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ゴールデン・リバー

1か月近くずーーーっと曇りや雨の、沼の底にいるような東京でしたけど、やっと晴れたよ!

ちょっと前にこの映画を観たのだった。グッバイ、父権制!

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ゴールデン・リバー(The Sisters Brothers)』監督:ジャック・オーディアール


パトリック・デウィットによる、何もかもが裏目に出ちゃう兄弟が活躍(?)する、すっとこ西部劇『シスターズ・ブラザーズ』の映画化。監督が『預言者』のジャック・オーディアールです。

1851年、ゴールドラッシュのアメリカ。凄腕の殺し屋“シスターズ兄弟”は、雇い主の"提督"から山師のウォームという男を始末するよう依頼される。ウォームを追ってオレゴンからカリフォルニアに向かうシスターズ兄弟。いっぽうウォーム、提督の連絡係であるモリスに近づき……

原作とは細かいところがいろいろ違うのはいいとして、雰囲気もまるで違うからちょっとびっくりした。原作はどちらかというと、やることなすこと裏目に出っぱなしの殺し屋兄弟のトホホな珍道中で、コーエン兄弟とウェス・アンダーソンをぐるぐる混ぜて割ったみたいな感じだったから。映画は映画でよいと思うし、どこで撮影したんだろ?と気になってしまうような雄大な景色や、ジョン・C・ライリーとホアキン・フェニックスのシスターズ兄弟に、ジェイク・ギレンホールにリズ・アーメッドという連絡係と山師という配役もよかったです。

ただ鑑賞中に、わたしが原作に引っ張られてしまうところがあって素直に楽しめなかったのがちょっと残念。その主な理由はふたつあってひとつは「馬」です。

原作の感想にほぼ馬のことしか書いてないことからわかるように、わたしは馬とイーライの関係がすごく好きだったので、オーディアール監督、ダメ馬タブにさほど思い入れないなら、無理にクマを出さなくてもよかったんやで……。

もうひとつは、連絡係と山師コンビにもフォーカスしてるために4人の物語のようになっていたので、シスターズ兄弟の踏んだり蹴ったりなエピソードが薄まったような気がすることですが、これは構成上しょうがないかなーという気もする。

黄金を手に入れようとしてがんばったけど、失ったものは大きすぎて、けっきょく最後にたどり着いたところは? というお話。

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このポスターもすごくいいね。


by rivarisaia | 2019-07-24 19:25 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)
ディーピカー・パードゥコーン主演の豪華絢爛、目のご馳走のような映画を観たことを記しておくのを忘れていました。
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パドマーワト 女神の誕生(Padmaavat)』監督:サンジャイ・リーラー・バンサーリー

マリク・ムハンマド・ジャーヤシーの叙事詩『パドマーワト』が原作。

13世紀末、シンガール王国の王女パドマーワティは西インドの小国メーワール王国の王ラタン・シンと恋におち、結婚する。その頃、北インドではハルジー朝を興したジャラールッディーンと甥アラーウッディーン・ハルジーが着々と勢力を拡大していた。

という出だしで、パドマーワティがディーピカーちゃん、そして悪役となるアラーウッディーンがディーピカーちゃんの実生活での夫であるランヴィール・シンが演じています。ランヴィール・シンの悪役のインパクトが大変に強烈で、夢に出そう。

パドマーワティはかなり伝説の要素が強そうな人ですが、ラタン・シンやアラーウッディーンは実在の人物。アラーウッディーは、モンゴルが巨大帝国を築いた頃のデリー・スルタン朝の人。遠い昔の世界史でやったような気もなきにしもあらずですがすっかり忘れていました。Wikipediaの項目などを読んでみると、すごく興味深い人物ですね。

ウッディーンってば、劇中でも自分のことを「アレクサンダー大王」になぞらえてたけど、ほんとにそう自称してたのね。そして異彩を放っていた宦官マリク・カーフールも実在の人物で、権勢を誇っていた様子である。

物語は、叔父を殺しスルターンとなったアラーウッディーンがパドマーワティの美貌の噂を聞きつけ、メーワール王国に兵を差し向ける、という展開になります。パドマーワティを一目見たいアラーウッディーンと、ちらりとでも拝ませてやるものかというメーワール王夫妻の攻防戦みたいなことに。

