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カテゴリ:映画/洋画( 473 )

魂のゆくえ

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魂のゆくえ(First Reformed)』監督:ポール・シュレイダー

トラー牧師(イーサン・ホーク)はニューヨーク州の歴史ある小さな教会で奉仕している。

ある日、メアリーという若い女性が夫マイケルと話をしてほしいとトラー牧師に頼む。マイケルは極端な環境保護論者で、こんな過酷な世界に子供を産む落とすということを悲観しており、メアリーに中絶を勧めているのだという……

キリスト教会と環境問題という、議論を呼ぶというか、ある意味デリケートな問題を扱ってるのが、大変興味深かったです。いずれにしても答えは出ない問題なので、なるべく考えないようにしている、といったほうがよいのか。

息子の死に対する自責の念があり、持病も抱えているトラー牧師。ある信者の相談にのったことがさらなる苦悩の種となってしまい、教会が所属するメガチャーチのもとで盛大な記念式典が行われるという大事な時期に、ミイラ取りがミイラになるような状態に陥ってしまいます。

人間が環境を汚染することに憤るトラー牧師なのだが、自分の肉体を(酒で)みずから汚染しているのであった。ウイスキーにピンク色のペプトビスモルを入れる毒々しさよ。ペプトビスモルとはどろっとした胃腸薬のシロップで、アメリカにいた頃の私も愛用してました。余談ですが、生ぬるく溶けた歯磨き粉の味がしておえっとなります。

荊の冠を身につけて血を流す人は、救い主を宿したマリアに救われる。死ぬ間際の幻想なのか、鍵のかかった扉が開いて本当に奇跡が起きたのか、あえてどちらにも受け取れるようにしてあるけど、途中の浮遊するシークエンスから考えて、奇跡、起きたんじゃないかな、と思う。

キリスト教は一神教のせいか、ものすごく白黒はっきりとした宗教のように思うかもしれないけど、相反するようなことが曖昧に両立してどちらも真なり、という面もあるので、この映画のラストの、事実のような幻想のようなどちらもありえるという終わり方はとても腑に落ちた。

『タクシー・ドライバー』を思わせるところもあるけど、イングマール・ベルイマンの『冬の光』やロベール・ブレッソンの『田舎司祭の日記』への監督の目配せも感じました。ベルイマンとブレッソンも観たくなっちゃった。

by rivarisaia | 2019-05-24 23:10 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

たちあがる女

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たちあがる女(Woman at War)』監督:ベネディクト・エルリングソン

予告を観たときには、なんだろうこの映画、ほのぼのした北欧ものかな?と思ってたんですけど、『馬々と人間たち』の監督だということに気づいて、

絶対、いっぷう変わった映画でしょ!!

と確信したので、公開を楽しみにしていました。そしてやはり変わった映画で、どのように解釈していいのかいまだ考え中のところもあるんだけど、ユーモラスで不思議と元気が出たし、わたしはとても好き。なにせ音楽の使い方がすばらしく、何が面白いって、劇伴の演奏家や歌い手が常に画面にいる(笑)

まずは、あらすじ。

アイスランドの田舎に住むハットラ。コーラスグループの指導をしている彼女には、自然を守るために地元のアルミニウム工場にたった一人で闘いを挑む環境活動家という裏の顔があった。
ある日、ハットラのもとに、ウクライナからの養子縁組の知らせが届く。母親になるという長年の夢を叶える前に、ハットラは最後の闘いに挑むことに……

ハットラは「山女」と呼ばれる「環境テロリスト」という扱いをされているんだけれども、それは権力側が貼ったレッテルなのだった。そしてこの映画は、ハットラの行為は誰も死なないけど迷惑じゃん?という話ではなく、一人で巨大な力に立ち向かい、転んでも、転んでも、時折まわりの人たちに助けられながら何度でも立ちあがって走り続ける女性を描いたひとつの寓話なんだと思う。

動的で外に向って行動するハットラとは対照的に、静的で内省的なハットラの双子の姉が登場する。この双子はふたりでひとりなのかもしれないな。

そしてやはりアイスランドの雄大な自然の美しさが今回も圧巻でした。一度行ってみたいな〜。そして前作では人が馬に入りましたが、今回は羊をかぶります。



by rivarisaia | 2019-04-01 23:51 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(2)

