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ラブリー・マン:東京国際映画祭2016

大阪アジアン映画祭で観た人たちの間で、とても評判が良かった映画で、何度か機会を逸してたけど今回ようやく観ることができました。

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ラブリー・マン(Lovely Man)』監督:テディ・スリアアトマジャ

敬虔なムスリムの少女チャハヤは、幼い頃に生き別れとなった父サイフルに一目会いたくて、母には内緒でジャカルタへと向かう。ようやく見つけた父親は、名前を変え女装して道で客を取る男娼だった。ショックを受けて泣き出してしまうチャハヤに対して最初は冷たくあたるサイフルだったが、一晩だけの約束で一緒に過ごすことになる。

父親は、おそらく元締めのお金に手を出していて、それを持って遠くへ行こうと考えている。いっぽう、娘のほうも、誰にも言えない秘密を抱えていた(父親にはお見通しなのだけれども)。

夜のジャカルタの映像がとても情緒的で美しく、今晩だけは付き合うけど、明日になったら親子の縁を切るのよ、と言う割には、きっとサイフルはずっと娘のことを忘れずに想っていたんだろうなとわかる、さりげない場面もあって、本当に切ない。翌日、駅での別れ際にサイフルがチャハヤに渡すものは、彼の運命を暗示するかのようで、サイフルは自分の未来をその昔捨てた娘に託すことにしたのかもしれないし、またそれは彼なりの罪滅ぼしでもあったのだろうけど、それ以上の何かもあったような気がする。

サイフルがあの後どうなったのかはわからない。でも「雨をよけるんじゃなくて、楽しみなさいよ」という彼のことだから、うまく切り抜けることができるかもしれないという淡い期待もあって、できれば私はそうであってほしいなと思う。

70分と短い作品だけども、大阪アジアンでの評判を聞いていた通り、本当によい映画。私の座っていた列では、はじのほうからすすり泣きが聞こえてきて、それが伝染して、たぶん一列並んでみんなで泣いてた。本作は「親密さについての3部作」の1作目で、残りの2作を観ることができなかったのがとても残念だったので、どこかでまた機会がありますように。

予告編



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by rivarisaia | 2016-11-08 22:12 | 映画/アジア | Trackback | Comments(4)

シェッド・スキン・パパ:東京国際映画祭2016

東京国際映画祭の2本目は佃典彦の『ぬけがら』が原作の香港映画。ジャンユーと(そのお子様)とルイスという豪華ゲスト付きでした! けっこう間近で二大スターにお目にかかれたので幸せ〜。

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シェッド・スキン・パパ(脫皮爸爸)』監督:ロイ・シートウ/司徒慧焯

仕事もない、お金もない、借金取りに追われ、妻からは離婚を迫られる、というにっちもさっちもいかない映画監督(ルイス・クー/古天樂)が主人公。

母親が亡くなった後、残された父(フランシス・ン/呉鎮宇)はアルツハイマーでボケてしまっていた。そんな父と暮らす映画監督の主人公(ルイス・クー/古天樂)は、仕事もない、お金もない、借金取りから追われ、妻からは離婚を迫られているという、ドン詰まりの状態にあった。
そんなある日、とつぜん父親が脱皮する。そしてちょっとだけ若返ってしまう。驚く主人公を尻目に、父親は脱皮を繰り返し、そのたびに若返っていく…

舞台劇らしいシュールなコメディで、最初あらすじを読んだ時には、脱皮するとはどういうこと?と首かしげたんですけど、文字通り「脱皮」していて、脱皮したあとには人型のぬけがらがそっくりそのまま残されるわけなので、それをどうしたらいいのか、ほとほと困ってしまう主人公なのであった。父親はさほど困っておらず、むしろ脱ぎ捨てて放置してきちゃったりして、主人公を慌てさせる。

父親が若返るたびに、その年代の父親がどんな人生を送っていたのかを振り返ることにもなり、また、大陸から香港に渡ってきたという父親の人生は、そのまま香港の歴史とも重なりあっていく。

同時に主人公も子どもの頃からこれまでの半生を思い返し、自分のいたらなさやふがいさなさを省みたりして、希望や情熱を取り戻していくのだった。

最終的にはそれぞれ年齢の違う六人の父親と、若かりし日の母親とともに円卓を囲んで麺を食べるという大円団で、笑いつつもしんみりしちゃうんですけど、映画の帰り道、自分の身に置き換えてよくよく考えてみたら、しんみりどころか、うわああ嫌だー!ってなったよね…。

まったく知らない遠い昔のご先祖なら会ってもいいけど、よく知る身内の若い頃とか別に会いたくないですよね…。自分の身内でもそうだし、家人の身内も嫌だ。若い頃の義父とか義理の叔母とかが目の前に現れたら、私、絶対に喧嘩になってケリ入れると思うんだよね…。ケリどころじゃ済まないかもしれない。やばい、しんみりする話どころか、バイオレンス映画になっちゃう。危険!


