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普通の人びと―ホロコーストと第101警察予備大隊

『コール・オブ・ヒーローズ』の感想でふれた本で、今のところ絶版みたいだけど、読み継がれるべき1冊。文庫化するか電子版を出すかしてほしい。

「普通のドイツ人が、いかにして史上稀な大量殺戮者に変身したのか」を膨大な史料に丹念にあたって浮き彫りにした本。ちなみにここでの「普通の人びと」は男性ですが、「普通の女性」のケースについては『ヒトラーの娘たち――ホロコーストに加担したドイツ女性』(ウェンディ・ロワー著、明石書店)をどうぞ。

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普通の人びと―ホロコーストと第101警察予備大隊』クリストファー・ブラウニング著、谷喬夫訳、筑摩書房

警察予備大隊の構成員というのは、あくまで警察の予備として急遽収集された一般市民であり、軍人ではなかった。

およそ500人の隊員からなる第101警察予備大隊も、上に立つ少数名のナチ党員やSS隊員をのぞけば、ほとんどが運送業や材木屋、教師、事務員、船員、セールスマンといった、「普通の人びと」である。年齢層は高め、ナチス・ドイツ以前の教育を受けており、格別にナチスの思想に傾倒していたわけでもない、主にハンブルク出身の一般労働者。

1942年、第101警察予備大隊はポーランドに派遣される。そしてそこで2年間にわたりこの「普通の人びと」は虐殺に加わっていくことになるのだった。

一番最初の「任務」では、隊長であるトラップ少佐が、涙を浮かべながら内容を説明した上で参加したくない者は申し出れば処罰なしで任務から外すと言うのだけれども、ここで辞退した者は10名ほどしかいない。

そしていざ銃殺が始まるとトラップ少佐は現場には来ず、小屋の中で泣きながら神に祈っていた。「現場」では、殺すのが嫌でこっそり隠れた者、耐えきれず途中で任務を外してもらった者もいたけど、残りは命令に従ってひたすら殺し続けた。とはいえ、初めての任務はかなり凄惨なことになり、隊員のほとんどは精神的に参ってしまう。

ところが、彼らはその後も虐殺任務を手がけていくうちに、だんだん手際もよくなり、精神的にもすっかり順応してしまう。

馴れって怖い、というレベルを超えて人は物事に馴れる。おびただしい人数をトレブリンカ絶滅収容所へ送り込むという移送作業も、隊員たちはじつに心穏やかに取り組むことができた。だって、自分たちが手を下すわけじゃないからね。1943年の「収穫祭作戦」と呼ばれる大虐殺が彼らにとって最後の任務となった。

著者ブラウニングは、最後にこう書いている。

「殺戮した者は、同じ状況に置かれれば誰でも自分たちと同じことをしただろうとして、免罪されることはありえない。なぜなら、同じ大隊員のなかにさえ、幾人かは殺戮を拒否し、他の者は後から殺戮をやめたのであった。人間の責任は、究極的には個人の問題である」

それはその通りだけれども、

「大量殺戮と日常生活は一体となっていたのである。正常な生活それ自体が、きわめて異常なものになっていたのである」

という状況で、「絶対に嫌です、やりません」とはたして私たちは言えるかどうか。これは自分本位な性格というか他人の目をまったく気にしない性格かどうかが大きい気もしてきた。最初あんな泣いてたトラップ少佐だって、しまいには順応してるわけで、心が優しいかどうかはきっとあまり関係ない。

自分が任務を拒否することは、汚れ仕事を仲間にやらせることであり、「それは結果的に、仲間に対して自己中心的な行動をとることを意味」していた。ときに正義を貫くには、周りから独善的だ、弱虫だなどと侮辱されても無頓着でいられる強さが必要かもしれない。

第101警察予備大隊が射殺したユダヤ人の数は、1942年7月から1943年11月の間に総計38,000人、トレブリンカへ強制輸送したユダヤ人の数は、1942年8月から1943年5月までで、総計45,200人だった。



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by rivarisaia | 2017-08-21 22:19 | | Trackback | Comments(0)

Himself

なんだかどう評価していいのかよくわからなかった本だけど、時間が経ってから、いくつかの場面や登場人物たちのことを懐かしく思い出すので、思ったよりも良い本だったのかも。