マイ・ブックショップ

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マイ・ブックショップ(The Bookshop)』監督:イサベル・コイシェ
1959年のイギリスの海辺の小さな町。未亡人のフローレンスが長年の夢だった書店をオープンする。
町の有力者夫人からは妨害されつつも、読書が好きじゃないという少女に店を手伝ってもらい、長年邸宅に引きこもって暮らしている老紳士が得意客となり、なんとか経営がうまくいっていたかにみえた書店だが……

小さな田舎町の人々と、町に一軒しかないオープンしたての本屋さんの話として想像していたものとはちょっと違った。引きこもりの老紳士であるビル・ナイが、ブラッドベリにハマるあたりは面白かったけど、それ以外の町の人たちはこの本屋をどのくらい利用していたのか、どんな本が好まれていたのか、さっぱりわからないので、『ロリータ』を大量に仕入れるくだりも、いまひとつ現実味がない。そんなに入れても売れないんじゃない?とこっちが心配になるし、結局そこそこ話題になって売れたのか、大失敗だったのかもわからないままなのだった。

有力者夫人は、本屋がオープンすることが気に入らないというよりは、本屋の入っている古い建物を手に入れたいがために邪魔立てするんだけれども、その妨害作戦のひとつとして、町に「別の書店をオープンさせる」というものがあり、しかし、これまたそのライバル書店についてはセリフでしか出てこないので謎が多いまま終わる。

そんなわけで、あまり入り込めない話でしたが、ちらちら映る本の装丁や登場人物たちのファッションが気になる映画ではありました。柄もののブラウスいいな!と思う、そんな映画。


by rivarisaia | 2019-03-30 23:53 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

アリータ: バトル・エンジェル

観てから1ヶ月以上も経っていて、月日の流れる速さにびっくりですよ。

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アリータ: バトル・エンジェル(Alita: Battle Angel)
監督:ロバート・ロドリゲス

空中に浮かぶユートピアと、そこから廃棄されたゴミが積もる地上のクズ鉄の街。
クズ鉄の街に住む医師イド(クリストフ・ヴァルツ)は、ある日ゴミの山で少女のサイボーグの頭部を見つけ、家に持ち帰って修復する。アリータと名付けられたサイボーグは、イドとともに暮らし始め、やがて失われていた記憶を取り戻していく……

原作の『銃夢』は未読。そもそも最初はあんまり観るつもりがなくて、大きな理由としてはアリータの顔があまり好きではなかったからなんだけど、観る気になったのは、監督がロドリゲスだから。劇場で流れていた予告では、ジェームズ・キャメロンのことはアピールしてたけど、ロドリゲスの名前を出してなかったよね。個人的には、そこがいちばん重要な情報であった。

キャメロンっぽいところと、ロドリゲスっぽいところがうまくミックスされていて、なかなか面白かったし(正直、アクアマンより断然よかった)アリータの顔にも慣れてきて、むしろ最初は気になっていた目の大きさもちょうどいい感じがしてくるのが不思議。人間とああいうアニメーションを組み合わせた際に、アニメーションの造形は人間に寄せるのではなく、デフォルメしたほうが逆にいいのかも。

以下、箇条書きで。

・ああー犬ーー!という場面があるので、犬が好きな人は要注意
・マハーシャラ・アリがものすごい悪役かと思いきや、なんとも言えない中間管理職的な悲哀が……めちゃつらい……
・アリータのボーイフレンドにさほどの魅力がなく、私のハートをあげる♡の場面でも、アリータ、やめときなよ、もっといい人いると思うよ、と思ってしまった
・次号に続く!という感じで終わるので2作目も楽しみです。ぜひロドリゲスでお願いしたいところ

by rivarisaia | 2019-03-25 17:48 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

ちいさな独裁者

驚くことに実話がもとになっている映画。保身に走るものが権力を手にして、物事のありかたをまるで考えずに好き放題にふるまうとどうなるか、というのをまざまざと見せつけられるのですが、あれ?これっていまの政治も似たようなものでは……?という気分になることうけあい。

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ちいさな独裁者(Der Hauptmann)』監督:ロベルト・シュヴェンケ

