カテゴリ:映画/洋画( 451 )

スリー・ビルボード

脚本がお見事で、すっごく面白かった。かなり酷いことや悲惨なことが起きるし、怒りと悲しみに満ち満ちているんだけれども、すべてをひっくるめて笑いを交えてさらっと描きつつ、物語も登場人物の造形も予想外のほうにひっくり返っていく。オセロみたい。あるいはチェスかも。

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スリー・ビルボード(Three Billboards Outside Ebbing, Missouri)
監督:マーティン・マクドナー

ミズーリ州のエビングという小さな田舎町。7カ月前、娘をレイプされて殺されたミルドレッド・ヘイズは、いまだに犯人をつかまえられない警察に腹を立て、道路脇の3枚の立て看板に広告を出した。

「レイプされながら死んだ」「逮捕はまだ?」「どうして、ウィロビー署長?」

看板を見たディクソン巡査から報告を受けたウィロビー署長は、ミルドレッドのもとを訪れ、捜査の状況を説明するものの、彼女の怒りはまったくおさまらない。

人情味にあふれ誠実な性格のウィロビー署長は、署内のほかの警官からも、町の人々からも信頼され、愛されているということもあり、多くの人々の怒りはミルドレッドにむかう。そしてある日、衝撃的な事件が起き……

3枚の立て看板が象徴するのは、ミルドレッドとウィロビー署長とディクソン巡査。看板にはハッキリと大きな文字でメッセージが書いてあるけど、裏側からはそのメッセージはまったく見えない。看板の表と裏がまったく違うように、3人の人物も、外側からみえる部分と内面は全然違う。

特にびっくりさせられたのはディクソン巡査で、この人は南部にいる典型的な差別主義者のアホのカリカチュアなんだけれども、こいつがいろいろやらかすたびに私はむかついていた。ところが後半、気づいたらミルドレッドよりもむしろディクソンの話になっていくにつれ、許せないことをしたディクソンだけど、これからやりなおせるかも、がんばれ、という手に汗握るような気持ちになってしまったのだった。

人間は怒りに目がくらむと、ますます物事の本質が見えなくなり、勝手な思い込みで、とりかえしのつかないことをしでかしたり、どんどん悪いことを引き寄せてしまったりする。ディクソンだけでなく、ミルドレッドもそうで、怒りを身にまとっているために、自分には味方がいることも全然みえていない。

そう思う通りに進まないのが人生なので、なかなか報われることなく、絶妙なところで話は終わる。あのあとどうなったかな、とときどき考えるんだけど、マクドナーがそのまま続きを撮ったらすごくブラックな展開にしそうだけど、それだと切ないので、明るい展開も想像したりした。

例のふたりはヤツをボコボコにするかもしれないけど、きっと殺さない。で、もしかするとアイツは真犯人の手がかりを知ってるかもしれない(自分も似たようなことをやったんだろうけど、真犯人から詳細を聞いたのかもしれないじゃん?)。それから、ミルドレッドにはデートのやり直しをしてほしい。いやなら無理にとはいわないけどさ。



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by rivarisaia | 2018-02-07 22:44 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

スター・ウォーズ/最後のジェダイ

観てから1か月くらい経ってる気がしてるし、それどころかすでに10回以上鑑賞した気にもなってるけど、ぜんぜんそんなことはなくて、2週間前に劇場で観た、というだけなんですが、何度も何度も反芻しちゃう。
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スター・ウォーズ/最後のジェダイ(Star Wars: The Last Jedi)』監督:ライアン・ジョンソン

本当はもう1回観に行きたいけど、これは難点として、やっぱね、尺が長いです。

今回、文句があるとしたら、私の場合は2つなんですけど、そのうちの1つが上映時間の長さ。スター・ウォーズのシリーズは、自分がそうだったように、ちびっこにもみてほしいから、できれば今後は2時間以内におさめてほしいです。

あと、基本的に私にとってスター・ウォーズは歴史的事実と同等であり、描かれている内容が気にいるとか気に入らないとかナイ。だって、遠いギャラクシーで起きた現実なんだから。ジャー・ジャー・ビンクスだって、好き嫌い抜きにして全面的に受け入れる構えです。

さて。

冬休みに鑑賞する人も多いと思うので、以下、あいまいにぼやかした感想です。

本作は賛否両論だの、衝撃だのと言われているけれども、激しく文句言っている人の意見をみにいくと、ほとんどがズレている感じで同意できない。上映時間の長さ以外で、内容的に私がもやもやする箇所は、