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Himself』Jess Kidd著、Canongate Books

表紙はUK版とUS版の2種類。私はUK版が好き。

アイルランド。1950年、赤ん坊を連れた少女が森で殺される。
そして1976年、Mohonyという26歳の青年がMulderrigの小さな村にやってきた。彼は赤ん坊の頃に自分を捨てた母親を探しにやってきたのだ。

という話で、そうか、主人公の過去と昔の殺人事件にまつわるミステリーなのね、と読者である私は思うわけですが、この本がちょっと、というか、かなり変わってるのは、

村には幽霊が満ち満ちていて、主人公には霊が見える。

というところ。あちこちに幽霊だらけ。猫が死ねば、猫の霊が体から抜けて生きてるときのように路地を歩いていくし、書斎にいる老婦人のそばをかつての恋人がふわふわうろついてたりする。パブに行けばそこにも幽霊がいるし、道歩いててもそこに霊がいる。

なんだこの話……。

かつてこの村に住んでいた主人公の母親は、一応は行方不明ということになっているのだが、どうやら村にとって厄介な存在だったらしい(あとでどのように厄介だったのか判明するけど、そりゃ困るね……)。主人公は、かつて舞台女優だった老婦人、Mrs. Cauleyの協力を得て、失踪した母親の謎を探っていくんだけれど、Mrs. Cauleyの立てた作戦はともかくとして、彼女自身はとても印象深いキャラクターで、本書の中で一番好きかも。私はMrs. Cauleyと茶飲み友だちになりたいです!

さて読み終わってみると、いくつかの謎が謎のまま終わった気もするし(Mohonyの父親が誰だったのか、もわからないままじゃないですか?)、ミステリーというよりマジックリアリズム小説といったほうがしっくりくるかも。幽霊はたくさん出てくるし、過去の事件は暗い話だけれど、陰鬱とはしてなくて、ちょっと陽気なところもある話です。




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by rivarisaia | 2017-08-12 18:46 | | Trackback | Comments(0)

Man V. Nature:シュールでダークで居心地が悪くなる短編集

シュールでダークで居心地が悪くなる話が12編詰まった短編集。夏のビーチでの読書にはあんまり向かない。夜に読むのはおすすめ。

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Man V. Nature』Diane Cook著、Harper

表題作は、魚釣りに行ったはずがなぜかゴムボートで漂流するはめになった三人の男性の話。幼い頃から仲良しの三人組と思いきや実際は……という事実が漂流中に徐々に明らかになっていって、なんともいたたまれない心持ちに。

配偶者を亡くした者は新しいパートナーをあてがわれるまで強制的に施設に収容されるという、ちょっとアトウッドっぽい「Moving On」、洪水で2軒だけ家が残された世界の話「The Way the End of Day Should Be」、産んだばかりの子どもを謎の男に奪われる恐怖を描く「Somebody's Baby」、一歩でも外に出ると襲撃される世の中で、主人公は強い男と結婚し巨大な赤子を生むんだけれども……という「Marrying Up」など、全般的にディストピアな話が多いのですが、どの話も私たちの不条理な社会や日常に潜む不安や無力感、欲望や葛藤を暗喩していると考えると、いくらでも深読みできて、それぞれの話が意味するところをじっくり反芻するととても楽しいのでおすすめです。

コミカルで異色だったのは、人を食い殺すモンスターが襲来し右往左往するエグゼクティブたちを描いた「It's Coming」(これたぶんタイトルはシャレになってるのでは?)。

そしてゴールディングの『蝿の王』を思わせる「The Not-Needed Forest」のラストには戦慄しました。10歳になって社会的に不要とされた少年たちが、装置に入れられてどこかの森に送られるんだけど……という話。途中まではありがちと思っていたけど、最後の最後で、え、そういうことかとわかった時に「うわー」と背筋凍った。地味に怖い。



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by rivarisaia | 2017-08-03 19:01 | | Trackback | Comments(0)

大航海時代の日本人奴隷

最近読んだなかでとても面白くて、おすすめの本がこちら。

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大航海時代の日本人奴隷』ルシオ・デ・ソウザ、岡 美穂子著、中央公論新社