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by rivarisaia | 2016-11-05 23:51 | 映画/アジア | Trackback(1) | Comments(0)

サーミ・ブラッド:東京国際映画祭2016

東京国際映画祭の1本目。本作品は配給つきました! 以下、じゃっかん内容に触れてしまっています。

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サーミ・ブラッド(Sameblod)』監督:アマンダ・ケンネル

一人の老女が、息子と孫娘とともにスウェーデン北部の村を訪れるところから映画は始まります。老女はサーミであるらしいことが息子との会話でわかるのだけれど、彼女はサーミ人を嫌っているようす。

村の教会では老女の妹のお葬式が行なわれているのですが、サーミ語で話しかけられてもわからないふりをする老女。一刻も早く帰りたい様子の彼女は、親戚の家に泊まろうという息子や孫娘を振り切り、ひとりホテルに向かうのでした。

ホテルではハイソな旅行者たちが「サーミは自然を愛する民族だと思っていたのに、バイクを乗り回してうるさい、がっかり」と眉をひそめており、「伝統はありがたがるけど、現実の人間のことは邪険にする」という都会人にありがちないやらしさが表現されていただけでなく、このあと描かれるサーミに対する差別が現代にもいまだ残っていることを伝えています。

さて、主人公の過去にいったい何があったのか。

1930年代、サーミは劣等民族とみなされ、同化政策の一環として子どもたちにはスウェーデン語教育が施されました。

トナカイの放牧をしていたエレ・マリャも、学校に通うため妹とともに寄宿舎に入ります。優秀で好奇心の旺盛なエレ・マリャは、周囲のスウェーデン人から差別され、見世物的な扱いを受けることに我慢なりません。

ある日こっそり寄宿舎を抜け出した彼女は、サーミの伝統衣装を脱いで “普通の” 洋服を身につけ、地元のパーティに参加します。「外の世界」の楽しさを知ったエレ・マリャは、サーミ人ではなく、スウェーデン人の暮らしを熱望し、進学したいと教師に訴えます。しかし教師からは、サーミの脳は町の生活には適応できない、あなたは伝統を守って暮らしなさい、と言われてしまいます。

しかし、あきらめきれない彼女は、ついに学校を飛び出し、ひとりウプサラに向かうのですが…。

映画では描かれなかったエレ・マリャの人生がとても気になる終わり方。おそらく教師になって、それから戦争も経験して、結婚して子どもも生まれたし、孫もできた。サーミだという身分を徹底して隠して、名前まで変えて生きてきた彼女には、とてつもない苦労があったはずで、監督は続編で続きを描きたいと言っていたようですが、私も続きが観たい。

パーティで知り合った青年ニクラスとの関係もあの後どうなったのかな。このニクラスは、いい人なのかダメ男なのか、よくわからない。根は優しそうなんだけど、周りの意見に流されるタイプみたいだしなー。


<本日のオマケ>





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by rivarisaia | 2016-11-04 14:05 | 映画/洋画 | Trackback(1) | Comments(5)

神聖なる一族24人の娘たち

東京国際映画祭のチケット問題に振り回されていたら(この件については後日書く)、いつの間にか映画祭期間に突入しました。

でもその前に! この映画を紹介しておきたい。

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名前が「O(オー)」から始まる24人の女性の「生」と「性」の物語

神聖なる一族24人の娘たち』監督:アレクセイ・フェドルチェンコ

公式サイトより、以下まるっと引用。

500年もの間、ヴォルガ河畔で独自の言語と文化を保ってきたMari(マリ)人たち。彼らは、ロシア連邦の中で際立って特異な民族で、どこにもない宗教や世界観を持ち、彼らの間には、今も様々なフォークロアが息づいている。本作は、マリの女性たちにまつわる説話を基に映画化。ロシア版「遠野物語」や「アイヌ民話」のような、優しくて哀しい不思議な世界が広がる。