「ハイパードライブのあの使い方はアリ?」

の1点です。全体的にタイムラインがいまひとつよくわからない構成になってたり、レイア姫メアリー・ポピンズ状態の件も「うーん?」と首かしげたけど、後者は火事場の馬鹿力ならぬ火事場の馬鹿理力かな?と思います。

でも、あのハイパードライブがアリだと、デス・スターであんな苦労することなかったじゃんね……。ドロイドを無情に酷使できそうな帝国もファースト・オーダーも無敵になっちゃいそうだしな…………。

しかし、現実に起きてしまっている事実を受け入れないといけないので、一生懸命に海外のディスカッションとか見てるんですけど、納得いく意見が少ない。みんながんばって理屈を探しているので、私も考えてみるね。

ちなみに「今まで誰も思いつかなかっただけ!」という意見が優勢だけど、いや、でもそれはちょっとなー。ということで、この件については、引き続き検討していきたい。

しかし、今回は見事にルークの物語で、私はルークの最後のあれやこれやには鳥肌たちました。すごい。あんなの想像もしなかった。そして、文句を言う人も多いローズとフィンのパートですが、ここもう少しうまく編集できた気がするのは確かだけど、エピソードとしては、いっちばん最後の重要な場面につながるからね。そして私は、今回の最後の場面はとてもよかったと思ってる。

唯一、ローズのロマンス的要素だけは、すっごい余計でした(もっと仲間的な結びつきを期待しました。まだまだSWは『パシフィック・リム』や『マッドマックス 怒りのデス・ロード』に追いつけていません! がんばって!)。しかし、ローズ自体は愛嬌があってとてもよいキャラクターでしたよ。私は好き。




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by rivarisaia | 2017-12-27 19:14 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

否定と肯定

アーヴィング対ペンギンブックス・リップシュタット事件の映画化。
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否定と肯定(Denial)』監督:ミック・ジャクソン

ユダヤ人歴史学者デボラ・E・リップシュタットが、ホロコースト否定論者のデイヴィッド・アーヴィングに名誉毀損で訴えられた裁判を描いた映画。

この裁判は、ホロコーストがあったことを証明するのが争点なのではなくて、ホロコーストがあったことは明らかであるからゆえに、歴史家のアーヴィングが、ホロコーストがあったことを知りつつも、自分の都合のいいように嘘を述べていることを証明すること。

わかりにくいかもしれませんが、重要なことです。

裁判を受けて立つことになった当初、リップシュタット教授は、否定論者に真っ向から立ち向かおうとします。自分も証言するし、アウシュビッツの生存者にも証言してもらおうと考える。でも、弁護団にそれは絶対にダメだと固く禁じられる。

ホロコーストがあったことは事実なので、事実を否定する人と対等に議論してはいけないのです。なぜなら、否定論と肯定論をならべてしまうと、まるでふたつの可能性が存在するかのように錯覚させることができるからで、それが否定論者の狙いでもあります。

事実をもとに、細かい部分を検証するのはいいのです。でも根本の事実を否定する論説を、絶対に絶対に対等に扱ってはならない。というのが、この映画を観るとしみじみ伝わってきます(でも邦題や映画の公式サイトはちゃんと理解されてないみたい)。

リップシュタット教授の代わりに弁論を行うのは法廷弁護士リチャード・ランプトン(トム・ウィルキンソン)であり、教授は自分の裁判で勝つために沈黙を守る。

あきらかに好き勝手なこと(おまけに間違っている)を言ってくる相手を前に、ひたすら黙っていなくてはならないというのは苦痛だったろうし、その方針にはじめは苛立っていた教授だけれども、ランプトン弁護士を信頼して一切を任せることにするのだった。

人数が違う、書類が残っていない、写真がない等々を引き合いに出したり、生存者の記憶のあいまいなところを利用したりするところなど、否定論者はどこも似たりよったりですが、とにかく議論の相手にしてはだめ、というのは肝に銘じたいところ。

アメリカの法廷物を見ることが多いので、事務弁護士と法廷弁護士でチームを組むイギリスの法廷はなるほどと思うこともあって、興味深かったです。



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by rivarisaia | 2017-12-19 19:18 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