わくわくするので、出版社の紹介文をまず読んでみて。

戦国時代の日本には奴隷とされた人々が多数存在し、ポルトガル人が海外に連れ出していた。メキシコに渡った3人の日本人奴隷を語る異端審問記録。もう一つの大航海時代史が立ち現れる。

16世紀から17世紀にかけて、奴隷として海外に連れ出された日本人がいた、という話は宣教師の記録にも出てくるし、しばしば目にしていました。しかし実際、どのくらいの人数が、どのあたりの国に行って、およそどんな生涯を送ったのか、具体的なイメージが今ひとつ湧かなかった。この本を読むまでは。

史料に残っている日本人はごくわずかとはいえ、著者が丹念にそうした史料を追い、日本人奴隷の実態について詳しく調査研究したのが本書です。

わたしの想像以上に多くの人が、マカオ、フィリピン、南米、スペイン、ポルトガル……と、世界のあちこちに渡っていたのがまず驚き。ポルトガルには少年遣欧使節以前から日本人がいたらしい。

彼・彼女らの境遇もさまざまで、「期限付きの使用人」として契約したのであって自分は奴隷ではない、という人々も存在したようす。現代の私たちからすれば、人身売買で奴隷なんだけれども、本人は「年季奉公」のつもりでいる、というのも、言われてみればなるほど……。海外でのちに自由人となって、現地の人と結婚した人もいれば、不遇のまま生涯を終えた人も少なくなかったようです。

詳しくその生涯がわかっている「ガスパール(日本名は不明)」の場合、8歳頃に九州でさらわれて、表向きはカトリック教徒を装うユダヤ人のポルトガル商人に買い取られ(使用人としてそこの家の子供と同じように教育も受けている)、異端審問所に追われる主人一家とともにアジア各地を転々とした後、メキシコにわたり、そこで奴隷身分からの解放を求める訴訟を起こし、主人の息子と再会を果たし、はれて自由人になった。なんだか激動の人生である。メキシコでどんな生涯を終えたのだろうか。ガスパール。

マカオにも、17世紀初頭にはたくさんの日本人が住んでいたようだけど、明朝が日本人の入国を制限している手前、本当は日本人が住んでいてはいけないので史料としてはあまり残っていないとのこと。

海外で日本人がコミュニティを作ることもあり、それが各地の当局からマークされていたこともあったそうで、江戸幕府の鎖国のプロセスにも「海外在住日本人の問題が少なからず影響を与えたのではないか」と著者は仮説を立てている。

日本人奴隷は中国人やインド人、そのほかの東南アジアの奴隷とも共存していたようなので、そのあたりの歴史もあわせて詳しく知りたいなと思った。ちょうどアメリカの西部開拓時代におけるアジア系移民(日本人含む)についての資料をちまちまと探して読んだりしていることもあって、アジアの他の国の状況も気になるのだった。

しかし、前述のガスパールの件といい、こうした過去の実情が判明したのは、スペインやポルトガルがきちんと文書に記録し、それをちゃんと保管していたからで、すばらしいとしか言いようがありません。捨てちゃダメだよ、文書。後世の人にとって何が重要になるかわからないからね。

ちなみにこの本の原書は3倍のボリュームがあるそうで、イエズス会と奴隷貿易、ポルトガルによる現状認識などについては未訳なので、ぜひ続きも出してほしいです。刊行を楽しみに待っています。


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by rivarisaia | 2017-07-17 19:16 | | Trackback | Comments(4)

The Tsar of Love and Techno

私にとって2014年のベスト本が『A Constellation of Vital Phenomena』だったのですが、同じ著者の2冊目も天才的にすばらしくて唸った。もっと早く読めばよかった。Anthony Marra(アンソニー・マラ)は新作が出たら絶対読む作家リストに入れました。

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The Tsar of Love and Techno』Anthony Marra著、Hogarth Press