第二次世界大戦も末期になった1945年4月、敗戦の色が濃くなったドイツでは兵士の逃亡が相次いでいた。軍を脱走した一兵卒のヴィリー・ヘロルトは、道端に乗り捨てられた軍用車の中で将校の軍服を発見する。

それを着用してヘロルトは大尉になりすまし、ヒトラーからの直接の命令とする任務をでっちあげ、敗残兵を次々と指揮下に置き、ついには脱走兵の収容所を掌握する……

追われる身としておどおどしていたヘロルトですが、借り物の制服を身につけてから調子に乗ってどんどん常軌を逸していく。ただ、豪胆なことをやっているようでいて、実際のところは絵に描いたような「ケツの穴の小さいやつ」なのだった。最初から最後まで本当にびっくりするくらい小心者で、それを覆い隠すように言動だけがどんどん激しくなっていくのね。

どこかで彼の暴走を止められたはずなのだが、何かおかしいと思った人たちも何も言わないし、何もできない。戦争末期のゴタゴタした状況で、見逃されてしまう。いったん一線を超えてやってはいけないことをしてしまうと、あっという間に秩序は崩壊する。そして秩序が崩壊すると、どうしようもないカオスな状況になってしまうのだった。

本来はモノクロでの上映のところ、私はカラー(といっても抑え気味の色)で観ましたが、これからモノクロ上映をする映画館もあるみたい。白黒のほうがドキュメンタリーっぽさが出るのかも。あとエンドロールはカラーになるんじゃないかなあ? どうだろう。




by rivarisaia | 2019-03-14 11:01 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

アクアマン

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アクアマン(Aquaman)』監督:ジェームズ・ワン

仕事に煮詰まっていて頭を使わなくていいものでパーッとしたかったときに(って大体いつもだけど)観に行ったのですが、異類婚姻譚にアーサー王伝説から、ピノキオにインディジョーンズやトゥームレイダースのような宝探しにゴジラにキラキラ水中マジックワールドな感じまで盛りだくさんの松花弁当みたいな映画でした。

別にびっくりする展開もないんだけど、観ている最中は目に楽しかった(Eye Candyという意味で)。ただ、映画としておもしろかったかというと、アメコミの映画化作品はやっぱりどうも私とは合わないみたいで、途中でちょっとまったりしちゃったし、やっぱり長くて、90分から100分くらいに収めてくれるとよかった。

ただ、海の中のキラキラした世界をすいすい自由に泳いで移動するというのは本当に楽しくて、頭はまるで使わずに海のシーンはボーーーッと観てたし、延々と観てられると思う。それは個人的な理由が大きい。

私が子供の頃、LAのディズニーランドにはマーメイドの潜水艦というアトラクションがあって、わたしはそれがとても好きで、カリブ海あたりの深い深い海の底のどこかにある、70年代のアメリカっぽい配色のキラキラした世界に住みたいなーと思っていたんだけれども、『アクアマン』の海中にはそのキラキラした世界をさらにキラキラピカピカにした世界があった。

ジェイソン・モモアもパトリック・ウィルソンもワイルドな兄貴と高貴な弟で海中キラキラ住人としてハマり役だったので、もう兄弟で戦ったりしなくていいから、ずーっと海の中の平穏な日常生活だけを見せてくれてもいいんですよ(多くの人は面白くないかもしれないが、私はそれが観たい)。

by rivarisaia | 2019-02-25 22:13 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

サスペリア(Suspiria)ルカ版

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サスペリア(Suspiria)』監督: ルカ・グァダニーノ

ルカ版サスペリア。全然怖くはなくて、その代わりボキボキと痛いシーンはある。アルジェント版『サスペリア』とはだいぶ趣が違うんだけども、アルジェント版のサスペリアの2(関係ないPART2ではなくて、続編のほうの2)や3を思い出すと、トンチキなところがなんだかとても似ているような気がするので、これはこれですごくサスペリア感はある。

ただまあ、言いたいことはわかるけど、いくらなんでもいろいろと深読みを促しすぎなところで、いるよね、この手のイタリア人!という気持ちになったのと、展開的には『へレディタリー』を連想した。ということで、以下はネタバレします。『ヘレディタリー』のオチにも触れています。