本編が始まる前の注意事項で、映画がどのような結末に向かって突き進んでいくのかわかってしまっているんだけども、それを差し置いても、そもそもパドマーワティとラタン・シンの出会いがですよ、

パドマーワティが鹿を弓矢で仕留めようとしたら間違えて王を討っちゃった

という状況だったわけじゃない? そんな王様、だいぶ頼りなさそうだし、モンゴルを蹴散らしてるアラーウッディーンにかなうわけないよね……。




by rivarisaia | 2019-06-27 18:07 | 映画/アジア | Trackback | Comments(0)

魂のゆくえ

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魂のゆくえ(First Reformed)』監督:ポール・シュレイダー

トラー牧師(イーサン・ホーク)はニューヨーク州の歴史ある小さな教会で奉仕している。

ある日、メアリーという若い女性が夫マイケルと話をしてほしいとトラー牧師に頼む。マイケルは極端な環境保護論者で、こんな過酷な世界に子供を産む落とすということを悲観しており、メアリーに中絶を勧めているのだという……

キリスト教会と環境問題という、議論を呼ぶというか、ある意味デリケートな問題を扱ってるのが、大変興味深かったです。いずれにしても答えは出ない問題なので、なるべく考えないようにしている、といったほうがよいのか。

息子の死に対する自責の念があり、持病も抱えているトラー牧師。ある信者の相談にのったことがさらなる苦悩の種となってしまい、教会が所属するメガチャーチのもとで盛大な記念式典が行われるという大事な時期に、ミイラ取りがミイラになるような状態に陥ってしまいます。

人間が環境を汚染することに憤るトラー牧師なのだが、自分の肉体を(酒で)みずから汚染しているのであった。ウイスキーにピンク色のペプトビスモルを入れる毒々しさよ。ペプトビスモルとはどろっとした胃腸薬のシロップで、アメリカにいた頃の私も愛用してました。余談ですが、生ぬるく溶けた歯磨き粉の味がしておえっとなります。

荊の冠を身につけて血を流す人は、救い主を宿したマリアに救われる。死ぬ間際の幻想なのか、鍵のかかった扉が開いて本当に奇跡が起きたのか、あえてどちらにも受け取れるようにしてあるけど、途中の浮遊するシークエンスから考えて、奇跡、起きたんじゃないかな、と思う。

キリスト教は一神教のせいか、ものすごく白黒はっきりとした宗教のように思うかもしれないけど、相反するようなことが曖昧に両立してどちらも真なり、という面もあるので、この映画のラストの、事実のような幻想のようなどちらもありえるという終わり方はとても腑に落ちた。

『タクシー・ドライバー』を思わせるところもあるけど、イングマール・ベルイマンの『冬の光』やロベール・ブレッソンの『田舎司祭の日記』への監督の目配せも感じました。ベルイマンとブレッソンも観たくなっちゃった。

by rivarisaia | 2019-05-24 23:10 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

たちあがる女

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たちあがる女(Woman at War)』監督:ベネディクト・エルリングソン

予告を観たときには、なんだろうこの映画、ほのぼのした北欧ものかな?と思ってたんですけど、『馬々と人間たち』の監督だということに気づいて、

絶対、いっぷう変わった映画でしょ!!

と確信したので、公開を楽しみにしていました。そしてやはり変わった映画で、どのように解釈していいのかいまだ考え中のところもあるんだけど、ユーモラスで不思議と元気が出たし、わたしはとても好き。なにせ音楽の使い方がすばらしく、何が面白いって、劇伴の演奏家や歌い手が常に画面にいる(笑)

まずは、あらすじ。

アイスランドの田舎に住むハットラ。コーラスグループの指導をしている彼女には、自然を守るために地元のアルミニウム工場にたった一人で闘いを挑む環境活動家という裏の顔があった。
ある日、ハットラのもとに、ウクライナからの養子縁組の知らせが届く。母親になるという長年の夢を叶える前に、ハットラは最後の闘いに挑むことに……

ハットラは「山女」と呼ばれる「環境テロリスト」という扱いをされているんだけれども、それは権力側が貼ったレッテルなのだった。そしてこの映画は、ハットラの行為は誰も死なないけど迷惑じゃん?という話ではなく、一人で巨大な力に立ち向かい、転んでも、転んでも、時折まわりの人たちに助けられながら何度でも立ちあがって走り続ける女性を描いたひとつの寓話なんだと思う。