短編集だけれども、すべてのストーリーが巧妙にリンクしていて、最初の話から順を追って読んでいくと、壮大なひとつの長編小説でもあることがわかる連作短編集。

意外な伏線があちこちにちりばめられていて、それを回収していく構成も見事で、むしろ連作短編集に見せた長編といったほうが的確な気もする。それと気づかないまま大きな絵の細部をひとつひとつ見ていって、読み終わると鮮やかに1枚の絵の全体が俯瞰できる感覚。

内容を知らないままのほうが、驚きが増して読む楽しさが倍増するので、ここでは詳しいあらすじには触れません。

物語の舞台は、スターリンの大粛清真っ最中のレニングラードから戦時下のチェチェン、人工的に造られた森に地雷の埋まった高原、現代のサンクトペテルブルクを経て、いつなのかわからない宇宙のどこか。

話をつなげていくのは、絵画や写真から政府に都合の悪い人物を消去する仕事を手がける修復師、スパイ容疑で捕まったバレリーナ、ミス・シベリアにロシアで十三番目の大富豪、写真花嫁、ロシア兵、チェチェンの小さな美術館の館長といったさまざまな人たちと、その息子や娘、孫。

そして、こうした登場人物だけではなく、1枚の絵や1本の映画、決して聞かれることのなかったミックス・テープといった「モノ」も物語を織り合わせる上で重要な役割を果たしています。

息を呑むような長い長いセンテンス、ハッとするような美しい文章といった、前作でもすごいと思ったアンソニー・マラの語り口にはさらに磨きがかかっていて、あはは!と思わず笑った直後に、胸に突き刺さるような悲しみが待ち受けていたりするので油断なりません。そして本作でも、希望は確かに存在しているのだった。

「ミックス・テープ」がキーワードのひとつなので、目次もミックス・テープにちなんでいて、あらすじを紹介しない代わりに、目次だけ記しておきます。

[SIDE A]
"The Leopard" レニングラード、1937年
"Granddaughters" キロフスク、1937-2013年
"The Grozny Tourist Bureau" グロズヌイ、2003年
"A Prisoner of the Caucasus" チェチェンの高地、2000年

[インターミッション]
"The Tsar of Love and Techno" サンクトペテルブルク、2010年; キロフスク、1990年代

[SIDE B]
"Wolf of White Forest" キロフスク、1999年
"Palace of the People" サンクトペテルブルク、2001年
"A Temporary Exhibition" サンクトペテルブルク、2011-2013年
"The End" 宇宙空間、年代不明

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by rivarisaia | 2017-04-13 22:30 | | Trackback | Comments(0)

Lincoln in the Bardo

短編の名手とよく言われているジョージ・ソーンダーズ(パストラリア、短くて恐ろしいフィルの時代)の初の長編ということで話題の本。非常に風変わりな小説で、最初は戸惑ったけれど私はとても好きです。

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Lincoln in the Bardo』George Saunders著、Random House

1862年、11歳になる最愛の息子ウィリーをチフスで亡くしたリンカーン大統領は、たびたび息子の墓を訪れてはその亡骸を抱きしめ、悲しみにくれた、という史実を元にして書かれた物語で、読む前の私は正直言うと、

今はあんまりリンカーン大統領に興味ないし、辛気臭そうな内容だけど、それで長編……一体どんな話なのか?

と胡散臭そうな反応をしてたんですが、やけに絶賛されているので興味を持ったのが読むきっかけ。

読み始めは、かなり面食らった。出だしでいきなり「は? これ何の話してるの?」と首をかしげ、

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3ページ目にして、hans vollman(ハンス・ヴォルマン)という人物と roger bevins iii(ロジャー・ベヴィンズ三世)という人物の会話であることがわかるんだけど、そのあともずっとこの調子。墓場にいる幽霊のセリフだけで構成されている章か、あるいは、

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こんな具合にどこかの本からの引用のみで構成されている章(この引用箇所は、実在の文章と著者の創作が混在してるそうですよ!)だけで成り立っている小説です。慣れるまでは読みにくいし、ところどころ意味がわからない箇所もあった。でも、面白い。さまざまな断片がより集まって、ひとつの幻想的なシンフォニーを奏でているかのような小説。