女神の見えざる手


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女神の見えざる手(Miss Sloane)』監督:ジョン・マッデン

大手ロビー会社で大胆な戦略を武器に活躍していたエリザベス・スローンは、銃規制反対派についた自社の仕事を蹴って、「規制法案」を通すべく小さな会社に移り、元の会社(および巨大な権力)と対決する。味方も欺き、利用する彼女のやり方にはチームから反発も出るのだが、勝利を目前したとき、不正疑惑で彼女自身が聴問会にかけられることに……

観ている最中はぐいぐいとスピードで押し切られて面白かったんだけど、もう1回観たら果たしてどうかなーと思うところもなきにしもあらず。それはたぶん、「銃規制」は小道具にすぎず、あくまでこれは「ミス・スローンの話」だからで、繰り返し観ると物足りなく感じるかも。

ただ、ミス・スローンの、手段をとわず一人孤高に戦うその戦いっぷりは、彼女の行動に共感できないところがあったとしても、感嘆せずにいられないところ。

相手が最後の切り札を切ったあとで、自分の切り札を出す、とミス・スローンは言っているので、当然聴問会でもミス・スローンがぐうの音も出ないネタを出してくるだろうなというのと、途中で「Bug」の話が出たときに絶対仕掛けてる!と思ったので、最後の展開は予想通りだったんだけども、密偵を残してたところにびっくりしました。それ想像してなかったー。驚いた。

最初のほうの一見他愛もない会話で、ミス・スローンがソクラテスの話をするんですが、それがすごく気になっていて、あとでつらつらと考えたんだけど、ソクラテスといえば倫理かな?と思ったんですよ。

ミス・スローンは、個人的な感情や利益抜きにして、倫理的に銃は規制すべき、と考えていて、そこはゆるがないわけだし。

でもそのあとで、そういやソクラテスって裁判にかけられて、有名な反論(ソクラテスの弁明)をするじゃない。結果的には有罪になるんだけども。聴問会にかけられて、最後がっつりと民主主義や正義をふみにじる巨悪なシステムに反論して、ただ有罪にはなっちゃう……って、ミス・スローンのまんまじゃないですかー。

想像ですけど、ミス・スローンは、電話でソクラテスの話を聞いた時に、最終的に自分が訴えられて罪をひっかぶるところまで計算済みだったんじゃないですかね。密偵のあの人は、どこまで計画知ってたんだろ。映画には映らないふたりのやりとりとか知りたい。

本作は、銃規制についての話ではないけど、職業倫理の話ではあるなと思いました。大手ロビー会社や議員の人たちは、倫理もへったくれもないんですが、ミス・スローンはじめ弱小ロビー会社、スローンの密偵など、倫理を貫く人たちもいる。なかでも印象的だったのは、エスコート・サービスの男性。職業上知りえた秘密は絶対にバラさない。

彼に関してだけは、ミス・スローンは計算外だったかもしれないね。


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by rivarisaia | 2017-12-11 22:31 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

オラファー・エリアソン 視覚と知覚

2008年の「ザ・ニューヨークシティ・ウォーター フォールズ」のインスタレーション完成までを追いつつ、じっくりとオラファー・エリアソンのレクチャーを受けたような感じのおよそ80分のドキュメンタリーです。

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オラファー・エリアソン 視覚と知覚(Olafur Eliasson : Space is Process)
監督:ヘンリク・ルンデ、ヤコブ・イェルゲンセン

彼の言っていたことを、たぶん私は半分も理解できてないんだけど、世界の見え方、空間の捉え方について考え直すきっかけにもなりそう。とはいえ、いま忙しくて、なかなか考え直してる時間がないんですけどもね! 折に触れて、そう、散歩してる最中とかに思索にふけりたいものですよ。

それにしてもオラファー・エリアソンすごいなと感心したのが、彼の作品を見るたびにどうしてこんなことを思いつくのか不思議でしょうがなかったんですけど、インプットのスケールが半端ないこと。

人はまったくのゼロからは大したものが生み出せなくて、なにかを創造するというのは「インプットしたものがその人の中を通過して形を変えてアウトプットされること」だと思っているんですけど、オラファー・エリアソンはそもそものインプットが壮大だった。