動的で外に向って行動するハットラとは対照的に、静的で内省的なハットラの双子の姉が登場する。この双子はふたりでひとりなのかもしれないな。

そしてやはりアイスランドの雄大な自然の美しさが今回も圧巻でした。一度行ってみたいな〜。そして前作では人が馬に入りましたが、今回は羊をかぶります。



by rivarisaia | 2019-04-01 23:51 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(2)

マイ・ブックショップ

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マイ・ブックショップ(The Bookshop)』監督:イサベル・コイシェ
1959年のイギリスの海辺の小さな町。未亡人のフローレンスが長年の夢だった書店をオープンする。
町の有力者夫人からは妨害されつつも、読書が好きじゃないという少女に店を手伝ってもらい、長年邸宅に引きこもって暮らしている老紳士が得意客となり、なんとか経営がうまくいっていたかにみえた書店だが……

小さな田舎町の人々と、町に一軒しかないオープンしたての本屋さんの話として想像していたものとはちょっと違った。引きこもりの老紳士であるビル・ナイが、ブラッドベリにハマるあたりは面白かったけど、それ以外の町の人たちはこの本屋をどのくらい利用していたのか、どんな本が好まれていたのか、さっぱりわからないので、『ロリータ』を大量に仕入れるくだりも、いまひとつ現実味がない。そんなに入れても売れないんじゃない?とこっちが心配になるし、結局そこそこ話題になって売れたのか、大失敗だったのかもわからないままなのだった。

有力者夫人は、本屋がオープンすることが気に入らないというよりは、本屋の入っている古い建物を手に入れたいがために邪魔立てするんだけれども、その妨害作戦のひとつとして、町に「別の書店をオープンさせる」というものがあり、しかし、これまたそのライバル書店についてはセリフでしか出てこないので謎が多いまま終わる。

そんなわけで、あまり入り込めない話でしたが、ちらちら映る本の装丁や登場人物たちのファッションが気になる映画ではありました。柄もののブラウスいいな!と思う、そんな映画。


by rivarisaia | 2019-03-30 23:53 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)
観てから1ヶ月以上も経っていて、月日の流れる速さにびっくりですよ。

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アリータ: バトル・エンジェル(Alita: Battle Angel)
監督:ロバート・ロドリゲス

空中に浮かぶユートピアと、そこから廃棄されたゴミが積もる地上のクズ鉄の街。
クズ鉄の街に住む医師イド(クリストフ・ヴァルツ)は、ある日ゴミの山で少女のサイボーグの頭部を見つけ、家に持ち帰って修復する。アリータと名付けられたサイボーグは、イドとともに暮らし始め、やがて失われていた記憶を取り戻していく……

原作の『銃夢』は未読。そもそも最初はあんまり観るつもりがなくて、大きな理由としてはアリータの顔があまり好きではなかったからなんだけど、観る気になったのは、監督がロドリゲスだから。劇場で流れていた予告では、ジェームズ・キャメロンのことはアピールしてたけど、ロドリゲスの名前を出してなかったよね。個人的には、そこがいちばん重要な情報であった。

キャメロンっぽいところと、ロドリゲスっぽいところがうまくミックスされていて、なかなか面白かったし(正直、アクアマンより断然よかった)アリータの顔にも慣れてきて、むしろ最初は気になっていた目の大きさもちょうどいい感じがしてくるのが不思議。人間とああいうアニメーションを組み合わせた際に、アニメーションの造形は人間に寄せるのではなく、デフォルメしたほうが逆にいいのかも。

以下、箇条書きで。

・ああー犬ーー!という場面があるので、犬が好きな人は要注意
・マハーシャラ・アリがものすごい悪役かと思いきや、なんとも言えない中間管理職的な悲哀が……めちゃつらい……
・アリータのボーイフレンドにさほどの魅力がなく、私のハートをあげる♡の場面でも、アリータ、やめときなよ、もっといい人いると思うよ、と思ってしまった
・次号に続く!という感じで終わるので2作目も楽しみです。ぜひロドリゲスでお願いしたいところ

by rivarisaia | 2019-03-25 17:48 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