とってもとっても面白かった。シュールでさっぱり意味がわからなかったりもするけれども、さいこう。

マリ人というのは今回初めて知りましたが、ロシアの少数民族で公式サイトによれば、ヴォルガ川やカマ川沿岸に居住しているウラル語族系民族なのだそうです。草原のマリ人、山のマリ人、東部マリ人がいて、映画は草原のマリ人である牧地マリ人の村が舞台。

私はいま、マリ人に対して興味津々である。

映画は短いエピソードが次々と繰り出される(数えてないけど24人分のエピソードがあるんじゃないかな)という構成で、中でも印象に残っているのが、

・風にさらわれる女性の話
・森の精霊の呪いで、夫に触られると性器から鳥の声がするようになった女性の話
・男の亡霊たちにより、女性たちが裸で踊るはめになる謎のキセリ・パーティーの話
・自分を振った女性に向けて男がゾンビを放つ話
・初潮がきたら吹かないといけない長い笛の話

の5本です。これだけ読んでも、どんな話なのか見当もつかないだろうし、映画を観た私もあれはいったいなんだったのかな…と首をかしげるばかりなのですが、なんだかよくわからない、だがそれがいい、というのが民話というものですよね。ふっふっふ。

出てくる食べ物やインテリア、民族衣装も気になるし、私はいつかこのマリ・エル共和国に行ってみたい。とてもとても行ってみたい。そんな気持ちで満ち足りた気分になった映画です。おすすめ。


おまけとして予告編をどうぞ。



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by rivarisaia | 2016-10-25 22:11 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

ハドソン川の奇跡

日本語のコピーが、英雄は容疑者になった、とあるけど、「容疑者」という言葉はちょっと合ってないような気がする。他に言い方はなかったのかな。2009年に起きた、USエアウェイズ1549便の不時着水事故と、その後を描いた物語。

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ハドソン川の奇跡(Sully)』監督:クリント・イーストウッド
乗員乗客155人を乗せた航空機が、マンハッタン上空でバードストライクにより両エンジンが停止し、コントロール不能になってしまう。しかし機長のチェズレイ・サレンバーガーの冷静な判断により、機体はハドソン川に緊急着水。奇跡的に全員が生還した。
機長は一躍、国民的英雄となるが、しかし、果たして機長の決断は正しかったのか。不時着以外の選択肢はなかったのか。国家運輸安全委員会の厳しい追及が待ち受けていた……
とりあえず、全員が無事に助かることがあらかじめわかっている事故の再現映像は、とても心落ち着いて観ることができますね。それでもかなり緊迫して、ハラハラはするんだけれども、私の心のどこかには余裕があった。

また、最近の事件・人物の映画化が苦手な私ですが、本作は「何があったか」にフォーカスして余計な装飾が少なかったせいか、現実とフィクションの違いを想像して居心地悪くなったりすることもなかったです。ただまあ、クリント・イーストウッドの愛国精神的な面は少々うっとうしい(正確には、今回はこそばゆい)…ということも再確認しました。

シミュレーションでは空港に戻れたはずだ、という安全委員会と、それは不可能だったという機長の主張は真っ向から対立。でも機長の心の片隅には、もしも自分の判断が誤りだったら?という気持ちもあるわけですよ。さんざん英雄扱いされてきたけど、今さらどうすんのというプレッシャーはんぱない。関係ない私も想像するだけで胃が痛い。

最終的には機長が正しいことが証明されるんですけれども、シミュレーションはなぜ間違ったのか、それが解明されるところで気分が高揚しました。いやあ、ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。

事故全体を振り返ると、全員が助かったのは、まず機長の適切な判断があり、それから副操縦士や乗務員、管制官や救助活動にあたった人々など、関係者それぞれがきちんと自分の仕事をして、チームワークが機能したおかげなんですよね。

余談ですが、本作で一番印象的だったのは管制官のお兄さん。さっきまで交信してた飛行機落ちちゃった…って会議室でひとり泣いてたけど、全員無事だと聞いた瞬間、信じられないという顔していて、彼には「本当によかったね」と声かけたい。


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by rivarisaia | 2016-10-12 01:48 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(3)