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へレディタリーはドールハウスや怪しげな娘などを登場させてミステリアスなムードを高めていましたが、結局のところはカルトによる悪魔の準備の話でした。やったね!悪魔の召喚成功!みたいな変な陽気さがあって、そこが異様ではあるのだが、悪魔の目論見がよくわからないし、やってることが小さくない?と首かしげるところがあった。

そして私としてはルカ版サスペリアも同様で、魔女が運営するバレエ学校、その踊りは悪魔の儀式的な踊り、ナチスドイツなどの権力が台頭していた時に傍観者だった人を今回も証人にして行う魔の儀式、などはいいんですけど、かつては時の権力から女性を守ったりもしていた集団が、権力争いに裏切り者の粛清を行う腐敗した集団になり……というところが、悪魔的なのかもしれないけど、魔女なのに変に俗っぽくないか。でもわかるーバチカンだってしたたかな組織だからねー大変ですよねー(だからってわざわざドイツ赤軍と重ね合わせなくてもよくない?)。

選挙でトップの座に就いたと思われる大魔女が、若い器を手に入れようと目論むも、

「あんた、だれに盃受けたのさ」「な、嘆きの母だよ......」「嘆きの母は、このあたしさ!」「きえーーー」

っていう昭和のスケバンの話みたいなことになり、ここが一番愉快で笑っちゃったのだった。

わたし、一応キリスト教徒なので悪魔が一番怖いんですけども、ここ最近の悪魔関係の映画、得体のしれなさがなさすぎてあんまり怖くない。アルジェント版も今になって観るとそこまで怖くはないんですけど、なんなのこれみたいな得体の知れなさはあったんですよね。ただ、ルカ版も嫌いではないです。


by rivarisaia | 2019-02-15 00:53 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(2)

ROMA/ローマ

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ROMA/ローマ』監督: アルフォンソ・キュアロン

本当は劇場公開を待とうと思ってたんだけど、先月半ばくらいについNetflixで観ちゃったのがこれ。音響が劇場だとぜんぜんちがうみたいなので、劇場でも観て見たいな。白黒の映画だけれども、映像がとても美しくて細かいところまでくっきり見えて、空気中の湿気や潮風の香りや煙の焦げ臭い匂いがただよってくるような感じだった。すごい。

70年代のメキシコの中流家庭で働くメイド、クレオを中心にすえた話。

映画としては全体的にとても面白い。ちょっとした日常の出来事や深刻な話、うれしいこと、かなしいことなど、いくつものエピソードが積み重なっていて、画面を読み解く楽しさみたいなものも随所にあった。いまでも、クレオだけが片足で揺るがずに立てたこと、飛んでいく飛行機についてふとあれこれ考えたりする。

それと同時に、ちょっといい話のように見せかけて、中流家庭の傲慢さが鼻につく話でもあった。クレオのことを家族の一員のように思っているようでいて、クレオのことは大好きだと口では言いつつも、やっぱり使用人は使用人なのだった。相手をいたわっているようでいて、まったくそんなことないじゃんね、ということがチラチラ見えて居心地悪い気分になるものの、そもそも出てくる男性(雇い主一家のお父さんやクレオの彼氏)がサイテーきわまりないので、中流家庭の奥さんにも同情の余地はあるといえばある。

ふらつくことなくしっかり立つことができる女性として描かれてたクレオではあるけど、どうしてこんな目にあってしまうのか、と私としては気の毒でならなかったんですよね。これから先幸せになれるといいね、と思っちゃったよ。

by rivarisaia | 2019-02-09 12:16 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

ミスター・ガラス

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ミスター・ガラス(Glass)』監督: M・ナイト・シャマラン

『アンブレイカブル』と『スプリット』の続きの話なので、この前2作(特に『アンブレイカブル』)を観ていなければまったくお話にならないし、たぶん前2作(特に『アンブレイカブル』)がダメだった人は今回もダメかもしれないんですけど、わたしは大人になったジョセフ・ダンが登場してきてデヴィッドの手伝い的なことをしている出だしから、うわーと胸がいっぱいになりました。ジョセフくん、こんなに立派に大きくなって…(涙)。それからケイシーが、自分の過去にきっちりと対処して強く乗り越えていたのもよかったです。

