合、絵師の目を通して「神の目で見た世界」を描くわけです。だから絵師の個性とかいらないの。実物を観察してデッサンすらしないし、遠近法という概念もない。なぜなら、それはあくまで絵師の目が見たもので、神の視点で見てるわけじゃないから。神の視点で描けるように、ひたすら過去の細密画を模倣するのです。

そして、本書では最高の細密画師として盲目の画家が登場する。見えないおかげで俗世に惑わされずに、アラーの神の視点で純粋な絵が描けるというわけです。この発想には、恐れ入りました。

西洋との絵画史観とはまったく異なるイスラム絵画の成り立ちはかなり興味深い。しかし、そこに西洋画の技法を取り入れようとする人物が登場し、やがて殺人事件が起きるのでありました。続きは本書で、どうぞ。

やや読みにくいかもしれませんが、「薔薇の名前」ほどではないし、章ごとに語り手が変わるのが楽しい。死体が話すのはもちろん、色の「紅」までが語り手となって、物語を紡いでいきます。さらにイスラム世界は、西洋の文化をうまく取り入れながら発展していくべきではないかという、とても深いテーマも隠されていて、さすがノーベル文学賞、とうなったのでした。

小ネタとしては、トプカプ宮殿の宝物殿で装飾写本を見るシーンやハルヴァの記述もありますよ。

そろそろ再読しようかなー。
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by rivarisaia | 2007-09-26 22:43 | | Trackback | Comments(0)

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