ソング・オブ・ザ・シー 海のうた

とても観たかったので、一般公開されることになって本当によかった! 『ブレンダンとケルズの秘密』の監督による新作アニメーションです。

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ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』監督:トム・ムーア

アイルランドの神話をもとにしたお話。前作同様、本作もまた、ラインと模様が色鮮やかな画面の中を流れるように動きまわって、それはそれは美しく、そして透き通るような歌声が心に沁みるという、すてきな作品なのだった。

海辺の灯台の家で、父と妹シアーシャ、愛犬クーと暮らしている少年ベン。
幼い頃、たくさんの物語を聞かせてくれて、いにしえの歌を歌ってくれたベンのお母さんは、シアーシャを産んだ日に、海に消えてしまう。お母さんがいなくなったのは妹のせいだと思っているベンは、どうしてもシアーシャにやさしくすることができないのだった。
ところが、シアーシャの6歳の誕生日に思いもよらない出来事が起こり、ベンは妹を救うために、不思議な冒険に出ることに……
小さなアザラシのようなシアーシャがたいそうかわいらしいのですが、そんな妹に意地悪ばかりしていたお兄ちゃんが奮起する、「お兄ちゃん映画」としても秀逸で、途中からお兄ちゃんの勇気に涙出ちゃうことうけあい。

海ではアザラシ、陸では人間の女性の姿をしている妖精セルキー、フクロウの魔女、悲しみのあまり石になってしまった伝説の巨人、愛らしいおじいちゃん妖精ディーナシーに、長い長い髪の毛をもつ語り部の老人。

アイルランドの神話や伝説のモチーフがぎっしりつまっていて、それは遠い昔の物語ではなく、現在にも脈々と受け継がれている物語なのでした。同時に、大事な人を失ってしまった悲しみを乗り越えて、石のように固まってしまった心をゆっくりと癒していくような、そんな話でもあります。

「アザラシ妻」の物語は以前どこかで読んだ記憶があるんだけれども、アイルランドの神話や伝説を知っていれば、さらに面白い発見もありそう。そのうちきちんとアイルランドの伝説を読んでみよう。


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by rivarisaia | 2016-08-29 19:45 | 映画/洋画 | Trackback(1) | Comments(6)

シン・ゴジラ

3ヶ月くらい映画館に行くよゆうがなかったため、先日深夜ついに発狂(大げさ)。映画館に駆け込んだところ、災害シミュレーション映画を上映していて、これがめっぽう面白くてやばかったです(大げさじゃなく、これはほんとう)。もう1回観たい(本気)。

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シン・ゴジラ
総監督/編集/脚本:庵野秀明、監督/特技監督:樋口真嗣、准監督/特技総括:尾上克郎

まだ観てない人も多そうなので、今回はあまり詳しい内容にはふれません。

ざっくりしたあらすじは、
ある日突然、謎の巨大生物が東京湾に現れたら、さあ日本政府どうします?
という話です。

日本にゴジラが出現したら、行政レベルでどんなことが起きるのでしょうか。そもそも自衛隊は攻撃できるのでしょうか、攻撃可能な場合、どのような手順になるのでしょうか。そんな疑問に答えてくれるのが、本作です。

未曾有の事態に困惑する政府。自分のところで責任取るのはちょっと……とたらい回しにしちゃう各省庁。山のような書類、いたるところで会議につぐ会議。そう、この映画は会議映画でもあります。まさか「もっと会議を見せろー!」という気持ちでいっぱいになるとは思わなんだ。会議、楽しい。

とまあ、謎の巨大生物の出現に、政府官僚はてんてこ舞いですし、甚大な被害に遭った街の人々や消防だって大変なのですが、被災していない場所の人々は、

ゴジラが出ようが、ふつうに電車動いてるし、いつも通り出勤してたみたい。

ああ……。海外の人にはわかってもらえないかもしれないけど、そう、日本ってね、こういうところあるのよ。この描写、ものすごく日本らしいよね(遠い目)。

しかしながら、巨大生物による被害は収束するどころか、予測のつかない方向へとどんどん拡大していく。ぶっ壊されていく東京。どう収束させるのか、続きは映画館でどうぞ!