たとえば生まれ故郷のアイスランドに行って、大自然と向き合い写真を撮る。それも落ちたら死ぬような氷河の裂け目の写真を、車に設置したハシゴに乗っかって上から撮影したりしていて、いやーそりゃもうアトリエにこもってたりしてたんじゃ、あんな作品は生まれてこないよね、そうだよね、インプット大事……!としみじみ思った次第です。

あとね、アート作品鑑賞するときに、最近ぼんやり眺めちゃうことが多かったんだけど、もっと頭使って鑑賞しないとだめだな、と反省しました。

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by rivarisaia | 2017-11-25 23:25 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

ドリーム

相変わらずバタバタしていて、フィルメックスには行けそうにないですが、映画祭の前に観た映画の感想をちまちまアップすることにします。

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ドリーム(Hidden Figures)』監督:セオドア・メルフィ

最初は「私たちのアポロ計画」という副題がついていたけど、「マーキュリー計画なのに、なんでアポロやねん!」という批判が起こり、副題は撤去されました。のちのアポロ計画にもつながってるからって、メインはあくまでマーキュリー計画なのにアポロはナイ。ドリームっていうのもちょっとズレていますが。

1960年代初頭、ヴァージニア州にあるNASAのラングレー研究所が舞台。トイレもバスの座席も学校も、社会のあちらこちらが白人用と有色人種用に分けられていた時代のアメリカ。

計算手のキャサリン・ジョンソン(タラジ・P・ヘンソン)、計算部代理スーパーバイザーのドロシー・ヴォーン(オクタヴィア・スペンサー)、エンジニアのメアリー・ジャクソン(ジャネール・モネイ)という3人が、黒人でしかも女性という二重のハンデを背負いつつも、偏見や差別と闘い「マーキュリー計画」に大いに貢献する、という映画です。

電子計算機が登場する以前は、「コンピュータ」とは「計算をする人間」を指し、大勢でチームを組んで複雑な計算を人力で行っていて、NASAでも多くの黒人女性が計算手として雇われていました。

脚本なのか編集なのか、ややひっかかるところや、史実とは異なり盛っている部分もあったとはいえ、全体的にはよくできていて、主演3人が前向きなので暗く重々しい雰囲気にならず、明るい気持ちになれるのがよかった。

とにかく私は、前例がないことをやったり、既存のバカっぽいルールを壊したりする人の話が好きなのです。

ただ手放しですっきりする映画というわけでもなくて、NASAのような進歩的な人たちがたくさんいるはずの場所で、おまけにズバぬけて優秀な人材に対してもこの扱いか、じゃあ一般社会での凡人はもう絶望的じゃないか、という気持ちにもなっちゃう。

主演3人がチャーミングなのはいうまでもないんだけど、いま振り返ると強烈に印象に残っているのが、キルステン・ダンストが演じていた計算部の白人女性上司ヴィヴィアン・ミッチェル。

たぶん彼女は、女性の地位が低い職場で苦労している人なんだと思う。だから、私だって我慢してすごくがんばっているんだから!と考えているはずで、偏見に満ち満ちた態度を取ってしまっていることに、マジで気づいてなかったというか、そんなことを考える余裕もなかったんじゃないかなあ。

こういうことは往々にして起こる。彼女のような人はどこにでもいるし、誰の心の中にも、当然私の中にもきっとヴィヴィアンはいるから、まさに他山の石としたい人物だった。

そしてヴィヴィアンの男性版が、シェルドンことジム・パーソンズ演じるポール・スタフォードで、ヴィヴィアンとポールは私たちの反面教師コンビなのでしょう。

いっぽうでジョン・グレンが見た目も行動も好感度メモリ最大限までアップした状態で登場するんですけど、男前すぎないですか。「あ、彼女たちにも挨拶させて!」とにこやかに黒人計算手チームに歩みよっていく場面とか、なんだろうあの爽やか好青年っぷりは。

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by rivarisaia | 2017-11-20 23:25 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

エイリアン: コヴェナント

プロメテウス』の続編で『エイリアン』の前日譚。前作『プロメテウス』の謎が解決……したのか、よくわからないけど、新たな疑問が生まれた。とりあえず、創造主に反発した悪魔のエデンみたいな話だったなーと思いきや、仮タイトルが『Paradise Lost』だったときいて納得。

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エイリアン: コヴェナント(Alien: Covenant)』監督:リドリー・スコット

『プロメテウス』の一件から十数年後、ノアの箱船みたいな宇宙船コヴェナント号(入植者&胎芽を大量に運んでいる)がオリガエ6という惑星を目指して航行中、突発的な事故が発生、冷凍睡眠中だった乗組員が対処していると、謎の信号が受信され、解析してみたら英語の歌だった。そこで、セイレーンの歌声に呼び寄せられるがごとく、コヴェナント号は発信源の惑星に向かう。

ちょっとまって。なんで?