セリフのある幽霊だけでもざっと数えて40人。幽霊たちは自分たちが死んでいるとは思っていなくて、自分たちの状態を「Sick-form」、棺桶を「Sick-box」と呼んでいる。ちなみにタイトルの「Bardo」は仏教の概念「中陰」を指し、この世に心残りのある幽霊たちは成仏できずに「死んでから次の世にいくまでの間の状態」にある。

幽霊の中でもメインキャラクターとなる狂言回し的な存在は、前述のハンス・ヴォルマンとロジャー・ベヴィンズ三世、そして牧師のエヴァリー・トーマスの3人。幽霊たちの姿には生前の後悔が反映されるらしくて、ハンス・ヴォルマンはほぼ裸で巨大なナニが勃起している状態だし(私「へ!?」となって2度読み返しました)、ロジャー・ベヴィンズ三世はいくつもの目と鼻と手(つまりは感覚器官)を持ち、牧師は髪の毛が逆立ち、恐怖で驚愕した表情をしているのだった。

3人のうち、後に明らかになるんだけれども、牧師は例外的な存在だったりする。そしてこの牧師の恐れや献身がとても心に残る物語でもあった。

さて。

通常、ウィリー・リンカーンのような小さな子供は、墓地にやってきても留まることをせずにすぐに「行って」しまう。ところがウィリーはいつまでも留まっていて、父が来るからといって去ろうとしないのだった。一方で幽霊たちは、息子の死を悼むリンカーン大統領の姿に心うたれる。

ウィリーをはじめ、幽霊たちは果たして無事に成仏できるのか、というのが大きなあらすじだけど、そこに、それぞれの幽霊たちの人生や、リンカーン大統領夫妻のエピソード、そして当時真っただ中にあった南北戦争の状況説明などが織り込まれていて、重層的な物語になっている。

同じ晩のことなのに、満月だったり月がなかったり、記述にバラつきがみられる章も興味深いし、死後の世界で起こる幻想的な事象についても意味合いを深く考えてしまう。そして何よりウィリーの死とリンカーン大統領の悲しみが、南北戦争における多くの若者の死と彼らの親の悲しみと重なりあうところは、なんともやりきれない。

本作はオーディオブックにも力を入れているみたいで、著者本人をはじめ俳優、作家など含む総勢166人のキャストが参加しているらしいので、こちらもいつか聞いてみたい。レイアウト的にはKindleよりも紙の本がおすすめですが、辞書で調べたりするのはKindleのほうが便利なので、両方欲しい本かも。

本作はさっそく映画化権が売れたっぽいけど、映像化は難しそうだし、だいぶ小説とは趣が変わった感じになりそう。

また余談ですが、これ読む前は興味なかったリンカーン大統領について、もう少し調べてみようかなと今思い始めてるところです……。

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by rivarisaia | 2017-03-23 23:30 | | Trackback | Comments(0)

All Things Cease to Appear

単純なミステリーかと思いきや、予想とはだいぶ違った趣の小説でした。表紙は2種類あります。

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All Things Cease to Appear』Elizabeth Brundage著、Knopf

ニューヨーク州の田舎の、元農場の一軒家に越してきた家族。ある冬の日の午後、夫のジョージが帰宅すると、妻のキャサリンが斧で惨殺されていた。幸いなことに3歳になる娘は別の部屋にいて無事だった。犯人はいったい誰なのか。

農場にかつて住んでいた家族の話から始まって、序盤はかなりスローだし、会話文にクオテーションマークがないタイプの文章なので慣れるまで読みにくいかもしれないけど、やがて中盤あたりからじわじわと不気味さが増していき、背筋がうっすらと寒くなる。

この一軒家では以前にも事件があり、そのせいかどうやら幽霊が出るようなのだ。でも幽霊の存在を感じているのは、抑圧されて過ごしている妻だけで、夫はまったく気づかない。妻の不安は増していく。このあたりでゴシックホラー的な展開になるのかなと匂わせておいて、途中で犯人が判明してから物語は一気にサイコ・サスペンスな方向に。

事件が一応の解決をみるのに20年以上の月日が流れるのだけれど、果たして犯人は逃げおおせてしまうのか、いったいどうやって作者はこの事件に落とし前をつけるのか、途中から気になってしかたなかった。