本作ですが、私の大好きな『日本のいちばん長い日』や『アポロ13』に共通するところがあるので、この2作が好きな人にもオススメ。また、お涙頂戴のドラマ要素と余計なロマンス要素もないし、気持ちを煽るような音楽をバックに涙流しながら絶叫する人もいないので、本当にすばらしいです。人間ドラマがないわけではないんですよ。ちゃんとあるけど、さりげないし、想像力をかきたてる。ここ、邦画関係者各位、見習ってほしい。

画面とセリフの情報量が多くて整理しきれないので、2回目観たら、また新たに気づくところがありそう。

余談ですが、特報第1弾が私の苦手な手ぶれ映像だったので、酔うのではないかと躊躇してたのだけれども、揺れる映像は数分くらいしかないので無問題でした。

*鑑賞済みの人向けのおまけのリンク

超高層ビル・再開発マニアの人はこちらどうぞ:

ゴジラコースを散歩したい人はこちらどうぞ:






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by rivarisaia | 2016-08-09 23:52 | 映画/日本 | Trackback | Comments(0)

レヴェナント:蘇えりし者

ここ最近、あまりにも映画館に行けてないので、もう少し(時間の)やりくり上手を目指したい今日この頃。家で観たり、読んだりするものも溜まるいっぽう。先月、映画館で観たのは、1本だけでした。

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レヴェナント:蘇えりし者(The Revenant)
監督: アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

よりによって私と相性があまりよろしくないイニャリトゥ監督作品ですが、大好きなアメリカの開拓時代だし! クマ映画だし! 映画館で観なくては! さもなくば一生観ないで終わる!と意気込んで公開早々に観に行きまして、結論から言うと、やっぱりイニャリトゥ監督はいまひとつ合わないなーということを再確認したし、もうちょっと短くできたんじゃのかなという気もしますが、エマニュエル・ルベツキの撮影はマイナス部分を上回る良さだったので、総合的には満足です。

あと、ディカプリオさん、悲願のオスカーおめでとうございます。

ヒュー・グラスについては、これまでも伝説めいたエピソードはいくつか耳にしていて、どこまで本当の話なのか私にはよくわかんないけど、そのどれもが、

西部開拓時代、恐ろしい。。。
どんだけタフなの。。。
私なら生き残れない。。。

と、遠い目になるようなものばかりだったのですが、まさにそれらをディカプリオさんが体当たり演技で実演してくれていました。とりわけ、グリズリーとの取っ組み合いは真に迫って、まるで観ている自分がヒグマに襲われているかのような臨場感(そして自分だったら、死んでる)。

ヒュー・グラスの復讐譚でもあるのですが、今振り返ってみると「圧倒的な大自然 vs 人間」という印象が強く残っています。おそらくそれはルベツキのおかげだと思うんですけども。大自然、厳しく過酷であると同時に、どこまでも美しかったです。



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by rivarisaia | 2016-06-09 15:44 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(2)

ルーム

2010年のブッカー賞候補作の映画版。去年、トレイラーが出た時に、キャストも雰囲気も原作のイメージすべてがそのまんまそこにあることに驚愕し、ジャックのあれやこれやのがんばりが思い出されて、ボロ泣きしたんですけど(って、トレイラーなのに!)、期待通りの出来栄え。

これは、すばらしい映画化。原作を先に読んでいても、映画を先に観ても、どちらでも大丈夫じゃないかなー。脚本は著者のエマ・ドナヒューが手がけてます。

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ルーム(ROOM)』監督:レニー・アブラハムソン

原作を読んだときの感想はこちら。あらすじを極力書いてませんが、今回もあらすじは書かないことにする。あちこちでごく普通にしれっと設定が紹介されてしまっているけれども、内容についてよく知らないまま、この物語に触れることができた人はラッキー!(とはいえ、邦訳は出版された当時も帯で盛大にネタバレをしていて、あれはかなり酷かったですね)。

ママ役のブリー・ラーソンもよかったのですが、ジャック役のジェイコブ・トレンブレイが演技なのか素なのかよくわからないくらい、ごく自然にジャックそのもので、カメラの動きもジャックの目線に寄り添っていたため、薄暗い小さな世界から、まぶしくて大きな世界に出たときの、ジャックの息を呑むほどびっくりした気持ちを、観客である私も一緒に体験した。ああ、そうだよ、世界はこんなに広いんだよ、ジャック、って心の底から思ったのだった。