ちいさな独裁者

驚くことに実話がもとになっている映画。保身に走るものが権力を手にして、物事のありかたをまるで考えずに好き放題にふるまうとどうなるか、というのをまざまざと見せつけられるのですが、あれ?これっていまの政治も似たようなものでは……?という気分になることうけあい。

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ちいさな独裁者(Der Hauptmann)』監督:ロベルト・シュヴェンケ

第二次世界大戦も末期になった1945年4月、敗戦の色が濃くなったドイツでは兵士の逃亡が相次いでいた。軍を脱走した一兵卒のヴィリー・ヘロルトは、道端に乗り捨てられた軍用車の中で将校の軍服を発見する。

それを着用してヘロルトは大尉になりすまし、ヒトラーからの直接の命令とする任務をでっちあげ、敗残兵を次々と指揮下に置き、ついには脱走兵の収容所を掌握する……

追われる身としておどおどしていたヘロルトですが、借り物の制服を身につけてから調子に乗ってどんどん常軌を逸していく。ただ、豪胆なことをやっているようでいて、実際のところは絵に描いたような「ケツの穴の小さいやつ」なのだった。最初から最後まで本当にびっくりするくらい小心者で、それを覆い隠すように言動だけがどんどん激しくなっていくのね。

どこかで彼の暴走を止められたはずなのだが、何かおかしいと思った人たちも何も言わないし、何もできない。戦争末期のゴタゴタした状況で、見逃されてしまう。いったん一線を超えてやってはいけないことをしてしまうと、あっという間に秩序は崩壊する。そして秩序が崩壊すると、どうしようもないカオスな状況になってしまうのだった。

本来はモノクロでの上映のところ、私はカラー(といっても抑え気味の色)で観ましたが、これからモノクロ上映をする映画館もあるみたい。白黒のほうがドキュメンタリーっぽさが出るのかも。あとエンドロールはカラーになるんじゃないかなあ? どうだろう。




by rivarisaia | 2019-03-14 11:01 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)
佳境に入った作業と確定申告にかまけていたらもう3月。映画や本のメモ書きも溜まってきたのでさっさか更新します。

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バーニング TV版&劇場版(Burning)』監督:イ・チャンドン

ある日、街で幼なじみのヘミとばったり出会った作家志望の青年ジョンスは、彼女がアフリカ旅行をしている間、猫の世話を引き受ける。ヘミに恋心を抱いていたジョンスだったが、ヘミは旅行中に知り合ったという金持ちの男性ベンと一緒にアフリカから戻ってきて……

原作は村上春樹の短編「納屋を焼く」。読後になんとも薄気味悪い嫌な後味の残る話で、わたしはわりと好きでした。この映画は昨年末にNHKで放映されたTV版と劇場版の2種類があって、全然印象が違うものになっています。

原作に近い形なのはTV版。果たしていったいどうなんだろう?という曖昧なまま終わる。劇場版ははっきりと回答を出して、さらに原作のその後を描いています。そしてどちらも原作にはなかった「持てる者」と「持たざる者」の対比が色濃く出ていて、そこも興味深い。

若いのに何をしてお金を稼いでいるのかよくわからないギャツビーのようなベン。ジョンスは、韓国にはギャツビーみたいな人間がたくさんいる、と言う。いっぽうで、ときどき古いビニールハウスを燃やすのが趣味だと話すベンは、誰からも顧みられない不要なビニールハウスが韓国にはたくさんある、と言う。そんなハウスを燃やしてしまっても、誰も気にも留めないと言うのだった。

あったはずの井戸がなかったり、いるはずの猫の姿が見えなかったり、どこまでが現実でどこからが幻想なのかよくわからないまま話はすすむんだけれども、劇場版はある時点でくっきりと現実が姿を現わす。ただそれも、もしかすると本当に起こったことではなくて、劇場版の後半はヘミの部屋でジョンスが書いていた小説の中の出来事、もしかしたらあり得たかもしれないもう一つの現実というジョンスの願望かもしれない。

おまけ:「納屋を焼く」は広島大学大学院の山根(田野) 由美恵さんの論文の考察がとても面白いです。よかったらどうぞ>コチラで読めます。



by rivarisaia | 2019-03-12 21:53 | 映画/アジア | Trackback | Comments(0)