読み終わってみると、ミステリーというよりは、サイコホラーの色合いが強く、また、壊れてしまったふたつの家族や何組かの夫婦のあり方の話でもあり、抑圧されて居場所を奪われた女性たちの悲劇でもあったのだなあと思う。

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by rivarisaia | 2017-03-21 22:24 | | Trackback | Comments(0)

A Gentleman in Moscow

今回も、表紙がいいな、と思ってあらすじに目もくれず読んだ本。モスクワにやってきた英国貴族の話かな?と勝手な想像をしていたんですけど、まったく違った。あるロシア貴族の30年という月日を描いた、美しい余韻が残る1冊。

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A Gentleman in Moscow』Amor Towles著、Viking

反体制的な詩を書いたとして有罪になったアレクサンドル・ロストフ伯爵は、1922年、モスクワ中心部に位置する高級ホテル、メトロポールに軟禁される。彼がそこで過ごしたおよそ30年間の物語。

メトロポールはクレムリンから目と鼻の先にある実在の高級ホテル。そのスイートルームにひっそり滞在していた伯爵は、革命的な詩を書いたかどでボルシェビキ政府から軟禁を命じられ、ホテルの屋根裏部屋に追いやられてそこで暮らすことになってしまう。ホテルから一歩でも外に出たら、射殺すると言い渡されている伯爵だが、いっぽうで貴族であるにもかかわらず、ロシア革命後に処刑もされず、シベリア送りにもならずにすんだのは、その詩のおかげなのだった。

楽天的でウィットに富んだ伯爵は、ホテルの屋根裏で新しい人生をスタートさせる。とはいえ、そんな伯爵もやはり最初は先行きを悲観して自殺を図ろうとするんだけれども、本当に偶然の、ささやかな出来事があって(この場面が好きなので秘密にしておきますが、キーワードは蜂蜜)、伯爵は死ぬのをやめて、ホテルの中でせいいっぱい生きることにするのだった。

生きるにあたっては働かなくてはならない。ということで、伯爵はホテルのレストランでウエイターの仕事をする。スターリンからフルシチョフへと外の世界がめまぐるしく動いていく中、閉ざされたホテルの中の世界では、さまざまな出会いがあり、魅力あふれる大切な人々との間で友情や愛情が育まれていく。やがて明らかになる真実。守らなくてはならない人のために迫られる決断。はたして、伯爵は一体いつまでホテルにいるのか、外へと出ていくチャンスは巡ってくるのでしょうか、というのは読んでのお楽しみ。

そしてラストシーン。時代によってどんなに外側が変化しても、決して変わらない内なるロシアの精神があるとするなら、それを体現していたのが伯爵だったのかもしれないなーとふと思ったりしました。

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by rivarisaia | 2017-02-23 23:12 | | Trackback | Comments(0)

All the Birds in the Sky

表紙がとても気になって読むことにした本。ちょっとシュールで変わった話で、万人受けはしなさそうだけど、私は好き。

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All the Birds in the Sky』Charlie Jane Anders著、Tor Books

パトリシアは、6才のとき、傷ついた小鳥を助けようとして動物と話せることに気づき、自分にはどうやら魔女の素質があるらしいと知る。

ローレンスは、サイエンス・ギークの天才少年で、家に閉じこもってコンピュータの前で過ごしてばかりいるので、両親から心配されている。

友だちのいないふたりは、あることをきっかけに仲良くなるが、ローレンスがパトリシアの能力を目のあたりにした日から、ふたりの関係はぎくしゃくしはじめる。ローレンスは彼女を避けるようになり、友情にはヒビが入ったまま、ふたりは別々の道を進むことになった。ローレンスはサイエンススクールに進学し、パトリシアは知られざる魔法学校へ。

そして月日は流れ、大人になったふたりはサンフランシスコで偶然再会する。

その頃、あちこちで気候変動による大規模な災害が増加していた。ローレンスは、地球を救うための科学的な解決策を探るべくシンクタンクで働いており、パトリシアは魔女のコミュニティの一員としてひっそりと人助けをしていた。

しかしやがて世界は滅亡へと進みはじめる……

とまあ、こんな調子の話で、こうやってざっと書くと、さして変でもない、よくある話のような気がするけど、このストーリーの枠組みのあちらこちらにヘンテコ要素が挟まれているので、全体的になんとも奇妙な雰囲気を醸し出しているのだった。