ところで、映画のエンドクレジットをつらつらと眺めていたら、「リトル・ドリット」がクレジットされていて、感慨深い。たぶんテレビで放映していた "昔の人の格好をしたドラマ" がそうだったのではないかと思うけど、リトル・ドリットは監獄で生まれ育ったヒロインが外の世界へ出ていく物語でもあるのでした。




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by rivarisaia | 2016-04-13 23:58 | 映画/洋画 | Trackback | Comments(0)

12人姉妹

忘れないうちに、恵比寿映像祭2016で観たカンボジア映画の感想を書いておく。
1968年に製作され、長い内戦で失われなかった数少ないカンボジア映画黄金期の作品。G・メリエスを意識した特殊効果と、カンボジアの民話が融合したファンタジー映画。
ということで、今回の上映のために日本でデジタル化された作品です。面白かった!

3月の大阪アジアン映画祭でも上映されるので、これから観る人は、以下内容にふれてますので、ご注意ください。オリジナルはカンボジア語だけど、現存していたフィルムはタイ語でした。

12人姉妹(Puthisean Neang Kong rey/The Twelve Sisters)
監督:リー・ブン・イム

むかしむかし、12人の美しい姉妹がいて、野山をさまよっていたところを女の人に拾われる、というのが話のはじまり。

ただしその女は人食い鬼で、正体を知って驚いた12人姉妹は命からがら逃げ出し、今度は王様にひろわれて、全員が王妃の座につくのだけれども、人食い鬼が美女に化けて王宮にやってきて、まんまと13番目の王妃になってしまう。

人食い鬼である王妃は、魔術で王様をたぶらかし、妊娠している12人を王宮から追い出す。姉妹たちを魔女だと思い込まされている王様は、罰として12人姉妹の目をえぐり出すように命じるのであった。ただし末っ子だけは、片目だけですんだ。

このえぐり出しシーンをそんなに丁寧にアップで見せなくてもいいのよ、監督!っておののいたのですが、そのあとも、うっすら半開きになった青黒く腫れてるまぶたの隙間から真っ黒い眼窩が覗くという特殊メイクの12人姉妹がわらわらと蠢めく演出。怖い! 怖いよ! ふつうに目を閉じているだけじゃダメなの、監督!って震えた私です。

さて、洞窟に閉じ込められた12人姉妹は子どもを産むが、食べるものがないので、どうやら生まれてくる子を次々と食べて生きのびたようす。しかしやがて洞窟でカエル(!)が取れるようになり、末っ子の産んだ息子だけは食べられずにすんだのでした。

ここから、物語の主役は息子に移ります。

母と11人の叔母の食料をゲットするために頑張る息子。闘鶏だの、石投げ競技だの、どのギャンブルでも負け知らず。でもいつも希望する賞金は「米の包み12個」です。そのうちに王様の家臣になった息子ですが、人食い鬼王妃の策略にハメられそうになるも、仙人の助けもあって、

人食い鬼の王妃の娘(娘は王国の女王なのだった)と結婚する。

しかし、気がかりなのは、洞窟に置き去りにした母と11人の叔母。彼女らを助け出すべく、ここからラストに向かって息子が怒涛の大活躍!

空飛ぶ馬にイノシシ、回る王冠、巨大化する人食い女!と盛りだくさんなのですが、地割れシーンにはびっくりしました。どうやって撮ったのかな。最終的に、12人姉妹は目玉も取り戻すことができて、めでたしめでたし、といきたいところですが、「ええ!?そんな!」というラストが待っていて、唖然としたまま映画が終わった…。あとで調べてみると、確かに民話通りなんだけど。切ない。

タイ語バージョンがオリジナルとどのくらい異なるのか(編集とか音楽とか)よくわからないみたいだけれども、女王様が歌うシーンがぶちっと切れた気がする。おそらくあの歌の場面は本来はもっと長い見せ場だったんじゃないかなー。


以前観た『怪奇ヘビ男』もそうだけど、民話ベースのカンボジア映画、独特な面白さがあるので、またどこかでフィルムが発見されて、観る機会がありますように。

もとになった話は、カンボジア民話集の第5巻16「プノム・ニエン・コンレイ(コムポン・チュナン州)」で読むことができます。

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by rivarisaia | 2016-03-03 23:11 | 映画/アジア | Trackback | Comments(3)

見たもの読んだものについての電子雑記帳


by 春巻まやや
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