アクアマン

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アクアマン(Aquaman)』監督:ジェームズ・ワン

仕事に煮詰まっていて頭を使わなくていいものでパーッとしたかったときに(って大体いつもだけど)観に行ったのですが、異類婚姻譚にアーサー王伝説から、ピノキオにインディジョーンズやトゥームレイダースのような宝探しにゴジラにキラキラ水中マジックワールドな感じまで盛りだくさんの松花弁当みたいな映画でした。

別にびっくりする展開もないんだけど、観ている最中は目に楽しかった(Eye Candyという意味で)。ただ、映画としておもしろかったかというと、アメコミの映画化作品はやっぱりどうも私とは合わないみたいで、途中でちょっとまったりしちゃったし、やっぱり長くて、90分から100分くらいに収めてくれるとよかった。

ただ、海の中のキラキラした世界をすいすい自由に泳いで移動するというのは本当に楽しくて、頭はまるで使わずに海のシーンはボーーーッと観てたし、延々と観てられると思う。それは個人的な理由が大きい。

私が子供の頃、LAのディズニーランドにはマーメイドの潜水艦というアトラクションがあって、わたしはそれがとても好きで、カリブ海あたりの深い深い海の底のどこかにある、70年代のアメリカっぽい配色のキラキラした世界に住みたいなーと思っていたんだけれども、『アクアマン』の海中にはそのキラキラした世界をさらにキラキラピカピカにした世界があった。

ジェイソン・モモアもパトリック・ウィルソンもワイルドな兄貴と高貴な弟で海中キラキラ住人としてハマり役だったので、もう兄弟で戦ったりしなくていいから、ずーっと海の中の平穏な日常生活だけを見せてくれてもいいんですよ(多くの人は面白くないかもしれないが、私はそれが観たい)。

by rivarisaia | 2019-02-25 22:13 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)
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サスペリア(Suspiria)』監督: ルカ・グァダニーノ

ルカ版サスペリア。全然怖くはなくて、その代わりボキボキと痛いシーンはある。アルジェント版『サスペリア』とはだいぶ趣が違うんだけども、アルジェント版のサスペリアの2(関係ないPART2ではなくて、続編のほうの2)や3を思い出すと、トンチキなところがなんだかとても似ているような気がするので、これはこれですごくサスペリア感はある。

ただまあ、言いたいことはわかるけど、いくらなんでもいろいろと深読みを促しすぎなところで、いるよね、この手のイタリア人!という気持ちになったのと、展開的には『へレディタリー』を連想した。ということで、以下はネタバレします。『ヘレディタリー』のオチにも触れています。

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へレディタリーはドールハウスや怪しげな娘などを登場させてミステリアスなムードを高めていましたが、結局のところはカルトによる悪魔の準備の話でした。やったね!悪魔の召喚成功!みたいな変な陽気さがあって、そこが異様ではあるのだが、悪魔の目論見がよくわからないし、やってることが小さくない?と首かしげるところがあった。

そして私としてはルカ版サスペリアも同様で、魔女が運営するバレエ学校、その踊りは悪魔の儀式的な踊り、ナチスドイツなどの権力が台頭していた時に傍観者だった人を今回も証人にして行う魔の儀式、などはいいんですけど、かつては時の権力から女性を守ったりもしていた集団が、権力争いに裏切り者の粛清を行う腐敗した集団になり……というところが、悪魔的なのかもしれないけど、魔女なのに変に俗っぽくないか。でもわかるーバチカンだってしたたかな組織だからねー大変ですよねー(だからってわざわざドイツ赤軍と重ね合わせなくてもよくない?)。

選挙でトップの座に就いたと思われる大魔女が、若い器を手に入れようと目論むも、

「あんた、だれに盃受けたのさ」「な、嘆きの母だよ......」「嘆きの母は、このあたしさ!」「きえーーー」

っていう昭和のスケバンの話みたいなことになり、ここが一番愉快で笑っちゃったのだった。

わたし、一応キリスト教徒なので悪魔が一番怖いんですけども、ここ最近の悪魔関係の映画、得体のしれなさがなさすぎてあんまり怖くない。アルジェント版も今になって観るとそこまで怖くはないんですけど、なんなのこれみたいな得体の知れなさはあったんですよね。ただ、ルカ版も嫌いではないです。


by rivarisaia | 2019-02-15 00:53 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(2)

見たもの読んだものについての電子雑記帳


by 春巻まやや