その惑星がオリガエ6より地球に似てる!ということで、いきなりの目的地変更。似てるっていうだけで、未知の惑星に行くの大丈夫なの?と心配になるんですけど、このコヴェナント号の乗組員の方々は、一時が万事こんな調子で、びっくりするくらいおっちょこちょいというか、脇が甘い。コヴェナント号で頼りになりそうなのは、アンドロイドのウォルター(マイケル・ファスベンダー)くらいなもんですよ。人間がすごくダメ。

ヘルメットかぶらなくていいの?と思うじゃない? ほらね!言わんこっちゃないよね!?

コントかな?というくらいずっこけな出来事が連続しておきたりするんですけど、『プロメテウス』に登場したアンドロイド、デヴィッドが登場したあたりで、なんだかこれエイリアンの話というより、マイケル・ファスベンダー型アンドロイドがメインの話かな?っていう様相になってきました。
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左の誕生秘話っていうより、右の人の独擅場


ファスベンダーとファスベンダーが語り合ったり、笛吹いたり、喧嘩したり、そんな話です。ええとエイリアンも出てきますけど。

ところで、ちょっと以下、ネタバレなのですが、とても疑問がありまして、

最後に微笑む例の人はデヴィッドなんですかね。ふつうに考えたらデヴィッドなんだろうけど、リブートして覚醒しちゃったウォルターだったらちょっと面白いなと思って。で、エンジニアの星ってあれしか存在しないんですかね。そしておおもとのエイリアンの星と、今回の話はどう関係してくるのー?

やっぱり謎が解けてないみたい! 次は『プロメテウス』と『コヴェナント』の間の話になるみたいですけど、そこでいろいろ解決するのかな。


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by rivarisaia | 2017-10-04 19:13 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

メッセージ

テッド・チャンの短編『あなたの人生の物語』の映画化。最初に映画化すると聞いたときは、無理じゃないかなー、安っぽい映画になりそうだなー、と心配したけど、まあまあよくできていた(ずいぶんと上から目線な書き方である。すまぬ)。しかしささくれのように心にひっかかる部分もあって、日が経つにつれてもやもやが大きくなった感じもある。

以下、内容に触れてます。

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メッセージ(Arrival)』監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ

ある日、謎の宇宙船が世界のあちこちに出現。彼らがやってきた目的を探るべく、人類は地球外生命体である「ヘプタポッド」とコミュニケーションを取ろうとする。

アメリカでは言語学者のルイーズが数学者のイアンらと共にヘプタポッドの言語の解読を試みるのだが、その過程でルイーズは新たな能力を身につける、という話。

ヘプタポッドの言語を会得することにより時間の認識の仕方が変わり、「未来を知る」ことができるようになった結果として自由意志が失われる。

これが「未来を予知すること」とはまったく違うのは、予知の場合は起きてほしくないことを避けるという選択が可能だけれども、未来をすでに知っているというのは、過去の出来事のように未来の出来事を思い出せるというのに近く、要するにそこに選択の自由はなく、未来を変えることはできないのだ。

ただ映画だと、悲しい未来を知りつつ、ルイーズはあえてそれを選択したかのように見えなくもない、というのが気になったところ。そして原作にはない、攻撃を中止させる電話のエピソードだけど、あれって成り立つのかなあ。

さらにもうひとつ、ひっかかるのが、娘の死因を事故ではなくて不治の病にしたところ。病気は避けられないことだけど、事故は避けようと思えば避けられたかもしれない。それなのにやはり避けるという選択肢を選ぶことは不可能だったのだ、という原作の設定のほうが自由意志の消失を補強してた気がしたので、なんで変えちゃったんだろう。

原作はドライな印象だったのに比べて、映画はウェットなイメージだったんだけれど、映像がみずみずしかったせいかもしれない。宇宙船に入る場面で重力のあり方が変わるところは面白かった。

思い返してみると、宇宙人とのコミュニケーションでいきなり英語を使うのも不思議かも。人類が前に宇宙に送ったメッセージはイラストだったよね、そういえば。



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by rivarisaia | 2017-06-23 19:43 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(2)