不死身のデヴィッド・ダン、多重人格のビーストことケヴィン、骨形成不全で頭脳明晰のミスター・ガラスことイライジャ。この3人は精神科医ステイプル博士の治療を受けることになる。「自分をアメコミの登場人物だと錯覚し、特別な存在だと思っている人」を研究対象としている博士は、3人を説得にかかるのだが……

という話。

このシャマランの一連の三部作の主人公はやっぱりミスター・ガラスなのだった。ヒーローやヴィランは存在するのかという一作目から、今作ではもはや善とか悪とかそんな次元は超越して、マイノリティ VS 彼らを抹消しようとするマジョリティの構図を呈しつつ、最終的には大多数の人がなんと言おうが、自分は物語を信じるというところに着地する。あらすじは全然違うけど、この物語を信じることというテーマに関しては『レディ・イン・ザ・ウォーター』に似てる。

最後の展開だって、現実社会では、そんな動画、拡散されてもすぐに忘れ去られちゃうよ、となるんだろうけど、そもそも物語なんてきっとどれもそんな些細なものなんだよね。忘れないかどうか、信じるかどうかは、きっと自分次第。

by rivarisaia | 2019-01-28 21:11 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

ボーダーライン・ソルジャーズ・デイ

メキシコ麻薬戦争がらみのニュースを見るたび、近い場所に住んでたこともあるから、なんだかくらーい気持ちになるんですよ。昔から問題はあったとはいえ、コロンビアのでっかいカルテルが壊滅してからというもの、本当にひどい。そして事態はまだ収束していないので、メキシコ麻薬戦争を扱った映画を観ると、現実も近いものがあるのでは……と考えちゃて落ち着かない気分になるけど、フィクションとしては楽しめてしまうよね。うむむ。

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ボーダーライン・ソルジャーズ・デイ(Sicario: Day of the Soldado)
監督:ステファノ・ソッリマ

感想書いてないけど前作『ボーダーライン(Sicario、監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ)』も面白い。1作目は、FBI捜査官ケイト(エミリー・ブラント)が、CIAのマット(ジョシュ・ブローリン)と謎のコロンビア人アレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)とともに、アメリカとメキシコの国境付近を拠点とするカルテルの撲滅作戦に参加する、という内容でした。しっかり者のケイト、法を守らない男どもに振り回されて、精神的にボロ雑巾みたいになって、気の毒すぎた……。

そして2作目ですが、話は独立しているので、前作を観てなくてもだいじょうぶ。ケイトも出てなくて、今回のメインはマット……と見せかけて、アレハンドロです。

メキシコ経由で不法入国した犯人による自爆テロが起き、アメリカ政府は不法入国をあっせんする麻薬カルテル殲滅作戦を実行することにする。作戦を指揮することになったCIA特別捜査官マットは、コロンビアのアレハンドロに協力を依頼、麻薬王の娘イザベルを誘拐し、カルテル同士の抗争を誘発しようと試みるが……

という話。

敵対するカルテルに娘が誘拐されたと見せかけるのには成功し、アメリカ国内で娘の救出作戦を偽装するのもうまくいくんだけれども、メキシコにイザベルを連れて帰る途中で予期せぬ事態が発生、アレハンドロは孤立無援の状態になっちゃう。

今回はアレハンドロが精神的にはどうかわからないけど肉体的にボロ雑巾みたいになります。そして、前回でなんとなく聞いていた彼の過去(というか娘さんのこと)が、またさらに少しだけ明らかになります。検事時代のアレハンドロの姿を想像すると何だか泣けてきちゃうよ。そりゃあね「アディオス……」って言って、ババババババッと弾を連射したくもなりますよ、つらい。

後半、これどうなっちゃうのかしらと思っていたら、死ぬ運命から逃れた男ふたりが再び出会う場面でジ・エンド。これは、続きを、続きを早く!!

3作目は、再びケイトにも出てほしいなあ。そしてガツンと見返してほしい。あとこのシリーズで私が気に入っているヒゲのメガネくんことスティーヴ・フォーシング演じる、マットのチームメイト(役名忘れちゃった)も活躍しますように。

by rivarisaia | 2018-12-22 22:08 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)