たとえば。

小鳥を救うためにパトリシアが向かった、「鳥の議会」が開かれる森の奥の「The Tree」。そこで提示される「Endless Question」。ローレンスが作った「2秒間タイムマシン」。ふたりの命を狙う「名も無き暗殺団」の男。意志を持ち始めるAI。寂れたモールにある秘密の古本屋、魔法の代償……

物語の前半と後半ではトーンもがらりと変わる。ファンタジーっぽい児童書のような、どちらかというとほのぼのしたところの多かった前半とはうって変わって、後半はロマンスもあるけれど、SF、ディストピア、バイオレンスの色合いがより濃くなる。この展開にとまどう人もいそうだし、盛りだくさんなヘンテコ要素にどんな必然性が?と首かしげてしまう人もいそう。この本に向いてる人は、この点を楽しめる人。

パトリシアは自然(ネイチャー)、ローレンスは科学(サイエンス)を象徴していて、自然と科学は対立することも多いけど、互いに協調しないと地球/人類は救えない、というのが全体のテーマ。後半はかなり酷いことがたくさん起こるけれども、希望を感じさせる終わりかた。このあと、世界はどうなったのかなー。

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by rivarisaia | 2017-02-16 21:16 | | Trackback | Comments(0)

small great things

ジョディ・ピコーの新作は「差別」がテーマです。ページターナーで、一気に読んでしまった。日本において自分はマジョリティに属しているという人(私も含まれます)は特に読むといいですね。

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small great things』Jodi Picot著、Ballantine Books

シングルマザーでベテラン看護師のルースは、病院の産科病棟で働く唯一の黒人女性で、同僚からの信頼も厚い。

しかしある日、ルースが新生児の世話をしていると、赤ん坊の父親から「すぐに出ていけ、そして上司を呼べ」と言われてしまう。赤ちゃんの両親は過激な白人至上主義者だったのだ。

面倒を避けたい病院側はカルテに「アフリカ系アメリカ人の職員はこの患者に触れてはならない」と記載し、ルースは担当を外される。

そして、事件が起きた。

新生児室にたまたまルースしかいない時に、突然、その赤ん坊の呼吸が停止してしまうのだ。子どもに触れるのは禁じられているけれど、看護師としてはすぐに対処をしなくていけないというジレンマに陥るルース。彼女はその時、いったいどうしたか。

結果的に子どもは助からず、ルースは子どもの親から殺人罪で訴えられる。彼女の弁護士を引き受けたケネディは、裁判で人種差別問題を持ち出すのは得策ではない、とルースに伝えるのだが……

語り手は3人。黒人女性のベテラン看護婦ルース、白人至上主義者の父親ターク、そしてルースの弁護を請け負う白人の女性弁護士ケネディ。

あとから考えると、ルースのパートは事例集に出てきそうな典型的なエピソード満載なのがやや気になるし、今のアメリカを考えるとエピローグも楽観的すぎるかもしれない。でもピコーが本当に伝えたいことは、タークとケネディのパートにある。

タークを見て、多くの人はこう思うはず:白人至上主義者って頭おかしいんじゃない? 自分は絶対にこんな差別はしない。

しかしケネディはこう言う:地球上の白人至上主義者をひとり残らず火星に追いやったとしても、差別はなくならないのです。

なぜなら偏見を持っていない人などいないから。それに、レイシズムはヘイトだけの問題ではなく、力を持つ者と持たざる者の問題でもあるから。

著者あとがきを読むと、ピコーは黒人読者からも白人読者からも反発がくることは覚悟の上でこの物語を書いたことがわかる。私が楽観的すぎると感じたエピローグも、現実に起こりうることだった、というところに、おそらくピコーは「決して希望を捨てないで」という想いを込めたのではないか。教科書的な小説という批判もあるかもしれないけど、考えるきっかけになる1冊だし、今読まれるべき本だと思います。



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by rivarisaia | 2017-01-27 19:09 | | Trackback | Comments(2)

見たもの読んだものについての電子雑記帳


by 春巻まやや
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