スプリット

好き嫌いがわかれそうな映画ではありますが、そしてちょっとどうなのかと考えるところもあるものの、私は最後ナンダッテー!と椅子から立ち上がりそうになりました。うっすらとネタバレしています。

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スプリット(Split)』監督: M・ナイト・シャマラン

見知らぬ男に拉致され、監禁された3人の女子高校生。男は23の人格がある多重人格者だった。

これしか知らない状態で観たので、ジェームズ・マカヴォイの多重人格演技にうひゃーとなりつつも(23人分の人格は出てきませんが、人格が入れ替わるところとかうまい)、どういう展開になるのか皆目見当つかなかったけど、シャマランは基本的にはいつも直球勝負で、今回もそうでした。

監禁場所はいったいどこなのか。最後のほうであかされた時に、ああそうか、言われてみれば確かにヒントはあちこちに散らばっていたね、と納得。ようやく脱出できたのに、それは出口のない地獄のような日常に戻されただけであり、あまりに酷じゃないかと心底ツラい気持ちになっていたら、「シャマラン、まじで!?」という場面が用意されていた。

でもこれは、いわゆる驚愕のラストではなくて、あれのファンに対するちょっとしたプレゼント的な、おまけなのではないかしら。万人受けしないのはわかってるけど、私は、サンキュー、シャマラン、楽しみだよ!という気持ちで受け取りました。ある意味、ひとりマーベル状態。がんばって。

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by rivarisaia | 2017-06-08 19:40 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

メットガラ ドレスをまとった美術館

毎年5月の第1月曜にニューヨークのメトロポリタン美術館で行われるファッションの祭典「メットガラ」。その開催までの8カ月を追うドキュメンタリー。

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メットガラ ドレスをまとった美術館(The First Monday in May)
監督、撮影、編集:アンドリュー・ロッシ

METの服飾部門が特別展オープニングにあわせて開く資金集めパーティ「メットガラ」を仕切るのはMETの理事でもあるVOGUE編集長アナ・ウィンター。

本作が密着するのは、アナ・ウィンターと、2015年の特別展「China: Through the Looking Glass(鏡の中の中国)」のキュレーターであるアンドリュー・ボルトンです。

いやはや、とても面白かった。裏方の話、大好き(自分が現場の人だったら、胃が痛くなりそうだけど)。

展覧会自体が、ヘタするとステレオタイプのオリエンタリズムという批判を招きかねないデリケートなコンセプト。さらに今回は「ファッションは永らく芸術とはみなされてこなかった…」と肩身狭そうな服飾部門が、それこそ紀元前からの芸術を扱うアジア美術部門と初めて共同で行う企画。スタート時点から波乱万丈の気配に満ちている。

会場設営もかなりギリギリの状態だったようで、間に合わない!どうしよう!と言ってたあれこれを、どうやって間に合わせたのか、綱渡り状態の現場をもっと見たかったのだけれども、本作がフォーカスしてるのはあくまで「ガラ」でした。展覧会の苦労話はまた別の機会に詳しく聞きたいものである。

1日だけのイベントとはいえ、ガラの席料はひとり2万5000ドル。しかしここで集まったお金が服飾部門の1年間の活動資金になる。招待客もいるけれど、寄付金を集めるのが趣旨なので無料の客はできるだけ減らしたい。会場全体のコーディネートはもちろん、席順を決めるのも非常に気を使う。

ふだんの雑誌の仕事に加えて、こんな華やかな一大イベントで采配をふるって成功に導くアナ・ウィンターは本当にすごい人ですよ。「私は決めるのが早いだけ」と言ってたけど、その判断力がすばらしいのよね。

そして展覧会の芸術監督を務めたウォン・カーウァイが、随所で的確なアドバイスをしていたのも印象的だった。「たくさん見せることは、何も見せないのと同じ」という言葉にも説得力があった。

プロフェッショナルな人たちのプロフェッショナルな仕事っぷりをしっかり見届けたという充実感。こういうの見ると、日本は考え方からしてまだまだだよなーと思っちゃう。政府の人やお役所の人もこういうところから学んだらいいんじゃないかね。がんばろう。


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by rivarisaia | 2017-05-24 00:38 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(9)

見たもの読んだものについての電子雑記帳


by 春巻まやや
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